婚約破棄された悪役令嬢の巻き返し!〜『血吸い姫』と呼ばれた少女は復讐のためにその刃を尖らせる〜

アンジェロ岩井

文字の大きさ
39 / 223
第一章『この私、カーラ・プラフティーが処刑台のベルを鳴らせていただきますわ』

重い雲は緞帳のように空の上に掛かって

しおりを挟む
目を覚ましたセバスチャンは必死になって腕を伸ばしていく。これまでの自身に満ち溢れた様子とは異なり、体全体から脂汗が噴き流れ、青くなった体で必死になってノートを求めていた。

「パパッ!ノートって!?」

「つ、机の上に置かれているノートだ。頼む……」

それを聞いたメーデルが他の人物を突き飛ばし、机の上に置かれているノートを抱えたかと思うと、全て父親の手の中へと押し付けたのであった。
セバスチャンは娘から押し付けられたノートを見て涙を溢し、そのノートに顔を埋めていく。

「……レキシーさん。あのノート」

「間違いないね。この国を揺るがしかねない奴にとって格好の強請りネタをまとめたものだろうね」

二人が真剣な表情を浮かべていたときだ。再び寝台の上でセバスチャンが呻めき声を上げて懇願するように言った。

「頭が痛い……割れるように痛い。刃物で刺されたみたいだ」

レキシーはその病に心当たりがあった。セバスチャンを苦しめている病は恐らく頭にまつわるものなのである何度目かの頭痛が来たのならば終わりだという病だというのをレキシーは医学書を通して知っていた。
セバスチャンはもう長くはないのだろう。だが、それを気の毒だとは思わない。目の前で病気で苦しんでいる男は数多くの人間の人生を狂わせ、その弱みで飯を食べてきたような男なのだ。
そのような男など病気で苦しんで死ぬというのはなんともお似合いではないだろうか。
殺しを終えた後にギルドマスター本人もしくはヒューゴを通して渡される報酬を断らなくてはならないが、それでもこの男が苦しんで死ぬのならばそれだけでもいいとさえレキシーは思っていた。
その時だ。レキシーの中に妙案が頭の中に浮かんだ。それは最後の最後でセバスチャンを苦しめてやろうというものだ。
レキシーは苦しむセバスチャンに向かって告げた。

「……確かにあたしは治す術は持っていないが、これらの症状を和らげる薬を作ることはできるよ。一日だけ待ってくれたら、診療所で作ってきてあげるよ」

セバスチャンはそれを聞いてまたしても呻き声を上げていた。
必死に手を伸ばし、大きく首を横に振った。当然だろう。セバスチャンは呼び出された四人の正体を知っているのだから。
当然ティーダー侯爵家の末路も知っているだろうから、セバスチャンは自身の体に毒を盛られることを懸念したに違いない。割れるような痛みに襲われているにも関わらず、必死に頭を押さえながら拒絶の態度を取ってみせていた。
だが、不幸なことに正体を知らせなかった娘はこの提案を天の助けだと受け取ったに違いない。嬉しそうな顔を浮かべて父親の体を揺さぶっていく。

「やったね!お父さん!楽になるんだって!よかったじゃん!」

「ねぇ、伯爵様。ここは娘さんの言うことを大人しく聞いておいた方がいいんじゃあないのかい?」

セバスチャンは二人が発した言葉を聞いても尚も必死になって首を横に振る。
ティーダー侯爵とその一家がどのような末路を辿ったのかを仕入れたからこそここまで拒絶ができるのだろう。
だが、娘の強い説得によって伯爵は薬を受け入れることを決め、四人は一旦その場から帰されることが決まった。
去る間際にカーラはイーサンに向かって問い掛けた。

「ねぇ、フォレストさんはどこにいますの?」

「地下牢だよ。会っていくかい?」

「……いえ、レキシーさんのお薬の精製を手伝わなくてはいけませんので……これで失礼致しますわ」

カーラは丁寧に頭を下げて部屋を立ち去っていく。
部屋の扉が閉まった後でイーサンが立ち上がり、セバスチャンが寝る前に飲むために置いていた高価なブランデーの瓶を取ると、それをラッパ飲みし、手で口元を拭い、顔を赤く染めながら弱っているセバスチャンに向かって笑い掛けた。

「ヘヘッ、しかし旦那も悪どいことを考えるよねぇ。死んだフォレストの爺さんを人質にあいつらを誘き寄せるとはねぇ」

「ねぇ、あの爺さんとあいつらとになんの因縁があったの?」

「まぁな。だが、お前にはどうでもいいだろうが」

何も知らないのは娘一人だけだ。それでも、イーサンからすれば親切に教えてやる義理などない。イーサンは空になった酒瓶を地面の上に放り投げると、相棒であったフォレストの死因を思い返していく。既に国軍によって捕えられた時にはフォレストは虫の息であった。長年の相棒の陰惨な姿に思わず憐憫の情を見せたイーサンであったが、知らせを送らないわけにもいかない。伝令を乗せた馬車を城下の外れにあるネオドラビアの教会に向かわせたのだが、その際に司祭がフォレストの乱心とも言える行動に激昂したのは前述の通りである。大司教による破門宣告を受けてイーサンはフォレストに止めの一撃を与えたのであった。

イーサンがフォレストを殺した時は脅迫によって集めた国中の名医による診察を受けていたセバスチャンであったが、それを聞いて明らかな動揺を見せたが、まだ生きているように見せかけて二人を屋敷に訪れさせるように記した手紙書き記したのであった。
イーサンは自分の手で殺した相棒のことを思うとどうしても心が切なくなってしまっていたのだ。妙な違和感が胸に引っかかって仕方がなかったのだ。
やむを得ずにイーサンは今度はその胸に引っかかった違和感を誤魔化すために飾り付けられている果物を貪り始めたのである。
以前ならばフォレストの手によって暴食を取り止められただろうが、今は止める人がいないので果物は好きなだけ食べることができた。

一方カーラたちの方はといえばフォレストの安否などつゆとも知らずにセバスチャンに投薬するための薬を作りに診療所へと戻る最中のことであった。
伯爵家の廊下は長い。当初こそ重い空気を引きずっていた四人であったが、沈黙に耐えきれなくなったのかヒューゴが雑談を切り出したのを契機に四人が伯爵家の廊下の中で会話を始めていくようになった。内容は殆どが他愛もない雑談であった。だが、入り口が近づいてくるにつれてカーラの顔が重くなっていくのを見て、レキシーが溜まりかねて問い掛けたのであった。

「あの男の元に寄っていかなくてよかったのかい?」

「……いいんですの。フォレストさんからすれば牢屋で繋がれている姿なんて一番敵には見られたくない姿でしょうし。あのお方の安否を知れただけでご安心ですわ」

カーラは小さな声で言った。その声にはどこか自信がないようにも感じられた。
恐らくカーラは自身の言葉にすら戸惑いを感じているのだろう。彼女の本音としてはそんな辛い姿を見たくないというのが本音だろう。
レキシーはその姿を見るたびにセバスチャンに対する怒りを強めていく。
このような卑劣な手段で自分たちを誘き寄せたセバスチャンという男に対する強い怒りだ。レキシーが拳を強く握り締めていた時だ。ギークが不意に声を上げた。

「これは最悪の考えなんだけど、もしかすればフォレストさんとやらは死んでいるかもしれないよ。あのデブならば死んでいるのに生きてると見せかけて、誘き寄せるくらいはやりそうだしね」

その言葉を聞いてカーラはハッと息を飲んだ。そのまま複雑な表情を浮かべて視線を逸らしたカーラの代わりに言葉を返したのはヒューゴだった。

「そんなことあるものかッ!きっとその人は生きているッ!」

「……どうかな?あのデブならやりかねないよ。なにせ相手は強請りの王様だからねぇ。どんな手段を使ってるかわかったもんじゃないよ」

それを聞いたカーラはしばらくの間沈黙していたが、すぐに満面の笑みを浮かべて問い掛けた。

「……ねぇ、レキシーさん。そのようなお方に本当に薬をお作りになられるんですの?」

「……あたしはこう見えても医者で通ってるんだよ。向こうが病人だったらそれ相応の処置をするのが筋ってもんさ」

レキシーはポツリと呟やくように言った。その後は何も言わずに診療所までの道を進んでいく。
診療所では薬作りの傍らに普段通りの業務を執り行っていたが、カーラの気分はどう足掻いても晴れるものではなかった。気晴らしに外に出て見ると、空が分厚い雲によって覆われていることを知った。
緞帳のように重い雲を見てカーラは無意識のうちに溜息を吐いた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

救世の結界師マールちゃん~無能だと廃棄されましたが、敵国で傭兵のおっさん達に餌付けされてるので、今さら必要と言われても戻りません~

ぽんぽこ@3/28新作発売!!
ファンタジー
「ウチの子、可愛いうえに最強すぎるんだが――!?」 魔の森の隣、辺境伯家。 そこで八歳のメイド・マールは、食事も与えられず“要らない人間”として扱われていた。 ――そしてある日ついに、毒と魔獣の禁忌領域《魔の森》へ捨てられてしまう。 「ここ……どこ?」 現れた魔獣に襲われかけたその瞬間。 救いに現れたのは――敵国の”イケオジ”傭兵隊だった。 「ほら、食え」 「……いいの?」 焚き火のそばで差し出された“温かいお粥”は、マールに初めての「安心」と「ごはん」を教えてくれた。 行き場を失った幼女は、強面のおじさん傭兵たちに餌付けされ、守られ、少しずつ笑えるようになる―― そんなシナリオだったはずなのに。 旅の途中、マールは無意識に結界を張り、猛毒の果実を「安全な食べ物」に変えてしまう。 「これもおいしいよ、おじさん!食べて食べて!」 「ウチの子は天才か!?」 ただ食べたいだけ。 だけどその力は、国境も常識もくつがえす。 これは、捨てられた欠食幼女が、敵国でお腹いっぱい幸せになりながら、秘められた力で世界を巻き込んでいく物語。 ※若干の百合風味を含みます。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

処理中です...