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お店経営編
第二章 82話『『現』ランクS+魔物、狩人を狩る2』
しおりを挟む大量の血液に浸りながら、フィーは見下される。
ロイドはぺちゃぺちゃと血溜まりの中を一歩一歩着実に踏み出して接近してくる。
「おいおい、寝転んじまってどうしたよ。――狩りはこれからだろ?」
見下ろしながら呟き、フィーの胴体目掛けて蹴りを一発食らわせる。
体を大きくしていたフィーだったが、軽々と蹴り飛ばされてしまい、近くにあった建造物の壁へと突っ込んだ。
瓦礫を押し退けて破壊しながら、1つの家を倒壊させる。落下物に埋まったフィーは、ここぞとばかりに体を休めながら、ロイドの足音を耳で感知しつつ、彼の能力や性質について思考を巡らせる。
魔人会最高幹部の副官……組織の中では上から3番目の地位と考えて間違いは無さそうにゃ。しかも『結晶』とも言っていた。という事はオレ以外のどちらか、メイかベルリオとイーリルの方に魔人会最高幹部の結晶の名を冠しているヤツがいるって事ににゃる。魔人の異名を語るなんて罰当たりもいいトコにゃ。
危険な争いで他の大陸まで影響を及ぼしていた魔人に対して、フィーがそう思考するのは必然であった。
そもそもフィーは魔物だ。魔人を崇拝している訳では無いが、自分達の始祖のようなものに対する尊敬や敬愛の気持ちを持つ魔物も少なくない。
フィーは別段、尊敬も崇拝もしていないが、それでも同じ種族の最高位である魔人の異名を語られるのは面白くない。ただそれだけだった。
後はアイツ自身の戦闘能力について考えなきゃならないにゃ。
フィーは耳を立てて周囲の音を聞く。
ロイドがガラガラと大きな音を立てている事から、フィーを探しているのが分かる。これだけ大きければフィーで無くても分かるだろう。
恐らく、この体に刻んだ傷はヤツのスキルによるものにゃ。あの距離からオレへ実力による攻撃をするのはまず不可能と考えていいにゃ。でもその方法が検討もつかにゃい。一体どういう攻撃方法なのか、どういった原理にゃのか、そもそもスキル持ちかすらも怪しい。この体の傷がスキルでつけられたものではにゃいのにゃら、認めたくはにゃいが、オレでは到底勝てにゃいだろう。だが、これがスキルというのならば話は別にゃ。スキルは強力な力を手に入れる代わりに必ず弱点を作る事となる。ならばそこに勝機を見いだせる可能性は十分ある。
フィーの頭の中に、スキルを持った人間たちの顔が浮かび上がる。
まずアミナの『究極創造』のようなクラフト系スキルの場合、両手でなければスキルを発動できない為、片手で物質を作り出すにしろ、もう片方の手は素材に触れてなければならないのもあり、結果的に両手が塞がるという弱点を生む。それに作り出すまでの時間も知識も、使用者の力量に左右される為、物質についての知識が無い人物からすれば全く使えない能力だ。
メイの『悪喰』のようなバフ系スキルは、向けられた意識の強さによって身体能力の強化具合が変化する。つまり、無関心に近い意識や感情を大量に向けられると、逆に本人の身体能力が低下し、そこが弱点となる。メイが各国を回って悪さをして意識を集中させているだけで、普通なら名前を知っている程度の知り合いが多いと、相対的に弱体化してしまうのだ。つまり、メイがおかしい。
そして自分自身。
フィーの普段使用しているバフ系スキルである『肉体拡縮』。このスキルは体の大きさを自由に変えられるが、大きくすればする程魔力消費が激しくなり、ガーベラの一件で街を覆える程のサイズになった時は、一週間以上は寝て過ごしていた。
もう一つのデバフ系スキルの『威嚇』は、魔力の籠もった咆哮を浴びた者の本能的な恐怖を駆り立てる。しかし相手が臆さなければそもそも意味を成さないし、強制的に臆させる訳でも無い。しかも魔力も多少ながら消費する為、もう一つのスキルとの併用が現実的では無い。強敵戦においては全く役に立たないというのも弱点となる。
他にも挙げるとすれば、他とは系統が違うガーベラのスキルだ。彼の使用するのはアクティブ系――つまり攻撃のスキルだ。その名を『虚実界縫』。
定めた空間を最大15メートル四方で切り取り、自身の仮想空間と呼ばれる空間に保存できる。
切り取った空間はいつでも取り出せて自由自在。傷なども切り取って送る事も出来るが、あくまで傷を飛ばせるだけで、減った体力や負ったダメージを無かった事には出来ない。そして、生物などを飛ばす時は全体を入れなければならない為、切り取って相手を倒す事は不可能。
そして何より、この空間内に入ってしまったら、ガーベラのオリジナルの空間にある石を破壊すれば仮想空間は崩壊して脱出する事が出来る。という脱出口まであるのだ。
長々と挙げてきたが、これらのようにスキルには圧倒的な長所もあるが、必ず弱点もある。
単純な実力で体中の傷ができたのなら、もうそれは今この場では埋めようのない溝だ。だが、スキル持ちだという一縷の希望に縋るのも悪くはない作戦だろう。
(まずはどんなスキルか探る所から始めるにゃ)
フィーは体を小さくして瓦礫の隙間から地面へと着地した。そしてじりじりと瓦礫の隙間を移動しながら、ロイドの位置を五感で把握し続けた。
目立った攻撃はせず、ただ慎重に相手の動きを追い、仕掛ける機会を伺う。瓦礫の影に身を潜め、敵の視線が自分に向けられていないことを確認する。ロイドは静かに移動しているフィーには気が付かず、大声でフィーを探している。
「おーい!!猫ぉ?どこいったよ!!つまんねーから早く出てきてくれや!」
(そんな大声出して良く魔獣狩りとか名乗れるにゃんね……。それよりも、にゃんでさっきアイツはオレの周りをクルクル回ってたんだろうか)
フィーは疑問を抱きながら、慎重に自分の記憶をなぞる。ロイドが走り回る前、フィーはまだ一度も直接的な攻撃を受けていなかった。しかし、彼が吹き飛ばされた後、なぜか体中に無数の傷が刻まれていた。
(それがスキル発動の為に必要な事だったのかにゃ……まさか、回った回数分敵を斬り裂くなんて奇っ怪なスキルじゃにゃーよな……?)
ロイドのスキルを探るためには、もっとデータが必要だ。フィーは素早く動きながら、瓦礫の上を飛び跳ねる。意識的にロイドの視界に入らないようにしつつ隠れる。
ロイドは瓦礫を蹴飛ばしながらフィーを探すが、大きく瓦礫を破壊したりしてフィーを探そうとはしていなかった。
(やっぱり、アイツのスキルは何かを受けることで発動するタイプ……?いや、それだけじゃにゃいハズにゃ)
フィーは再びロイドの動きを観察する。走る軌道、止まるタイミング、体勢の崩し方。その1つ1つを分析し、どこに違和感があるのかを探った。
すると、ある事に気がついた。
(そういえば、アイツずっとオレの攻撃効いてない様子だったにゃ……。ガーベラと一緒にいたヤツも初撃は耐えたが、それ以降は普通に喰らっていたにゃ。つまり、オレの攻撃が弱い訳じゃにゃい。……それによくよく考えれば、攻撃する度にアイツへの手応えが減ってた気が……)
ダメージを軽減するスキルだとしたら、敵にダメージを与える事は出来ない。だが、フィーの体には明確な傷がついた。それは、まるで時間差で攻撃を受けたかのようだった。
つまりただ単にダメージを減らすスキルでは無い。ダメージの軽減はそのスキルの一部と考えるべきだろう。
(一発かましてみるかにゃ……!)
フィーは瓦礫の陰から飛び出し、一気にロイドへ向かって突っ込んだ。ようやくフィーを見つけられたロイドは「おぉ!やる気になったのか?猫ぉ!」と嬉しそうにしていた。
そしてロイドは即座に反応し、回避しようとする。だが、フィーはその動きを見越して逆方向へ跳び、すれ違いざまに爪をロイドの腕に掠めさせた。
鋭い爪がロイドの肌を浅く触れる。しかし、ロイドの腕には傷一つついていなかった。
(……やっぱり、ダメージを受けてにゃい?でもさっきのオレの攻撃には傷だらけになってた……おかしいにゃ)
フィーは考えながらロイドの周囲を回り込む。ロイドは少し眉をひそめたが、特に大きな反応を見せず「擽ってぇからやめれ」とフィーの爪が掠めた場所をポリポリと掻いた。
その態度が、逆にフィーの中で確信を強めた。
(オレがダメージを受けたのは、あいつが走り回った後。でも、アイツは攻撃らしい攻撃をしていにゃい……。となると、アイツが走り回っていた行為自体が、スキルの発動に関係してるのかにゃ……?)
走る事で何かをしていた?
走る事は何を現している?
そもそも、走る事自体に意味はあるのか。
そんな思考を広げているフィーに、ロイドによる斬撃が繰り出される。大きく振りかぶって振り下ろされた刃をフィーはボロボロの体で飛び退いて躱す。小さい体の為魔力の消費が抑えられる事もあってか、動きが先程より正確になる。
フィーが次の行動に体を動かそうとした瞬間、ロイドの長い袖の中がチラリと見える。
するとそこには、フィーを斬りつけた時に付着したであろう血液が見えた。しかし、それにはどこか違和感があった。
(なんで魔物の血にゃのにあそこまで赤いのにゃ……?魔物の血はもっと赤くて黒いハズにゃ……)
それに目を凝らしてよぉく見てみると、何やら切り傷のようなものまで見える。当然、フィーはそんな傷を着けた覚えは無いし、仮に吹き飛ばした時についたのなら、ほとんど塞がっているのはおかしい。
違和感だらけのロイドの視界から、再びフィーは消える。更に小さくした体は、もはや大きめの虫程度のサイズしか無かった。
「あれぇ!どこ行ったんだよ!おーい!!」
間抜けな声を上げているロイドを放置し、フィーは考える。
ロイドがぐるぐると円を描くように動いていた事。
そしてその後、突然フィーの体に傷がついた事。
ロイドの手首にある、ほとんど塞がったの傷。
攻撃する度に手応えの減っていく体。
魔物のものにしては、明る過ぎる血の色。
今感じている違和感の全てを統合し、何か当てはまりそうなものは無いかと総当りしていく。
あれでもない、これでもない。そう時間はかけていられないが、1つ1つを当たっていくしか無い。
数秒間の思考の間に数十通りのハズレを引いた。
あれでもない、これでもない、が続いている中、フィーの頭に1つの考えが浮かび上がる。
それが本当ならば、今までの全てに合点がいく。少々フィーにとって都合の良過ぎる推測だが、今はこれに賭けねば、後に勝機は見えてこない。
時間が経過するに連れて、その推測がドンドン確信へと変わってくる。
その感覚がたまらず、フィーはニヤリと口角を上げてウロチョロと動き回っているロイドを見つめながら呟いた。
(……分かったにゃよ。お前のスキルの正体が……!!)
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