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三神官編

ブレードの真意

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ブレードはベッドのサイドテーブルの上に数冊の本を置いて、感じのいい笑顔を浮かべて言った。

「退屈していると思ってね。本を持ってきたんだ。キミの好きな『キャベツ畑の二人』シリーズの最新刊に巷では老若男女問わず大人気って言われてる『炎獄の魔神』シリーズ。少年少女が兵士となって人々に害をなす魔神に挑む長編シリーズだよ。きっと退屈しないと思うな」

私は愛読書である前者はともかく後者はどこかで聞いたことがある。私が産まれた頃に人気になっていたとされている大人気漫画で最終章までアニメ化されている人気作品である。

私も読んでみたいと思いながらも親から作品の中に含まれるグロシーンから禁止を言い渡されていた作品である。その作品と似ているような内容であるのならば是非とも読んでみたい。
そんな事を考えていると、ブレードが満面の笑みを浮かべて私に対してわざわざサイドテーブルから積んでいた本を手渡す。
「面白いよ。読んでみなよ」

ニコニコとした笑顔で勧めてくるので、彼が例の『炎獄の魔神』シリーズに嵌ってしまっていることが容易に推測できる。
私は苦笑しながら彼から暇潰しに『炎獄の魔神』を受け取った。

私はしばらくの間は苦笑しながら受け取ったのだが、その後に私はそれまでの苦笑した表情を引っ込めて真面目な顔を浮かべて言った。

「それで、私に本を渡すことだけが目的じゃないよね?本当の目的を教えてよ」
「……驚いたな。知っていたのかい?」

「寝る前に言ってたよね。どんな計画があるの?」

「……いいよ。この場で言っておこうか」

ブレードは先程までの朗らかな笑顔を引っ込めてから真剣な顔を浮かべる。

「我々はね、あの戦いでキミの母親を名乗る女がいる事を知った。しかも、彼女は指揮官を容易に止めてみせた。ぼくはね、この女がエンジェリオンの中でもかなり高位の地位にあるんだと推測した。それでね、そこからぼくは考えた。キミを餌にしてあの女を釣り出してやろうとね……」

夢の中で見たブレードが見せた難しい顔を浮かべていたのは私を拘束するばかりではなく、私を餌にしてあの婦人を誘き出そうという計画を立てたのだろう。
私に一言だけ断ってほしいという思いもあったが、それ以上に彼が私を見捨てていないという事実が堪らなく嬉しかったのだ。
思わず頬が赤くなる。その時にブレードが顔を近付けて自身の計画を語っていく。

「キミを餌にするためにこの二週間でぼくは随分と頑張ったよ。公開査問会をするとポスターを貼ったり、そこに国王や王族などの国の重要な人物が来るって強調したりしてね」

「そんな事をする意味は?」

「彼女ならばキミごと王族を始末しに現れるだろうと踏んだのさ。もちろん、王城に潜入してもいいけど、王城には黒装束を纏った王女の親衛隊などの厄介な連中がいるからね。けど、査問会ともなれば親衛隊は王や王女の元から離れなくてはならない。それに貴族たちも大量に参列するから容易には動けない。その隙を狙うと思ってね。もちろん、その人たちや査問会を見にきた一般の人を守るための用意もしている。当日は謁見の間に僕らの仲間を忍ばせておくんだ。いざとなれば、彼ら彼女らが人々を異形の女性から守るさ」

「でも、私をわざわざ拘束しなくてもよかったんじゃないの?」

「……一応、キミはクリスを攻撃したからね。それについての懲罰も必要だと判断したんだ。でも、安心してキミはその作戦が終わり次第、解放してあげるからね」

みんなのお兄さんとして見せる優しい顔でブレードは言った。
その後で再び『炎獄の魔神』についての自身の意見を述べて、その場を去っていく。

それから早速、彼から手渡された『炎獄の魔神』を読み始めた。
中々に面白い内容である。私は一巻を夢中になって読み終えた。サイドテーブルを見つけると、『炎獄の魔神』が4巻まで置かれていることに気が付いた。
今日はこの本で暇を潰せるだろう。私は鼻歌を歌いながら本を開いていく。夢中になれる物語があるというのはいいことだ。

私は本を読みながら思い返していく。小学三年生くらいまではこうした類の娯楽小説を読む余裕があったのだが、四年生に上がると勉強が忙しくなって余裕がなくなると読む余裕が消えていってしまったのだ。
そう考えると、日曜日の朝にやっていた少女向けのアニメを楽しんでいた頃のことがひどく懐かしく思えた。
日曜日の朝に見ていた美少女アニメであったのならばここで主人公ならば査問会などにかけられた瞬間に無罪が発覚するだろう。

だが、私が生きている世界は美少女アニメの世界などではない。私は自身の手を縛り付けている手錠のことを思い返しながら今更ながらに自分が生きている世界があのアニメの世界観とは程遠いものであると印象付けられた。
ティーンエンジャーにもなっていない少女を手錠で縛り付けるアニメなどどこの放送局が放映するというのだろうか。

私がそんな事を考えていると、付き添いの兵士に無理矢理玉座の目の前に跪かされる。
どうやら謁見の間に着いたらしい。公開査問会というだけのことはあり、謁見の間には溢れんばかりの人々が詰め寄せていたばかりではなく、城の廊下にも大勢の人がいた。
恐らく見物に現れた一般の人たちだろう。

色々なことを考えながら周りを見渡していると、目の前には玉座の上に座る国王の姿が見えた。赤いローブを纏い頭には上等な緑柱石の宝石が嵌められた立派な王冠を被った白い髭の国王だ。
国王は私の姿を見るなり、静かな口調で厳かに告げた。

「それではこれより白き翼の勇者の公開査問会を行おうと思う。皆のもの……何か意見があれば申すがいい」

厳粛な声で国王は言った。襲撃の時にみせた敬語口調が素の口調で、こうした改まった場では尊大な言い方をするということがわかった。
最初に手を挙げたのは私のことを毛嫌いしていたあの王女である。彼女は背後に佇む黒装束の男から書類を受け取ると、いかに私が危険な人物であるのか、いかに私が人類にとって無益であるのかを長々と語っていく。

結構な言葉ばかりを喋っているように思えたが、その内容は恐らく手渡された書類をそのまま読んでいるだけだろう。
それを読んで悦に浸っているのだから更に性質が悪い。
そんな事を考えていると、ブレードが手を挙げて言った。

「たった今、王女殿下が述べられた言葉には二つ誤りがございまして、一つはハルが暴走した際に我々に手を伸ばしたのは一度だけということです。二つ目はハルが昏睡していた二週間という長い時間の中で、我々は殿下の申す通りに遊んでいたわけではありません。この査問会の重要性をこの国に暮らす皆様方に啓蒙していくのと同時に我らの敵である天使たちの討伐を行なっておりました。その我々の活動に不満がございますか?」

「嘘よ!あんたたち遊んでいたじゃあない!」

「遊ぶ?あぁ、仲間への差し入れのことですか?それならばなんの問題もありませんよ。訓練が終わった後に街へと活動の合間に繰り出しておりましたので」

「遊んでるのと同じじゃないッ!」

王女はなおもブレードを弾劾しようとしたが、それは父親によって窘められてしまった。
二人のやり取りを見るに査問会はまだ続きそうである。もし、あの婦人が現れなければどうするつもりなのだろう。
私は重い溜息を吐いた。
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