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聖戦士編

刺客たちの襲来

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人間が死の間際には必ず走馬灯を見るというが、その走馬灯のうちの半分がこちらに来てからの記憶なのだろうか。
余程、前の世界で私は医者としての人生を父に強制されるのが嫌だったのだろうか。

だとすれば、前の世界からこちらに来たのは正解だったかもしれない。
そう考えたら尚更、死にたくなくなってきた。目の前から迫る忌々しいナイフの刃をどうにかできないだろうか。
そう考えた時、私の頭の中に妙案が思い浮かぶ。腰に下げている電気で作られた短剣を使えばこの事態を打開できるのではないかという考えだ。

幸いなことに私はせせらぐ川の前にまで飛ばされてしまったのである。当然、ここならば土も柔らかくて取りやすい。
私は目の前の怪物に気が付かれないように手で砂を触る。川の近くの砂特有の柔らかさがその土の中には含まれていた。
私は密かに口元を緩め、ゆっくりと怯えるふりをしながら砂を集めていた。

アルマジロの持つナイフが私の目の前にまで迫ったのと私が勢いよく土をアルマジロの目に向かって投げ付けたのは同時だった。
勝ったのは私の方だった。目の前からいきなり土砂を投げつけられ、視界を奪われたアルマジロはパニックに陥り、ナイフをめちゃくちゃに振り回しているではないか。

いい気味だ。私は暗殺者のように息を殺して、そのままアルマジロの背後から短剣を勢いよく突き刺したのである。
アルマジロはどこの国の言葉かもわからない悲鳴を上げてその場に倒れ込む。
私の完全勝利であった。

残りは雑魚ばかりである。私が勢いのままに殲滅しようとした時だ。
また、新たな指揮官が現れた。今度はガマガエルのような姿をしていた。
ガマガエルの顔に手足をした怪物が二本の足で立っているのである。

しかし、先程のアルマジロのように動物としての甲羅を纏っているのではなく、豹や蛇の指揮官と同様に鎧を身に纏っていた。純真な天使たちが花畑の上で遊ぶ姿が描れた美しい絵である。

この世界に来る前に読んだ本の中で、大多数の人々が魅力に惹かれたという絵である。
改めて見ると、やはりこうした場所ではなく、ちゃんとした美術館などで見たい絵である。
こんなどうでもいいことを考えるなど私も疲れが溜まっているのだろうか。

そんな事を考えていた時だ。背後から気配を感じて慌ててその場を飛び退く。
私が先程まで立っていた場所に向かって斧が振り下ろされていた。
魔法がかかっているのか、それとも単なる馬鹿力であるのかはわからないが、振るわれた斧が辺りの小石を粉々に砕いていたのである。

私は電気の短剣を構えながら背後に現れた敵の正体を見つめていく。
敵は前の世界の砂漠に生息する蠍が頭に付いているかのようである。
体は紅色の甲羅に覆われており、艶やかな光体を放っている。脚や腕も同様に甲羅で武装されており、鎧を身に付けてはいない。
けれども、腹部だけは例外なのか、他の天使たちと同様の鎧を身に付けている。
右手には先程、私に向かって振るったと思われる斧を、左手には大きな長方形の盾を持っていた。

「随分と重装じゃあない。夢の通り、私を本気で始末するつもりなの?」

だが、目の前にいる蠍の姿をした天使は答えない。
そればかりか、返答の代わりに斧を振り上げてくるばかりである。
私は二本の短剣を使って斧が直接、頭に振りかぶるのを阻止した。
斧と電気で作られた短剣の剣心とが擦りあって凄まじい音を立てていく。
思わず足が下がってしまう。なんと強い攻撃なのだろうか。

私が苦戦していた時だ。ポイゾとタンプルがの両名が私の救援に訪れた。
二人のうち、ポイゾは直前までの嫌味など放り捨て、ひたすらに私を救うために剣を振るってくれていた。
斧を相手に剣を振るい、強烈な音を立てている。傍らで聞いている限りでは耳心地のいい音楽を聞いているかのような心境である。

無論、ポイゾの鬼気迫る表情からそんなことは言っていられないのだが、それでも自分が自宅のテレビの前で聴き心地のいい音を聞いているかのような錯覚に陥るのだ。
本来ならば、私はポイゾの応援に甘んじることなく彼と共に恐るべき敵に立ち向かわなくてはならないのだが、そう上手くはいかないらしい。

どうも先程から力が入らないのだ。私がこうしてのんびりと戦いを見ていられるのも二人のお陰である。
ポイゾが蠍の相手を、タンプルがガマガエルの相手をしてくれているから私はこうして思考する時間が与えられているのだ。
私が電気の短剣を構えながら戦いを見つめていた時だ。今度は私の目の前に従来の形をした二体の天使が姿を見せた。

「どうやらのんびりと休憩しているわけにもいかないみたいだね」

私は自分に言い聞かせるように告げて、天使たちとの戦いに興じていく。
天使の剣を弾き、その鎧を地面に落としたクッキーのように粉々に砕いていく。
そして、そのままエンジェリオンの体を剣で叩き斬っていく。
人間の姿をしているとはいえ相手は人の形をした怪物であるので良心は傷まない。
残る雑魚を掃討しようとした時だ。タンプルが悲鳴を上げた。

「ちくしょう!待ちやがれ!テメェ!」

声がした方向を振り返ると、そこにはタンプルの手を抜けて、私の方へと向かってくるガマガエルの姿が見えた。
ガマガエルはニヘヘと下品な笑いを浮かべて、剣を構えてきた。
しかも、驚くべきことにその剣は炎を、すなわち魔法を纏わせていたのだ。

「嘘でしょ、魔法を纏わせたエンジェリオンなんて……私、見たことも聞いたこともないけど」

だが、こうして前例ができてしまった以上は対処するより他にない。
私は剣を振り上げて迎え撃つ。炎を纏わせた剣と電気で作られた剣。
どちらが強いのかはわからない。だが、私は負けるわけにはいかない。
私は再び、自分に喝を入れるために雄叫びを上げた。
すると、どうだろう。これまでにあまり異変が起きなかった頭部にも異変が生じたのである。

「……嘘だろう?どうしてきみに変化が起きているんだい?」

ポイゾは戦いの最中であることも忘れて、私の変化を見守っていた。
私の体にどのような変化が起きたのかはわからない。ただ、今の私は無性に力が振るいたい気分であったのだ。
このような気分は二度目の戦場で初めて、電気の鎧と武器を手に入れていた時以来の感覚である。
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