彼女と彼女の想いとぶれない僕の想い

金子真子

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プロローグ

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「悠斗(ゆうと)君」

 暗闇の中で誰かが僕の名前を呼ぶ。

「誰だ?」

 そっと目を開けるとそこは仄暗く静けさに満たされた神秘的な空間だった。不思議と安心感のある場所だった。

 僕を呼んだのは黒いブラウスにロングのスカートを装った高校生ぐらいの女だ。その傍にはスーツを着た中年の男がいる。どちらも知らない顔だ。

「悠斗君。私のことを忘れないでね」

 その女は瞳に涙を溜めながらそう言う。忘れないでだと?まずお前は誰だ?

「待て」

 その声が届くことはなく女は僕に背を向け行ってしまう。

 あの女は誰だ?あの男は何者だ?ここはどこだ?何が何なのか見当がつかない。
 
 だがなぜかあの女を引き止めなければならないと思った。彼女が誰なのかも分からないのに。

 僕は彼女の方に足を動かすがこの空間のせいか、はたまた最近運動を全くしてなかったせいか思ったように走れない。

 悔しい。なぜここまで悔しいのか分からない。ただここで彼女に何もすることができない自分の愚かさがなんとも憎い。なぜだ?

「何もすることができないわけじゃないわよ」

 女は振り返って言う。

「あなたは私のことを忘れないでくれるだけで十分だから」

 そう言い残して女は男と共に消えてしまう。

「行くな」

 僕は女に届くはずのない手を伸ばす。

 すると次の瞬間、仄暗い空間そのものが迫ってきた。

「やめろ」

 そう言うも空間が言うことを聞いてくれるわけがない。

「うわああ」

 やがてその空間は僕を飲み込んだ。

 という夢を一、二週間ぐらい前に見た。

 まったくもって変な夢だった。まあ夢なんてものはどれも変で噓で至極どうでもいいものだがこの夢は特別奇怪なものだった。

 現実に存在するとは思えない神秘的な空間、見たこともない女、そしてその女の涙。どこをどうとってもおかしな夢だ。何を見さされたんだ?そんなことを思わずにはいられない。だが気にすることはない。結局は夢だ。変に悩みすぎてストレスになるのは良くない。

 そういえばこういうちょっとした悩みは誰かに話すだけで楽になり解消されると聞く。ならば今度友人と酒でも飲みに行くのはどうだろう。酒の魚には不相応だが酒の勢いと共にこの夢を話すのは悪くないかもな。しかしよくよく考えたらそれは実現できないことだった。なぜなら僕には友人がいないからだ。それどころかちょっとした悩みごとを話す誰かさえいない。要するに嘘をついた。いつもの癖で。

 僕は噓つきだ。これから僕の言うことの九割は噓だと思ってくれて構わない。いやこれもすでに嘘かもしれない。もしかしたら十割かもしれないし一割かもしれない。なんなら嘘をつかない可能性もある。あながち友人がいないというのも嘘かもしれないがこれだけは真実だと言っておこう。大体こんな奴と友人になりたいと思うか?それに友人がいないのは寂しいことではない。なにしろ生まれてから一度も友人と呼べる存在に出会ったことがない。今更友人がいるかいないかなんて「私たち結婚しました」みたいな遠い親戚の幸せな近況報告ぐらいどうでもいいことだ。だいたい友人がいようがいまいが、それが酒の席だろうがそうでなかろうが、顔見知りにこんな話をしようとは思わない。

 だから今、夢の話をしたのはこれを見ているお前たちが僕の顔見知りではないからという理由が大きい。あるいはただの雑談であり暇つぶしだ。依頼人が来るまでの。

 依頼人。つまり客が今から自宅兼事務所のここに来る。

 僕の仕事は探偵だ。
 
 胡散臭く大体の仕事が不倫調査のあの仕事だ。とは言っても僕が生業としているのは不倫調査だけではない。

 僕が生業としているのはいわゆる難事件というやつだ。まあ生業というよりかは勝手に首を突っ込んでいるだけという方が正しいか。その他にも警察に相談できない悩みやら事件やらを解決している。自分で言うのもなんだが僕は腕がいい。そのため多くの依頼を受ける。今でも四件の依頼を掛け持ちしているほどだ。自慢に聞こえるかもしれないが安心しろ。自慢だ。だがこの鳴宮探偵事務所には僕以外の職員はいない。そこそこ有名なはずなのに。なぜだ?僕がこういう奴だからか?恐らくそれが原因だな。納得だ。

 さて今回の依頼の話をしよう。今回の依頼はストーカー事件だ。難事件には見劣りするかもしれないが事件には変わりない。僕はどんな依頼でも断らない主義なのだ。

 依頼内容は「数週間前からストーカー被害にあっているんです。なんとかしてください」とのことだ。

 というわけでそのストーカーについて詳しい話を訊くために今から依頼人とここで会うことになっている。

 コンコン。

 僕という人物の軽い紹介と今回の依頼のざっくりとした説明が終わったところで依頼人が来たみたいだ。タイミングがいい。もしかしたらこの依頼人とは気が合うかもしれない。友人になれるかも。と、ありもしないことを思いながら扉を開く。

「どうも。昨晩電話した雨嶋です。って、えーーー」

「それはこっちのセリフだしこっちのリアクションだ。雨嶋後輩」

 依頼人は高校時代の後輩だった。
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