上 下
63 / 106
第一部 五章 大陸初の統一国家

魔に魅入られし者と光に魅入られし者の舞踏

しおりを挟む
カールは自分の失態を嘆きながら、ここ最近の自分自身の反省を顧みていた。
商人達の決起が失敗した後に、父親を宥めて国内の増強を図ったもののその増強は無能なる老臣と父親のために前以上の増強を図る事はできなかった。
カールは自分の無能さが嫌になり、酒を煽っていたまさにその時だ。彼の部屋の前の扉が鳴る音が聞こえる。
カールがアドルフかと思い、入室を許可すると、彼の前に現れたのは見知らぬ茶色のローブを被った男であった。
男はカールの部屋の扉を閉め、ローブの懐から一本の紫色の怪しげな色を帯びた短剣を取り出す。
男はカールの元に短剣を地面に向かって投げ、カールの足元に届くように考えてから、男は地面の底から聞こえてきそうな程の声で言った。
「これはお主ら一族にしか使えない魔法だ。他の王家の人間には使えないが、お前達黒十字シュヴァルツ・クロインツ家の人間のみ宿る本質を呼び起こし、お前にはヴァレンシュタイン家の双子の騎士以上の力をお前達に授けるだろう」
黒色の男はそう言って指を鳴らすと、今度は煙のように姿を消す。
カールの足元に投げられた短剣以外にはもう彼の存在を裏付ける物はない。
カールは足元の短剣を拾い上げ、短剣の塚を触りながら、短剣を片手で回していく。
短剣の光は妖しく光り、短剣全てを見る者を鑑賞の代償として地獄に引っ張りかねない程の恐ろしさを秘めていた。
カールはこの恐ろしい短剣に鞘が付いていない事を確認し、誰もいない事を確認してから、自身の部屋の三割を占める天蓋付きのベッドの足元にナイフを隠す。
カールの部屋に明るさは殆ど無いために、寝台の下で光っても怪しさは無いだろう。
カールが短剣の事を考えていると、タイミングを図ったかのようにドアの扉が叩かれ、中に自身の腹心アドルフ・フォン・アルフレードが現れた。
アドルフは一礼を済ませてから、カールの耳に囁く。
カールはアドルフの元から耳を離すと、彼はしかめ面を浮かべて叫ぶ。
「何ッ!我々の国境付近にドラゴンが目撃された!?それは本当か?アドルフ」
「国境近くの砦の村民から得た情報です。間違いは無いでしょう。ガラドリエルの小娘め、我々を挑発しておるらしいですな、我々がいくら兵を進めても焼き殺せると主張しておるのでしょうな。我々ならば、竜の恐ろしさを存分に理解しておりますが、父君はどうお考えでしょうか?直ぐにでも激昂し、軍を進めるのでは?」
「ガラドリエルの小娘は父上の事がよく分かっておるらしい。父上はこのような挑発を黙認する男ではない。私がいくら宥めても出陣するに決まっておる」
カールは強く拳を握り締めながら、目の前の拳を見つめる。カールの決断に黒十字シュヴァルツ・クロインツ家の裁断がかかっている。
ヴァレンシュタイン家が白十字ヴァイス・クロインツ家の勢力を飲み込んだ時点でその均衡は既に破られていると言っていい。
既に兵力差は黒十字シュヴァルツ・クロインツ家の兵力を飲み込む程の差と言っても良いだろう。
カールはこのまま父親が病没するのを待っていたが、上手くいきそうにはない。
かくなる上はヴァレンシュタイン家と雌雄を決して決戦に挑む他はないだろう。
カールは寝台から立ち上がり、訪れたアドルフに助言を乞う。
アドルフは顎に人差し指と親指を乗せながら、暫く考え込む。
彼は次に冷静な視線を向けて、
「閣下、我々が勝つ方法は一つだけあります。奴がかつてのフリードリヒの居城に住んでいる事は閣下もご承知の筈ですな?その領土は我々の国境からさほど離れていない場所に位置しております。我々が短期決戦で奴の居城にまで攻め込み、小娘を人質にすれば我々にとっての勝利は揺るぎないものとなるでしょう」
アドルフの出した提案にカールは体全体に衝撃を受けたようだった。
彼は暫く固まったまま動かさずに、アドルフの両手を強く握り締める。
「助かったぞ!アドルフ!我々にまだ勝機はある!」
「ですが、閣下、小娘の所有するドラゴンはどのように対処なさるおつもりで?」
「案ずるな、我々に勝機は残っておる」
カールは妖しく口元の右端を吊り上げる。





砦の防衛に一万人は多いような気がする。ディリオニスはそう女王に進言したい気分であったが、それだけ彼女がこの砦の防衛に重点を置いているという事なのだろう。
周囲を森に覆われている事から、森を軍隊で突破するのは難しいだろうし、唯一残った道と言えばガラドリエルが築いたこの砦なのである。
ここを突破されれば、直ぐにでもヴァレンシュタイン家の城に迫られる事を考え、彼女がこの砦には最大限の防衛を張っているのは当然とも言えよう。
王の頭脳キングズ・ヘッドを務めるユーノ・キルケにこのドラゴンを連れてくる許可を出したのも分かる。
ディリオニスが一万人の兵士達の稽古を見守っていると、見張り台の上の兵士が大きな声で叫ぶ。
ディリオニスが見張りの兵士の言葉に従い、砦の屋上に上がるとそこには大勢の数の黒の十字架の入った紋章を付けた甲冑の兵士達が向かって来ている事に気が付く。
ディリオニスは屋上から駆け下り、他の兵士達に戦闘準備を叫ぶ。
チェスの駒のような砦の門は防がれ、その前に防衛隊の兵士達が現れ、迫って来る兵隊達を迎え撃つ準備を始めていく。
ディリオニスは女王への早馬を送ると、目の前に迫る兵士達に意識を集中させ、ディリオニスは体の中の英雄に数を尋ねる。ジークフリードはディリオニスに五万程だと告げた。
ディリオニスはその数を叫び、守備兵達の間に動揺が巻き起こったが、双子の騎士はドラゴンと自分達の存在を強調し、兵士達を鼓舞していく。
ディリオニスとマートニアは互いに鞘から剣を引き抜き、戦闘に備える。
同時に森から震動が起こり、一頭のドラゴンが姿を表す。
ドラゴン一頭と四千五百の守備兵によって、ここに迎撃戦が開始された。
双子の騎士は唸り声を上げて、前方の兵士達に斬りかかっていく。
馬上に大きくて派手な鎧を身に付けた男が居るのを発見した。
二人はその男に向かって斬りかかろうとしたが、男は空中に振り上げていた剣を下ろし、突撃の指示を出す。
大勢の兵士達が迫る中で双子の騎士達は斬り合っていく。
双子の騎士達が攻撃を開始するのと同時に、ドラゴンは空中を移動し、敵の弓兵隊を中心に後方の部隊を焼き払っていく。
後方で阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえてくる。
馬上の男は突撃を指示し、前方の敵を破るように指示を出していく。
双子の騎士は悟った。この戦いの数の差はドラゴンによって覆されるかもしれないと。
しおりを挟む

処理中です...