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第七部『エイジェント・オブ・クリミナル』

終わるのはお前か、オレかーその11

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何という痛みだろう。まさか、睾丸を蹴られるという事がこれ程までに効くとは。
これは今後の戦法に活かせるかもしれない。うん、そうしよう。
袁高俅は今、この場で中村孝太郎や彼と自分の周りに存在する煩わしく無力な警備員や警察官どもを皆殺しにし、この場を生き残る算段を既に立てていた。
彼からすれば、周りにいる無個性の固まり。同じ様な制服を着て並んでいる連中など物の数ではない。
彼は無言で青龍刀を構え直し、その刀に自身の魔法を込めていく。
そして、その力を見せ付けるためだけに真下に向かって思いっきり青龍刀を振るう。風を切りながら放たれた刀は地面の上を掠めると、それまでは何ともなかった地面の上にヒビを割れさせていく。
完璧だ。袁高俅はいや、国際指名手配犯、エドガー=袁はいつも通り、自身の魔法の調子が戻った事が嬉しくてたまらない。
彼は刀を手で遊びながら軽く振り回しながら、地面を何度も何度もヒビを入れていく。
刀を振った際に生じる振動。地震の如き力を持った猛威。これこそが、彼を百目竜の殺し屋じめた魔法である。この魔法で何人の暗黒街の大物を葬ってきたのだろうか。
彼は青龍刀の刃を真下に向け、軽く地面の上に震わせながら、三年前は九頭龍と呼ばれていた巨大な組織をとうとう大陸一と呼ばれる様になった由縁の事を思い出していく。
それでも、尚、ニコラス=呂もとい呂蔡京に勝てないのは遺憾を表すしかないが……。
だが、ボス以外ならば彼は勝てる自信がある。睾丸の恨みは倍にして晴らしてやらねばなるまい。
彼は青龍刀の刃の上で生じる振動を最大限にまで高めながら孝太郎に向かって斬りかかっていく。
人の目では見えないが、例えるのならば今の青龍刀は刃の上に竜巻の様に振動が纏わり付いている状態。
それが当たれば奴の刀など粉々に砕け散るに違いない。
彼は勝利を確信して孝太郎の中に踏み込む。予想通り、彼は刀を右手に構えて迎え撃つ。
このままの勢いで刀をかち割ってあの男の頭ごとかち割る姿が目に浮かぶ。
澄ました面をした刑事が刀が割れ、両目を大きく見開き、顔全体を冷や汗で濡らす。
が、それはあくまでも序章。その次に手に持っている凶器が男の頭を真上から直撃し、頭蓋骨を砕き、血を、次に脳漿を、最後に脳そのものを曝け出していく。
脳漿やら脳やらの臓器が辺りに飛び散る絵面はさぞかし地獄絵図だろう。
彼は黄銅色の臓器が辺りに飛び散り、同時に頭から噴出した多量の血がその上に飛び散りこの場にいる多くの人間にトラウマを与える図が頭の中に浮かんでいく。
自身の睾丸を蹴り、これ以上ないまでの絶叫を叫ばせた男の末路としてはこれ程までに似合うものはない。
ウキウキとした笑顔を浮かべながら彼が青龍刀を刀の上に掠めようとした時だ。
彼はあろう事か、左手を繰り出す。そして、彼の青龍刀に近付けると直ぐにそれを引っ込ませる。
彼は一瞬、その意味不明な行動に首を傾げたが、特に気にする事もなく孝太郎の頭上へと突っ込む。
刀は跡形もなく割れる。その筈だった……。
だが、どういう事だろう。両耳に飛び込んだのは金属と金属とがぶつかる時に生じる小刻みの良い音だけ。
予想外の反応に両眉を大きく上げていた時だ。孝太郎は引っ込めたはずの左手をそのまま彼の頬に喰らわせていく。
「グァァァァ~!!!」
彼は発した事のない醜い音を上げて地面の上に転がっていく。
そして、目を大きく見開き、口元を大きく震わせながら何とか青龍刀を振り上げて手を震わせながらその刃先を向けて孝太郎に向かって尋ねる。
「馬鹿な、どうして、どうして、オレの魔法が弾かれているんだ!?」
孝太郎は鋭い両目で彼を見下ろし、見下ろした先で声を震わせる国際指名手配犯のエドガー=袁こと袁高俅に刀の刃先を突き付けながら答えを教える。
「これがオレの魔法だよ。相手のものを全て破壊する……それは例え、物だろうと、時間だろうと、魔法だろうと関係なしにな……」
冷たい声で平然と信じられない言葉を吐き捨てる孝太郎に対し、エドガー=袁は顎をガタガタと震わせながら叫ぶ。
「あ、あり得ない!そんなの卑怯だ!そんな魔法が存在するなんて!」
「卑怯?散々、人を殺してきたあんたにだけは言われたくないな。エドガー=袁」
氷の様な冷たい瞳はまるで獲物を射抜く
猟師の矢の様に彼の姿を貫いていく。
エドガー=袁はその言葉を聞いてそれまでの勢いは何処へやら、体を大きく震わせていく。
その姿はさながら、森の中で罠にかかり身動きの取れない鹿の様。
エドガー=袁は先程の言葉を聞いて自身が犯してきた罪の事を思い出していく。
もし、この場で素直に自首したとしても目の前の刑事はいや、日本の法は彼を許さないだろう。それはかいわれ大根を食べたら臭いゲップが出るのと同じくらいに確実な事。
彼は打開策を思い付くが、共犯者で同じく実行犯の氷上は今は別の場所で相手をしているし、松根の助けを待つという選択肢を選ぶのはあまりにも無謀。
恐らく彼は苦戦しているだろう。そうに違いない。で、なければ戦闘中にマリヤが演説していた部屋を吹き飛ばしている筈。
両者が駄目となれば、助けを期待するという選択肢は存在しない。
でなければ、ここは自分自身の力で何とかしなければなるまい。
クールになれ袁高俅。古の兵法書には何が書かれていた……。
彼は記憶を何とか掘り起こし、孝太郎から背を向けて周りを取り囲んでいた無力な警察官や警備員たちを倒す事に専念し、この場を脱却する事にした。
何かの兵法書に自分の戦力の倍以上の逃げる事が良いと書かれていた。ならば、ここは逃げる方が得策だろう。
あの男の対処など氷上に任せれば良い。氷上が無理ならば松根。とにかく、自分以外の人間に任せるのが良い。
囲んでいる奴らが魔法や銃を喰らわせるよりも前に刀を繰り出せばそんなものは出す暇もなく死んでしまうだろう。
彼が青龍刀を振りながら突っ込もうとした時だ。前に出していた右足の膝に痛みが生じてしまい地面の上に崩れ落ちてしまう。
一体、何なのだろう。彼が恐る恐る正面を見上げると、そこには銃を構えた赤い肌の美女が立っていた。彼は昔、先住民のリーダーの娘が見染められてお姫様になるという大昔のアニメ映画を観た事があったか、彼女はその映画のヒロインを思わせる様な美しさがあった。
が、彼女はアニメ映画のヒロインの様に微笑みを向けたりはしない。向けるのは悪人への憎悪。そして、怒りの感情。
その証拠に彼女は自身に魔法を発したと思われる左手を引っ込めた後に直ぐに自動拳銃の銃口を向ける。
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