ウルティメイド〜クビになった『元』究極メイドは、素材があれば何でも作れるクラフト系スキルで魔物の大陸を生き抜いていく〜

西館亮太

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雷鳴は思わぬ方角へ

第三章 終幕『『元』究極メイドの、回帰と凱旋』

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 王都の大通りには、昨夜の賑やかさの痕跡がまだ色濃く残っていた。

 石畳の隙間には踏み潰された花弁や紙片が散らばり、軒先からは祭りのために張られた色鮮やかな布が風に揺れている。
 屋台の木枠には香ばしい肉や甘い菓子の匂いがわずかに染みつき、空気の中にはまだ、祝祭の熱気の名残が漂っていた。

 しかし、その中心にいた人々は、今はただ静けさに身を沈めている。
 昨夜、声を枯らして歌い、踊り、抱き合って喜びを分かち合った者たちは、今は疲れ果てて道端や店先に横たわり、安らかな寝息を立てていた。
 子供たちでさえ例外ではなく、焼き菓子を握りしめたまま母親の膝で眠っている。

 通りの片隅には、祭りのために使われた大きな松明の残骸が黒ずんで倒れ、その周囲には夜明け前まで燃え盛っていた炭火の名残が、まだじんわりと赤い光を宿している。
 焦げた木の匂いが漂う一方で、夜空を彩った紙灯籠の残りが風に舞い、瓦屋根や街角の像の肩に引っ掛かっている。

 広場はなお壮観だった。
 昨日までの王都は戦いの影を残していたが、祝賀のために飾り立てられたその場所は、色とりどりの花と布で満ち溢れていた。
 花輪は噴水に掛けられ、溢れ出る水面に花弁が散り、朝の光を反射して煌めいている。
 噴水の縁には飲みかけの酒瓶や転がった果物が放置され、それらを鳥がついばみに来ていた。

 城門近くの石橋も、昨夜は踊りと音楽で賑わっていたが、今はただ静まり返り、足元にちらつくのは乾いた葉と、散らばった金貨のように見える色ガラスの破片だけだ。
 拾おうとする者もおらず、ただ朝の光を受けて虹のように光っている。

 騎士団の詰め所の前にも、鎧を着けたまま眠り込む兵が転がっている。
 肩から垂れた布には酒の染みが広がり、手には祝祭のために振り回していた木製の杯が握られたままだ。
 普段なら無作法として咎められる光景も、今日だけは誰も気にしない。

 王都を囲む城壁の上から見下ろすと、街全体がまるで眠る巨人のようだった。
 色鮮やかな装飾はまだそのままに残っているが、通りを行き交う者はほとんどいない。
 数少ない目覚めた者たちは、片付けのためにゆっくりと歩き回り、残された食器や布を集めていた。
 けれども彼らの表情には苛立ちもなく、昨夜を楽しみ尽くした余韻に満ちている。

 大通りの端、屋台が並んでいた場所では、炭火の煙がかすかに上がっていた。
 火を落としきらなかった小さな炉から、くすぶる煙が白く立ち上り、朝の青空に溶けてゆく。
 そのそばでは、祭りの余り物である焦げた串肉が捨て置かれ、猫たちが競うように齧りついていた。

 品がないとはまさにこの事だ。
 誰もが好き勝手地面で眠りこけ、束の間の平和を享受している。
 ゴミが捨てられていても、散らかっていても、皆起きるまで誰も気にしない。
 だが逆に皆が目を覚ませば、祝賀祭の後の数日は片付けと整理に使われる。
 これも、メリハリのある王都の住人だからこそ出来る芸当だろう。

 城下町の外れ、下町の石段にも、昨夜の名残が散乱していた。
 踊り疲れてそのまま座り込み、寄り添って眠る若者たち。
 彼らの傍らには音楽を奏でた楽器が転がり、風が弦を震わせてかすかな音を立てている。
 壊れかけの太鼓の皮は裂けていたが、その表面には酒をこぼした跡があり、月明かりの中で打ち鳴らされた熱狂の瞬間を今も物語っていた。

 王城の塔からは、白い布が垂れ下がっていた。
 祝賀祭のために掲げられた大旗は夜の熱狂でほつれ、縁が焦げ付いている。
 しかしその揺れは穏やかで、まるで戦いの終焉と平和の始まりを告げる鐘の余韻のように映った。

 街のいたるところで、香と煙が混ざり合った匂いが漂っていた。
 香辛料の甘い匂い、酒精の濃い香り、肉を焼いた脂の香ばしさ。
 それらが空気に混じり合い、朝の冷たい風に乗って街路を流れていく。
 その香りを嗅げば、誰もが昨夜の熱狂を思い出すだろう。

 ゆるやかに鐘が鳴った。時を告げるそれは、今朝になって初めて響いた音だった。
 鐘の音は街の隅々にまで届き、静けさに沈む人々の眠りを揺さぶるように広がっていった。
 しかしそれでも、まだ目を覚ます者は少ない。
 ただ寝返りを打ち、あるいは微笑を浮かべ、夢の中で祝祭の続きを楽しんでいる。

 アミナたちがこの王都を離れる頃、街はまだ完全に目を覚ましてはいなかった。
 城門の外へと続く道にも、人影はまばらで、昨夜の祝祭の余韻だけが漂っていた。
 道端には折れた花冠が落ちており、石畳の隙間に咲いた朝顔が、それを抱くように絡みついていた。

 振り返れば、王都全体がまだ祝祭の夢を見ているように思えた。
 熱狂の夜のあとに訪れた静寂は、決して虚ろではなく、むしろ心地よい充足感に満ちている。
 勝利の余韻と、これからの日々への安らかな期待。それらが街全体を包み込み、ゆっくりとした呼吸を刻ませていた。


 そんな中、誰も起きていない時にこっそりと歩いている影が1、2、3……8つあった。
 誰も起こさないように慎重に歩きながら、王都の城門近くへと移動している。
 大きな建物に差し掛かった8名は、静かに歩みを進めていた。 

「こんな朝早くから、どこに行くのかしら?」

 突然元気な声でそう言われ、一同は膠着してしまった。
 一同は路地裏の方へと顔を向けると、そこには1人の少女が壁にもたれかかりながら立っていた。

「げっ……カイネさん……」

 こっそりと歩いていた内の1人、アミナが怪訝そうな顔をしてそう言った。

「げ、じゃないでしょ。どうして勝手に帰ろうとしてる訳?エルミナたちも連れてさ」

 カイネはそう言って戦闘を歩いている3人へと視線を移す。
 見られた3人はなんとも言えない表情で誤魔化したつもりだろうが、カイネにとってはただ変な顔を晒しただけに過ぎなかった。

「実は、明日帰ろうと思ってるって伝えたら、ケイさんが送ってくれるって言ってくれたからさ。その為にここまで来たんだ」

「そ、そうだぜ。俺たちが送ってやるって言ったんだ。な、ケイ」

「う、うん。そうだよお姫様!」

 ギーラとケイがフォローに入るが、カイネの口は止まらない。

「こんな朝早くから?朝ごはんも食べないような時間よ?もう少し待って馬車で帰ればいいに、わざわざケイに送ってもらうの?カイドウ、ギーラ、ケイ。貴方たち頭は回るけれど、こういった嘘をついたりするのは向いてないのね。顔に全部出てるわよ」

 そう言われてカイドウは「あはは……」と、嘘がつけない自身に情けなさを感じながら苦笑いした。
 今度は、彼ではダメだと判断したフィーが前に出て、咳払いのような事をしてからカイネをまっすぐ見つめながら口を開いた。

「みゃあぅみゃみゃ、みゃみゃあぅみゃみゃあうなぁんにゃ」

「何言ってるか分からない」

 その一言で一蹴され、フィーはカイドウと共に道の隅っこに座り込んで慰め合っていた。
 そんな2人をよそに、今度はメイが前に出た。
 彼女は口も悪く、言い合いではそこそこ強い。言い訳もそれなりに出来るだろう。

「私たちがいつ帰ろうが私たちの勝手だろうが。そもそも勲章の授与なんてのも私たちの性に合わねぇんだよ。それをとやかく言われる筋合いはねぇな」

「えぇそうね。でも、勲章の授与に関して承諾したのは貴女よ、メイ。アミナたちに了解を取らなくていいのかって訊いても、貴女はずっとお酒を呑んでいたじゃない。お酒呑みたさに話を聞かなかったのも、貴女よ、メイ」

 カイネにそう言われると、メイは体をガチガチに固まらせた。
 背中から突き刺すような視線が向けられているのがひしひしと伝わってくる。
 恐る恐る顔を後ろに向けると、そこには案の定怒りを顕にしているアミナの、鋭い視線があった。

「メイさん……?またそんなに呑んだんですか……?それに勲章の授与なんて話、私聞いてませんよ……?」

「ま、まぁ待てってアミナ。これはなんつーか、ちょっとした行き違いだ。だからよ……そんなに怒んなって」

 機嫌を取るようにアミナをなだめるメイ。
 しかしアミナにとってメイのそんな行動は日常茶飯事。怒りを通り越して呆れが勝ち、アミナはため息を付いた。

「はぁ……まぁいいですけどね。勲章の授与があろうとなかろうと、私たちは帰るつもりでしたし……」

 頭をポリポリとかきながら言ったアミナの言葉に、正直カイネは驚きを隠せなかった。

「ど、どうして!?大々的に皆を国に紹介する機会なのよ!?そうすればアミナのお店も有名になるし、皆にだって色々いい事あるでしょ……?」

 カイネの言っている事には一理あった。
 アミナの名前が売れれば、店は繁盛し、経営も安定する。
 勲章そのものの価値よりも、経営者であるアミナにとっては、店に客が来るという方が価値があるハズ。カイネはそう考えていた。
 だが、実際にはそうではなかった。

「私は名前が売れると困るからなぁ。他の国に爪痕残して逃げたりしてっから」

「僕もひっそりと暮らしたいからいいかな……。今より仕事増えたら僕のやりたい事が出来なくなりそうだし……」

 メイとカイドウがそう言った。
 一理あるとはこういう事だった。
 誰もが有名になりたい訳では無い。ひっそりとゆったりと過ごしたい者もいれば、国の外に名前が知れれば困る者もいる。

 カイネはそこまで頭が回っていなかった。
 いや、考えが至らなかったというよりも、そう考える者がいるという事を知らなかったという方が正しい。
 そういう人もいるのかと驚いているカイネに、突然声がかけられた。

「ふっ、やっぱり拒否されたか」
 
「アミナ殿たちはそうするのではないかと思っていた」

 声の主は2つ。
 1人は、魔導騎士団に所属している騎士であり、カイネの幼馴染である、ガヴェルド。
  そしてもう1人はレリック王国の国王にしてカイネの実の父親であるセディウス。
 2人共、もうアミナたちの事情を知っているような口ぶりだった。

「お父様……それにガヴェルド……」

 2人はカイネの近くまで歩いていく。
 セディウスの近くにはエルミナたち、ガヴェルドの近くにはカイドウとフィーが近寄った。

「陛下、動かれても平気なのですか?」

「あぁ。すっかり力は戻った。今なら、お前たちにだって負ける気がせんわ………なんてな」

 冗談めいた事をセディウスが呟き、エルミナは少し脂汗を頬から垂らした。
 一瞬だけしか見られていないケイとギーラですら、謎の緊張感によって体の動きが不自然になってしまった。
 本当に今ならば彼等よりも強いのではないだろうか。アミナは苦笑いしながらそう思った。

「そう言えばファルマー様はどうしたのですか?」

「あぁ、ヤツには後始末の準備をさせている。あいつに何か用があったか?」

「いえ、ファルマー様の剣術には興味がありましたので、いつかご享受願えればと、そう思っただけです」

 カルムがそう言って一度頭を下げた。
 彼女がそんな事を言うのが珍しかったのか、メイはカルムの顔を見つめていた。

 だがアミナは途中で気がついた。メイのあれは、嫉妬の表情だ。
 自身以外の人間に教えを請う従者の姿は、見ていて気持ちの良いものではないのだろう。
 顔がほんの少しだけ歪んだメイの顔は新鮮そのもので、アミナは少し楽しくなった。

「よぉ、カイドウ、フィー。帰るんだな」

「にゃぉう」

「うん、終わってない仕事が山積みだしね。結局分からず終いだったこの魔道具に関しても、もうちょっと自分で調べてみるよ」

 カイドウは鞄の中から1つのアクセサリーを取り出した。
 それは一見何の変哲もないカチューシャだが、その実態は古代魔道具という恐ろしい力を秘めた魔道具なのだ。
 王都へはこの魔道具について調べに来たのだが、レリックの王都にすらこの魔道具に関する情報はなかった。
 その為個人的に調べる方針へと変えたのだ。

「何よ……2人共、皆が帰るって知ってたのね……」

「無論だ、カイネ」

「あぁ。アミナ殿等は、肩書でどうこうなる者たちではない。ましてや騎士でもない彼女たちに、それを押し付ける事も出来ん」

 ガヴェルドもセディウスもそう言う。
 そういえばカイネに対するガヴェルドの対応が変わっていた。敬語で喋っていたのは王城の中だけだったのかと、アミナは理解した。

 そして浮かれていたのが自分だけなのだと分かると、カイネの態度はあからさまに変化した。
 拗ねたように……いや、現にとてつもなく拗ねてしまった彼女は、ガヴェルドの足を一度蹴ると、その場に座り込んでしまった。

「そう落ち込むなカイネ。別に勲章なんていいだろ、お前だって彼女たちにとって勲章に意味があるとは思ってないだろ?あれは騎士が貰うからこそ絶大な意味を誇るんだ。国王陛下も言っていたが、騎士ではない彼女たちには余計な重荷だろう」

「……でも、お礼をちゃんと形にしたかった……。言葉では伝えきれないし、ちゃんとお礼をしたって証が欲しかったの……」

 カイネはすっかり落ち込んでしまった。
 そういったところはどこか子供らしく、とても微笑ましかった。
 するとセディウスがカイネの横に歩いて来て立ち止まった。
 そしてカイネの事を見下ろして頭に手を置くと、小さく口を開いた。

「カイネよ。確かに父は、彼女たちに勲章を押し付ける事は出来ないと言った。……だが、礼はしないと言っていないぞ」

「……じゃあどうするの……?」

「そうだな……。勲章は授与できない。王都で永住させるのもこちらのエゴというもの。……ならば―――」

 そこで言葉を伸ばしたセディウスは、正面へと顔を向ける。
 その眼差しはまっすぐに城門へと向けられている。
 鋭い眼は、かつて戦士だった頃の面影が確かに残っていた。

「―――ならば、これくらいはさせてもらわなければな……!!」

 セディウスがカイネの頭の上に置いていた手を大きく前に振ると、全員の視線が正面へと向いた。
 すると、その光景を見た一同全員の目が見開かれた。

 王城から王都の出口である城門まで直通の大通り。
 巨大で真っ直ぐな通路の端に、大勢の魔導騎士団の団員が列を成して佇んでいた。
 その光景は壮大かつ荘厳で、全員が片手に剣を構えて目の前に持ってきている。
 寸分の狂いも差異もない整列による通路は、まさに圧巻の一言だった。

「凄い……」

「へぇ、こりゃ驚いた」

 そこに魔導騎士団の騎士団員たちが潜んでいた事に誰も気が付かず、セディウスの合図があってから一瞬にして整列した。
 戦闘後、その上宴の後という事を加味しても、メイやカルム、エルミナたちに感知されないというのはかなりの技術と技量が必要だろう。
 魔導騎士団の訓練がどれだけ質が高いか分かる。

「さぁ、アミナ殿。皆、ここを通ってやってくれ。これが私たち、レリック王国の人間に出来る、最大のもてなしと感謝の意だ」

「セディウスさん……。……はい!では遠慮なく歩かせてもらいます!」

 アミナは笑顔でそう返事し、最初の一歩を踏み出した。
 彼女に続いて、エルミナ一行や、メイたちが進んでいく。その後ろをセディウス、カイネ、ガヴェルドが歩き、彼女たちの背中を見送っている。

「凄いねアミナさん。こんなにピシッと整列出来るなんて」

 ケイがひっそりと声をかけてきた。
 彼女も魔導騎士団のこういった整列は見た事が無かったのだろう。
 アミナ同様、驚いて、感心しているようだった。

「そうですね、訓練をしていない私たちにやれと言われても当然出来ません。ましてや気付かれずに潜むだなんて芸当も相当鍛錬が必要なハズです。我が国はエルミナさんもいますし、安泰ですね」

「やめてくれ気恥ずかしい。……だが、アミナさんにそう言われると、とても嬉しい」

「エルミナは何かあるとアミナさんはどうとか、アミナさんならこうとか、すぐ言うもんな。そんな人に褒められりゃ、そりゃ嬉しいわな」

「……ギーラ。余計な事は言わないでもらおうか。風呂の時のように、またその頭を斬り伏せても良いのだぞ」

「勘弁してくれ。面白くねぇ裸はもう懲り懲りだ」

 エルミナの鋭い目がギーラを貫く。
 仲がいいからこそ出来るそのやりとりに、一同は笑った。
 静かで広い王都に、小さな声が響いた。
 楽しそうで幸せそうな、平和の笑い声だ。

 しかし声はそれだけではなかった。
 城門へと着々と歩みを進めているアミナたちへと、王都中に響き渡りそうな声がかけられた。

「お~い!!皆待ってよぉ~!!」

 そう声が聞こえた。
 聞き覚えがある声なのは当たり前だとして、とても可愛らしい声とは裏腹の、屈強でたくましい肉体が頭の中に浮かんできた。
 少女は走りながら手を振り、アミナたちへと声をかけ続けた。
 
 追いついた少女は膝に手をついて荒く息を吐いた。
 まだ傷の治っていない、包帯を巻かれた体が上下した。

「はぁ……はぁ……」

「ルナさん……?どうしてここに」

「どうしてじゃないよ!アミナちゃんこそ、どうして私を置いてっちゃうの!?まだお別れ、言ってないのに!」

 そう言えばそうだ。
 彼女には何も伝えずにアミナたちはここまで歩いてきた。
 彼女はアミナたちとは違い、放浪している冒険者。
 ならば王都に定住するのが彼女にとってもいい事だろう。アミナたちはそう考えたからこそ声をかけなかった。
 だが彼女は思いの外早起きをしてしまったようで、アミナたちがいないのにいち早く気がついた。

「ルナ、貴女は王都に残らないの?アミナたちはともかく、貴女には今からでも勲章を授与できるわよ?」 

「そうだ。お主も国の為に戦ってくれた英雄の1人だ。王都に永住し、食客として招く事も可能だ」

 カイネとセディウスがそう言った。
 確かにアミナたちはハッキリと断ったが、ルナの言葉はまだ聞いていない。
 勲章を授かり、大国の食客として扱われるならば、生涯生活に困る事はない。

「勲章、食客……か……」

 しかしルナの表情はなんだか浮かばない。
 これ以上にない褒美だと考えていたアミナたちやカイネたちにとっては、その表情の理由は分からなかった。
 だがエルミナ一行はそれを理解しているようで、少しだけ微笑んでいた。

「お姫様、王様。私はね、皆のお姉さんでもあるし、国を救った英雄かもしれない。……でもその前に、私は冒険者なの。安全で安心な生活なんてつまらないわ!私は、私のしたい事をする!それが、冒険者の特権でしょ?」

 はにかんだ笑顔でそう答えた彼女の明るい言葉と顔に、その場にいた誰しもが心を打たれた。
 どれだけ高級な食事を出されても、どれだけ高級な衣服を身にまとっても、どれだけ高級な住処に住もうとも、得難いものがある。それが冒険者という職業なのだ。
 そして、それを理解していたエルミナたちは、やはり、と言いたげな表情をして小さく頷いた。
 驚きはしたが、勿論アミナもルナの言葉を応援するつもりだった。
 
 ルナは「だから―――」と呟いてからアミナの正面に立ち、彼女の事を指差しながら言った。

「―――だから、私決めたの!アミナちゃんと、一緒に行くって!!」

「………へ……?」

 アミナは間の抜けた声をその小さな口から漏らした。
 誰もが予想していなかった言葉に大声を上げて驚いた。その声は本当に王都中に響き渡りそうだった。
 辛うじてメイとカルムが声を上げていなかったが、それでも全員の驚きの声が合わさった叫びが凄まじく、収まるのにしばらくかかった。

「本気で言っているんですかルナさん!?私の所に来るって……!!」

「大本気だよ!アミナちゃんといれば、楽しそうな事も多そうだし!何より私の成長に繋がると思って!……ダメ、かな……?」

 子猫のような顔をして懇願するルナ。
 そんな顔をされては断れない。
 それを理解しているアミナは、メイやカイドウなどの顔を順々に見つめていく。
 しかしメイは「別にいいんじゃねぇか。今更1人増えるくらい」と言い、カイドウは「僕はルナさん好きだからなんとも……」と言われてしまった。

「……はぁ、分かりましたよ……。実際、ルナさんがいれば助かります。フォルネウスに最後の一撃を叩き込めたのも、ルナさんとミーさんがいたからですし……」

「本当!?今更嘘だなんて言わないよね!?」

「言いませんよ。……それでは改めて、ルナさん。よろしくお願いしますね」

 アミナは手を差し出すと、ルナは無性に嬉しそうな顔をして手を差し出した。
 2人の固い握手が交わされると、メイとカルムとフィーとカイドウも、新た仲間が増えた事を静かに喜んでいるようだった。
 お互いが手を離すと、ルナを含めた6人は改めて歩みを進めた。

 そして城門のすぐ目の前にまで辿り着くと、振り返ってカイネたちの方を見た。

「それじゃあ、皆で見送るのはここまでかな」

「はい、ありがとうございます。こんな大勢に見送られるとは思っていませんでしたよ」

 アミナは笑顔をこぼしながらケイに言った。
 目の前には何名いるか分からない魔導騎士団の騎士団員と、この国の国王と姫がいる。
 そして直々に魔法で送ってくれる、英雄の3人もいる。
 魔物の大陸に飛ばされてからそう何年も経過した訳でもないのに、それだけの数の人間に囲まれている。
 その事実が、アミナは少し感慨深く感じられた。

「元気でなカイドウ。またいつでも遊びに来い。今度は俺の家に来るといい」

「うん!また絶対来るよ」

 腕をぶつけ合って挨拶する2人。
 その横では、セディウスから何かを受け取っているメイの姿があった。
 一瞬しか見えなかったが、それはどうやら酒なようだった。
 形のあるお礼を受け取っていないと思っていたが、メイはちゃっかり王都で一番の酒を受け取っていた。
 だが今だけはいいだろう、とアミナは呆れた笑いを浮かべながら正面にいるカイネへと向き直った。

「それではカイネさん、またお会いしましょう。幸い、同じ国に住んでいますし、私のお店にも遊びに来てくださいね。歓迎しますよ」

「……えぇ、勿論」

 今度はカイネが手を差し出した。
 それを一瞬見たアミナは、躊躇せずに手を伸ばして再び固い握手を交わした。
 何秒そうしていたかは分からない。
 だが、互いが満足するまでそうしていたのだけは覚えている。

 しばらくして名残惜しそうに手を離した2人は、それぞれの場所へと戻って顔を合わせる。

「それじゃあ準備はいい?こっちは準備できてるよ!」

 ケイが詠唱を終え、地面に大きな魔法陣が現れた。
 そこに立ち、魔法の使用者が命じれば、魔法陣の中のものが指定の場所へと飛ばされる。
 アミナもその中に立ち、淡い光を受けながら手を上げた。

「王都の皆さん!ありがとうございました!また来ます!!―――」

 アミナだけでなく、カイドウとルナは手を振り、フィーは遠吠えのような声を上げ、カルムは頭を下げて感謝を表し、メイは相変わらず腰に手を当ててキザな笑いを浮かべている。
 そして次の瞬間、ケイが杖に魔力を込めると、一瞬にして6人の姿が消えた。
 残ったのは舞い上がった砂埃と、膨大な魔力の影響で出来た、少しの地面の焦げ跡のみ。

 本当に帰ってしまったのだという実感が今になって湧いてくる。
 永遠の別れという訳では無いが、広い第二大陸の中でまた偶然出会えるというのは、有り得なくはないが限りなく無理に近い。
 こちらから赴けばいいだけではあるが、王族としての仕事や責務も山積みである彼女にとって、また次いつ会えるかは定かではなかった。

 拳を握り締めて小さく体を震わせているカイネ。彼女の頬には涙が伝っている。
 完全に体を空に預けるようによろめいたカイネの体を支えたのは、彼女の幼馴染であるガヴェルドだった。

「お姫様……」

 そう呟いて近づこうとするケイを止めたのはギーラだった。
 彼は他の面々に比べてカイネの細かい事情を聞いていた数少ない人物だった。
 だからこそ、心配して近づこうとするケイを止めたのだろう。
 それを察したエルミナは、静かにケイの肩に手を置いて2人を見つめた。

「大丈夫、また会えるさ。向こうが会いに来てくれるか、お前が会いに行くか。それがいつになるかは分からないけどな」

 特別希望を与える訳でもない、ただ事実を述べる彼の言葉が、現実を受け入れさせようとしてくれている。
 これから王都の復旧も、彼女の姫としての責務も本格的になる。
 切り替える為には、彼のような人物がカイネの横には必要だ。

「さ、戻ろう。俺たちもまた、一歩を踏み出さなくちゃな」

 カイネと共に城への道を歩み始めたガヴェルド。
 そんな2人の背中を見送るセディウスは、再びアミナたちが立っていた場所へと目を向けた。

「陛下、私たちもお供します」

「あぁ、そうだな。城に戻り、より一層この国を良くする為の案でも考えなければな」

 エルミナにそう声をかけられ、先を歩くカイネとガヴェルドの背中を見ながら歩みを進める。
 しかし再び足を止めてアミナたちが立っていた場所へと目を向けると、その姿が鮮明に脳裏に蘇る。

「我が娘と似た、不思議で愉快な少女だった。また、顔を合わせたいものだな」

「もしかしたら、アミナさんの親父さんが、王様とそっくりかもしれないぜ?」

「ふっ、もしそうだとしたら、稀代の傑作だな」

 ギーラとそう言葉を交わしたセディウス。
 歩みを再び城へと向けて進めていく。

 その背中を、眩しい朝日が静かに照らしていた。
 まるで古代技術国家レリックの、栄光ある未来の若葉を照らすかのように。









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