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頑張れ、グレース!男爵家の悪役令嬢(←笑えないから)

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あの誘拐事件以来、俺は暫くの間、精神的、体力的な休養を命じられ、自宅に籠らさせられていたのだが、まもなくその期間が開ける事になる。
俺は玄関で、トランクを持って来てくれるエミリオからそれを受け取ると、馬車へと乗り込む。
馬車の御者であるペーターとエミリオが暫くの間、睨み合っているが、やがて、互いに埒があかないとあかないと、判断したのか、互いに顔を背け、馬車を走らせていく。
馬車の窓から馬に乗った剣を腰に下げた男とすれ違う。
あの事件で、王国の治安が見直され、こうして、騎士団の男たちを治安維持のために、見回りに行かせているというわけだ。
俺は懸命に務めを果たす騎士団のお兄さんに手を振る。
お兄さんは萎縮した様子で慌てて手を振り返す。
俺はそのままお兄さんに微笑み掛けると、トランクを探り、冒険小説を読む。
後で、エミリオ本人から直接聞いたのだが、彼も俺同様に冒険小説が好きらしい。
今では、万が一にも考えづらいが、もし、破滅しそうになれば、彼に拾ってもらうのも悪くはないかもしれない。
完璧の王子のサミュエルの事だから、俺へ向けている思いが全て演技であるという可能性もあり得なくはない。
俺はそうなった場合の考えを頭の中で夢想していく。
場所は卒業記念パーティー。
大勢の人の前でオリビア嬢は一旦弾劾され、それを呆然と見ている俺。
そんな俺の前で、彼はオリビア嬢が俺にしたという事を大衆の前で、挙げていき、俺に求婚を申し込む。
そこで、俺はなんとか拒否しようとし、しみどもろな様子になっていく。そして、最後には俺がオリビア嬢を虐めていたという事になり、サミュエル王子によって弾劾されてしまう。
そして、ついでに俺に迫った事は俺の親父の横領を暴くためだと白状し、衛兵に俺と親父を共に連れて行くように、俺はそこで叫ぶのだ。
「嘘でしょ、これ……夢よ。夢に決まってる」
それに対し、サミュエルはあの端正な顔で俺を嘲笑した後に、俺に人差し指を突き付けて叫ぶに決まっている。
「ところがどっこい!夢じゃありません!現実です!はいッ!これが、現実!終わり、終わり、敗者確定!地獄行き決定!」
そう、某有名ギャンブル漫画で、主人公が攻略に勤しんだパチンコ店の店長の様な台詞を。
やはり、その場合は牢獄か、地下の強制労働かのどちらかであろうから、俺はその衛兵を70年代のカンフー映画のノリで、倒し、衛兵から奪い取った剣を振り回し、親父を連れて逃げる予定つもりなのだ。
だが、その剣の腕も暫く休んでいて、鈍っているかもしれない。
今日の稽古で、それが指摘されないか、それが不安である。
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