ウルティメイド〜クビになった『元』究極メイドは、素材があれば何でも作れるクラフト系スキルで魔物の大陸を生き抜いていく〜

西館亮太

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雷鳴は思わぬ方角へ

第三章 86話『『現』ハンマー使い冒険者、《環害》を相手取る』

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 王都の中で最も荘厳で重たい空気を放っている空間―――王の間。
 そこではいまだかつてない程に、荒れに荒れていた。

「っらぁ―――!!」

 重々しいハンマーが振るわれ、地面が砕ける。
 破片が飛び散り、それが宙に舞う。

「くそっ……!」

「おやおや、乱暴ですねぇ。そんなに暴れてはいけませんよ。淑女として……ね?」
「うるさい!!」

 軽い足取りで煽るように言った女目掛けて、ルナは再び巨大なハンマーを振るって叩き潰そうとする。
 しかしそれも軽く避けられてしまい、2人の間には距離が開いた。

 ルナと対峙している手枷をはめた傷だらけの女。それこそが魔人会最高幹部の1人である『環害』のフォルネウス・ベルーラ。
 彼女は手枷から伸びている鎖でルナのハンマーと渡り合っている。それだけで只者ではないという事をルナは察していた。

「どうしてそこまで憤っているのですか。私の感性への共感を強制している訳ではないではありませんか。互いが互いを容認できるようになる……それこそが真なる幸福!だから私は強制をしない。ただ、私の考えをゆっくりでもいいので理解して頂きたいのです」

「私が貴女の殺しの理由を容認する事は永遠にないから。だからもう喋らないで」

 鋭い目つきでフォルネウスを睨みつけながら、ルナはハンマーを握り直す。肘まである黒いグローブの上からでも、浮き上がる筋繊維と血管が見える。
 それ程までにルナは憤っている。奇しくもフォルネウスが言った通りだった。

「私が人を殺すのは、殺したいから。そして貴女たちが魔物を殺すのも殺したいから。そこに違いがあるのですか?」

 フォルネウスは突如問いを投げてきた。
 だがその問いかけにルナは更に激昂しそうになる。しかしそれを飲み込んで冷静に口から吐き出す。

「魔物は人間に仇をなす存在。共生できる個体もいれば、どこまでいってもそれが不可能な個体がいる。だから私たちは、自分たちの身に危険が及ばないように魔物を殺して平和を保つの」

「そうですか……。しかしそれは人間の理論です。ありきたりで最もつまらない言葉。……貴女の言う平和は、魔物には約束されていません。魔物から見れば、人間の方が勝手に増えて自分たちに仇なす害獣です。それが正当な理由だというのならば……それは少し傲慢過ぎやしませんかね?」

 ルナの言葉に言い返す時でさえ、フォルネウスの顔から笑顔が消える事は無かった。
 終始気味が悪く、ルナはそんな彼女の言葉には耳を貸さず、ハンマーを持ち上げ、両口の先端部がフォルネウスへと迫る。
 しかしフォルネウスは手枷についている鎖を大きく振り回し、ルナの持っているハンマーにぶつける事でそれを弾き返した。その行動はまるで鞭を振るうかのようで、ハンマーを弾き返されたルナは一瞬よろけながらも体勢を立て直した。

「酷いですねぇ、私は平和的な解決を望んでいるというのに。それにまだ私が話している最中でしたよね?何故魔物の事を配慮せず自身の立場からしか物事を考えられないのですか?……あぁ、きっと貴女は、他者が持ち得ない何かを理解する事ができない可哀想な方なのでしょうね。ですが大丈夫です。私と真摯に向き合い、話し合い、お互いを心から理解する事が出来さえすれば、この世界にまた1つ、祝福が授けられます。少なくとも貴女は幸福になる事が出来る。私はそれさえ出来れば、今日はもう帰っても構わないとまで考えています。それ程までに、貴女と分かり合い、理解を得たいのです。そうすれば、小さくとも世界が幸福への一歩を歩みだす。私の結局の願いはそこなのです!」

 長々と喋るフォルネウスは両手を空に掲げる。どれだけ話していても笑顔が耐えない。
 手を振り上げた時に腹部がチラリと見えた。するとそこにすら大きな傷跡があり、それは形状や大きさ的に魔物につけられたものではなく、一体どれだけの暴力の中生きてきたのだろうか、とルナは敵ながらそう考えた。

「……ふぅ。正直な話、今回このような状況を望んだのはハルファスでしてねぇ。私はどうでもいいのですよ。ですから私はやりたいようにやらせてもらうまでです」

 フォルネウスは少し俯きながらそう言った。しかし重要なのはそこではなかった。
 ルナは先程の発言を思い返し、口を開いた。

「……ん?今、帰っても構わない……と?」

「はい、言いましたよ。貴女に私の言葉が理解されたのならば……ですが」

 彼女の言う言葉の理解というのは、殺したい時に人を殺す事への理解。だがルナに到底そのような事出来るハズが無く、そこからルナは口を閉じてフォルネウスの言葉に耳を傾ける。

「……しかし私は強制を好みません。ですので貴女に理解されないのならば仕方ありません。貴女は私を殺せずにいつまでも油を売り、ハルファスの目的が達成されるまでここにいてもらう形になりますね」

「強制を好まないなんてよく言えるわね。それこそ、貴女のやっている事は死を強制する行いって気付かないの?」

どうする……。この人の思想に合意すれば今日の所は帰るって事……?私が一時のプライドを捨てて頭を立てに振れば、王都に平和が戻るの……?

 ルナはそう思考する。フォルネウスが帰れば、必然的に彼女の部下も帰り、王城が解放される。
 そうすれば恐らく騎士団詰め所も同時に解放され、魔人会の残党たちを一網打尽にする事が出来る。
 ここで自身が一時の為に己を捨てさえすれば、王都の人間が助かる確率が大いに上がる。

 だが同時に、彼女の脳内に別の景色が浮かんだ。
 首を切られた少年。王立図書館の前で死んでいた大勢の一般市民。
 それ等を思い浮かべると、ルナは唇を強く噛み締めて顔を上げた。

弱気になってどうする……!!ここでこの人をどうにかしなきゃ、殺されちゃった人たちが満足に死ねない。それに話を聞く限り、この人が帰ってもどうにもならなそう。結局ハルファスって人が残れば魔人会の最高幹部が王都で何をするか分からない。私が、ここで―――!!

「ここで貴女を倒す……!!これ以上、誰も傷つけさせない!!」

 ルナが力強く宣言すると、初めてフォルネウスの顔から笑みが消えた。

「あ、そうですか。では貴女もそろそろ……死んで下さい」

 フォルネウスは手枷の鎖を振るってルナ目掛けて放つ。迫りくる鎖の先端部が音を立ててルナの体を直撃した。鞭を扱うように、フォルネウスの腕力を持ってして、それは音速を超えていた。

「ぐっ……!!」

 屈強な肉体を持っているルナだったが、鉄の鞭打は流石に堪える。ハンマーを構え直して再度追撃への対応をする。
 振るわれる腕は2つ。その腕につけられた鎖も2つ。2本の連続攻撃をルナは重いハンマーで防ぎつつ、連撃の隙をついて横方向へと走り出した。

「どこへ向かわれるのですかっ……!!」

 フォルネウスの鎖が再びルナに迫る。
 しかしそれをハンマーで弾き返し、フォルネウスへと一気に接近する。
 そしてルナの握っているハンマーには次第に雷が纏われていき、それに呼応するように彼女の動きが鋭く素早くなっていった。

「『闘雷の鉄槌トールハンマー』!」

 雷撃を纏ったハンマーがフォルネウス目掛けて振るわれる。雷による身体能力の強化に加え、威力を高めた一撃。
 フォルネウスも回避しきれずに顔面へと直撃し、数十メートルは地面を這いずりながら吹き飛んだ。
 ルナの体には技の副作用か、痺れるような軽い痛みと痙攣が起きた。

「………」

 吹き飛んだフォルネウスをただ見つめる。今の一撃で倒せるとは微塵も思っていなかったからだ。
 先程から数回程、フォルネウスの体をハンマーで叩き潰しているにも関わらず、フォルネウスには全く効いている気配がない。

 そして案の定、雷の放つ超高熱によって顔が爛れていたフォルネウスはぐらりと立ち上がった。
 
 つい先程まで焼け爛れていた肌は、一瞬にして正常なものに戻っていた。
 フォルネウスは頬を赤く染め、目にまで届きそうな程口角を上げてルナに鎖を振るう。
 その攻撃を躱しながらルナは走り抜け、先程までフォルネウスが腰を掛けていた玉座の側面に身を隠した。

やっぱり攻撃が効いてない……。攻撃の無効化……メイちゃんが戦ってた人と同じ。でもきっと勝手が違うんだと思う。メイちゃんが戦ってた人は攻撃そのものが効いてなかったように思えた。でもフォルネウスは攻撃を一度受けてから、それを無効化する。順序が違うならきっとフォルネウスの方が倒せる可能性が高い。彼女が無効化をする前に一気にダメージを与えて、それで―――

 そこまで考えると、ルナは鼻に何やら嫌な臭いがしたのを感じ取った。
 それは自身のすぐ横、自身が今いる玉座の面の隣側からだった。そこはフォルネウスが子供の死体を取り出した場所であり、その匂いがした瞬間から、嫌な予感がしていた。
 ルナが顔を覗かせて目を向けるとそこには―――顔面が吹き飛び焼け爛れた死体が転がっていた。

「―――っ!!」

 周辺は赤く染まっており、血は高温で焼かれ、もはや液体ではなく固体のように固まっている。
 飛び散った肉片が嫌な臭いを発生させており、それが先程自身の鼻を突き刺した臭いだと確信した。
 それと同時に、ルナの中に1つの考えが思い浮かんだ。考えたくない可能性、しかしそれは事実と噛み合っている。

「なんで……?でも、そんなハズは……だってこれはっ……!!」
 
「あら、気付かれてしまいましたね」

 ルナの眼前にフォルネウスの笑顔が浮かぶ。
 咄嗟に引き下がろうとしたが、あいにく背後は玉座であり、飛び退く事は出来なかった。

「これは何!?」

 ルナは怒りを顕にした。握り拳を強く握り、めり込んだ爪が出血させる。ここまで酷い殺し方を一般人にさせたフォルネウスが許せなかった。
 しかしフォルネウスは口角を上げ、気味が悪い程に笑うと、吹き出すのを堪えながら口を開いた。

「おやおや、何をそんなに憤っていらっしゃるんですか?ここにある死体は全て―――貴女がやったものなのですから」

「………え?」

 ルナの口からはそれしか出てこなかった。
 フォルネウスの言っている事が全く理解できなかったからだ。
 ルナは震えながらもう一度死体の方を見ると、ようやく彼女の言っている事に気が付き、「ま、まさか……」と震える口を開いた。

「じ、自分の受けたダメージを……この死体たちに肩代わりさせた……って事……?」

 その言葉にフォルネウスは答えなかった。しかし、その溢れんばかりの笑みで全て理解した。
 自身の言葉は合っていたのだと。
 ルナが目に映したのは、先程の焼け爛れていた死体だけではない。頭の潰れた死体、半身が潰れた死体、下半身のない死体など、様々な死体だった。

「そうですその通りです!!貴女はここにいる人々を痛めつけ殺しました!!しかも、貴女は死体と言いましたが、実は彼等はまだギリギリ生きている状態でしてねぇ。それを貴女のその凶暴で横暴なハンマーが叩き潰してしまったのです!!力なき者を叩き潰す様はまるで蝿を殺す人間そのもの!!あぁ―――貴女のその歪んだ顔………」

 フォルネウスは眼球だけを下に向け、ルナの恐怖と人間を殺してしまった事に対する罪悪感に染まった顔を見て顔を赤らめた。
 ルナの息は荒くなっていき、目には涙を浮かべている。手が震え、歯をカチカチと鳴らしている。頭の残っていた死体の口に縄のような物がはめられており、フォルネウスの言葉が真実だと理解し、ルナの呼吸は更に荒くなる。
 絶望色に染まった顔は、フォルネウスの欲求を更に駆り立てた事だろう。腹部を蹴られ、背中を打ち付けたルナの髪の毛を掴んだ。

「さぁ!あそこまで私に人の殺しについて説教をしていた貴女が!!人を殺した気分はどうですか!!??さぞ気持ちの良い事でしょう!!さぁ!!さぁ!!!」

 そう声をかけられるが、ルナは半分放心状態だった。
 フォルネウスの能力とは言え、彼女の掌でまんまと踊らされ、挙句の果てには助かったかもしれない人々を殺してしまったのだ。その罪悪感から、ルナは何をされても言葉を返せなくなってしまった。

「おや、ブフッ。あらあら……お漏らししてしまうなんて端ない。それでも淑女ですか?お姉さん」

 何を言われても答えないルナ。それがいい加減面白くなくなったのか、フォルネウスは頭を掴んでいる手の力を強め、ルナの顔面へと向けて拳を握り締めた。

「それではお姉さん、また会う日まで。―――貴女に、祝福があらん事を」



 そうして拳が振るわれた。
 だがそれと同時に、どこかで窓ガラスが割れるような音が鳴り響いた。
 その音だけ辛うじて聞き取れたルナは、音のした方向へと虚ろな目を向けた。

「『極限加圧―――』」

 そう呟いた声の元へと、どこからか水が集まる。
 そして掌に集まった水は小さな水滴へと変化し、声の主は強くそれを握り締めた。

「『―――水穿砲エクラズオ』!!」

 発射された物体はルナの頭を掴むフォルネウスの腕に直撃してちぎれた。
 その何よりも速い一撃にフォルネウスは驚き、ルナは正気を取り戻した。
 そしてそれによって生まれた隙に乗じて、ルナは救出され、フォルネウスの前から姿を消していた。

「……誰ですか、貴女は?」

 そう訊くフォルネウスの前には、活発に動けそうな服だが、どこか美しさを持った服を身にまとった少女が立っていた。
 ルナはその少女に抱きかかえられており、正気を取り戻した彼女は少女に抱きついた。

「アミナちゃん……!!」

「安心して下さいルナさん。―――私が来ました」


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