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ファースト・ミッション編

拳銃と麻薬とーその⑤

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中村孝太郎と桐野弘之の両者の雌雄を分かつ戦いを見ているのは偶然天下分け目の戦いである、赤壁の戦いを目撃した農民のように運が良かった、と林香蘭りんこうらんは思っていた。
配下の二人でさえ思わず釘付けになっているのだ。自分が夢中になって悪い理由がどこにあるのだろうか。
香蘭は本気でそう思っていた。男二人の華麗な魔法を使う争いは本土における水滸伝や三国演義を上演する舞台のように美しい。
香蘭が次は応援の言葉をどちらかに投げ掛けようと思っていたところで、ようやくこの家を囲む正体に気が付く。
香蘭はテーブルの上に座って二人の争いを目撃していたのだが、その気配に気がつくなり、急いで武器保存ウェポン・セーブから青龍刀を取り出し、背後の壁に投げ付ける。
青龍刀によって腐りかけていた木の壁に穴が空いたことは確実と言える事であった。
だが、肝心の気配に当たった感触がない。
香蘭は少しばかり頬が紅潮したのを感じたが、冷静に自分の中の怒りを押し殺す。
ここで怒ってしまっては相手の思う壺だと考えての事だ。
そこで香蘭は相手が中世ヨーロッパ時代の騎士のように正々堂々とした勝負を狙う人間だという可能性に賭けた。
「さてと……あたしを付けてきたのは誰かな?事と返答によっては容赦しないよ」
香蘭は武器保存ウェポン・セーブから新たな新品の青龍刀を取り出して言った。
持っていた青龍刀の刀がキラリと光る。もし、この刀の上に虫が止まったらそのまま斬れて地面に落ちてしまうかもしれない、その刀を見た相手にそんな印象を与えかねない鋭さの刀だ。
もし壁の向こう側にいる『賊』が並の人間だったのならば、泣きながら香蘭の前に姿を表したかもしれない。
だが、『賊』は並の人間ではなかった。あろう事か大きな笑い声を上げながら香蘭が先程青龍刀で空けた穴を崩しながら入ってきたのだった。
その相手に向かって部下の男二人が即座に武器保存ウェポン・セーブから片手で持てるサイズの軽機関銃を取り出し、『賊』に向ける。
だが、『賊』は香蘭の部下の動作などには眉一つ動かさない。
『賊』は冷静に自分自身の武器保存ウェポン・セーブから二丁のオート拳銃を取り出し、香蘭の部下の男二人の足に向かって銃弾を放つ。
そして、即座に香蘭に銃口を男二人の両足から香蘭に向ける。
その手口には一ミリの躊躇いもない。相手を『撃つ』事を歯を磨いたり、暇つぶしに軽い小説を開く事のように軽く考えているかのような動作だ。
青い髪のいかにも勝気な少女のような刑事は口を緩ませて、
「さてと、あんたがボスってとこかな?東海林会の麻薬ルートの取り引き相手だよ。この街に酔っ払いの親父のゲロより汚ねーヤクを流しているゲロ野郎の親玉の同盟相手っつー所だろ?」
少女の指摘に香蘭は大げさに肩をすくめて、目の前の少女同様に大きく唇を歪ませて、
「アハハハハハ、随分な言われようね、これでもあたし達は人助けをしているようなものなのに」
「人助け?悪党が笑わせるぜ、テメーは『アイアンマン』のトニー・スタークにでもなったつもりか?」
「あなたこそ、エリオット・ネス気取りはその辺にしたら?」
その言葉が向こうの小柄の青髪の刑事には戦闘開始の合図になったらしい。
青髪の刑事の手が引き金の手にかかる。本来ならば目の前に突き付けられていたのだから、弾は香蘭に当たっただろう。
だが、香蘭は弾の動きを見極めていた。彼女は武術を学ぶ際に鉄砲に勝てる技法は『魔法の力』だと信じていた。
その結果として彼女の考えは当たっていたと言ってもいいだろう。
何故なら、弾を見極めるための『目』と避けるための『反射神経』を自身の魔法で極限までに高めていたのだから。
刑事の放ったオート拳銃の弾丸が崩れかけの木の壁にめり込む。
背後でカランと銃弾が落ちる音を香蘭は確かに聞いた。
続いて青髪の少女のような体格の刑事が自分に向かいながら拳銃を撃ち続ける。
それを全て魔法で鍛えた『神経』と『視力』で回避する。
次々と弾丸を避けていく姿を目の前の刑事は自分をジャッキー・チェンやブールス・リーなどの往来の名優が演じるカンフー映画の主人公だと思っていたかもしれない。
或いは『マトリックス』のキヌア・リーブスだと思ったかもしれない。
まあ、どうでもいい事だ。香蘭は青龍刀を構えて刑事に突き刺す事を試みる。
自分の青龍刀の構えを崩せた人間は香蘭は知った事がない。
漫画などでよくある噛ませの中ボスキャラのようだと思ったが、事実なのだから仕方がない。
そして、漫画の出来事は正しかったのだとこの時に初めて理解した。
何故ならば、自分の青龍刀が目の前の女の刑事が出した日本刀によって完膚なきまでに防がれていたのだから。
青龍刀と日本刀の刃が重なり合い、火花を散らす。
一度放し、再び刑事に向かって放つ。
その結果は同じ。再び種類の違う剣がぶつかり合っただけ。
香蘭は少しばかりのは事実だが、それ以上にどうしようもない興奮が自分を襲った。
まさか、これ程までに強い『剣士』に会えるとは思ってもみなかったからだ。
香蘭は戦いの最中で今現在も青龍刀と日本刀を合わせてお互いの首を取ろうとしてる真っ最中だというのにも関わらずに名前を尋ねてみたい衝動に駆られた。
香蘭はウフフと笑ってから、
「そう言えば、あんたの名前を聞いてなかったはね?お嬢ちゃんお名前は?」
「ハァ?バカにしてんの?」
「いいから教えなよ、あたしとここまでやり合えんだから、あんた只者じゃあねーだろ?」
目の前の女刑事は顔に少しばかりの笑顔を浮かべてから、強い口調で、
「あたしの名前は竜堂寺京子!日本一のヤクザ組織の組長、竜堂寺清太郎の一人娘だッ!覚えときなッ!」
香蘭はそれを聞いて思わず少しばかり気が緩んでしまう。
と、そのためだろう。青竜刀の刃が一旦日本刀から離れてしまった。
香蘭はすかさずに背後に下がり、狭い部屋の中で再び青竜刀を構えて動き回る。
このかつての古き良きアメリカを再現した家のリビング兼キッチンと位置付けられた部屋はどちらかと言えば広かったが、異国の剣士同士が試合を行うには最適のスペースとは言い難い場所だった。
だが、香蘭にとっては今まで戦ったどの戦場よりも最高の戦場だと言っても良かったかもしれない。
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