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雷鳴は思わぬ方角へ
第三章 34話『『元』究極メイド、上位の存在を見る』
しおりを挟む「まさか、同じ権能を持っているとはな」
空中に何百も並べられた岩の回転弾を横に、アルダナは低く呟いた。
その回転弾はアミナが両手を使うかつ、それなりの時間をかけてでようやく完成させられる代物と同等のサイズと鋭利さを保有していた。
「私も驚きですよ……。同じと言いつつ、規模が違うものを見せられて……」
アルダナの作り出した回転弾は空を覆い尽くす程の数あり、アミナが作るような回転弾とは大きさも量も段違いだった。
しかもアルダナは何も無い空間から突如として岩を出現させた。その上岩は既に鋭利な状態で、アミナには理解が追いつかない点ばかりだった。
「この世界は、我等が生きていた時代とはだいぶ様変わりしたようだが、それでもお前のような者がいるとはな。正直驚きだ」
「……?どういう事ですか?」
何故そこで自分がいる事で驚くのか、アミナは疑問に思って訊いた。
するとアルダナは律儀にもその問いに答えてくれた。ハスカートへの対応と言い、アミナの質問への答えと言い、全く話が通用しないという訳では無さそうだ。
「我が生きていた時代は戦乱の時代だ。力を持たぬ者は淘汰され、力を持つ者のみが生き残る事の出来る地獄だった。それに比べれば、今のこの世は平和としか言いようがない。お前の師やお前自身、上澄みだと考えて良さそうだな」
「……要するに平和ボケしたって事ですか」
「そうなるな。我等の時代は人間の村など無かった。全てを魔物が制し、魔物の群れと集落があるだけだった」
アルダナは懐かしそうに夜空を見上げる。その顔は人間のそれに近く、脅威と猛威を振るっている者の顔では無かった。
「だがそれも実に楽しかった。他勢力の魔物を蹂躙し、己が力を誇示し、欲望と本能のままに生きる。あぁ、たまらなく懐かしく、愉快な時代だった」
笑みをこぼして呟く。
しかしアルダナの言い方的に、その争いの毎日が引き起こした悪影響について知らないのだろう。
アミナはそこを指摘するようにアルダナに言う。
「ですが、貴女達のその争いが、他の大陸にまで影響を及ぼしていたのです。魔物が世界中へと解き放たれ、この第二大陸も未だ魔物の発生が絶えない。現代を生きる我々からすれば、大迷惑な時代だった訳ですが」
きらめく思い出に水を差すようにアミナは言った。
その言葉が目的通りの受け取られ方をされたのか、アルダナの顔は一変して暗くなった。
「そうだ。突如我々の楽園は終わりを告げた。他の大陸から入り込んだ人間が、我々を蹂躙し始めた。戦力では圧倒的に有利だったにも関わらず、人間の姑息な手口によって我々は数を減らした。そして遂に、最後の一体もこの地から姿を消し、魔物の発生は収まり、人間が住めるようになってしまった」
彼女の言っている人間……私の思っている『開拓者』とその仲間と見て間違いないでしょう。
アミナの言っている『開拓者』とは、かつて魔人と魔物が蔓延っていたこの第二大陸を人の住める環境へと整え、商業ギルドや様々な古代魔道具を作り出した偉人であり英雄だ。
彼のお陰で魔人同士の戦いの余波は他大陸まで及ぶ事は無くなり、人が住めるようになった。
現在アミナが住んでいる家は死んだ祖母のものであり、第二大陸に彼女の家があったのを考えると、彼女もまた『開拓者』の恩恵に預かっていた事になり、アミナも『開拓者』の事が他人事では無いような気がした。
それにしても仲間がいたとは言え、魔人や魔物相手によく戦えましたね。私はこの人で精一杯なのに……。これも、彼女の言っている時代の違いというものなのでしょうか。
「だから正直、お前達人間が我等のかつての楽園の上でのうのうと生きているのは、少々気に食わんのだ」
その一言にアミナは身構える。
確かに自分達の生きていた場所を後から来た者に奪われては良い気はしない。それに、人間側にも事情があったように、魔物側にも何かしらの事情があったのかもしれない。
アルダナの話を訊いている限りはそうは感じられないが、当時を生きている者にしか分からない事もあるのだろう。
アミナは短剣を構え直して、生唾を飲み込む。
「……だが案ずるな。我は人間がそこまで嫌いではない」
「………へ?」
期待外れと言ってしまってはあまり良くないが、想像とは真逆な言葉に、アミナは戸惑いを隠せずにいた。
「人間の持っている知恵。人間の作り出す道具の、無駄のない洗練された意匠。我としては人間ともう少し対話を試みたかったのだが、お前も知っての通り封印されていたのでな」
アルダナはこれまた楽しそうに言った。
喋れる魔物にアミナはあまり出会った事は無いが、唯一人語を話していたガレキオーラは、人間をただの餌としてしか認識していなかった。
だがアルダナは人間の事を楽し気に話している。人語を喋れる個体とそうでない個体で性格に差があるという訳でもなさそうだ。
……そうか。彼女は仮にも、破壊と創造の女神として崇められている存在。破壊が好きなのと同時に、物を作り出すのも好きという事か……。……でも人間扱いされるのは嫌いなんですね。難儀な性格……。
「かと言って魔物の集落で物を作ろうにも、我より頭の弱い魔物が我の作ろうとした物を破壊し、去っていく。その環境では物作りが出来ずに、何度か権能を行使して知能の低い魔物を消した時もあった。それもまた、古き良き記憶だ」
魔物の生活も案外人間と大差無く、興味と向上心、そして知識のある魔物は、人間と同じ事をし始めるようだ。
見た目で判断するのは得策ではないが、アルダナは人型だ。だからこそ、人間に近い思考回路を有しているのかもしれない。
「我は他の連中に比べれば穏健派だったのでな。いざ雑魚の魔物を消すとそこまでするのか、と驚かれたものだな。我の数少ない楽しみを邪魔したのだ。相応の報いは与えねばなるまい。そうだろう?人間の小娘よ」
「え、えぇ。そう……なんですかね……?」
彼女の発する言葉はどこか人間臭さを帯びている。
趣味があって、その趣味を邪魔されたら怒る。だが勿論その規模は人間のそれとは別次元だが、それでもやっている事は人間と本当に変わらない。
それにアミナに同意を求めてきたのも、アミナ自身は不思議に思えて回答が遅れてしまった。
アミナはアルダナの話を聞き、少しだけ魔物というものに共感を抱き始めていた。自身の相棒のフィーも、猫型だが紛れもない魔物であり、知恵もあって賢い。そんな彼の事を考えると、どうも他人事とは捉えられない
だが、それでも魔物は魔物だ。人間を危険に晒し、傷つけ、最悪の場合は餌として殺す。全ての魔物がフィーのように人間に対して温厚で、理解がある訳ではない。
フィーを初めてスターターに入れようとした時もそういった理由で断られた。だからこそ、ここまで強大な力を持っているアルダナを、ここから解き放つ訳にはいかない。
「……さて、昔語りはこの程度でいいだろう」
少し肩の力を抜いたのか、アルダナは落ち着いた様子で言う。
できればこのまま大人しくしてくれるのならば一番有り難いが、空中にある岩が消えていないのを見るに、どうもそう上手くはいかないらしい。
「戦いの再開として、まずはオウム返しといこうか」
そう宣言したアルダナは片手を空高く掲げ、軽く振り下ろした。
すると、空中をただ浮遊していただけの岩の矛先が全てアミナへと向き、その巨体を持ってしてアミナを貫こうと落下してきた。
「……っ!!」
アミナは降り注ぐ岩の弾丸を走って躱す。
アルダナが周辺一帯を平地にしてくれたお陰で走りやすく回避しやすい。
だが同時にそのせいで隠れる事も出来ずに、ただ一方的に攻撃を受ける事しか出来ない。隠れる事が出来れば的を絞らせず、攻撃を分散させる事も出来るのだが―――
「っ……!!」
降り注いだ一撃をすんでの所で回避し、アミナは冷や汗をかく。
ここまで規模が大きいと、隠れても意味は無さそうですね……。
「さぁどうした小娘。早く反撃をしてこい。でなければ死ぬぞ」
「無茶を言う……っ!」
止む事の無い岩の雨。
一撃一撃が地面を抉り取り、更地となった平原の全てを破壊する。
降り注ぐ岩の雨を掻い潜り、アミナは瞬時に地面の砂利を掴んだ。
両手で掴んだ砂利が光を帯びると、小さな刃が次々と生成され、鋭く回り始めた。
投げ放たれた回転刃は空中の岩と激突し、粉々に砕け散る。
だがすぐさまアルダナも応じる。
彼女は腕を大きく振り上げると、またしても空中に無数の槍を創り出した。
槍は一瞬でアミナの周囲に飛び交い、刺突の雨となって襲いかかる。
素早く身を翻し、アミナは槍の隙間を縫うように走る。
そして、近くに落ちていた、アルダナによってへし折られていた木を両手で掴み、木を の一部から次々に太い木の矢を作り出し、解き放つ。
木から生まれた矢は複雑に軌道を変えながら、空中の槍を撃ち落とす。
どうやら発射の速度だけで言えばアミナの方が何倍も上のようだ。素材が何で出来ているのか分からない槍をいとも容易く相殺した。
槍が消えた瞬間、アミナは素早く地面へと触れると、剣状の土を突出させた。
「『大刃岩剣』!!」
硬度は岩以上、直撃すればひとたまりもない。
片手で握り締めた剣で鋭く振り抜くと、アルダナは瞬時に掌から巨大な盾を作り、攻撃を受け止める。
衝撃で地面に亀裂が入り、二人は間合いを詰める。
アルダナは片手で新たな槍を作り出し、アミナに突進。アミナは盾を素早く作り出し、槍を防ぎながら反撃に転じる。
彼女はまた地面から岩の塊を掴み、即座に鋭い弾丸に変えてアルダナの側面へ向けて投げつける。
アルダナは体をひねりながら、その刃を盾で防ぎ、反撃の槍を投げた。
二人の動きは一瞬の間に繰り返され、岩と弾丸、剣と盾が激しくぶつかり合う。
何故か空気中から自在に物を創り出せるアルダナと、現地の素材を掴み変化させるアミナのスキルがぶつかり合い、戦場は破壊と創造の狭間に揺れ動いた。
アミナは呼吸を整えながら、周囲の土と小石を両手で掴み、次の一手を狙う。
アルダナもその動きを見逃さず、空中に再び岩を大量に浮かべている。
その瞬間、2人の攻撃がぶつかり合い、激しく火花が散った。
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