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サラマンダー・パシュート編

外道どもに終止符を与えよ!

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サメディにとっても、また彼の暫定的相棒であったアナベルにとってもまさか再戦時に出した、それも事が有利に運ぶと見越して召喚した剣がここまで戦局を変えるとは思っても見なかったに違いない。
実際、サメディは自身の体に残った傷を信じられないと言わんばかりの目で眺めているし、アナベルは現在のサメディの様子がいまいち掴めなかったのか、虚な瞳で弱々しく笑い掛けながら、サメディに安否を確認し、再戦を依頼していた。
だが、あの傷ではもう槍を振るったり、剣を振るったりするのは困難に違いない。
だが、万が一の可能性もある。私は密かにその場で自分が倒れた事を信じられないと言わんばかりに目を開く男に向かって銃口を向ける。
引き金を引く事に躊躇いは無い。森の中に発射され銃を放った時に鳴る独特の轟音が周囲に鳴り響く。
アナベルは信じられないと言わんばかりに両眼を大きく広げて、命乞いを始めていくのだが、私は躊躇う事なく彼女の向かって銃口を突き付ける。
「ま、待ってよ!あたしが悪かった!だから、やり直すチャンスを頂戴!ほ、本当に悪かったから。ね?」
「あなた、自分がやられて嫌な事を他人にするなって学校で習わなかった。いや、忘れたんでしょうね。あなたにとってはそんなものは不要な知識だったんだから……」
私は聞き込み調査の時に涙を流した教師の奥さんの姿が脳裏に浮かぶ。
どうして、あんないい人が、生徒の事を思って熱心に指導していたあの人がと嗚咽声と二人に訴えかけるあの姿が忘れられない。
だから、身勝手な逆恨みであの教師を殺害したアナベルが許せない。
だが、彼女は私の意図を理解していなかったらしい。大慌てで握っていた武器を落とし、両手を振って、
「待って、待って、降参!降参!あたしが悪かった!あんた今から警察署に行くんでしょう?なら、あたしも連れて行ってよ!そこで生きて罪を償わせてよ!ね?」
「泣き言は地獄の鬼にでも言うのね」
私が尚も銃を下ろさない事で踏ん切りが付いたのか、彼女は慌てて地面にしゃがみ銃を拾い、立ち上がって私に向かって拳銃を突き付けようとしたが、彼女が得意気になって銃を突き付けようとした瞬間を狙って彼女の額に向かって銃を放つ。
眉間に穴を開けて彼女は地面へと落ちていく。ゆっくりと膝を落とすと、そのまま憑物が落ちたかのようにあっさりと地面に向かって仰向けに倒れていく。
「あなたには絞首台なんて上等なものは似合わないわ。あなたに相応しいのはそうやって地面の上で惨めに這いつくばって死ぬ事ね。あの世で殺した先生に謝る事ね」
私は彼女の死を見届けると、口笛を吹いて奥へと逃げていた馬を呼び寄せる。
私は馬を走らせながら考えた。あの男に勝てたのは運が良かったからだ。
あそこであの男がロングソードではなく、槍や銃などを選んでいたのなら戦局はこの様には上手く進まなかっただろう。
私は自分の運の良さに感謝し、警察署に到達すると、そこで昨晩に自分の家に迷い込んできた少女の話とここに来るまでの話を話していく。
黄色のロングコートを纏った保安委員の男たちが事件現場に駆け付けていく姿も私は見た。
結果は保安委員が後に病院へと移動させた後に事情聴取をする事になった。
彼女の受けていた扱いはお世辞にも良いものではなかったのだし、その背後に王国の裏社会を牛耳り掛けている巨大犯罪組織の陰があるとするのなら尚更だろう。
警察の送迎用の馬車が私の家の前に停まり、そこに彼女が乗せられて運ばれていく。
ようやく私の寝室も空いたわけなのだが、いざ彼女が立ち退いてみれば寂しいものがあるような気がする。
ベッドの片付けをするピーターを私は一階のリビングルームで酒を飲んで待っていた。
片手にワインを飲み、今日の疲れを癒していると、窓の外から夕陽が差し込む。
何と美しい光景なのだろう。と、私が夕陽の美しさに感激していると、ピーターが二階の私の部屋からシーツやら何やらを持って現れた。
その後に話を聞くと、どうも彼女が汚してしまったシーツを洗濯するらしく、この後に二階のリネンルームから新しいシーツを持って来るらしい。
次いでは明日、少しばかり家を開けても良いかと私に尋ねた。
どうやら、彼女はピーターを待ちわびているらしく、明日にでも事情聴取を円滑に進めるために、ピーターが行く事になったらしい。
私は躊躇う事なく許可を出す。ピーターは嬉しそうな顔をして手を叩いて許可を貰った事を嬉しがっていた。
第一、明日には学校があるのだ。そもそも週の端の二日間のうち、一日は半日で終わる筈なのに、議論が遅くまで続いたせいであんな時間にまでなってしまっていた。
私はあの日の事を思い出そうとしていたのだが、嫌な思い出を何とか頭の奥底に押さえ付けて、頭の中から弾いていく。
そして、これ以上飲むのは良くないと判断し、ピーターにワインを片付ける様に指示を出し、私は二階の部屋へと戻り、自習をしに向かう。
自習をしていると、新しいシーツを運んでくるピーターの姿が見えた。
バダバタとシーツを替える音が煩かったのだが、構う事なく私は月曜日に当てられる数学の復習を進めていく。
シーツを替えた後にはもう寝るしかないだろう。私は部屋着からネクジェへと着替えると、ベッドの中に寝転ぶ。
翌日、ピーターに起こされ、鞄の中に月曜の用意を詰めてから、ロングドレス状の制服へと着替え、彼の用意した朝食を口にし、学校へと向かう。
私が教室に到着すると、教室ではどうやら、昨日の事件の事が話題になっていたらしく、私が入室するなり、殆どのクラスメイトが昨日の事件について尋ねて来た。
「ほ、報復に遭ったって本当なの!?大怪我とはおっていないの?」
「そうそう、おまけにお前の家にボロボロの少女が泊まったって言うじゃあねぇか?あれはどういう事なんだ?」
カレンとソルドが次々と口を開いて、今のクラスメイト全員の思っていた質問を口にしていく。
私は大丈夫よとだけ答えて、自分の机に座る。
同時に例の哲学教師風の男が扉を開けたのは殆ど同じタイミングであった。
騒つく生徒たちを彼は空咳で黙らせ、自身の授業へと付けていく。
授業中だけは静かになるだろうが、この後は休み時間のたびに煩く質問され続けるだろう。
私はこの後の事を思って苦笑した。
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