ダークヘイヴン

ミリカン

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1章:荒涼たる故郷

5.ゴンドラの上

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強権的なリーダーというのに密に憧れを抱くのは全ての少年に言えることだろう。白と言えば全てが白になる。そんな絶対的な力というモノに憧れない人間はいない。

現在それを体現しているのはライトクラウン王国の女王、ヘル女王陛下である。最も自由に全てを動かせる代わりに一挙手一投足に大きな責任を彼女は背負っている。

現在もなお孤軍奮闘中の彼女を見て、民衆は“女王陛下だから出来て当たり前”だと言う。なんとも報われない損な役割があったものである。

そんなことを思いつつ翌朝、カレンスの言っていたランプシェードの実物を見るため小銭を持って街に出かけた。邸から出ると何者かに監視されているような気がしたが、就任直後という事もあり、放置しておくことにした。

朝日に照らされエメラルドグリーンに輝く大海と、賑わう魚市場が遠くに見える。そして空にはアーだのニャーだの鳴くウミネコが飛んでいた。

これがダークヘイヴンの朝の日常らしい。大人になってみてみると、まるで別の場所のようだった。

そんなダークヘイヴンに挨拶代わりの大きな欠伸を一つして下り坂を降りて行くと、暇そうにしているゴンドラが目にとまった。

閑散期の秋には暇なゴンドラが多いのだろう。困っているところには積極的に死金を散財しようと思っているため、今日はゴンドラに乗って経済を回すことにした。

それとゴンドラは港街ダークヘイヴンの目玉だ。それを領主が知らないと言うのは変な話である。

(観光案内出来るぐらいにはならないと…)

そんなこんなでゴンドラ乗り場に向かうと、人二人分が入る緑ベースで白のラインが入った箱があり、受付の金髪の女性が中に立っていた。

「いらっしゃいませ。こちらが料金表になります」

料金表を見ると、値段によりゴンドラの漕ぎ手が変わることを分かる。

ゴンドラの漕ぎ手達はランクで区別されており、カッパーランク、シルバーランク、ゴールドランクで別れており、料金も違うようだった。

「料金で何か違うんですか?」

「一般的な観光であればカッパーランクで問題ございません」

カッパーランクの利用料金は、一回当たり七ベル7千円だった。当然ながら庶民が普段使いできるような代物ではないらしい。

「ほうほう…じゃあシルバーランクとゴールドランクの違いは?」

「シルバーランクですと、観光案内の出来る熟練の漕ぎ手になります」

シルバーランクの料金を見ると、一シリン八ベル1万8千円だった。一度の移動手段で払う額にしては随分と高いが、それでも観光客の多い繁忙期の夏場には需要があるらしい。

「カッパーランクは漕ぐだけ?」

「街の喧騒を楽しむことが出来るので、雰囲気を味わいたい方にはカッパーランクをおススメさせていただいております」

「ふーん。じゃあこの流れで言うとゴールドランクは何か更についたりするってことかい?」

「はい。おっしゃる通りです。ゴールドランクですと、この街の伝統的な歌を歌える者と音楽家が同席します。またワインがつき、ゴンドラの見た目も豪華な装飾の物に変わります」

「ほほう…」

ゴールドランクの料金は三シリン3万円らしい。

コレは船を港に停泊させる時の料金と同じである。たかが一日の移動に滅茶苦茶な価格設定だと思ったがコレが適正価格らしい。

ゴンドラの方を見ると、ムキムキの男達がオールに手をついて客を待っている。アレに更に男の歌手に男の音楽家だ。あの狭いゴンドラの中だとさぞかしむさ苦しいだろう。絶対嫌だ。

「女性の漕ぎ手は?」

「ゴンドラの漕ぎ手は全員男性となっております」

領主になって初めての仕事が出来たようである。女性の漕ぎ手を育成しなければ。

「お姉さんは漕がないのかい?」

「私は受付だけです。ゴンドラを漕ぐには力がいるので」

寒い秋空の下一人で受付の箱に入っているだけ、というのは軽い刑罰のようだと若干思った。そんな彼女に少しチップが行けば良いなと思いつつゴールドランクを選び、誘導に従い指定のゴンドラまで歩いた。

「歌と音楽はいらないから酒を多めに積んでください」

そう伝えて金髪の愛想のいい受付嬢に見送られながらゴールドランクのゴンドラに乗ると、ドタドタと品のない足音を鳴らしてゴンドラ乗り場に誰かが入って来た。

「ヲルターさん、取材に来ました!」

「君は昨日の…」

入港した時に領主になってどうしたいか意気込みを聞いて来た変な箱を首からぶら下げた少女。確か名前は…、

「オーキッドっす!」

そうそう、元気な記者のオーキッドだ。彼女は二日続けて元気である。邸から出てきた時に感じた見られている感覚は彼女からだったのかも知れない。

「今からゴンドラでダークヘイヴン一周の旅だけど。君も来るかい」

「ハーイ」

そう言うと、オーキッドはゴンドラに乗り込んだ。彼女が座ったのを確認して合図を送ると、ムキムキの男が俺にいきなり頭を下げて来た。

「どうかしました?」

「どうしてもこの船に乗せたい歌手と音楽家がいるんです」

金は十分に払ったはず。それで仕事をしなくていいなら彼らにとっても都合がいいはずだ。だと言うのにわざわざ乗せたいとはどういう用件だろうか。

「そんな気分じゃないのでまた次乗るときにでも。またゴールドランクに乗るので」

今の気分は波音とウミネコの鳴き声だった。

「では次は必ず!」

出発の合図と共に、ゴンドラはスゥーと動き始めた。後ろから受付の女性が「行ってらっしゃいませー」と手を振っているので振り返した。

波も立たずに滑るように揺れの一つもなくゴンドラは発進すると、船頭の男が早速挨拶を始めた。

「今日ゴンドラの漕ぎ手を務めさせていただきます。船頭のピエトロでございます。今日はどうぞよろしくお願いいたします」

そう言ってピエトロはオールを持って丁寧な一礼をする。

「なんだかワクワクするっす!」

オーキッドは長いゴンドラの上を四つん這いで這いながら、ゴンドラの形や材質などを紙に書いて楽しんでいる。趣味が合いそうだと思いながら俺も手帳にゴンドラの絵を描いた。

「嬢ちゃんゴンドラ初めてかい?」

ピエトロがオーキッドにそう聞いた。

「高いし走った方が速いんで普段は乗らないっす!」

漕いでる本人の前で言うのは中々度胸がある子である。そしてそれを聞いてゴンドラの船頭は面食らったような顔をした後豪快に笑った。

「ガハハハ、記者のお嬢ちゃんの言う通りだ。でもゴンドラの上でしか体験できないことも沢山あるからな。今日はゴンドラの魅力を思う存分体験させてやるぜ!」

「ほんとっすか!じゃあ色んなところ、連れてって下さーい!」

三人だと言うのに全く話が途切れずに船が進んでいく。主に観光案内をするピエトロと、無限に口が動くオーキッドのせいだった。

「橋の裏ってこんな風になってるんすねぇ~」「あ、あそこ錆びて脆くなってる!」「あっ、あの家と家の間の通路見てください!水の中にお花咲いてるっすよヲルターさん!あのお花はカスパーニアって言うんすよ!知ってるっすか!」「キンポウゲ科の花で、綺麗な水の中でしか咲かないんすよ!水の中が燃えてるみたいで綺麗っスね!」

オーキッドは大はしゃぎで目に見える全てを口にして、メモを取って行った。そんな彼女と一緒に水の中の花を見たり、話しを聞いてたりしているだけでそこそこ楽しい観光をすることが出来た。

それから豪華な装飾のゴンドラに乗っている我々が順調にルートを進んでいると、上から領民達は寒い秋空の下でゴンドラに乗るなんて馬鹿じゃないか、みたいな目で見て来ているのに気づいた。

見世物ではないと思いながらワインを飲んでいると、ふとワイングラスを見て不思議なことに気づいた。

ゴンドラが船とは違い、全く揺れないのだ。

コレはおかしい。水の上ならば物は揺れる。コレはこの世の真理だと思っていた。

ココは地面か?

「ピエトロさん、揺れないのは何か仕組みがあったりするんですか?」

そう聞くと、ピエトロはムカツク笑みを浮かべ、

「ふふふ…そりゃあ腕です。オイラのゴンドラに乗ったらもう他のゴンドラには乗れない」

と言って歳も考えずにウインクをしてきた。少しイラっとしたが腕に免じて留飲を下げることが出来た。確かにオッサンのオール捌きは一流だ。他は知らないけど。

「みんなゴンドラ見てるっすねー!」

オーキッドに言われて見上げると、先ほどよりも橋から見下ろしている人が増えているような気がした。この季節にゴンドラに乗っている人間は珍しいのだろうか。

「おーーい!」

オーキッドが橋に向かって手を振ると、何人かが手を降り返してくる。感情が波となって伝わったかのように自然の橋の上にいる人間達も笑顔になっていくのを見て、きっとこれが彼女の特異な才能なのだと思った。

「オーキッドは見る人全員を笑顔にするね」

「そうなんすか?気にしたことなかったっす」

ピエトロに普段からゴンドラはこれぐらい注目を浴びるものなのかと聞くと、人が橋から見降ろすことはよくあることらしいが、今日は一段と人が多いとの事だった。

そんな人の群れに見降ろされながら、ゴンドラはゆっくりと目的地に到着した。

高級店ばかりが並ぶダークヘイヴンの観光客用ストリートで唯一のランプシェード専門店、『ボナンザ』だ。

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