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第三部 トゥー・ワールド・ウォーズ

異世界組合問題ー解決編とアンダーボス

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「まずこれは我々の世界でも、あまり無かった事なのですが…」
ヴィトは口籠もりながらも、自分の提案を喋る。
「私としては、託児所の件を話したいんだが、いいかね?」
「託児所?」
その言葉にストライキを起こしていた全ての大工が顔を見合わせている。無理もない、彼らには馴染みのない言葉なのだから。
「託児所というのはな、子供の面倒を見てくれる場所のことだ。自分たちの留守の間に子供はそこで遊んだり、学んだりするんだ。無論、料金は無料の予定だ。どうしても、金の折り合いが付かない場合のみ金を貰うかもしれないが、そうなるまでは、そこは、あなた達の子供の楽園となるだろう」
ヴィトの提案に納得がいったようで、全員が拍手を送る。
「おお、素晴らしい……これで我々は安心して働けるよ、給料も増えたし、子供の心配もしなくていい……我々にとっては一番いい条件じゃあないか !」
「それでは、もうストライキをやめ、午後からはキチリと働いてくれる事を約束してくれますか?」
ヴィトの問いに大工たちは握手で応じた。
それから、馬車へと戻るヴィトを追って組合の役員が跡を追ってくる。
「ありがとう助かりましたよ」
「いいや、例を表すのならば、少しで姿を現してもらわなければ、例えば金でできた丸いお金とか……」
ヴィトの言葉に組合の役員の男は唇をギュッと結んで、懐から丸い膨らみが多く見える袋を取り出す。
「それはあなたのお心掛け次第で構いませんよ、例え1フランソワ金貨でも私は構わないんです」
その言葉に男は唇を舐めながら、5枚ほどの金貨をヴィトに支払う。
「毎度ありがとう……これからもあんたと我々は友達さ、あんたは組合の仕事を回し、困った時にオレ達に連絡を入れる。そしてオレ達がトラブルを解決し、あんたにを貰う。それだけの事さ」
ヴィトは男に自分からの個人的な贈り物だとキューバ産のタバコを一箱渡してから、馬車に乗り込む。

"カリーナ"・ルーシー・カヴァリエーレは城の一室にて計算を行っていた。それは、この世界でのナイトクラブとカジノと組合の仕事の報酬によるファミリーの収入についてだった。
「ふゥ、FBIの目を誤魔化すのも楽じゃないわね、金貨や銀貨を私たちの世界で変えるとしても、その出所を特定されたら厄介な事になりそうだわ、折角のファミリーの楽園が、アイツらに対ソビエトのための前線基地にされちゃいそう……それに、今までの収入の件を聞かれ、脱税容疑でしょっぴかれそうね、万が一の事は想定したくないわ……」
ルーシーが呟いていると、部屋の扉が開く音がした。
「やぁ、邪魔したかい?」
「いいえ、それよりあなたはどんな用で開けたの?」
ルーシーは疲労のための汗を拭いながら尋ねる。
「建築組合の件が上手く纏まったんだ。報告書を作成したから、目を通してもらいたい」
ヴィトはルーシーに一枚の書類を手渡す。
暫くの沈黙の後にルーシーが口を開く。
「うん、悪くないと思うわよ、それに休憩時間も増やす予定なんでしょ?こんなに良い環境の大工さんたちが、この世界の他の国にいるのかしら」
「かもな、それに休憩時間を増やした方が労働者たちの手も多く進む。学校でもずっとぶっ続けで四時間やらせるよりは、休憩を入れて六時間にするの方が、多く覚えられると思うぜ」
ヴィトの例えは上手かった。それに自分も学校を出てからは、そう考えていた。
だが、学校に居た時はぶっ続けで四時間の方がいいと思っていたが。
「そうね、それよりも明日は一度溜まったお金を持って、元の世界へと戻る日よ、一ヶ月目。来る時に定めていた交代の時期ね、わたし達と入れ違いに副首領アンダーボスのトミー・ウィントが来るはずだわ」
トミー・ウィント。彼はファミリー内でも珍しく州でも一二を争う大学を出たエリートであった。
彼は大学を卒業後はアメリカでも有数の大企業ウィリアムズ金融に勤めたが、そこで彼に女性スキャンダルが発覚した上に上司を傷付けた罪で逮捕され実刑を喰らってしまう。(上司への傷害の件は後に冤罪だと発覚したが……)
トミーは出所後は仕事を失い、途方に暮れて公園で彷徨っていたところを、たまたま公園を歩いていたマイケルに保護され、ルーシーの屋敷に連れてこられ、そこでパスタをご馳走になった。
彼がそこで味わったパスタは今までに食べた事がないくらい絶品であった。
「一体誰が、このパスタを作ったんだ。教えてくれないか?」
その言葉に赤い色のワンピースを着た長い黒髪をたなびかせている美女が答えた。
「わたしよ、それは自信作なの」
彼はその女性に一目見て、彼女こそが自分自身の王になるのだと直感した。
「あなたの名前は?」
「ルカ・ミラノリア率いるミラノリア・ファミリーとの抗争に打ち勝ったファミリーのボスと言っておきましょうか」
その言葉を聞いても、長い間刑務所に服役していた彼には分からない。
「すまない、分からないんだ……キミの名前を教えてくれないか?」
ルーシーはその時に目を丸くしていたようである。何故なら、ニューホーランドを支配する街のボスとして自分の名前を知らない人間は居ないと思っていたからだ。
「ルーシーよ、"カリーナ"・ルーシー・カヴァリエーレ。それがわたしの名前」
トミーはカヴァリエーレという名前を聞いた瞬間に全てを悟った。
「つまり、あんたは……」
「ご察しの通りよ、あなたの推測通り、ゴッドファーザーこと、ドン・ドメニコ・カヴァリエーレの後を継ぎ、カヴァリエーレ・ファミリーを引き継いだ女とでも言っておきましょうか」
女は優しく微笑んだが、トミーはそれが少し恐ろしく感じた。
だが……。
「無理を言うようで悪いが、オレをあんたらのファミリーで働かせてくれないか?オレは州で一二を争う大学を出たッ!頭の方も刑務所の生活の間でも腐らせたつもりはねえ !きっと、あんたの役に立つ筈だッ!」
トミーは右手を胸に当てて叫ぶ。
「そうね、いいわ……いきなり、大仕事を与えるのは無理だから、何か仕事がほしいのなら、わたしの相談役コンシリエーレに聞いてみるといいわ」
そして、彼はリビングルームのソファーで待っていると、一人の端正な、いや絶世の美男子と称しても違和感のない青年が現れた。
「ヴィト・プロテッツオーネです。ファミリーの相談役コンシリエーレを務めています」
トミーはヴィトから差し出された手を握り締めた。
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