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聖杯争奪戦編

大坂の陣ーその④

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イワンは聡子の予想外の強さに困惑を顔に出さずにいられない。
(あの女め、まさか日本刀の攻撃とやらが、あんなに強いとはな……オレのサーベルの腕と互角とは……?)
ここで、湧き上がったある一念をイワンは心の奥底に封じ込める。『もしくは互角以上』という言葉を。
「おっと、あんたの攻撃はこれで終わりなのかい!?」
聡子が続けて挑発する。
「いいや、今度はこちらからいかせてもらうぞッ!」
イワンは強気だった。


赤川友信と中村孝太郎の対決は混迷を極めていた。赤川の唐刀の刃を孝太郎が愚弄するのはいいのだが、そこからはいつも同じ展開。要するにギリギリのところで孝太郎が剣を交わし、また、赤川が孝太郎に向かって攻撃を繰り出すというイタチごっこというのを繰り返していたのだ。
「ちくしょう! 一体いつになったら、お前は倒れるんだ!?」
赤川友信は剣をプルプルと震わせながら、叫ぶ。
「オレの方こそお前がいつ倒れるのか、聞きたいもんだね」
「ちくしょう! また、私をバカにしたなッ!私をバカにするのもいい加減にやめたら、どうなんだッ!」
その赤川の一言に孝太郎は思わず鼻で笑ってしまう。
「お前をバカにする?いいや、お前の攻撃が低脳過ぎるのがダメなんだろ?」
孝太郎の言葉に赤川は歯をギリギリと食いしばっていた。余程、頭にきたらしい。
「どこまで私をバカにしたら、気が済まんだろうな?お前は……」
気がつくと、赤川は唐刀を構え、孝太郎に向かって、刃を振り下ろす。すると、その刃からは……。
「なっ、刃状攻撃だと!?」
「中級魔法の一つさ、私だってあんな赤の球一つで、成り上がっただけじゃあないんだ、ずっと、親父に中国剣術を仕込まれてね、お陰でこの魔法も覚えさせられたよ、最も、日本の剣道家やちょっと剣をかじった人なら、この魔法を簡単に覚えられるそうだが……」
赤川は再び孝太郎に向かって、剣を振るう。孝太郎は破壊の魔法で刃の波を破壊したのだが、その隙を狙い、赤川友信が突っ込む。
だが、孝太郎は悪態を吐くこともなく、赤川の攻撃を体を右側に逸れる事により回避する。
「危ないところだったな?どうなんだい?おれの魔法は?」
「最悪だよ、クソッタレ」
孝太郎はそう吐き捨ててから、武器保存ワーペン・セーブから、今度は45口径リボルバーを取り出す。
「今度はオート拳銃で私を殺そうという算段なのかい?」
赤川は笑顔を浮かべて尋ねたつもりなのだろうが、孝太郎の目から見ると、赤川の目が笑っていない事から、余裕のある態度を取るのは無理があるなと冷静に判断した。
「答えないという事はそういう事だと、判断させてもらうぞォォォォ~!!! 」
赤川は唐刀を握り締めながら、孝太郎に向かって斬りかかっていく。
孝太郎は勢いのままに突っ込んでいく、赤川を観察しながら、脚を撃てるタイミングを伺う。
そして、赤川と孝太郎との距離を隔てるのが、畳1枚分となった時だ。
(今だなッ!)
孝太郎は意を決して銃を発砲しようとした。まさにその時だ。
赤川の唐刀が孝太郎のオート拳銃を突き刺していた。
「言っただろう、私は親父に中国の剣術を仕込まれたと……幼少の頃から習っていたからな、私はこの剣についてのみを述べれば、九頭龍にさえ、負けない自信があるよ! 」
九頭龍ね。孝太郎としては何度、この場にいない中国の犯罪シンジゲートの事を引き合いに出されても、強さが分からないと口に出したかった。まさにその時だ。
「そろそろ、口を噤んでもらおうか」
と、赤川の唐刀の刃が孝太郎の喉元にまで近付いていたのだ。
「あんたはこれで、また私の人質だな、私の意のままに何か喋らせる事もできる、どうだい、あの露助を殺した後にあんたの大好きなお姉ちゃんを昌原会長の元に連れて行ってもいいんだぜ」
孝太郎はその言葉を聞いた瞬間に思わず我を忘れそうになるくらいの激しい怒りに苛まれた。どうすれば良いのだろう。仮にこの場で感情をぶちまけて、怒鳴ったとしても、孝太郎としてはどうしようもできない。
今、自分にできる最善の方法としては、赤川に隙ができた瞬間を狙い、赤川の体のどこかを攻撃して、この場を逃れる事だと心に誓った。
「返事はないのか?中村孝太郎さん……なら、共に露助を殺そう、そして、じゃあないか」
こいつ。孝太郎は思わずチッと舌を打ってしまう。何が宇宙の真理を究明しようだ。こいつは姉貴をあの汚らしいヒゲの親父に姉貴を差し出す気だ。何とかしなくては。
孝太郎は安っぽいドラマにある姫を守る騎士や王子の気持ちをこの場で理解した。彼らも下衆な敵の前に姫を人質に取られた時はこんな気分なのだろう。
孝太郎は赤川友信及び宇宙究明学会の連中から、姉と仲間たちを守る事を決意した。無意識のうちに孝太郎の唇がギュッと結ばれる。
「何を黙っている?私の言うことが聞けないのか?」
「いいや、おれもあのロシア人から、姉貴たちを救い出さないといけないと思っていたんだ、手を組もうぜ」
孝太郎は何とか笑顔を浮かべてみせる。引きつっていたかもしれない。だけれど、赤川を騙す分には十分だったらしい。赤川は黙って、唐刀を引っ込める。
「よし、分かった、ならあんたが囮になってくれ、その隙を狙って、おれがこの唐刀をアイツの脳天に叩き込んでやる」
孝太郎は黙って首を縦に動かす。赤川もそれを了承と取ったのだろう。孝太郎にイワンに向かって叫ぶように指示を出す。
「おい、それ以上姉貴たちに手を出すなッ!おれが相手になってやるッ!」
その言葉を聞き、左端で聡子と激闘を繰り広げていた、イワンが孝太郎の方に振り向く。
「お前が?銃を取られたマヌケな奴だと思っていたんだがな、そんな度胸があるとは……正直見直したよ」
イワンは孝太郎の方に笑顔で向き直る。
「とにかく……もう姉貴に手を出すのはやめてくれッ!」
孝太郎は我ながら、渾身の演技だと自分で自分を褒めたくなってしまう。実際に今の演技はハリウッドでも通用するかもしれないなと思っていた時だ。
「そういえば、お前と戦っていたはずの、あのネズミは……?」
イワンの言葉を聞くなり、赤川が現れ、両腕で唐刀を持って、その刃から刃の形をした見えない波を繰り出そうとした、一瞬の出来事だ。だが、次の瞬間にはイワンの手には先程まで赤川の物であった唐刀が握られる。
「ど、どう言う事だ!?」
赤川はもちろん、孝太郎も驚きを隠し得ない。これでは、赤川が攻撃を繰り出す前にイワンに全てを教えてやる企画も白紙になってしまった。と、孝太郎が肩を落とそうとした時だ。
「あれが、アイツの魔法さ」
赤川は貧乏ゆすりを起こしながら言った。
「相手の持っている物を瞬時に自分のものにできるなんてな……あんな魔法は反則だぞ」
赤川はサーベルと唐刀の二本を持ったイワンを見ながら、何度も両脚を揺らす。
イワンは顔を真っ青にしている落ち着きのない赤川とは対照的に、余裕のある笑みを浮かべていた。
「お前のくれた武器は唐刀と言うのか?結構強そうな剣だな?」
「言っておくが、お前なんぞにそんなものが使えるとは思えんね! それは私が幼少の頃から使っていた武器だし、中国剣術は見よう見まねでできるものではないし、ましてや、見てもいないのに使うなんて事はできないんだッ!」
赤川がそう怒鳴るように吐き捨てると、イワンはしばらく唐刀を眺めた後にハァとため息を吐き……。
「そうだな、返すよ」
と、諦めたように言った。だが、ホッとしたのもつかの間だ。イワンは唐刀を絵里子に向かって投げつけた。
「このクズ野郎がッ!」
孝太郎は先程赤川友信に密かに向けた怒り以上の怒りをイワンに向ける。
姉に手を出すとは……。宣戦布告もいいところだ。孝太郎は右側から暴走車のように猛スピードで玄関口にいる姉方へと向かっていく。
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