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皇帝の星『オクタヴィル』
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デカデカと馬車に記された紋章を見て呆気に取られている修也だったが、ジョウジはそんな修也を無理やり馬車の中へと押し込んだ。
乱暴に馬車の中へと追い込まれたので修也は馬車の下を滑ってしまう羽目になった。幸いにも馬車の中は二脚の長椅子が置かれた応接室をそのまま小さく再現したというような内装が施され、床には柔らかな絨毯が敷かれており、修也が怪我を負う羽目にはならなかった。
それでも突然押し込まれたことには変わらない。体のうちから激しい怒りの感情が噴火直前の火山の中に湧き上がるマグマのように沸々と湧き上がってきたのだった。
修也はその証拠に眉間に皺を寄せ、顔を赤く染め上げながら普段よりも大きな声で抗議の声をカエデと共に悠々と馬車の中に入り込んだ飛ばしていった。
「な、何をするんですか!?」
「大津さんがぼぅっとしていましたので警告の意味も込めて押させていただきました。後がつかえています。珍しいものなのでじっくりと見たくなる気持ちは分かりますが、今は仕事に集中してください」
ジョウジはそういうとカエデと共に修也の向かい側にある長椅子の上に深く腰を掛けていった。
悔しかったが正論である。修也は言い返すことができなかった。
そのため用意された馬車の中に深く腰を掛けていった。修也が驚いたのは馬車の中に用意された長椅子である。
腰が沈むほどの深くて心地の良いクッションが使われていたのだ。
「す、すごい。こんなの地球でも滅多に座れませんよ」
修也は感心したように言った。
「確かに、材質といい技術といい地球のものに負けず劣らずの出来です。ですが、これはあくまでも特別製。いかにダクティアナ帝国が優れているのかを訪れた使節の人たちに教えるために作られたものです」
「皇帝直々の命令だということもあれば作れる職人たちも命懸けになるでしょう。いい出来になるのも当然でしょうね」
カエデは済ましたような顔で淡々と言った。
命懸けで作るからこそこのような優れた品が作り上げられるとは何とも皮肉なものだ。
修也は古代中国の秦の時代に優れた青銅器や鉄器が作られ、今にも伝わる芸術品ができていったのかということを思い出した。
職人たちはダクティアナ帝国の職人たちのように自分たちの命を天秤に作らされていたのだ。
修也は両眼を閉じ、今まで会ったこともなく、これから会うこともない職人たちに感謝の念を捧げていた。
修也が両目を閉じ、念を込めながら見たことのない人たちに向かって祈りを捧げていた時だ。隣に座っていたジョウジがその腕を揺らして修也の意識を現実の世界へと戻していった。
「大津さん、外をご覧なさい」
「外ですか?」
修也がジョウジの指示に従って窓を見つめると、そこには麦を刈り取る婦人たちの姿や牛や羊を追いかける少年たちの姿が見えた。
なんとも牧歌的な光景だ。文明化が進んだ今の地球では地方以外では見られない姿であったに違いない。
「こ、これはすごい。北海道の奥地のようですな」
「確かに類似点は多いでしょう。しかし現在日本各地の地方で行われている牧歌的な光景と徹底的に異なるのは日本においては人を呼ぶための観光目的のパーフォーマンスとしての一面があることに対しこの惑星の人々の姿は完全な日常だということでしょうね」
ジョウジの言葉を聞いた修也は窓の外に向かって携帯端末を使おうとしたが、気が変わったのか、端末をポケットの中に仕舞い込んだ。
それからもう一度熱心に視線を窓の外へと向けていった。
外に広がる景色を目に焼き付けるためだ。この景色を地球に帰った後には家族にこのことを教えてやるつもりだった。
修也は窓の外に広がる景色を子どものように目を輝かせて見つめていた。
しかし途中でそれまで続いていた郊外の景色や田園が消え、代わりに人工的な建物の数が次々と現れていった。
かと思うと、石の橋が見え、馬車が橋の上を渡っていった。
どうやら皇帝の元に向かうには橋の上を渡らなくてはならないらしい。
馬車の車輪がゴツゴツとした石の橋の上を渡り、その振動が修也たちにも伝わっていった。
「うわっ」
と、修也は反射的に悲鳴を上げた。
だが、修也とは対照的に二人は馬車がどれだけ揺れても眉毛をピクリと動かすこともせずに皇帝と何を話し合っていた。
流石はアンドロイドである。修也は感心した目で二人を見つめていた。
三人を乗せた馬車はとうとう市街地に突入した。さしずめ王都というところだろう。
王都は郊外とは異なり大勢の人が詰め寄せていた。
彼らはそれぞれ、「宇宙人を見せろッ!」だの「こんないい見せ物を独り占めにするな!」などと身勝手な言葉を叫んでいたのだがこの星の言語を知らない修也には理解できなかった。
ジョウジとカエデの両名はアンドロイドだということもあって王都に集まった人々が発した言葉の意味を理解していたが、それをわざわざ修也に教えてやる必要もなかったので黙っていた。
こうして宇宙人を一目見るために集まった人々を突っ切って馬車は目的地へと到着した。
馬で先導を行なっていた騎士によって馬車の扉を開けられ、降り立った修也は自身を見下ろすように聳え立っていた巨人のような大きな城を見て絶句することになった。
中心に聳え立つ巨大な城の外見は芸術品のように美しかった。どこも隙間なく白の色で塗られており、まるで白鳥の翼を見ているかのように素晴らしく思えた。
いや、城の中も城壁と同等かそれ以上の衝撃を受けることになった。
巨大な城壁によって人々が暮らす家々との間を仕切る城壁の背後には手入れの行き届いた広々とした庭が広がっていた。
人工的な手入れによって芝が庭中に敷き詰められ、庭師の手によって手入れの行き届いた立派な木が存在を放っていた。
木々の隙間からは皇帝や城に棲まう人間が快適に暮らせるようにベンチやテラス席といったものが置かれているのが見えた。
それ以外にも目を楽しませる目的としてか、庭のあちこちにさまざまな形をした彫刻が置かれている。
修也としてはもう少し庭をじっくりと見たかったのだが、ジョウジや案内の騎士に急かされ、城の中へと入っていった。
城の中には河原の石と思われる不揃いの丸い石が敷き詰められた玄関スペースと思われる場所が見えた。
そしてある程度まできたところで粗末な布が一面に敷かれている場所へと辿り着いた。
「ここはなんなんでしょうか?」
修也は小さな声で自身の前を歩いていたジョウジに向かって問い掛けた。
「この城におけるドアマットでしょう。昔から玄関の前で律儀に靴を脱ぐ日本人には馴染みがない場所かもしれませんが、百年前までアメリカや欧州では日本のように靴を脱いで家の中に入る習慣がなかったので、今のように玄関の前にマットを敷いて、その上に靴を押し付け、汚れを落としてから家の中に入る必要があったんです」
「な、なるほど」
納得した修也はジョウジの言葉に従ってマットの上に靴の汚れを押し付けていった。
ある程度まで靴を拭いてから騎士たちの案内によって城の中を歩いていく。城の廊下はどこも広く、綺麗な衣装を着た男女の使用人たちとすれ違っていた。
廊下そのものも長く広々としており、下手な道路よりも広いと思わされた。そればかりではない。歩くたびに多くの部屋が見え、部屋を歩くたびに歴代皇帝のものだと思われる銅像や絵画が飾られていた。一族崇拝ここに極まるというもので、修也は半ば感心したように見つめていた。
修也たちは城の一室に押し込めれた。
カエデは女性型のアンドロイドであったものの、配慮がなされまた修也たちとは別の部屋に案内されることになった。
ジョウジの話にあった使節を泊まらせるための部屋だろう。中は修也を運んできた馬車と同様にどこかの貴族の居室のような綺麗な部屋となっていた。
金を基調とした白色の壁紙にタイル式の床が特徴的な作りになっている。
訪れた人を楽しませるように作られたのだろう。目的が帝国の権威を使者に見せつけるためとはいえその配慮には感謝をしたい。
次に修也は部屋の中に置かれた家具を見渡していった。家具は椅子や窓際に置かれている巨大な四人用のベッドが置かれており、その下には地球における虎や狼を彷彿とさせるような毛並みの良い動物の毛皮が敷かれていた。
更に衣装箪笥や水差しを置いたローテーブルまでも置かれていた。いたせり尽せりとはこのことだ。
何から何まで整えられた部屋の設備に対して修也は思わず顔を綻ばせていた。
乱暴に馬車の中へと追い込まれたので修也は馬車の下を滑ってしまう羽目になった。幸いにも馬車の中は二脚の長椅子が置かれた応接室をそのまま小さく再現したというような内装が施され、床には柔らかな絨毯が敷かれており、修也が怪我を負う羽目にはならなかった。
それでも突然押し込まれたことには変わらない。体のうちから激しい怒りの感情が噴火直前の火山の中に湧き上がるマグマのように沸々と湧き上がってきたのだった。
修也はその証拠に眉間に皺を寄せ、顔を赤く染め上げながら普段よりも大きな声で抗議の声をカエデと共に悠々と馬車の中に入り込んだ飛ばしていった。
「な、何をするんですか!?」
「大津さんがぼぅっとしていましたので警告の意味も込めて押させていただきました。後がつかえています。珍しいものなのでじっくりと見たくなる気持ちは分かりますが、今は仕事に集中してください」
ジョウジはそういうとカエデと共に修也の向かい側にある長椅子の上に深く腰を掛けていった。
悔しかったが正論である。修也は言い返すことができなかった。
そのため用意された馬車の中に深く腰を掛けていった。修也が驚いたのは馬車の中に用意された長椅子である。
腰が沈むほどの深くて心地の良いクッションが使われていたのだ。
「す、すごい。こんなの地球でも滅多に座れませんよ」
修也は感心したように言った。
「確かに、材質といい技術といい地球のものに負けず劣らずの出来です。ですが、これはあくまでも特別製。いかにダクティアナ帝国が優れているのかを訪れた使節の人たちに教えるために作られたものです」
「皇帝直々の命令だということもあれば作れる職人たちも命懸けになるでしょう。いい出来になるのも当然でしょうね」
カエデは済ましたような顔で淡々と言った。
命懸けで作るからこそこのような優れた品が作り上げられるとは何とも皮肉なものだ。
修也は古代中国の秦の時代に優れた青銅器や鉄器が作られ、今にも伝わる芸術品ができていったのかということを思い出した。
職人たちはダクティアナ帝国の職人たちのように自分たちの命を天秤に作らされていたのだ。
修也は両眼を閉じ、今まで会ったこともなく、これから会うこともない職人たちに感謝の念を捧げていた。
修也が両目を閉じ、念を込めながら見たことのない人たちに向かって祈りを捧げていた時だ。隣に座っていたジョウジがその腕を揺らして修也の意識を現実の世界へと戻していった。
「大津さん、外をご覧なさい」
「外ですか?」
修也がジョウジの指示に従って窓を見つめると、そこには麦を刈り取る婦人たちの姿や牛や羊を追いかける少年たちの姿が見えた。
なんとも牧歌的な光景だ。文明化が進んだ今の地球では地方以外では見られない姿であったに違いない。
「こ、これはすごい。北海道の奥地のようですな」
「確かに類似点は多いでしょう。しかし現在日本各地の地方で行われている牧歌的な光景と徹底的に異なるのは日本においては人を呼ぶための観光目的のパーフォーマンスとしての一面があることに対しこの惑星の人々の姿は完全な日常だということでしょうね」
ジョウジの言葉を聞いた修也は窓の外に向かって携帯端末を使おうとしたが、気が変わったのか、端末をポケットの中に仕舞い込んだ。
それからもう一度熱心に視線を窓の外へと向けていった。
外に広がる景色を目に焼き付けるためだ。この景色を地球に帰った後には家族にこのことを教えてやるつもりだった。
修也は窓の外に広がる景色を子どものように目を輝かせて見つめていた。
しかし途中でそれまで続いていた郊外の景色や田園が消え、代わりに人工的な建物の数が次々と現れていった。
かと思うと、石の橋が見え、馬車が橋の上を渡っていった。
どうやら皇帝の元に向かうには橋の上を渡らなくてはならないらしい。
馬車の車輪がゴツゴツとした石の橋の上を渡り、その振動が修也たちにも伝わっていった。
「うわっ」
と、修也は反射的に悲鳴を上げた。
だが、修也とは対照的に二人は馬車がどれだけ揺れても眉毛をピクリと動かすこともせずに皇帝と何を話し合っていた。
流石はアンドロイドである。修也は感心した目で二人を見つめていた。
三人を乗せた馬車はとうとう市街地に突入した。さしずめ王都というところだろう。
王都は郊外とは異なり大勢の人が詰め寄せていた。
彼らはそれぞれ、「宇宙人を見せろッ!」だの「こんないい見せ物を独り占めにするな!」などと身勝手な言葉を叫んでいたのだがこの星の言語を知らない修也には理解できなかった。
ジョウジとカエデの両名はアンドロイドだということもあって王都に集まった人々が発した言葉の意味を理解していたが、それをわざわざ修也に教えてやる必要もなかったので黙っていた。
こうして宇宙人を一目見るために集まった人々を突っ切って馬車は目的地へと到着した。
馬で先導を行なっていた騎士によって馬車の扉を開けられ、降り立った修也は自身を見下ろすように聳え立っていた巨人のような大きな城を見て絶句することになった。
中心に聳え立つ巨大な城の外見は芸術品のように美しかった。どこも隙間なく白の色で塗られており、まるで白鳥の翼を見ているかのように素晴らしく思えた。
いや、城の中も城壁と同等かそれ以上の衝撃を受けることになった。
巨大な城壁によって人々が暮らす家々との間を仕切る城壁の背後には手入れの行き届いた広々とした庭が広がっていた。
人工的な手入れによって芝が庭中に敷き詰められ、庭師の手によって手入れの行き届いた立派な木が存在を放っていた。
木々の隙間からは皇帝や城に棲まう人間が快適に暮らせるようにベンチやテラス席といったものが置かれているのが見えた。
それ以外にも目を楽しませる目的としてか、庭のあちこちにさまざまな形をした彫刻が置かれている。
修也としてはもう少し庭をじっくりと見たかったのだが、ジョウジや案内の騎士に急かされ、城の中へと入っていった。
城の中には河原の石と思われる不揃いの丸い石が敷き詰められた玄関スペースと思われる場所が見えた。
そしてある程度まできたところで粗末な布が一面に敷かれている場所へと辿り着いた。
「ここはなんなんでしょうか?」
修也は小さな声で自身の前を歩いていたジョウジに向かって問い掛けた。
「この城におけるドアマットでしょう。昔から玄関の前で律儀に靴を脱ぐ日本人には馴染みがない場所かもしれませんが、百年前までアメリカや欧州では日本のように靴を脱いで家の中に入る習慣がなかったので、今のように玄関の前にマットを敷いて、その上に靴を押し付け、汚れを落としてから家の中に入る必要があったんです」
「な、なるほど」
納得した修也はジョウジの言葉に従ってマットの上に靴の汚れを押し付けていった。
ある程度まで靴を拭いてから騎士たちの案内によって城の中を歩いていく。城の廊下はどこも広く、綺麗な衣装を着た男女の使用人たちとすれ違っていた。
廊下そのものも長く広々としており、下手な道路よりも広いと思わされた。そればかりではない。歩くたびに多くの部屋が見え、部屋を歩くたびに歴代皇帝のものだと思われる銅像や絵画が飾られていた。一族崇拝ここに極まるというもので、修也は半ば感心したように見つめていた。
修也たちは城の一室に押し込めれた。
カエデは女性型のアンドロイドであったものの、配慮がなされまた修也たちとは別の部屋に案内されることになった。
ジョウジの話にあった使節を泊まらせるための部屋だろう。中は修也を運んできた馬車と同様にどこかの貴族の居室のような綺麗な部屋となっていた。
金を基調とした白色の壁紙にタイル式の床が特徴的な作りになっている。
訪れた人を楽しませるように作られたのだろう。目的が帝国の権威を使者に見せつけるためとはいえその配慮には感謝をしたい。
次に修也は部屋の中に置かれた家具を見渡していった。家具は椅子や窓際に置かれている巨大な四人用のベッドが置かれており、その下には地球における虎や狼を彷彿とさせるような毛並みの良い動物の毛皮が敷かれていた。
更に衣装箪笥や水差しを置いたローテーブルまでも置かれていた。いたせり尽せりとはこのことだ。
何から何まで整えられた部屋の設備に対して修也は思わず顔を綻ばせていた。
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