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第二部『共存と憎悪の狭間で』

リタを狙う者

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「あの小娘の影響は強いですね。このまま放っておけばいずれ、我々に批判の目を向けるでしょう」

 リーデルバウム王国に帰還した宰相グレゴリウスは国王に向かって忌々しげな口調で報告した。

 グレゴリウスの報告を聞いた国王ハーリヒ二世は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべながら腕を組んで考えことを行っていた。

 最初に『いずれ』と付けたように、今のところはその少女などは放っておいても問題がない存在だろうが、これが大きくなってくるにつれ、止めることは難しくなってくるだろう。

 来たるべき『いずれ』を防ぐため、早めに口を塞ぐ必要がある。説得は自身の信念がある以上意味を持たない。買収や脅迫で口を紡ぐような立場ではなさそうだ。

 ならば答えは簡単だ。殺すしかあるまい。その命を散らし、あの世へと行ってもらうのだ。ハーリヒ二世は己の安全な生活のためにその少女を消すことに決めた。

 だが、問題はその人選である。王国の兵士や騎士を使えばバレてしまった際に面倒なことになる。

 そうなれば「刺客」を雇うことが適切だろうが、その代金が国庫から出てしまうことは避けたかった。

「刺客」を雇うための金は高額だ。想像するだけでも金が消えていくに違いない。王室財産いわゆるポケットマネーから払えばいいだけの話のように思われるが、自分たちの贅沢を行う金が減ってしまうのでそれだけは避けたかった。

「困ったな。何か妙案はないか?」

 魔族嫌いの国王ハーリヒ二世は難しい顔を浮かべながらグレゴリウスに向かって問い掛けた。
 グレゴリウスはうーんと唸り声を上げた後に明るい顔を浮かべて言った。

「国内にいる「魔族」の連中を使いましょう!」

「どのようにだ?」

 ハーリヒ二世は両目を鋭く尖らせながら問い掛けた。瞳には青白い光が生じている。その姿にグレゴリウスは思わず両肩を強張らせてしまっていた。
 しばらくの間は押し黙っていたグレゴリウスだったが、勇気を出してなんとかその耳元で囁いていく。

「……なるほど、妙案だな」

「えぇ、あの小娘も大好きな「魔族」に殺されるのならば本望でしょう」

 グレゴリウスは怪しげな笑みを浮かべながら言った。











「本当ですか?本当にそのリタって人を殺せば、私と私の家族を貴族に取り立ててくれるんですか?」

「その通り、お前ももう過酷な現場仕事なんてせずに済むんだぞ」

 家を訪れた兵士の言葉には真実味があった。それを聞いてイブリンは感銘を受けたようだった。

 イブリン・カーペンターはマンドレイク族に属する女性だった。一般的に多年草と呼ばれ草の姿をした怪物である。
 皮膚の代わりに全身から草が生え、草の隙間から深い両目と口が見えるという外見だった。嫌悪感をそそられるような不気味な見た目であった。

 その上、彼女は普段は二本足で歩いている。それ故に動く緑の怪物と呼ばれて忌み嫌われるような存在だった。
 人々からは石を投げられ、罵声を浴びせられていたものの、外に出て働かないわけにはいかなかった。

 というのもイブリンは年老いた両親、そして幼い妹共に過ごしていたからだ。しかし彼女は不気味な容姿や姿から人間たちに忌み嫌われ、碌な職業に就くことができなかった。それでも家族のために自分の体に鞭を放って働くしかなかった。

 これまでの僅かな人生で肉体労働以外の職業に就いたことはなかった。
 そんな自分たちが貴族として王都に住める。そんな嬉しいことがあるだろうか。

 ただ、上手い話には裏があるというように貴族になるためには条件があった。それは人を殺さなくてはならないということだ。イブリンは当然これまでの人生で人を殺したことはなかった。

 大抵の魔族がそうであるように人の支配する世の中に不満を抱きながらも法律に従い、税金を支払って過ごしてきた。
 このまま肉体労働ができなくなるまで働きづくめになるのかと思われたが、思いがけない幸運に恵まれたものだ。

 人を殺す業というものは重い。人間同士であってもそうだが、特に魔族にとってそれは同族や他の魔族を殺すことよりも重いと考えられている。

 それは自分たちが人界に住まわせてもらっているという後ろめたさがそうした人間優位の道徳へと繋がってしまったのだろう。
 しかし「貴族」という称号を与えられるということはイブリンの中にあった道徳心すらも破壊してしまうような報酬だったのだ。

 一も二もなくイブリンは兵士の申し出を受けることにした。兵士はそれを聞くと、イブリンを王城へと連れて行った。

 イブリンは白亜の城と褒め称えられるほどの立派な城の中へと連れて行かれ、そのまま控えの間へと通された。
 そこでは侍女たちの手によって頭部から垂れていた植物を結われ、紅色の儀礼用の華美なドレスを渡された。

 慣れない格好をさせられ、窮屈そうに顔を歪めていたイブリンだったが、自身の姿を改めて姿見で見つめてみると、そこには御伽噺の挿絵に登場するような華麗なドレスを纏った自分の姿が見えた。

「こ、これが本当に私なの?」

 イブリンは自身の姿が信じられないようだった。姿見に手を当てて、まじまじと自身の姿を見つめていた。
 その時になって扉をトントンと叩く音が聞こえた。
 扉を開けると、そこにいたのは自分を案内してくれた兵士だった。

「着替え終わったようだな。では、今より陛下の御前にお連れする。粗相のないようにな」

「はっ、はい! 」

 イブリンは自身の両手を脇にくっつけていた。そして強張った様子のまま兵士に連れられ、玉座の間に足を踏み入れることになった。

 中央には玉座の上に腰を掛けた王の姿が見えた。立派な姿だ。威厳というのは衣の上に身に纏うものだという話を聞いたことがあるが、今まさに王は威厳に相応しい衣を纏い、冠を被っている。
 イブリンは王から放たれる威光の前にかしづいた。

「……表を上げよ」

 王の言葉を聞いてイブリンは恐る恐る頭を上げていく。初めて見る王の顔はどこまでも眩しかった。

「お主、マンドレイク族の者じゃな?」

 王はイブリンの顔をまじまじと見つめながら問い掛けた。

「は、はい。イブリン・カーペンターと申します」

 イブリンは声を震わせながら答えた。

「カーペンター……となると、お主は大工か?」

「は、はい」

 カーペンターという苗字はリーデルバウム王国内においては大工を意味する言葉として使われている。
 イブリンの家は百年間、三代に渡って人界に住んでいる家系だった。人界では苗字が必要になるということだったので、当時の祖父がそう名乗ったのだそうだ。
 イブリンが自身のルーツを伝え終わると、国王は難しい顔で呟いていく。

「うむ。そうか……大工である主に有害な者を始末してくれと頼むのは難しいかもしれんな」

「そ、そんなッ! 」

「悪いが、国のためとはいえ無垢の民にそのような真似をさせとうない」

「お、お願いしますッ! あたしはどうしても貴族になりたいんですッ! 」

 イブリンの両目から熱いものが溢れていた。このまま貴族になれないのならば意味がないのだ。

「……わかった。だが、留意しておけ。あくまでもお主が人を殺すのは『国のため、人のため』じゃ」

 ハーリヒ二世は玉座の上からリタ・フランシスという少女がいかに悪質であるのかということを語り、殺さなければリーデルバウム王国の住民が危うくなるといえことを伝えていく。

 もちろんこれは全くの嘘である。イブリンからやる気を失わさせないためにリタをわざと悪人に仕立て上げたのである。

 イブリンは改めて国王からの討伐司令を受け、玉座の間を後にしようとした。
 しかしその前にハーリヒ二世によって背後から呼び止められてしまった。

「待てッ! 」

「は、はい」

 イブリンは足を止め、もう一度玉座の前に頭を垂れていく。そんなイブリンを見つめながらハーリヒ二世は淡々とした口調で答えた。

「その衣装だが、お主にくれてやろう。報酬の前祝いじゃ。とっておけ」

「あ、ありがたき幸せにございますッ! 」

 ハーリヒ二世の言葉を受け、イブリンは頭を下げた。
 そのまま玉座の間を立ち去るのを見た後で、ハーリヒ二世は鉛のような重い溜息を吐いた。

 それから両手を叩いてメイドを呼び出し、葉巻を要求した。
 長い間、悍ましい生物と顔を合わせていた苛立ちを晴らすためか、用事を言い付けた時と持ってくる時の両方でメイドを折檻した。

 特にメイドが葉巻を渡す際には玉座の上から立ち上がり、葉巻を強引に奪い取った後でメイドの腹部を強く蹴り付けたのであった。腹部を強く踏まれ、うめき声を上げるメイドの声を聞いて、苛立ちを解消した後でハーリヒ二世は葉巻を口に咥えて火を付けていく。

 嫌な仕事を終えた後の一服というのは心地が良いものだった。
 ゆっくりと葉巻を味わっていた時だ。玉座の間にニヤニヤといういやらしい笑みを浮かべた王女の姿が見えた。

「パパもやるじゃん。あんな安物で化け物の気を引くなんて」

「フン、刺客をその気にさせるためには前金が必要だからな。それを安く済ませたまでのことよ」

 ハーリヒ二世は悪どそうな顔を浮かべながら答えた。実際イブリンに渡したドレスは安物であった。昔娘の王女が色やデザインに惑わされて買ってしまい、それ以来処分に困っていたものだ。

「あとは口封じだけね。どうするの?」

「決まってるだろ?あの化け物が出発するのと同時に家を焼き、住んでいる化け物たちを始末する」

 ハーリヒ二世は大きな声を上げて笑った。
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