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第三部『未来への扉』

ヴァレンシュタイン家の女王

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「あんたら本気で言っているの?」
西原さやかは腰に手を当てて双子の顔を覗き込む。
「そうだッ!もうお前達の言いなりにはならない!」
「ペットの癖にご主人様にそんな口を叩くのかよ?石原ァァ~」
さやかの指示には恋人は逆らえられないらしい。彼は大きな右ストレートを勇気に向かって振ったが、勇気は石原慎二の右手を捻って逆に慎二をねじ伏せた。
それから、地面に倒れた慎二に向かって強烈な溝落ちを喰らわせた。
慎二は悲鳴を叫ぶ。勇気は闘争心の炎に燃えた瞳で西原さやかとクラスの中心グループを睨む。
「石原は倒したよ。次に来るのは斎藤が来るの?それとも、他の奴が来る?」
勇気の迷いの無い瞳と石原慎二をねじ伏せた強さに怯えたのだろう。クラスのメンバー達は恐怖心に駆られて逃走していく。
西原さやかは右手を震わせながら、双子の騎士に向かって叫ぶ。
「あ、あたしを傷付けたら、親父が黙ったねーぞ!あんたの親父も首にさせてやるからなッ!」
西原さやかの首元を由希が掴み上げる。
「上等だよ!やってご覧なさいよ!そうなりゃあ、あんたの会社に行って、あんたの親父を大きなビルの上から突き落としてあげるからッ!」
由希の剣幕と大きな言葉にさやかは全身を震わせていく。
舌のみならず顎も震わせて教室から飛び出していく。
双子の夫婦はその姿を眺めていると、大きくハイタッチを交わす。
その後の事をかいつまんで話しておくと、事の顛末を聞いた二人の両親は二人を抱きしめて泣いてくれた。
その後、父親は自ら退職届を会社に叩き付けて別の会社へと転職した。
収入は少なかったが、父親は双子がもう二度と西原に呼び出されないで済むかと思うと、ホッと胸を撫で下ろす。
間も無く、二人は家の事情のために転向する事になり、西原や忌まわしき人々の在籍している学校を去っていく。
双子の転入先である中高一貫の高校は前の学校同様に学ランとセーラー服の学校であったが、二人は制服にトラウマが無いのか抵抗なく新しい制服を着ていた。
勇気は次に現れた学校では暗い性格を直したためか、友人に囲まれていく。
由希も元の明るさと活発さを取り戻して、新しい友達を作り始めた。
二人にとっては満ち足りた日々であった。
だが、二人の頭の片隅にはいつまでも女王と異世界の事が頭に残っていた。
そして、2008年も後三ヶ月を残すようになったある日、学校の中はある転校生の噂で持ちきりになった。
勇気はニキビ面の友達に向かってその噂を尋ねる。
「何だよ。鷹山知らないのか?高等部の三年に美人の転校生が現れたんだぜ!しかも、三人も!」
勇気はその噂に胸を躍らせていく。その噂を由希にも伝える。
「確かに、陛下っぽいけど、でももう会えない筈でしょ?」
「そうだと思うんだけれど、でも、話を聞くうちにどうしても、本当に陛下なんじゃあ無いのかなって思ってさ」
勇気がそんな事を考えていると、クラスの入り口に多くの生徒が詰め掛けている事に気が付く。
二人が何事かと教室の入り口に顔を覗かせると、何と二人の視界に映ったのは異世界で自分達が仕えていた女王と王の相談役と騎士団長であった。
全員がセーラー服を着ていたのにも驚いたが、それ以上に三人にまた会えたと言う嬉しさの感情が混じった。
勇気はいや、ディリオニスは長い金髪碧眼の美しい顔立ちの女性の両手を握り締めながら、
「陛下!どうしたの?どうして、キミがここに……!」
「お前がそのような反応を取るのも最もであろうな、これまでの経緯を話してやれ、ユーノ」
「はい、陛下……と仰りたい所ですが、ここでは人目につき過ぎますね。向こうで話しましょうか?」
ユーノは華奢な細くて芸術品のように美しい人差し指で空いている階段と教室を隔てる広場を指差す。
ガラドリエルとユーノの二人の後に続く由希と勇気を追い掛けようと他の生徒達をガートールード・ムーンが大きく掌を広げて入り口で押し留めていた。
ユーノは広場に着くと、人差し指を掲げて話を続けていく。
彼女の話によれば、あの戦いの後にガラドリエル一人が塔の外から帰還したらしい。
ヴァレンシュタイン家の近衛兵団『透明の盾を持つ剣士達ガラス・オブ・ソード』の面々は落胆したそうだが、ガラドリエルはしょうがないと言い放ってその場は一度は引いたらしい。
その後、ガラドリエルは二人の信頼する騎士を失った行動から今まで以上に政治の問題やら自身の勉学に熱心に取り組むようになったらしい。
「最も、まだ世界には難しい問題は沢山あった。私があの世界の難しい問題に行き詰まっていたある時に、私の夢の中にオーディンが現れてな……」
会話の途中で口を挟んだガラドリエルはそのままユーノから説明を引き継いでいく。
女王の話によれば、偉大なる神、オーディンは何と女王に双子の居る世界へと政治や学問を学ぶための七年間の留学を許可したと言う。
そして好きな付き人までも二人まで連れて行く事を許可した。その上、留学を終えた後には向こうの世界とこちらの世界を行き来する道具をくれると言う。
まさに、いたせり尽せりの対応であった。ガラドリエルは満足そうに両頬を弛緩させながら、
「金はどうやら、我々の全能なる神が負担してくれるらしい。毎月口座とやらに一定の額が振り込まれるらしいな。そして、こちらの世界に現れてからの住居やら入学やらの面倒な手続きは全てユーノに任せた」
「陛下は本当に魔道士使いが荒いんですから、まぁ、私はそんな陛下が私は大好きですけれど」
髪をかき上げながら澄ました笑顔で呟くユーノにガラドリエルはクスクスと笑う。
そんな中で、ガートールードは三人の元に現れた。
彼女でさえセーラー服を着ていたのだ。双子のは驚きを隠しきれずに、思わず目を丸くしてしまう。
「何を笑っておる、見世物では無いぞ」
プイッと顔を背ける彼女の姿さえも二人にはおかしかった。
ガラドリエルは改めて女王らしい威厳に満ちた顔で二人に問い掛ける。
「約束したな、お前達二人は私に生涯仕えると……」
双子の騎士はその言葉を聞いて彼女の足元に跪く。
女王は双子の騎士の姿を見ると、もう一度満面の笑顔を見せて、
「良い、頭を上げよ。また会えて嬉しいぞ、我が騎士よ」
ガラドリエルは双子の騎士に向かって華奢な芸術品を思わせるかのような細くて美しい腕を突き出す。
双子の騎士は彼女の手を取り、彼女の手の甲に忠誠の口付けを交わしていく。
女王は双子の姿を満足そうに見て口元に優しい笑顔を浮かべて見守っていた。










あとがき
皆さん、『いじめられ勇者』を読んでくださってありがとうございます。
これ程までの人気を得た作品を書かせていただきました事を心の底から嬉しく感じております。
三週間ほど連載させて頂きましたが、本当にあっという間に時間が過ぎたような気がしましたね。書いている間に筆が乗って、一番調子が良かった時期には一日に五本も上げてしまいました(笑)
これ程の執筆スピードがあったとは僕自身も驚いております(笑)
皆さん、最後にもう一度この作品を楽しんで読んでくださった事に深い感謝の念をお送りさせていただきます。
新作の構想もまだありますが、暫くは魔法刑事シリーズ一本に絞らせて頂きます。
本当にご愛読ありがとうございました!
では、皆さん魔法刑事シリーズかもしくは全く別の新たな作品を読んでくださると嬉しいです!(図々しくてすいません)
また今後もご愛読賜っていただけたら、嬉しいです!
くどいようですが、もう一度お礼を申し上げます!ありがとうございます!!
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