婚約破棄された悪役令嬢の巻き返し!〜『血吸い姫』と呼ばれた少女は復讐のためにその刃を尖らせる〜

アンジェロ岩井

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第五章『例え、激闘が起ころうとも、旋風が巻き起ころうとも、この私が竜となり、虎となり、全てをお守り致しますわ』

新しい国王の即位式

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ピエール・メレンザ将軍の心境としてはクライン王国滞在中に国王アンリナ一世へと引導を渡すつもりでいた。
元々反乱の計画はヒューゴがいようがいまいが関係なしに実行するつもりでいたのだから今回のことは関係なかったのだ。
その理由は至極単純な者である。アンリナ一世がなんらかの理由によって自身の恋人を死に追いやったからである。

アンリナ一世が恋人を死へと追いやったその動機はわかっていない。だが、そのことがなければ自分が胸にうちに反逆の想いを抱くことはなかっただろう。

だが、もう遅い。起きてしまったことは変えられないし、自分の中に芽生えた憎しみの感情はいくら足掻いても、いくら命令されたとしても決して消し去ることができないのだ。
例えるのならば火種が消えたというのにいつまでも燃え続けている紙の切れ端のようなものだ。

メレンザ将軍はそのことを最愛の恋人から最後に送られた手紙を見返しながらそのことを考えていた。
手紙からは恋人の無念だけが伝わってくる。最後の文字に至っては涙で字が滲んで読めそうにない。
彼女の無念が自身の胸のうちに痛いほど伝わってくる。躊躇ってなどいられない。もしものことなど考えても仕方がない。

自分の心の中ではドス黒い憎悪の炎が燃え上がっている。それだけで十分なのだ。
メレンザ将軍は『お針子夫人』ことカーラ・モルダーからそのことを伝えられた計画のことを思い返していく。

カーラ・モルダーはメレンザに反乱を焚き付けたばかりではなく、その方法や詳細まで指南してくれたのだからメレンザとしてはありがたいという言葉でしか言い表すことができなかった。
そのカーラが立てた計画というのはクライン王国に逃亡しているもう一人の国王候補として選ばれていたオレルアンスの王子、ヒューゴを担ぎ上げて計画を起こすというものであった。その際に必要となる兵隊は全てクライン王国の王都に住まう柄の悪い傭兵たちかをかき集めて編成することになっていた。

普段は弱者に当たり散らすことしかできず、害虫駆除人とは敵対ばかりしている傭兵たちをここぞとばかりに徴収して役立たせるということを思いついたのはカーラからしてもメレンザ将軍からしても妙案のように思えた。
主戦力となる傭兵を集めるための費用はアンリナ一世が持ってきた大金の一部を流し、用いることになっていた。
以前資金が詰め込まれた金庫の鍵の場所は教えられている。計画に不足はない。

アンリナ一世自身が用いた資金によって百名ばかりの兵士が加わる算段となっている。自身で自身の首を絞めるという行為を行うことになったのは皮肉以外の何者でもあるまい。
そうした計画の日時としては留守役が板についてきた頃合にアンリナ一世が舞踏会なり園遊会なりで屋敷を抜け出した頃を目指して、リバリー男爵夫人の屋敷を後にした時に行うことになっている。

この際先述したようにアンリナ一世から怪しまれぬようにメレンザ将軍は少し前から行事に同行することを拒否し、留守役に徹することになっている。
そして、将軍は自身に与えられた立ち位置を利用して決行の日におけるお昼時を目処にヒューゴや急遽雇い入れた兵士たちは屋敷の裏口からカーラ並びにメレンザ将軍の手引きによって侵入を果たし、新たにオルレアンスの旗を掲げて正当なる王位を主張させるという手筈になっていた。

アンリナ一世は激昂に駆られ、親衛隊と共に突撃することは明白であるが故にそこを屋敷に籠るメレンザ将軍と背後からフィンによるクライン王国の軍隊が挟み撃ちにするという算段となっていた。
メレンザ将軍は素晴らしい計画のように思えた。アンリナ一世の性格上、大事に思っている婚約者を人質に取られれば理性を失い、手負いの獣のように怒りくることは目に見えている。

その点に関しても問題はないように思われた。カーラの立てた計画には舌を巻くばかりである。
あとは計画が上手くいくかどうかである。気まぐれなアンリナ一世のことだ。途中で計画を中止して屋敷に帰ってしまうことも想像できる。
或いは突然寄り道を行い、そのまま街の中で時間を潰しているかもしれない。

そうなった場合が非常に厄介となるのだ。
なにせ、街中である故に小回りがきく。城の中にいる場合とは状況が違うのだ。
そうなならないための対策としてはメレンザ将軍からすれば神に祈るより他に思い付かなかった。

メレンザ将軍としては一番心臓の慟哭を鳴らしたのは決行当日の朝のことであった。無事に向かってくれるのかが不安であったのだ。
だが、そんな心配を他所にアンリナ一世はエミリーに口付けを交わし、親衛隊の八割を引き連れていった。
そして、当初の予定通り、メレンザは残った親衛隊の面々と共に城の中へと旅立っていったのである。

実行のタイミングは今を置いて他にあるまい。あとはお昼時を目指すだけだ。メレンザ将軍は時間まで屋敷の見取り図を部屋の中で見返していた。
しかし、それでも時間は遅く感じた。緊張していると時間が遅く感じると聞くものであるが、時計の針が決行を邪魔するためにわざと意地悪しているかのような遅さであった。メレンザ将軍がやっとの思いで部屋を抜け出し、準備に向かおうとした時だ。

「おい、何をやっている」

と、残った親衛隊の兵士に声を掛けられたのである。

今騒動を起こしてはまずい。メレンザ将軍はいつも通りの無愛想な顔を浮かべながら、

「いや、少し外の空気を吸いに向かおうと思ってな」

と、何気ない調子を装って答えた。

だが、男から返ってきた言葉は冷徹なものであった。

「外の空気を吸いに?なら、庭の方が適切だろ?どうして、裏口の方に向かうんだ?」

「オレがどこに行こうと勝手だろうが」

メレンザ将軍は突き放したように言った。

「待て、メレンザ……貴様、何か隠していないか?」

「何を隠すというんだ。馬鹿馬鹿しい。下衆の勘ぐりもいい加減にしたらどうだ?」

メレンザ将軍は声をかけてきた兵士を一睨みにしたのである。恐ろしいほどの剣幕で睨まれてしまえば流石の親衛隊も萎縮するより他になかったのである。
声を掛けられた親衛隊の兵士は両肩を強張らせつつも、最低限の威厳を保った顔で、

「チッ、まぁ、いい。気を付けろよ」

と、その場を去っていくのであった。

この時メレンザ将軍は心臓が止まるほどの衝撃を受けていた。それ故に親衛隊の隊員が去っていくのを待ち、胸を撫で下ろしながら裏口へと向かっていくのであった。
裏口の扉を開く鍵は前日部屋を訪れたカーラから渡されている。これを回せばいいだけなのだ。

メレンザ将軍が扉を開くと、そこにはヒューゴたちの姿が見えた。
メレンザ将軍はヒューゴの前に跪き、頭を垂れながら忠誠を尽くしていく。

「ヒューゴ殿下、ご機嫌麗しゅう存じ上げます。不詳臣、ピエール・メレンザ!これより殿下を我がオルレアンスの国王として認可いたし、簒奪者アンリナ・ド=ゴールの息の根を止めてご覧にいれましょう!」

ヒューゴは嬉しげに首を縦に動かし、黙って剣を宙へと掲げるのであった。
そこから先は一方的なものとなっていた。僅かな手勢と百名を超す傭兵たちとでは勝負に関してはもう決まったようなものである。
すぐに屋敷の中は傭兵たちによって制圧され、リバリー男爵夫人の館の上にはオルレアンスの国旗が掲げられた。

こうして、リバリー男爵夫人とその屋敷並びにモルダー男爵夫人を人質にとった大攻勢が開始されたのである。
もっともモルダー男爵夫人ことカーラは内なる共犯者である。
人質というのはあくまでも周囲を騙すだけの仕掛けに過ぎないのだ。

この報告を舞踏会の会場で聞いたアンリナ一世は激昂し、すぐに兵をかき集めてリバリー男爵夫人の元へと向かっていくのであった。
もはや、事件の域を超え、これはクライン王国内に起きた他国の内戦であったといってもいいだろう。

少なくとも最初にアンリナ一世が手勢を引き連れて向かってきた時以上の激震が人々の間に走ったのである。
最初の睨み合いは長く続けられたが、やがて、ヒューゴが屋根の上に登ったかと思うと、そのまま親衛隊を率いて先頭に立つアンリナ一世に向かって叫んでいく。

「兄貴、オレのことを覚えているか!?」

「……ッ、ヒューゴか」

アンリナ一世は忌まわしげに下唇を噛み締めながら屋根の上のヒューゴを睨んでいた。
動揺する兄を見下ろしながらヒューゴは剣先を突き付けていく。

「どうだ?あんたの大事な婚約者はオレの手の中にいるんだぜッ!」

「……貴様ッ、エミリーに指一本でも触れてみろ!生まれたことを後悔するほどの苦痛を与えてから冥界王の元に送ってやるぞ!」

「ご自由に、どうせ勝つのはオレだからな。今のうちに好きなことを言っておくがいいさ」

その言葉を聞いたアンリナ一世は余程、この瞬間に「突撃」の号令をかけてやりたい気持ちでいた。
だが、今動いてしまってはこちらが総崩れになることは頭では理解しているのだ。
大事なのはその機会をいかにして見極めていくかということだ。
アンリナ一世は下唇を噛み続けながら、生意気な弟へと言葉を返していく。

「フフッ、弟よ、貴様は知らないらしいな。簒奪者が長らく王位に君臨したという事実がないことを」

アンリナ一世は歴史上の出来事を引用し、ヒューゴを動揺させる算段であった。

「簒奪者?簒奪者というのは兄貴のことじゃあないのか?」

ヒューゴの指摘にアンリナ一世が眉を顰める。だが、次第に疑念は怒りへと変わっていったのか、指をプルプルと震わせながらヒューゴに向かって人差し指を勢いよく突き付けていく。

「貴様ッ!余を……兄を簒奪者呼ばわりするつもりか!?」

「事実を言ってまでだぜ、兄貴……あんたはお袋を害して、本来オレが継ぐはずだった王位を奪い取っただろ?その理論に則ると、簒奪者は兄貴の方じゃあないか!」

「ふざけるなッ!もういいッ!全軍攻撃ッ!王子を名乗る不届き者を冥界王の元へと送ってやれ!」

親衛隊はアンリナ一世の号令を受けると、大きく声を振り上げながらヒューゴの籠る屋敷へと向かっていく。
だが、屋敷の兵士たちは用意周到であり、彼らはメレンザ将軍の命じられるままに弓矢を放ち、向かってくる親衛隊の兵士たちを次々と馬上から攻め落としていったのである。
空の上から矢の雨が降り注いでくれば誰でも怯えてしまうに違いなかった。
ましてや親衛隊の兵士たちは本来であるのならば舞踏会や園遊会に出かけていた身である。ろくに鎧などを装備しているはずがなく、次々と弓矢によって地面の上へと倒れ落ちていく。

凄惨な惨状を見たアンリナ一世は後退を命じ、今度は自らが装備していた弓矢で屋敷を射るように命じていく。
親衛隊側による弓の反撃により、何人かの傭兵が崩れ落ちていく様子が見えた。
アンリナ一世はこのまま矢を放ち続けるように叫んでいた。

このまま矢による応戦で押し切れるかもしれない。そんなことを考えていた時のことである。
背後から馬の迫る音が聞こえてきた。慌てた親衛隊が振り返ると、それはクライン王国の旗を付けた兵士たちであった。

「な、よ、よくも裏切ったなッ!フィンッ!」

アンリナ一世はそう叫んだが、実のところフィンは裏切ってなどいない。これまで、アンリナ一世と親衛隊を冥界王の元へと送らなかったのはオレルアンス王国に待機している本来の軍隊を恐れてのことであった。
だが、ヒューゴが即位さえすればオルレアンスの軍隊など訪れるはずがないのだ。
それ故にアンリナ一世を確実に仕留めるため軍隊を差し向けるのは当然の処置ともいえた。

こうして、挟み撃ちの格好となったアンリナ一世はこうした危機的な状況を打破するべく、フィンが差し向けた軍隊の中に突っ込んでいくのであった。
この時軍隊の中にはクイントンの手引きにより、潜入したレキシーの姿があった。駆除人ギルドの取り決めにより、アンリナ一世を確実に仕留めるため潜入していたのである。

鎧を被り、男物の服を着て顔を隠せば一女性とはわからない。ましてや馬まで乗りこなしていれば、誰もが勘違いするに違いない。
まさしく、完璧な変装であったのだ。
自身の得物である短剣を懐から取り出し、鞘から抜くと、細身の剣身を露わにしたままアンリナ一世の元へと向かっていく。

この時アンリナ一世は自らの手でこの状況を打破するために剣を振るっていたのであった。
周りから迫り来る兵士たちを相手に必死になって剣を振るうアンリナ一世の側へと駆け寄り、レキシーは懐に隠していた短剣を取り出していく。
そのまま背後から迫り、一突きにする予定であった。

だが、予想よりもアンリナ一世は戦場において勘というものが働くらしい。
勢いよく背後を振り返ったかと思うと、レキシーの手から短剣を自身の長剣で弾き落としたのである。
レキシーの手から探検が滑り落ち、そのままレキシーの首元へと剣先を突き付けていく。

怪しげな光を帯びた剣身はレキシーの喉元へと向かっていった。終わりだ。馬に乗っている状態で武器を地面の上に落とされるというのは拾う術が見当たらない騎士にとって冥界王に見出されたという意味と等しかった。
そうした故事における意味の通り、自分はこのまま冥界王の元へと旅立ってしまうのだろうか。レキシーが思わず両目を閉じてしまった時のことだ。

親衛隊たちから歓喜の混じった声が上がっていく。その声の根拠は閉じていたはずの門を抜けて、単身で駆け寄っていくヒューゴであった。背後をよく見れば正面の玄関が開いている。
恐らくリバリー男爵家の中に隠しておいたと思われる鎧を身に付け、馬に乗ったヒューゴは剣を振り回しながらアンリナ一世の元へと向かっていくのであった。
ヒューゴはこの時オルレアンスのことは関係なく、兄であるアンリナ一世を冥界王の元へと送るつもりでいた。

その理由は至って単純である。自身が相手から対価を貰って仇を討つということを相手と約束をしていたからということにあったのだ。
それは駆除人としての意識からなったものである。ヒューゴは全速力で馬を駆けていき、兄の元へと飛び込んでいったのである。

これにより、ヒューゴはアンリナ一世を半ば強制的に馬の上から引き摺り下ろしたのである。反面自身も馬を失うことになったが、地上での戦いならば負けたことはない。
ヒューゴは剣を振り上げながらアンリナ一世の元へと振りかぶっていく。
アンリナ一世はそれを自らの剣で受け止めた。こうしてオルレアンスの兄弟による運命の決闘が今ここに始まったのである。

お互いにまず、二、三合剣を打ち合う。それから互いに一旦距離を取り、そのまま向かい合っていく。
決闘の場合は一瞬の油断が取り返しのつかない結果を生んでしまう。
それ故にどうしても両者は真剣にならざるを得ないのだ。

それ故に両者とも剣を握り合って睨み合っていたが、やはり常に口を閉じているのは難しいものなのだろうか。
先にアンリナ一世が口を開きヒューゴを罵倒し始めたのであった。

「ヒューゴ、貴様がここまで愚かだとは思ってもみなんだぞ」

「それは兄貴の方だろ?まさか、オレ一人を捕えるためだけにわざわざあんた一人が直々に来るとは思ってもみなかったよ」

ヒューゴは兄に向かって皮肉を投げ返す。兄の言葉に激昂して我を忘れるような性格ではないし、かと言って黙って詰られる性格でもないのでこうした方法を取るしかなかったのだ。

「なぁ、ヒューゴ。最後に問うが、お前はどうして余に逆らい続ける」

「そりゃあ、あんたに捕まったらオレが冥界王の元に送られちまうからね。逃げたくもなるさ」

「大人しく冥界王の元へ行けば、貴様の名誉は保証してやるぞ。幸せのために死んだ賢弟として後世の歴史家に語り継がせてやるわ」

「余の幸せ?オレルアンスの幸せ?じゃあないのか?」

「知れたことを、余の存在こそが国そのものよ!それ以外は全ておれの駒に過ぎぬッ!」

「……貴様、それを本気で言っているのか?」

ヒューゴの顔は嫌悪感に満ち溢れていた。もはやその目に映るのは実の兄でもなければ、オルレアンスという国を背負った国王でもなかった。
ただ、己の欲望のみに動き、自身の考えのみを優先させる怪物の姿だけが映っていた。
アンリナ一世はヒューゴの軽蔑の視線にも気が付かず、自身の愚かな考えをまるで、学者が自身の高説を語るかのように壮大な口ぶりで叫んでいくのである。

「そう駒だッ!盤上で繰り広げられる遊戯と同じよ!駒は操り主のためだけに動き、不平も言わず、ただ戦い、そして散っていく!それこそがまさに余の理想なのだよ!」


「貴様正気か?」

「正気も正気、これこそがまさに王の神髄そのものだとは思わんかね?」

「理解ができん世界だ」

「そうか、ならば良い言葉を教えてやろう。『余こそまさに太陽、国家そのものである』」

「違うッ!国王や貴族はあくまでも守り手に過ぎないんだよッ!真に国家を動かすのは民だッ!王族や貴族よりも大多数の民こそが国の担い手なんだよッ!」

「ふざけたことを抜かすなッ!」

アンリナ一世は激昂しながらヒューゴへと斬りかかっていく。
ヒューゴはその剣を冷静に受け止めた。そして、そのまま剣を弾き返し、返す刀と言わんばかりにアンリナ一世の正面から剣を振いながら叫ぶ。

「ふざけてなどいないッ!これがおれの考える君主の理想のあり方だッ!」

ヒューゴにとってこの考えはずっと国王として国を治める者として絶対に持っておかなければならない心持ちであったのだ。
それを持たない国王には資格すらないと思っていた。アンリナ一世はヒューゴの剣を自らの剣を盾にして防いだものの、その力はあまりにも強過ぎた。
勢いを抑えきれずに、ほんの少し手を緩めたところでヒューゴの剣を防いでいた自身の剣がずれた。

アンリナ一世は身を逸らして寸前のところで剣を交わそうとしたが、ヒューゴの剣は既にアンリナ一世を捉えていた。
そのままヒューゴの剣先がアンリナ一世の右肩へと直撃し、そのままアンリナ一世を一刀両断に伏せたのである。

アンリナ一世は悲鳴を上げる暇もなく地面の上へと倒れ込む。
恐らく、もう事切れてしまったはずだ。ヒューゴが顔を確認すると、アンリナ一世の顔が苦痛の色そのものに支配されている姿が目に見えた。まるで、古の絵画に記される化け物に喰われる人々の一場面のようであった。

なんと、恐ろしい表情をしているのだろうか。兄がどのような思いを抱えながら冥界王の元へと旅立ったのか、ヒューゴには想像すらできなかった。
しかし、何はともあれ決着は付いた。ヒューゴは剣を鞘に収め、アンリナ一世が倒れたことを声高く叫んだのである。
残った親衛隊の兵士たちは慌ててアンリナ一世のもとへと駆け寄り、ヒューゴの言葉を確認していく。

確認が終わり、自分たちの王が冥界へと旅立ったことを確認すると、各々が悲鳴を上げていく中で、ヒューゴはただ一人勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
それから後にはリバリー男爵夫人の館が解放され、人質となっていた女性たちが解き放たれることになったのだ。

そのまま計画に加担した傭兵たちには順調に資金が支払われ、王都へと返されることになった。
相当の報酬をメレンザ将軍の手から渡された傭兵たちはしばらくの間、金に困ることはないだろう。
アンリナ一世並びに彼に殉じた親衛隊の兵士たちへの葬儀が執り行われることになった。

葬儀の主役となったのはヒューゴである。次の国王に相応しい荘厳な服装に身を包んだヒューゴは葬列の席で自身がオルレアンスの次期国王となることを高らかに宣言し、それを隣国の国王であるフィンによって承認されたのである。
フィンは記念として二日後に舞踏会を執り行うことを約束したが、ヒューゴは首を横に振って断ったのである。

「おれはそこまで遊び好きではありませんからね。舞踏会はまた一年後、落ち着いた時期にでもやらせていただきますよ」

ヒューゴの言葉を聞いたフィンは安堵した笑みを浮かべながらヒューゴの手を取った。

ヒューゴもそれを見て、満更でもない笑顔を浮かべていくのである。
そのまま立ち去ろうと目論んだのだが、フィンは慌ててヒューゴを呼び止めたのである。

「待て!ヒューゴ殿……あなたは……」

「仰りたいことはわかりますよ。まだ、カーラが好きかってことでしょ?」

図星であったらしい。フィンは慌てた顔を浮かべている。
ヒューゴはウブな男子を揶揄うクラスの女子のようにニヤニヤとした顔を浮かべながら自身の本心を語っていく。

「えぇ、おれはまだ好きですよ。生涯この気持ちが消えることもないでしょう。けど、国王としての立場はもうそれを許さないでしょうね」

「……なるほど、おれと同じなのか」

フィンは弱々しい微笑みを浮かべながら言った。思えば国王となってからは以前のようにカーラとは頻繁に会うことができなくなってしまっていた。
もちろん、診察にかこつけて話をすることはあるが、それで止まってしまっている。

現状としてはこれ以上関係の発展を望めそうにはなかった。
そんなフィンの考えを見透かしたかのようにヒューゴはニヤニヤと笑う。

「でしょう?立場一つで人には重い障害となってしまうんです。それが王族や貴族に課せられた責務だと思うんですよ」

「……なるほどな、庶民とは異なり衣食住を生涯にわたって保証され、高い教育を受けられる。その代償が自由のない暮らしと力なき者への保護ということか」

ヒューゴは首を縦に動かす。それからまた明るい顔を浮かべながら言った。

「けどね、思うだけならば自由なんです!おれはカーラを世界一愛している!そのことだけは何があってもどこに行っても変わりません。それだけがおれの心境なんです。これには誰にも変えられないことですからね」

「……そうか」

フィンはこの世の真理を悟ったかのような表情を浮かべていた。
だが、すぐに楽しげな笑みを浮かべながらヒューゴに向かって叫ぶ。

「なら、おれも宣言しよう!おれもカーラを深く愛しているッ!この世の誰よりもずっと深くなッ!」

「えぇ、じゃあ、お互いにそういうことにしておきましょう」

ヒューゴはかつての恋のライバルに向かって屈託のない笑顔を浮かべていく。
以前にあった諸々の感情というものは全てすっかりとヒューゴの中から消え去り、後に残ったのはかつて、いや、今も同じ女性を愛し続けている同志に対する心地の良い感情であった。

ヒューゴはそのまま丁寧に手を振って、与えられた部屋へと戻っていく。
明日にはオルレアンスへと帰国することになっている。そのためには少しでも早く眠らなければならなかったのだ。
ヒューゴは寝るための準備を整え、床の中へと入ったが、どうも上手く眠ることができない。

ベッドがこれまで使い慣れていた酒場のものではないということも大きかったが、二年近くを過ごしたクライン王国を明日で離れるということに対してどうしても実感が持てずにいたのだ。
忘れようと両目を閉じても違和感のせいかどうしても眠ることができない。

こうなれば最後の夜を楽しませてもらおうではないか。
ヒューゴは着なれない寝巻きからこれまで使っていた庶民の服へと着替えると、王宮を抜け出し王都へと向かったのであった。
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