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お店経営編
第二章 114話『静かなる戦いの終結2』
しおりを挟む「ちょっ!ギーラ殿!?ケイ殿!?一体どうしたというのですか!?」
ククルセイの聖騎士達が怪我人を背負ったフィーを見て驚きの声を上げながら、ギーラとケイへと疑問を投げる。
「見ての通り怪我人だ。早急に回復薬を準備してくれ。ここにある回復薬とリヴァルハーブをできるだけだ。エルミナとこの人の2人が特に重傷だ。急いでくれ」
ギーラはフィーの背中から降ろしたエルミナとアミナを空いていたベッドに寝かせ、その場にいたククルセイの医療班へと伝えた。
しかし、突然の出来事に医療班の連中は戸惑っていた。
「しかし……そこの彼女や後ろにいる方もコルネロの者ですよね。それを助けるのは国としてどうなのかと……」
その場にいた医療班全員が顔を見合せて同じ思考に至る。
するとギーラは躊躇なく膝をついて頭を地面に擦りつける。
「頼む!!この2人は俺の恩人なんだ!あんた等からしたら助ける必要があるのはエルミナだけかもしれないが、俺にとっては2人とも同じくらい大切な人なんだ!だから頼む!!回復薬を持ってきて、治療をしてくれ!」
目を強く瞑って頭を下げ続ける。
彼のその行動を見て、ケイも膝をついて医療班を見上げる。
「私からもお願いします!アミナさんも助けて上げてください!」
2人して頭を下げる。
その後ろでは、ギーラとの戦闘での傷が治り始めていたメイと、ザストルクでの傷が完全に塞がろうとしているフィーの姿がある。
メイもフィーも、その2人の動向を見守っている。
すると――
「仕方ないですね。分かりました。お2人にそこまでお願いされちゃ、やる以外ないですね」
医療班の1人が声を上げる。
彼の言葉に続き、他のメンバーも次々に協力を申し出る。
「助けてやりますよ!」
「敵でも人だしな!」
「任せといて下さい!」
「必ずや後遺症も無く、治してみせます!」
等々、協力を惜しまないという返答が返ってきた為、ギーラは一度顔を上げて希望に満ちた表情をした後、もう一度頭を下げて「恩に着る……!!」とお礼を言った。
そこからはすぐだった。
ククルセイの医療班が回復薬を使用して傷口の補完、縫合や消毒などを繰り返し、体の内側に雑菌が入る事を防ぐ。
エルミナの体から鉄の棘を引き抜き、回復薬である程度までは体を補わせ、包帯をする。
体中に受けた傷は凄まじかったが、それでも呼吸を失わずにいれたのは、ギーラが自身のバリアをエルミナへと付与した事で負担が軽減されたのと、本人のしぶとさが幸いしたからだった。
対するアミナは体本体の疲労が酷く、自然治癒が見込めない為、貴重な上回復薬を使用して体力そのものを少しでも回復させようと試みる。
元々スキルの酷使によって体中にガタが来ており、腕の神経などほとんどちぎれていた。もしあのまま放置していれば、もしかしたら一生四肢が動かなくなっていたかもしれなかった。
そして、2人が治療している間、ギーラとケイは通信用の水晶を使用し、戦場にて戦いを続けている者全員に声をかける。
一般的な通信用水晶にギーラが話しかけ、その声をケイが大きくして、鉄鋼平原全体に聞こえるようにする。その内容はこうだった。
『俺はギーラ!!女傑エルミナの盾だ!コルネロとククルセイの騎士達!!戦争はたった今終わった!!ククルセイの大将であるエルミナがコルネロ帝国の者に敗れ、ククルセイには勝機が見えないと判断し、コルネロ帝国の勝利となった!!その為まだ戦っている者は速やかに戦闘を終了し、各々の陣営へと戻ってくれ!!』
慣れない事をしたギーラはどっと疲れたようにして地面に座り込む。
彼自身もメイとの戦闘で満身創痍になっており、立っているのすらやっとだったのに大声を出すハメになってとても疲れていた。
「これでみんな納得してくれればいいんだけど……」
「なぁに、コルネロ帝国ってのは横の繋がりが特に強い。だから知らない俺の声を聞けば、俺がククルセイの人間だってすぐ気づくハズだ。負けた側が言ってると、信憑性増すだろ?勝った側からするとよ」
心配そうに呟くケイに対し、ギーラは包帯を巻かれながら言う。
彼女の懸念点は、自身にエルミナ程の名前の価値があるとは思えず、皆が納得せずに戦いを続けてしまう事だった。
「名乗ったしそこら辺は大丈夫だとは思う。……それよりも、やっぱり心配のはアミナさん達の方だな。いくら回復薬があるって言ったって、いつか必ずや限界が来る。あとはあの人の体が耐えられるかの問題だ」
手を組んで、目の前にある簡易的な集中治療室を見つめる。
その治療部屋は、ククルセイの医療班にスキルを持っている者が作り出したものだった。
医者におあつらえ向きなスキル内容で、自身の力量の範囲内ならば手術室をその場に顕現できるそうだ。
回復薬では治しきれない傷を今治してくれていると考えると頭が上がらなかった。
「あの傷だ。恐らく回復薬は消毒程度にしかなっていないだろう。だから今は2人の治療が終わるのを待とう」
「……うんそうだね」
包帯まみれで、いかにも怪我人なギーラの言葉にケイは膝を抱えて頷いた。
彼も不本意ながら他国の為に戦い、傷ついてしまった。
だが自身は何もしていない、とケイは申し訳無い気持ちと情けない気持ちでいっぱいだった。
「……そういえばあの女の人とフィーちゃんは?ギーラはあの女の人と知り合いだったの?」
ケイは思い出したかのように周囲を見回して1人と1匹を探す。
「メイの事か。いや、ここで初めて出会った。めちゃくちゃ強くてな、この怪我も全部あいつに負けた時についたモンだ」
「嘘っ!バリアの耐久値も上がったギーラがそんなにやられちゃうなんて……。本当に強い人なんだね」
感心したようにケイは頷く。それはギーラの実力を知っているが故に、ギーラがここまで一方的にやられるとは思っていなかったからだ。
だがギーラが感心しているケイとは真逆に、少し憂いを感じさせる目をしていた。
「そうでもねぇみてぇだぜ……」
「え?でもギーラ、負けちゃったんでしょ?」
「あぁ、負けた。ボッコボコだった。……でも、あいつと戦って、何かデカいモンを抱えてるって分かった。そいつの正体はわからねぇが、そいつがある限り、きっとメイはどこか弱いままなんだと、俺は思う」
ギーラの理解できない言葉に首を傾げながらも、ケイは彼の発言を信じるかのように頷き、「じゃあ、メイさんがそれを克服できるように祈ってるね」と言った。
―――
一方、アミナとエルミナがククルセイの医療版に治療を受けている間、メイは木の上に登り、戦場となっていた鉄鉱平原を見渡す。
所々抉れた地面。
遠目でもよく見える赤い液体。
お互いの国の死力を尽くして戦った騎士達。
状況が飲み込めず、自陣地へ戻る生き延びた者。
「いつ見ても慣れねぇな……これだけは」
それ等を見下ろしながら、メイは呟く。
国同士の戦争にしては、1日で終結というあまりにも短い期間のものだった今回の戦い。
その中ですら、死んだ者は数知れず。
そこら中に倒れ込んでいる者は皆死んでおり、地面に赤い血が染み込んでいるのもよく見える。
「私が絡むといつもこうなるのは何でなんだろうな。私が行くとこはどこも争いが絶えない。まぁ、そんな環境で生まれちまった私も私か」
木にもたれながらメイは呟く。
そして遠くの方を何も考えずにただ見つめる。
その先に何かあった訳では無い。ただ、そうやって無心になっていないと、この光景を直視できそうになかった。
「みゃうみゃ」
すると猫の鳴き声が聞こえた。
一度目を閉じた後、メイは横を見る。
そこにはやはりフィーがいたが、彼もメイ同様、少し疲れたような、そんな目をしていた。
「よぉ、よくここが分かったな。……って、お前の場合鼻使えばすぐか」
一瞬フィーに目をやった後、メイは再び遠くを見つめるように顔を背けた。
フィーもメイと一瞬目を合わせただけで、メイと同じ方向を見つめていた。
2人の間に沈黙が流れる。
そして最初にその沈黙を破ったのはメイだった。
「なぁ」
メイが口を開いたその瞬間、風が吹いた。
夜気が冷たく、戦火の残り香をかき混ぜるように空を撫でていく。
どこか焦げた匂いと、湿った血の臭い。それが彼女の喉奥に微かに引っかかる。
「もう、こんな光景……何度目だろうな」
そう言ってから、苦笑を漏らした。
乾いた笑いはすぐに夜へと溶けて消えた。
「数えるのをやめたのはいつ頃だっけな。最初の頃はちゃんと覚えてたんだよ。どこで、誰が、どう死んで、何の為に戦ったか……でも、そのうち全部、色が薄くなってくのな。記憶の中でさえ、はっきりしないんだ。殺した相手は覚えられても、死んだ仲間の顔が出てこねぇ。……なんつー薄情モンだって話だ」
フィーは何も言わない。ただ、メイの隣でじっとしていた。
その耳が、話にちゃんと向けられているのが分かる。
だが、これはフィーが何百年も生きる魔物だからこそ語りかけた事でもあった。
「戦いが終わった後、いつも思うんだ。……『こいつが最後になれば』ってよ。けど、次の地でまた始まる。理由は国によって違ぇけど、結局のところ似たようなもんだ。権力だとか、信仰だとか、復讐だとか……」
メイは拳を握りしめる。
それが震えているのは寒さのせいか、それとも別の何かか。
「こんなんでも、最初は信じてたんだ。戦う意味とか、守る価値とか。でも、それも次第にぐらついてきやがった。今じゃもう、何を信じたらいいか分からなくなってきた」
ふと、遠くの空を見上げる。
夜は濃く、星すらも霞んで見えない。
「それでもよ。こうして命を張って、それでもまだ誰かを守ろうって思えるやつらがいると、それだけで戦える気がする」
メイは言葉を切り、息をついた。
長い沈黙が落ちる。フィーは静かに尻尾を動かすだけだった。
彼女の脳裏には、きっとあの人物が思い浮かんでいるのだろうと、フィーは容易に想像できた。
「ちゃんちゃらおかしいよな。最初はアミナの敵だったヤツがこんな事言ってよ。……私もいい加減、ヤキが回ったのかもな」
ふっと、小さく笑う。今度はさっきよりも、ほんの少しだけ温かみを帯びていた。
「誰かに頼るなんて、昔は考えられなかったぜ。どこ行ってもよそ者扱いだったし、信じたヤツに裏切られた事も一度や二度じゃねぇ。戦場なんて、仲間の死体を盾に進むような場所だってのに……」
メイは言葉を止め、ゆっくりとフィーの方に顔を向ける。
「……」
フィーは何も答えず、メイと目を合わせた。
その瞳には、どこか人間にはない深い静けさがあった。
「……戦争ってのは、終わる時にゃ誰も笑ってねぇ。勝ってようが真っ先に笑うヤツを、少なくとも私は見た事がねぇ。どこかで誰かが泣いてて、失って、悔やんで、それでも生きてかなきゃなんねぇ」
メイは空を見上げた。どこまでも黒い空だった。
「でも、今日みたいな日でも……私は、ここにいてよかったって、思える。多分、それだけでまだ私の心のどっかに、戦う理由が残ってんだろうな」
風が吹き抜ける。フィーの毛が揺れ、メイの髪をかすめて通り過ぎた。
「愚痴に付き合ってくれてありがとな」
そう呟くように言って、メイは肩の力を抜いた。
そして、静かに目を閉じた。
その隣で、フィーはただ、同じように夜を見上げていた。
言葉はなくても、そこには確かに、通じる何かがあった。
「……さて、そろそろ戻ろうぜ。もしかしたらアミナ達の傷が治ってるかもしれねぇからよ」
そう言ってメイとフィーは木の上から降り、先程ギーラ達と行ったククルセイの医療班の元へと歩みを進めた。
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