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シニョリーナ・エスコート・トラベル編

マフィアと新興宗教団体

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トミーはその日の夜の携帯端末のネットニュースで、二人の敗北を知った。
「ちくしょう! アイツら、やられやがったッ!」
トミーは眉間にシワを寄せながら、タバコを持つ手に力を込めていた。そのせいで、持っていた紙巻きタバコは折れそうだったが……。
「アイツらは自分たちの力を過信し過ぎた」
そう言って、トミーに声をかけたのは助手席の金髪の男。すなわち、フランク・カモンテであった。
「フランクか、お前なら、この件を片付けられると?」
トミーは自分のとなりに置いてあるビスケットの箱から一枚のプレーンビスケットを食べながら言った。
「勿論さ、アイツらは能力の強さだけに頼っていたが、オレは違う。自分の能力の強さも弱さも全部把握しているんだ」
フランクは大きなキューバ王国産の葉巻を吸いながら言った。
「お前はキューバにこだわるね?あんたの先祖も葉巻が好きだったのかい?」
「ああ」
フランクは即答した。
「オレの祖先は昔のユニオン帝国つまり、旧アメリカ合衆国においては、名の知れたマフィア組織の相談役コンシリエーリだったそうだ、だけど、ユニオン帝国設立からは、FBIとの戦い負けてな、ニューヨークの五大ファミリーの地位を追われ、祖国イタリアに強制送還さ」
フランクは流れ行くハイウェイの光を見つめながら、自分自身が体験したかのように遠い昔を思い返すような調子で言った。
「フフ、面白い奴だな、お前は」
トミーはタバコをふかしながら、ケタケタと笑いながら腕を組んでいる。
「あんたは後部座席に座り込んで、タバコをふかしながら、オレに指図かい?」
フランクは聞いた。
「オレはこの日本の暗黒街にちょいと挨拶をしたいんだ。それにある人ともコネクションを取れそうなんでな」
「誰なんだ?竜堂寺組かい?」
フランクは期待していないような口調で尋ねた。
「いいや、宗教団体さ、お前も宗教テロのことは知っているだろ?」
フランクの頭の中に学校の教科書で習った各国の宗教絡みのテロ事件のことが思い浮かぶ。
ユニオン帝国の9.11テロ事件に。21世紀の初頭に起きたイスラム系テロリストによる内戦の介入。
とにかく、良くないマイナスの事ばかりだ。
「オレが宗教を嫌うのもそれが原因かもな」
フランクはこれまでに『神様』の文字が胡散臭く思えた理由がようやく分かった気がした。
「その宗教団体の名前を教えてやろうか?宇宙究明学会と言うんだ。今では世界各国で弾圧されながらも、信者を増やしてやがる」
「人民寺院みたいになる可能性は?」
フランクの疑問は最もだ。事実、マフィアが新興宗教団体のスポンサーになったところで、そんな事件を起こされては、
「だけどな、悪い事ばかりじゃあない、宗教というのは人類で最も儲かるビジネスらしいからな、宗教テロリストの先駆けとなった男が喋っていたんだ。間違いないぜ」
トミーの言葉にフランクは目を輝かせた。これからの投資は損ばかりではないという事か。
「今からオレらが会いに行くのは、教団で東の信者獲得に奮戦している桃田優里亜という女だな」
トミーは桃田優里亜の元へと車を走らせて行く。


トミーは教団の本部と思われるユニオン帝国のニューヨークの一流企業のビルとも言っても過言ではない巨大なビルに足を踏み入れる。外からビルを眺めると、まるで像と蟻だなとフランクは苦笑したが、中はそれ以上だった。ビルの中は病院と言っても過言ではないくらい清潔で、廊下にすら冷暖房が完備されており、ソファーすら置いてあった。
(信者から巻き上げた金で作ったんだろうな、教祖と幹部連中が贅沢をしている時も、末端の信者は粗食をし、修行と称した苦痛を毎日させられるんだろうな)
トミーはこのビルを見て、ここまで結論を導き引き出す。
そんな時だった。目の前に女性用の黒のタイトスカートと黒色の上着に身を包んだ清楚な雰囲気の女性が現れた。
「お待たせして申し訳ありません、わたしが東信徒庁の長官を務めております、桃田真里と申します」
「トミー・モルテです。こちらはフランク・カモンテ。どちらも、名前で結構です」
トミーは頭を下げるフランクを手でフランクという人間は彼だと教えてやる。
「とすると、あなた方が我々学会の会員になられる方々ですね! 会長から、あなた方のお話は聞いておりますわ! 」
真里は綺麗な八重歯を見せて、二人に笑いかけた。
「現在、我々は会長の助けを借り、ある女性を国家権力から取り返す活動をしております。そこで、あなた方にも助けを願いたいのですが……」
その言葉に美しい女性は「勿論です」と言わんばかりの笑みを浮かべて、言った。
「わたし達の理想は理想郷シャンバラを目指す事なんです、そのためには国家権力つまり、警察や共和国軍と戦わなければなりません。味方は一人でも多い方がいいの、だから、歓迎しますわ! わたし達に出来ることなら、どんな事でも! 」
真里の言葉にトミーは深く頭を下げたが、本当は微笑を浮かべていた。
(これで、妹の復讐を果たせるチャンスが、また更に近づいて来る。コイツらを利用してな、そして、教団を利用するだけ、利用して、日本の暗黒街をボルジア一家が牛耳る。それまでは、精々に励んでやるよ)
そう考えながら、頭を下げていると、もういいと思われたのか、真里から頭を上げるように伝えられる。
「わたし達は共和国政府に立ち向かう同士達ですわ! 何を遠慮することがあるんです! 幸い、この東信徒庁には優秀な探索に秀でている魔法師がおりますので、彼と協力してください! 」
と、この信徒庁とやらでは携帯端末はご法度なのか、真里は手のトランシーバーでその優秀な探索に秀でている魔法師を呼び出す。
「私が東信徒庁次官の端角剛です。よろしくお願い致します」
端角剛は名前の通り、筋肉隆々の男で、いかにも『武闘派』という言葉が似合う男であった。
「では、あなた方の標的ターゲットを言ってください」
「我々が国家権力から奪還しようとしているのは、コンスタンッアという女で、通称コニーです。苗字の方はボロネーオと言います」
トミーは苗字まで詳しく教えてやる。
「あの、外見まで言う必要は?」
そのフランクの提案に端角剛という男は首を横に振る。
「いいえ、必要ありません。わたしの魔法は千里眼クヴォィアントゥはね、どこに逃げても、その人をこの水晶玉に映し出す事ができるんだ。会長の教えを広めるために、役に立ってるとよく周りから言われますよ! 」
その彼の言葉は本当らしい。水晶玉に資料で見た中村孝太郎と折原絵里子。そして憎っくきコニー・ボロネーオの姿。そして、二人の護衛役の女性が現れた。
「よし、コイツらだッ!」
トミーは急いで、部屋から出ようとしたが、真里に止められてしまう。
「いいえ、あなたが出て行く必要はありませんわ、街の教会に連絡して……」
その言葉にフランクは手を左右に揺らして、必要ないと教えてやる。
「いいや、場所さえ分かれば、あとはオレがアイツらを一人一人確実に殺してやるよ、オレの魔法の威力を見てみなよ」
フランクはそう言うと、真里から受け取った紙コップを軽く握る。そして、その紙コップを床に落とし、潰そうとするのだが……。
「なっ、紙コップが金属のコップみたいに彼の踏みつけに耐えているわッ!」
真里の説明は的を射ていた。
「大丈夫だと言う事が分かったろ?」
フランクは自分の歯を舌で掃除しながら、勝利のトロフィーを得た選手のような誇らしげな笑みを浮かべて言った。
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