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1章:荒涼たる故郷
15.海賊の掟
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積み荷を全て載せ終えた後、錨を上げ帆を張るとナグルファル号はダークヘイヴンを発った。
それからしばらくした後、船長室でいつものように相手を威嚇するためのドクロメイクをしていると、聞くことのあまりない船員達の悲鳴が聞こえてきた。
「どうしたんだい?」
百戦錬磨の船員達の顔が青ざめている。
「せ、船長…!あんたのトコの娘さんが…!」
「そんなバカな」
船員達が集まる場所をかき分けて現場に向かうと、果物の入った木箱の中に果物と一緒に入ったカレンスが箱から顔を覗かせていた。
「…どうしてこんなところにいるんだい。カレンス」
「…」
「すまないけど二人にしてくれるかな」
そう言うと船員達は蜘蛛の子を散らしたようにその場から去って行った。
木箱に近づくと彼女と目があったが、そのまま箱を閉じてそのまま箱を持って船長室まで向かった。
船長室に入り箱を開けると、果物と一緒に三角座りしコチラを見上げるカレンスが見えた。黙って彼女の首根っこを掴み箱から出すと椅子に座らせた。
「船酔いは大丈夫かい」
「え?…はい…」
「そうか。では君にどういう心境の変化があったのか聞いてもいいかな」
聞き分けの良い子だと思っていたのに、船長に黙って船に侵入するなんてとんだお転婆娘だ。説明不足が原因で話が理解出来ていなかったのだろうか。
「きっと小父様は私が何を言っても連れて行ってはくれないと思ったので…」
そう彼女は言った。
もちろん、彼女が俺にどのような説得をしたところで彼女を連れて行くことなどなかった。
我々はドワーフの国に向かう道中に民間の船や軍艦を襲うのだ。
その道程で攫われでもしたら、他国で奴隷になるか、犯されそのまま面白半分で殺される未来もある。
不要なリスクを負う事を彼女が理解していないとも思えない。
なのになぜ彼女はココに来たのだろうか。
「海の上が危険なことは分かっているね?」
「はい。それでも商人の元へは私が赴きたかったので」
そう言う彼女の真剣さのようなものは伝わったが、肝心の理由はまだ聞けていなかった。
「ふむ…それはどうして?」
「行かなければならないと思ったからです」
そう真面目な顔で言われ俺は理解が追いつかなくなった。
行かなければならないと思ったから…というのは随分感情的な発言だとまず思った。
衝動に突き動かされてこの船に乗り込んだと言うのならばこの子はかなり変だ。なにせ、行動理由があまりにもフワッとしすぎている。
彼女は死が怖くないのだろうか。
「もっと別の理由があるんじゃないのかい。ほら、商人と別件で私怨があるとか」
「ありません」
「実は周りから酷い圧力をかけられていたとか」
「かけられていません」
「過去に経験した挫折から今回の仕事に並々ならぬ興味があったり‥‥」
「そう言うワケでもありませんね」
「本当に気分…というかノリで?」
だとしたらビンタして船を港に戻そう。
俺はそう思った。
「ノリというワケでもありません。言うならば信念です」
「信念?」
十六の少女が持つ信念とは一体何なのか検討もつかないが、感情論ではない論理的な回答を期待せずにはいられない。
「小父様、私が非力で女だから船に乗せなかったんですよね」
「そんなことを言った覚えはないよ」
発言には気を付けていたはずだ。俺はただ、襲われるとだけしか言っていない。
「はい。小父様はそんなことは言っていません。ですが、蝶よ花よと扱われていれば嫌でも分かります。…私はそれが許せない」
「許せない?」
「はい。アナタは私を子供とみているでしょう?」
つまりなんだ、彼女は“他の女子供と一緒にするなバイキング風情が”と言いたいのだろうか。
「君のプライドを傷つけたのなら謝るよ」
「謝罪は結構です。ただこの船に乗せてくださればそれで」
彼女を理解することは難しいが船も進んでしばらく経ってしまったため、引き返すのも合理的ではない。
「ノイアにはちゃんと言って来たのかい」
「手紙を置いてきました。言ったら絶対に許してくれないから」
多分いまごろダークヘイヴンでは大騒ぎになっている事だろう。使用人達はまた自分達を責めるかも知れない。帰ったら労ってあげなければと思った。
そしてそれはそれとして、この船に乗るのであれば彼女にも他のクルー同様海賊の掟を守って貰う必要が出てくる。彼女が言う通りにしてくれると助かるが…。
「…じゃあいくつかルールを守ってくれるなら特別に乗船を許可しよう」
「ありがとうございます。―――それで?ルールってなんです?」
『1つ、トイレを含む船の移動は全部俺をつれて歩くこと』
『2つ、他の船と戦闘になっても慌てずに俺の傍にいること』
『3つ、具合が悪くなったらすぐに言うこと』
『4つ、他の船員には敬意を払うこと』
『5つ、他の船員達はきっとお前に優しくしてくれるだろうが、夜になったら彼らには近づかないで、すぐに船長室で眠ること』
『6つ、彼らと話す時に他種族を差別するような発言をしないこと』
『7つ、宗教の話をしないこと』
『8つ、船には女の海賊もいるが絶対にこちらからは話しかけないこと。話しかけられたら話してもいい』
『9つ、船員達から渡された物は食べないこと』
「ぐらいかな。全部記憶したかい」
そう言うと、カレンスは「口で復唱するのは難しいかも知れませんが、その状況になったら思い出すと思います」と正直に答えた。
確かに九個もあったら中々全てをすぐに覚えると言うのは大変だろう。
「分かった。紙に書いて渡してあげるから、忘れたら読み返すといい」
紙に書いて渡してやると彼女はそれを丁寧に受け取り読み始めた。
「それとドレスじゃあ困るからもっと身軽な衣装に着替えて貰うよ」
船長室のクローゼットから男モノの服を取り出しカレンスに渡した。
「分かりました」
彼女はその場で着替え始めたため俺はしばらく船長室の前で立つことになった。
最後にチラリと見えたのはドレスから覗く腕だった。貴族令嬢というにはしっかりした腕で、筋肉もそこそこについていた。
「着替えは一人で出来るかい」
扉の前で聞くと、
「ええ。相続権の無い私のために、ナーシが一通りのメイド業務を教えてくれたことがあったので着替えもその時に」と返事が聞こえた。
着替えが終わった後に船長室に入り、カレンスに他の船員にも渡してある有期雇用契約書と乗船前誓約書を渡した。
有期雇用契約書には契約期間に始まり、社会保険までビッシリと書いてある。
ソレを見てカレンスは気圧されたように後ろに下がりつつ椅子に座って熟読し始めた。
「ねぇ小父様」
視線を契約書にとめたまま、カレンスは俺に声をかけた。
「どうかしたかい?」
読めない字でもあっただろうかと隣に座って契約書をみた。
「海賊って自由な海の男ってイメージだったけれど、ちっとも自由じゃないんですね」
彼女の言葉にイエスともノーとも言えなかった。きっと彼女に今まで見せたことがないほどばつの悪い顔をしている事だろう。
「うっ…まぁ、いつも海賊は人手不足だからね。プロパガンダは業界の為にも必要なのさ」
「これを守っているのはこの船のどれくらいの人なの?」
「全員守っているさ。でないと俺がその場で解雇するからね」
「解雇?でも船の上ですよ?解雇したってその人の食事やベッドは―――」
「解雇したらたとえどんな時でも、すぐに船を降りて貰うから心配いらないよ」
そう言って俺は船長室から見える海を指して言った。
それにカレンスは生唾を飲みこみ頷いた。
「帰りたくなったかい?」
その言葉に彼女は首を横に振って笑った。
「まさか。覚悟の上です」
「そうかい。それは良かった」
それからしばらくした後、船長室でいつものように相手を威嚇するためのドクロメイクをしていると、聞くことのあまりない船員達の悲鳴が聞こえてきた。
「どうしたんだい?」
百戦錬磨の船員達の顔が青ざめている。
「せ、船長…!あんたのトコの娘さんが…!」
「そんなバカな」
船員達が集まる場所をかき分けて現場に向かうと、果物の入った木箱の中に果物と一緒に入ったカレンスが箱から顔を覗かせていた。
「…どうしてこんなところにいるんだい。カレンス」
「…」
「すまないけど二人にしてくれるかな」
そう言うと船員達は蜘蛛の子を散らしたようにその場から去って行った。
木箱に近づくと彼女と目があったが、そのまま箱を閉じてそのまま箱を持って船長室まで向かった。
船長室に入り箱を開けると、果物と一緒に三角座りしコチラを見上げるカレンスが見えた。黙って彼女の首根っこを掴み箱から出すと椅子に座らせた。
「船酔いは大丈夫かい」
「え?…はい…」
「そうか。では君にどういう心境の変化があったのか聞いてもいいかな」
聞き分けの良い子だと思っていたのに、船長に黙って船に侵入するなんてとんだお転婆娘だ。説明不足が原因で話が理解出来ていなかったのだろうか。
「きっと小父様は私が何を言っても連れて行ってはくれないと思ったので…」
そう彼女は言った。
もちろん、彼女が俺にどのような説得をしたところで彼女を連れて行くことなどなかった。
我々はドワーフの国に向かう道中に民間の船や軍艦を襲うのだ。
その道程で攫われでもしたら、他国で奴隷になるか、犯されそのまま面白半分で殺される未来もある。
不要なリスクを負う事を彼女が理解していないとも思えない。
なのになぜ彼女はココに来たのだろうか。
「海の上が危険なことは分かっているね?」
「はい。それでも商人の元へは私が赴きたかったので」
そう言う彼女の真剣さのようなものは伝わったが、肝心の理由はまだ聞けていなかった。
「ふむ…それはどうして?」
「行かなければならないと思ったからです」
そう真面目な顔で言われ俺は理解が追いつかなくなった。
行かなければならないと思ったから…というのは随分感情的な発言だとまず思った。
衝動に突き動かされてこの船に乗り込んだと言うのならばこの子はかなり変だ。なにせ、行動理由があまりにもフワッとしすぎている。
彼女は死が怖くないのだろうか。
「もっと別の理由があるんじゃないのかい。ほら、商人と別件で私怨があるとか」
「ありません」
「実は周りから酷い圧力をかけられていたとか」
「かけられていません」
「過去に経験した挫折から今回の仕事に並々ならぬ興味があったり‥‥」
「そう言うワケでもありませんね」
「本当に気分…というかノリで?」
だとしたらビンタして船を港に戻そう。
俺はそう思った。
「ノリというワケでもありません。言うならば信念です」
「信念?」
十六の少女が持つ信念とは一体何なのか検討もつかないが、感情論ではない論理的な回答を期待せずにはいられない。
「小父様、私が非力で女だから船に乗せなかったんですよね」
「そんなことを言った覚えはないよ」
発言には気を付けていたはずだ。俺はただ、襲われるとだけしか言っていない。
「はい。小父様はそんなことは言っていません。ですが、蝶よ花よと扱われていれば嫌でも分かります。…私はそれが許せない」
「許せない?」
「はい。アナタは私を子供とみているでしょう?」
つまりなんだ、彼女は“他の女子供と一緒にするなバイキング風情が”と言いたいのだろうか。
「君のプライドを傷つけたのなら謝るよ」
「謝罪は結構です。ただこの船に乗せてくださればそれで」
彼女を理解することは難しいが船も進んでしばらく経ってしまったため、引き返すのも合理的ではない。
「ノイアにはちゃんと言って来たのかい」
「手紙を置いてきました。言ったら絶対に許してくれないから」
多分いまごろダークヘイヴンでは大騒ぎになっている事だろう。使用人達はまた自分達を責めるかも知れない。帰ったら労ってあげなければと思った。
そしてそれはそれとして、この船に乗るのであれば彼女にも他のクルー同様海賊の掟を守って貰う必要が出てくる。彼女が言う通りにしてくれると助かるが…。
「…じゃあいくつかルールを守ってくれるなら特別に乗船を許可しよう」
「ありがとうございます。―――それで?ルールってなんです?」
『1つ、トイレを含む船の移動は全部俺をつれて歩くこと』
『2つ、他の船と戦闘になっても慌てずに俺の傍にいること』
『3つ、具合が悪くなったらすぐに言うこと』
『4つ、他の船員には敬意を払うこと』
『5つ、他の船員達はきっとお前に優しくしてくれるだろうが、夜になったら彼らには近づかないで、すぐに船長室で眠ること』
『6つ、彼らと話す時に他種族を差別するような発言をしないこと』
『7つ、宗教の話をしないこと』
『8つ、船には女の海賊もいるが絶対にこちらからは話しかけないこと。話しかけられたら話してもいい』
『9つ、船員達から渡された物は食べないこと』
「ぐらいかな。全部記憶したかい」
そう言うと、カレンスは「口で復唱するのは難しいかも知れませんが、その状況になったら思い出すと思います」と正直に答えた。
確かに九個もあったら中々全てをすぐに覚えると言うのは大変だろう。
「分かった。紙に書いて渡してあげるから、忘れたら読み返すといい」
紙に書いて渡してやると彼女はそれを丁寧に受け取り読み始めた。
「それとドレスじゃあ困るからもっと身軽な衣装に着替えて貰うよ」
船長室のクローゼットから男モノの服を取り出しカレンスに渡した。
「分かりました」
彼女はその場で着替え始めたため俺はしばらく船長室の前で立つことになった。
最後にチラリと見えたのはドレスから覗く腕だった。貴族令嬢というにはしっかりした腕で、筋肉もそこそこについていた。
「着替えは一人で出来るかい」
扉の前で聞くと、
「ええ。相続権の無い私のために、ナーシが一通りのメイド業務を教えてくれたことがあったので着替えもその時に」と返事が聞こえた。
着替えが終わった後に船長室に入り、カレンスに他の船員にも渡してある有期雇用契約書と乗船前誓約書を渡した。
有期雇用契約書には契約期間に始まり、社会保険までビッシリと書いてある。
ソレを見てカレンスは気圧されたように後ろに下がりつつ椅子に座って熟読し始めた。
「ねぇ小父様」
視線を契約書にとめたまま、カレンスは俺に声をかけた。
「どうかしたかい?」
読めない字でもあっただろうかと隣に座って契約書をみた。
「海賊って自由な海の男ってイメージだったけれど、ちっとも自由じゃないんですね」
彼女の言葉にイエスともノーとも言えなかった。きっと彼女に今まで見せたことがないほどばつの悪い顔をしている事だろう。
「うっ…まぁ、いつも海賊は人手不足だからね。プロパガンダは業界の為にも必要なのさ」
「これを守っているのはこの船のどれくらいの人なの?」
「全員守っているさ。でないと俺がその場で解雇するからね」
「解雇?でも船の上ですよ?解雇したってその人の食事やベッドは―――」
「解雇したらたとえどんな時でも、すぐに船を降りて貰うから心配いらないよ」
そう言って俺は船長室から見える海を指して言った。
それにカレンスは生唾を飲みこみ頷いた。
「帰りたくなったかい?」
その言葉に彼女は首を横に振って笑った。
「まさか。覚悟の上です」
「そうかい。それは良かった」
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