ダークヘイヴン

ミリカン

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1章:荒涼たる故郷

4.二人の仲

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湯船に浸かると、今日の疲れが唸り声となって口から漏れ出る。十分に湯の熱さにはなれたと思ったのに、熱さで足先がピリピリと痒い。

しばらく瞳を閉じて、風呂場に備え付いた黄金の獅子から湯がドボドボと流れでる音に耳を傾ける。

体も綺麗になって良い気分になり彼女の方へ目線をやると、薄い湯気の中で対面に座り大の字になって湯につかる彼女が見えた。

「そういやアンタ。随分と若そうだけどいくつよ?」

「確か二十四か五か六だったかな。どうしてそんな事聞くんだい?…敬われたいのかい?お姉さん」

自分の歳は分からないが、女王様の誕生日の度に手紙を送っており、その手紙の数を思い出すと大体それぐらいの歳になるはずである。

「ばっか、そんなわけあるかよ。単純にアンタが落ち着いているからいくつなのか気になったのさ。そうか、二十四歳かぁ。若いなぁ~」

「竜人やヴァンパイアの血が入っていると、ずっと若々しくいられそうだな」

「何を他人事のように言ってんのさ。アタシの肌年齢は二十六で止まった。だったらアタシ達は二歳差さ」

ずっと年上であることは間違いなさそうだが、下手に彼女に突っ込みを入れてもコチラが不利だと思い、適当に話しをそらすことにした。

「そう言えば竜人やヴァンパイアで気になったんだけど、言語はどう?竜語や吸血鬼語は話せる?」

そう聞くと彼女は、

「【竜語】竜語を話せるけど。アンタは今アタシが言ってることが分かるのかい?」

と、人間語から竜語に変えて俺にそう聞いて来た。

俺はソレに同じ竜語で返答した。

「【竜語】もちろん。だけどちょっと訛りが強いかも知れない。それ標準語じゃないだろう?」

そう返答すると風呂場に響くような拍手をして喜んでくれた。

「おぉ~凄いじゃ~ん。声調言語の中でも特に難しいだろ?どうやって勉強したのさ」

人間語に戻り、彼女は俺の学習のルーツが気になったようで聞いて来た。

「つい最近まで仕事で世界中の海を渡り歩いていたからね。現地の竜人と取引をして言語や文化を教えて貰ったんだ」

相手と取引する時に、相手の言語で話すと彼女のように驚いて取引がスムーズにいくことが多かったため、商売を上手くいかせるために他言語の習得は必要な技術だった。

「おや、竜人の国に行ったのかい?」

「いいや?あの島国は鎖国しているし、何より近づいたら空から魔法で船を壊されるから諦めたよ。でもタダじゃあ帰れないから、周辺の孤島なんかで生活している竜人を探しだして彼らを経由して取引を持ち掛けたのさ。まあ、彼らも余りウチの商品には興味を示さなかったけどね」

「商品?」

「うん。その時は人間の奴隷を竜人の国に持って行って売ろうとしたんだ。だけどこれが残念、全く需要がなかった。だから言葉や文化だってそこまで他の種族より学べたわけじゃないんだよ」

「へぇ~、ならアタシが竜語を教えてあげるって言ったら、アンタいくら出す?」

「ヴァレットの給料に更に半分追加で出してもいいよ」

「そんなに?別にもう領主なんだから竜語を話す機会なんてないだろ?」

「世界中の文化を知りたいのは単純に俺の趣味さ。それに海外から客が来たら…」

そう言い切る前に、ある一つの案が頭上に光った。寒い季節はライトクラウン王国内の客足は衰える。だったら外から客を連れてくればいい。外貨を稼いで港を復興させるしかない、と。

「どうしたんだい、急に黙っちまって」

「いまこの領地が抱える問題の解決案を思いついた」

「もしかして外から客を呼んで来ようって思ってるのかい?」

察しの良い人だと思いながら頷く。この熱は風呂によるものではなく、内側から溢れ出てくるものだ。コレは行ける、そう直感した。

「そいつは無理な話じゃないか?この時期は海も荒れるし、海賊達も多いってカレンスが言ってたぜ。領主様が海賊だからって融通が利くわけでもねーんだろ?」

常に海の上から海賊を消すことは出来ない。だが一時的にならこの海で最も安全な海路を俺なら用意できる。それだけの海賊であるという自信がある。

「先に出る。翼、洗ってくれてありがとう」

湯船からあがり、翼をはためかせて水滴を落とすと後ろを振り返って一礼して、魔法をかけて再度人間の特徴だけを残し、書斎に戻った。


書斎に戻ると、カレンスが机に座って紙に何かを書いては斜線を引いているのを見つける。覗き込むと、何パターンか候補を自分で上げては自分でそれを消しているのが分かる。

「あまり根を詰めてもしょうがないよ」

そう言うとカレンスは疲れが表に出ている顔を上げ、訝し気にコチラの顔を見て来た。

「どなた?」

「おいおい…小父さんの顔をもう忘れたのかい」

「あら小父様、随分と厚化粧だったんですね。髪も黒髪かと思ったら白髪だなんて知りませんでした」

失礼な小娘だと思いながらも、好意的に取られているのは間違いないようで良かった。

「お風呂を先に頂いたからね」

「良かったです。ゆっくりできたのなら」

彼女はそう言って視線を机の紙に戻した。

それに何か味気無さを感じ、ボルの娘ともっと仲良くなりたかったため、風呂場での何でもない話をすることにした。

「そう言えばお風呂場で美人にあったよ」

そう言うとノイアの眉間が一瞬よったような気がした。

「ノイアのことですか?小父様より大きくて、肌の白い…」

「うん。彼女と仲よくなってさ。上品な女性だったらカレンスのシャペロンにしたんだけど」

そう言うと、彼女は机に置いてあるベルをチリンと一度鳴らした。なんだろうと思っていると、俺を見て震えていたメイドが紅茶を運んでやってきた。

そして彼女は俺に気づくと、頬を赤らめ頭を下げた。

「カレンス様…そちらのお客様には何かお運びしなくてもよろしいのでしょうか」

「え…?…あぁ。どうするの小父様」

カレンスは俺にそう聞いた。

「じゃあお水を」

"お客様"と呼んだ人物が、実はメイクを落としただけの俺だと認識したのか、彼女は血相を変えて逃げさるように扉から出て行った。

「ノイアをシャペロンにしたこと嬉しくないのかい?」

「小父様。少し厚かましいです。それに…どこまで知っているの?」

「仲が良いってことぐらいだけど」

愛人契約のことなど、余計な事は言わないようにした。ただでさえ気まずいのに、これ以上彼女の機嫌を損ねることは合理的ではない。

「そうですか」

ココから仕事の話をするのは少し嫌だが致し方あるまい。職務を全うしなければ更に彼女に嫌われそうだ。

「その風呂で彼女と話をしていたら、丁度いい案を思いついたんだけど聞いてくれるかい」

「はい。なんでしょう」

「海外の富裕層向けに観光ルートを作って、秋や冬の時期に色町に来て貰ってお金を落として貰うんだ。ホビットや竜人なんかは寒さに強いから、もしそこで顧客が取れれば冬越しの金にならないかな」

そう言うと、彼女はため息をついた。

「いくつか言いたい事がありますが…まず、今秋ですよ?計画を立案して実行するにしたって冬に間に合わないでしょ」

「今から行動すれば間に合うとおも…」

最後まで言う前に彼女はドンと机を叩き、被せるように言い放った。

「それに富裕層を見つけてくるって。そんなコネが小父様にあるんですか?」

世界中の富裕層に奴隷を売っていたため、世界中で多くの金持ちと知り合いではある。彼らは暇を持て余しているためまず間違いなく天変地異が起きない限り来るだろう。

「海外に取引先がいるから彼らに頼めば全然もんだ…」

「だいたい、海にいる海賊はどうするんです?」

彼女の声が少し大きくなる。もはや彼女には何かしらの案があるのではと思えてくる。

「そいつらは俺の一声があれば何とか…」

ウチの海賊旗が上がっているところに近づいてくるような馬鹿はこの世にはもういない。だがそれを言って彼女からの印象がさらに悪くなるのは避けたいところだ。

「ようするに却下です」

そう言われ、十六歳とは思えない彼女の圧に押されると、首を縦に降るしかなかった。海賊は勝てない相手とは戦わない。コレは生き残るための必勝戦術である。

「わ、わかった」

「…それで私もいくつか案を考えてみました」

そう言い彼女は手元にある紙に唯一斜線を引いていない内容に目をやる。

「おっ。いいね。聞かせて欲しいな」

彼女の提案した案は、“ランプシェード”という天井に吊るすランプの強すぎる光を抑えるために被せるオシャレな布を、各自家で作り、それをコチラが買い取り富裕層に販売するという話だった。

「最近では油を使ったランプだけではなく、魔法を使ったランプも市場に出回り始めています。きっとランプシェードの需要もランプの需要に合わせて高まると思い提案させていただきました」

「へぇ。それは素晴らしいアイデアなんじゃないか」

そう言いつつも、幾つか不安は残った。こういうモノを売る商売というのは俺のやり方だとまず顧客を見つけた後に商品を作り始めるものだ。

だけど彼女のやり方だとモノを作ってそれから顧客を探すというやり方だ。需要が高まりそうなどと安易な考えだともし違った場合どうするのか、責任は誰がとるんだと言う事ことになる。

が、彼女が生き生きとしているため、今回は彼女の案を優先してやってみたくなった。

随分と悩んでいたようだし、俺もこれと言って彼女を納得させる他の案があるわけでもない。大体責任なんて俺が被れば良いし。

「…ありがとうございます」

そう言う彼女の顔は少し曇っていた。

「どうかした?」

「いえ…父はあまりアナタのように柔軟な考えを持ち合わせていなかったので」

「こら。ボルのことを悪く言っちゃ駄目だよ。ボルは内政に関しては天才的だった。その証拠に農耕の出来ないダークヘイヴンの地でも観光地として人が生きていけてる。コレは凄いことだよ」

それに君達は似たモノ親子だと言う事を理解するべきだ。

ただ、ボルはトリクルダウン理論富裕層優遇で動いたのに対して、君はボトムアップ型のアプローチ貧困層優遇で動いているだけ。

どちらも領地の事を考えてはいた。ただ経済の軸が富裕層か貧困層かで違っただけの話なのだ。

「はい、申し訳ございません。…でも、本当にコレで良いんですか?」

「というと?」

「私もこういった企画は素人なので、商人などに聞けばもっといい案もあると思うんです。だからもっと考えてみても――」

頭ごなしに人の意見を突っぱねておいて自分の意見を押し通した挙句にそのことで弱気になるなんて、随分と可愛い性格をしてじゃないか。

「あぁ…そういう。でも俺もカレンスの案が良いと思ったからコレでいこうって思えたんだよ。大丈夫、きっと成功するさ。それとも海賊の言葉では不服かな?」

「いえ…小父様も売っていたものが売っていたものとはいえ、ある分野で成功を収められた方です。全くの的外れを言っているとも思っていません」

「ありがとう。じゃあ、明日の朝から早速計画を練りたいんだけど時間はある?」

「明日は登校日なので帰宅後なら」

「あ…!…そっか、じゃあ帰宅後に書斎で待ってるよ」

彼女がしっかりしすぎていて、学生だと言うことがつい頭から抜けていた。

「分かりました」

そう言ってカレンスはペコリと頭を下げると書斎から出て行った。

彼女にはそう言ったものの、俺はこういう時に一人で何かを決定したことはあまりなかった。だから今回も誰かに聞くべきだろう。

なんて頼りないリーダーだろうか。







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