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エピローグ『悪魔の使者たちは黄昏時に天国の夢を見るか?』

姫川美憂の場合ーその17

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総理大臣からの話を受けて再び東京へと現れた悪魔たちの対処法を考える中で二人の中からは先程の甘いムードは完全に立ち消える事になっていた。二人はお互いの顔を見つめながらこの後の事を考えていたのだ。
総理大臣の話によると今回東京に集まった悪魔たちの中にはベルゼブブという強力な悪魔がいるらしい。
文献によればルシファーの片腕であるらしい。この件について恭介はルシファーを問い詰めたもののルシファーから返事は返ってこない。悪魔たちの狡いところはこうして回答から逃げる事だろう。

恭介は改めてルシファーや悪魔たちへの憎悪の念を燃やしていく。
だが、今ではルシファーは自分と契約している。契約破棄をしているというのに未だにそれを行わない。
という事は未だに自分や美憂を見捨てていない事にあるだろう。
ルシファーに見せてやろうではないか。自分たちのささやかな抵抗を。自分たちの愛の強さを。
恭介は無意識のうちに美憂に向かってその手を伸ばしていた。
美憂は手からも恭介の意思が伝わったのか、その手を強く握り返す。
恭介は悪魔に自分たちの愛を見せつけているつもりでいた。人間の愛という感情はここまで強いのだ、という事を。
そんな事を考えながら二人で暫くの間は互いに手を強く握り締め合っていたのだが、美憂がその手を強く握り返して言った。

「なぁ、恭介……覚えているか?だいぶ前の話になるんだが……」

美憂は真剣な顔を浮かべながら恭介に向かって問い掛けた。
美憂の話によればその話題が出たのは真紀子と美憂、恭介と志恩という二つの陣営に分かれてゲームを行っていた頃の事だという。

「……あの時のあんたの返事が忘れられなくてな。今更だけど、あんたに伝えておこうと思ってな」

あの時も互いに激しい戦いを繰り広げており、その中で美憂は大きな声を上げて問い掛けた。

「いい加減にハッキリしたらどうだ!?あいつは戦うと言った。あいつは戦わないと言った。あんたは一体どっちなんだ!?」

美憂の激昂するかの様な大きな声に驚いて肩をすくませた恭介は暫くの間は返答を返す事ができなかった。
そう返答を迷っている間に美憂は剣を振り上げて恭介の元へと迫っていく。
真正面から迫る美憂の剣を受け止めながら恭介はようやく叫び返したのだ。

「ンなのわかんねーよッ!」

夜の闇の中に恭介の絶叫が響き渡っていく。予想外の大声と返答に動きを止まらせた美憂に対して恭介はその続きとなる言葉を剣と共に美憂へと打ち込む。

「おれは自分がこうだと思った方についてるだけなんだッ!おれが正しいと思った方におれは着いているッ!」

「なんだそれはッ!」

美憂が恭介に向かって剣を打ち返しながら尋ねた。

「決まってるだろッ!おれの言葉だよッ!」

「お前の言葉だと!?笑わせるなッ!お前は歴史上の偉人にでもなったつもりか!?」

「そんなつもりはねーよッ!おれはただ自分の意思で動いているだけだッ!」
「意見をコロコロと変える奴がか!?笑わせるなッ!」

美憂はこの時の自分の発言が直接自分に突き刺さっていた事に気が付いた。それでも反論の言葉を叫びたかったのだ。

「……あの時のあたしはあんたの言葉が間違っていると信じたかった。だからあんな事を言ったんだと思う」

「今は合ってとい事を信じてくれてるんだろ?ありがとう、美憂」

恭介はそのまま美憂の額に優しい口付けを与えた。美憂が思わず頬を赤く染めた時だ。ヘリが大きな音を立てて地上へと降り立っていく。
二人が足を揃えて地面の上に立つと、そこには下級や中級、それに爵位を持った悪魔を引き連れて暴れ回るベルゼブブの姿が見えた。
二人はそれを見るのと同時に武装をほどこしてベルゼブブの元へと向かっていく。
だが、ベルゼブブは二人の姿を見るのと同時に自身の触手を展開させ二人を弾いていく。真上から飛び掛かった二人は触手によって体を弾かれてしまい地面の上へと落とされてしまう。
悲鳴を上げる恭介。そんな恭介の元に容赦のない追撃が行われていく。
目の前から迫る鋭く尖った触手は凶器の様である。恭介は剣を使って触手を弾いたものの、美憂は防ぎきれなかったらしい。肩に攻撃を負ってしまっていた。

「み、美憂ッ!」

恭介は肩を負傷した美憂の元へと慌てて駆け寄ろうとしたのだが、美憂は首を横に振って恋人の救援を拒否し、そのまま剣を構えたかと思うともう一度改めてベルゼブブの元へと切り掛かっていく。
今度は左斜め下から剣を振るっていったものの、ベルゼブブはその剣を容赦なく防ぎ、美憂の体を触手を用いて地面の上へと弾いていく。
そして今度は手を作り出したかと思うと、衝撃を受けて倒れている美憂に向かって三叉の槍を構えて向かっていく。
美憂は咄嗟に起き上がり剣を盾の代わりに用いて槍による攻撃を防いでいくもののあまり効果はないらしい。気が付けば防いでいたはずの足が地面の上で凄まじい音を立てて下がっていく事に気が付いた。

「美憂ッ!」

恭介は慌てて助けに入ろうとしたものの、ベルゼブブは容赦しない。恭介を触手で弾き飛ばしたかと思うともう一度美憂に向かって強烈な攻撃を繰り出していく。
美憂は体を転がしてベルゼブブの猛攻を凌いだが、それも時間の問題であるらしい。
なんとかしなければなるまい。このままベルゼブブを放置していれば必ず災厄を撒き散らし続けるに違いあるまい。恭介と二人でも勝てるかどうか……。
そこまで考えた時に美憂の中にある考えが思い浮かぶ。それは彼女にとっては涙を飲んで語るべきものであり、同時に決行を行えば自分が恭介にどれ程の迷惑を掛けるのかも理解していた。
だが、それでもやらなくてはならないのだ。ベルゼブブを放置していれば人類は安寧を築く事ができないであろうから。
美憂は自分が時代劇に登場する侍の様な気持ちになっていた。主君のために命を散らす覚悟で敵に立ち向かう侍。
テレビの前で美憂が憧れていたヒーローの姿そのものである。

美憂は意を決して怪物に向かって切り掛かっていく。
予想通りにベルゼブブは触手を伸ばしながら美憂の迎撃を行う。美憂は剣を振るって触手を弾いていくものの、次々と繰り出される触手の前には流石に疲れも溜まってしまう。
それでも怪物の元へと近付く事ができたのは彼女が明確な意志を持って迫っていったからだ。美憂はベルゼブブに飛び掛かると、その場で地を蹴って飛び上がり、剣を真上から振っていく。
ベルゼブブは触手を使って防ごうとしたのだが、美憂が振りかぶりながら触手を弾いていくためにベルゼブブは三叉の槍を用いて防ぐ羽目になった。
ベルゼブブの真上で三叉の槍と剣とがぶつかり合っていき、お互いに武器を滑らせて擦り合わせていき火花を散らす。

「ちくしょうッ!美憂を離せッ!」

涙声になった恭介が剣を抜いて加勢に駆け付けたものの、ベリアルからすれば敵ではなかったらしい。あっさりと蹴飛ばされて地面の上を転がっていく。

「恭介!?貴様ッ!」

美憂は恋人を傷付けられた怒りのために我を忘れた。彼女は大きな声を振り絞り、野獣の様な咆哮を上げていく。
これが人間の敵であるのならば効果を示す事にはなったのだろうが、相手は悪魔。向こうは怯みもしない。
ベルゼブブはそうして怒りに我を忘れる美憂の隙を突いて腹部に向かって強烈な蹴りを与えていく。
腹部に強烈な一撃を食らった美憂は地獄にいる亡者が神仏に救いを求める時に発する様な唸り声を上げていく。
そのまま腹を抑えてうずくまる美憂に向かってベルゼブブが三叉の槍を構えていく。
恭介は起き上がって美憂を助けに向かったものの間に合いそうになかった。
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