4 / 6
おバカ貴族と龍と飛行船
しおりを挟む
午後の陽光が金色の大地に降り注ぐ中、カサルの眼前に広がる光景は、控えめに言っても「最悪の機能不全」と言わざるを得ない状況だった。
上空では、物理法則を暴力で塗りつぶすような颶風《ぐふう》が吹き荒れている。
遥か頭上、雲海を裂いて泳ぐ巨大な古龍。その巨体が動くたびに、数億トンの大気が押し潰され、逃げ場を失った空気が「不都合な質量」となって地上の街、ペントを叩きつけている。
赤レンガはひび割れ、街灯のガラスが破裂する。
理不尽な自然災害の前に人々は…………慣れた顔で避難を始めていた。
「……コレで余波だというのだから御笑い種だな」
そんな暴風の只中に、ふわふわと舞う黒い羽毛のような影があった。
蝙蝠傘《こうもりがさ》を差し、スカートを優雅に翻すカサルだ。
彼は古龍が生み出した殺人的な乱気流の「隙間」を完璧に読み取り、タンポポの綿毛のように上下に揺れながら、最短の揚力で街へと降下していた。
「な、何だあれは!? 誰か空を飛んで……バカサル様だ!」
「無茶苦茶だ! 早く降りてください、死にますぞ!」
警備兵たちの悲鳴に近い制止を無視し、カサルは音もなく石畳に着地した。
傘を閉じると同時に、周囲の風がスッと凪ぐ。
「我《オレ》のことは気にするな。お前たちは上の蛇でも注視していろ」
カサルは悪びれもせず、制服を着た魔女たちが基本魔法で結界展開に奔走する広場へと歩き出した。
(……龍災か。最近やけに多いな)
ペントには年一でやってくる自然災害の龍災だが、今回の龍は一際大きい古龍がお見えになっている。
小さな龍であれば町の屋根が軽くニ三枚飛ぶ程度で済むが、古龍ともなればボロ屋は綺麗さっぱり飛んでしまうことを覚悟した方がいいだろう。
ペントの人々もそれを慣れているといっても、危険なことには変わりない。
着々と町を守護する魔女たちによってペントの人々が避難を続ける中、カサルの瞳だけは鋭く状況を分析し続けていた。
「あ! バカサルだ!」
風の音と共に緊張感の張り詰めた広場に、間の抜けた子供の声が響いた。
「 声がデカい。 警備の邪魔になろうだろう、静かにしてろ」
カサルが人差し指を立てるが、時すでに遅し。子供たちは「可愛いドレス着てるー」と彼のスカートへ潜り込み、完全な玩具として扱い始めた。
風がこんなに吹きすさんでいるというのに、避難誘導に従わない子供たちに、いっそ暴風に乗って逃げようか──カサルがそう画策したその時だ。
「ねぇ、あれ航空船じゃない?」
「かなりの数飛んでるぞ……大丈夫か?」
ざわざわと避難民は空を飛ぶ航空船団を視界に捉え、子供達はその空に浮かぶ船を指で追っている。
先頭を逃げるように飛ぶ航空船を相手に、残りの航空船が追うように連なっていた。
「龍災の日に飛ばすなんて何考えてんだ?あの航空船?」
避難指示を受けながら町の防空壕に向かう市民が立ち止まり、口々に上空を指さして話している声が聞こえてくる。
そしてすぐ後、カサルの耳に上空で何かが爆ぜる音が届いた。
その瞬間、カサルの肌がビリリと粟立つ。
見上げるよりも早く、彼の本能が警鐘を鳴らした。
追っていた内の航空船の甲板から、小さな影が投げ出される。
瓦礫ではない。風に舞う長い銀髪。少女だ。
「あ──」
誰かの絶望的な悲鳴。
子供たちの笑顔が凍りつくよりも、警備兵が事態を理解するよりも速く。
「──チッ!」
カサルの足元で、爆発的に風が巻いた。
まとわりつく子供たちが尻餅をつくほどの突風。
「なに?」と問い返す時間すら惜しい。考えるよりも早く、カサルは蝙蝠傘を槍のように構え、大地を蹴っていた。
ドォンッ!!
石畳が悲鳴を上げ、蜘蛛の巣状に亀裂が走る。
圧縮された風が砲弾のように弾け、その反動でカサルの体は音速の領域へと加速していた。
(クソッ……優雅さの欠片もない!)
舌打ちを置き去りにして、黒いドレスを翼に変えたカサルは、落下する死の運命へと一直線に飛翔した。
上空では、物理法則を暴力で塗りつぶすような颶風《ぐふう》が吹き荒れている。
遥か頭上、雲海を裂いて泳ぐ巨大な古龍。その巨体が動くたびに、数億トンの大気が押し潰され、逃げ場を失った空気が「不都合な質量」となって地上の街、ペントを叩きつけている。
赤レンガはひび割れ、街灯のガラスが破裂する。
理不尽な自然災害の前に人々は…………慣れた顔で避難を始めていた。
「……コレで余波だというのだから御笑い種だな」
そんな暴風の只中に、ふわふわと舞う黒い羽毛のような影があった。
蝙蝠傘《こうもりがさ》を差し、スカートを優雅に翻すカサルだ。
彼は古龍が生み出した殺人的な乱気流の「隙間」を完璧に読み取り、タンポポの綿毛のように上下に揺れながら、最短の揚力で街へと降下していた。
「な、何だあれは!? 誰か空を飛んで……バカサル様だ!」
「無茶苦茶だ! 早く降りてください、死にますぞ!」
警備兵たちの悲鳴に近い制止を無視し、カサルは音もなく石畳に着地した。
傘を閉じると同時に、周囲の風がスッと凪ぐ。
「我《オレ》のことは気にするな。お前たちは上の蛇でも注視していろ」
カサルは悪びれもせず、制服を着た魔女たちが基本魔法で結界展開に奔走する広場へと歩き出した。
(……龍災か。最近やけに多いな)
ペントには年一でやってくる自然災害の龍災だが、今回の龍は一際大きい古龍がお見えになっている。
小さな龍であれば町の屋根が軽くニ三枚飛ぶ程度で済むが、古龍ともなればボロ屋は綺麗さっぱり飛んでしまうことを覚悟した方がいいだろう。
ペントの人々もそれを慣れているといっても、危険なことには変わりない。
着々と町を守護する魔女たちによってペントの人々が避難を続ける中、カサルの瞳だけは鋭く状況を分析し続けていた。
「あ! バカサルだ!」
風の音と共に緊張感の張り詰めた広場に、間の抜けた子供の声が響いた。
「 声がデカい。 警備の邪魔になろうだろう、静かにしてろ」
カサルが人差し指を立てるが、時すでに遅し。子供たちは「可愛いドレス着てるー」と彼のスカートへ潜り込み、完全な玩具として扱い始めた。
風がこんなに吹きすさんでいるというのに、避難誘導に従わない子供たちに、いっそ暴風に乗って逃げようか──カサルがそう画策したその時だ。
「ねぇ、あれ航空船じゃない?」
「かなりの数飛んでるぞ……大丈夫か?」
ざわざわと避難民は空を飛ぶ航空船団を視界に捉え、子供達はその空に浮かぶ船を指で追っている。
先頭を逃げるように飛ぶ航空船を相手に、残りの航空船が追うように連なっていた。
「龍災の日に飛ばすなんて何考えてんだ?あの航空船?」
避難指示を受けながら町の防空壕に向かう市民が立ち止まり、口々に上空を指さして話している声が聞こえてくる。
そしてすぐ後、カサルの耳に上空で何かが爆ぜる音が届いた。
その瞬間、カサルの肌がビリリと粟立つ。
見上げるよりも早く、彼の本能が警鐘を鳴らした。
追っていた内の航空船の甲板から、小さな影が投げ出される。
瓦礫ではない。風に舞う長い銀髪。少女だ。
「あ──」
誰かの絶望的な悲鳴。
子供たちの笑顔が凍りつくよりも、警備兵が事態を理解するよりも速く。
「──チッ!」
カサルの足元で、爆発的に風が巻いた。
まとわりつく子供たちが尻餅をつくほどの突風。
「なに?」と問い返す時間すら惜しい。考えるよりも早く、カサルは蝙蝠傘を槍のように構え、大地を蹴っていた。
ドォンッ!!
石畳が悲鳴を上げ、蜘蛛の巣状に亀裂が走る。
圧縮された風が砲弾のように弾け、その反動でカサルの体は音速の領域へと加速していた。
(クソッ……優雅さの欠片もない!)
舌打ちを置き去りにして、黒いドレスを翼に変えたカサルは、落下する死の運命へと一直線に飛翔した。
0
あなたにおすすめの小説
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!
椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。
しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。
身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。
そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる