彼女と彼女の想いとぶれない僕の想い

金子真子

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メテオさん

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 疲れた。

 事務所に帰って来てようやくひと段落ついた。体はぼろぼろだが……。確か高校頃あの後輩にはいくつか借りを作ってしまったことがあった、ような気がする。いやあったのだ。その借りをここで返したとするなら別に悪い仕事ではなかっただろう。

 その後輩、雨嶋佳那は今頃面食らっているだろう。何しろ警察に行ってからものの数時間でストーカーが捕まったのだ。さぞ吃驚仰天しているところだろう。なにしろ彼女にはこの作戦のことを一切伝えていない。あいつを驚かせただけでもこの仕事をしたかいはあったと言える。

 僕はソファーに深く身を沈めて時計を見やる。九時、か。そろそろだな。スマホの電源を入れてチャットアプリを開く。このアプリはこの時間帯になるとある人物と話すために必ず開くものだ。

メテオ『こんばんは』

 どうやら既に新着のメッセージが着ていたみたいだ。 

安藤『こんばんは』

メテオ『今日も仕事だったの?』

安藤『そうですよ』

  『メテオさんは今日何をしていたんですか?』

メテオ『私も一日中仕事みたいな感じかな』

 彼女は、いや実際に会ったことのない人間を女だと決めつけるのは僕らしくないな。この人は僕が探偵を始めた時ぐらいにネットで知り合った人だ。

 ネットの世界、そこでは現実とは違って馬鹿みたいに友人が増える。まあ僕はそいつらのことを友人とは思ってないので彼らには経歴を偽っているがな。このことに関しては罪悪感など一切ない。いや普段から何かを偽ることに罪悪感なんて感じたことはないがそれを差し引いても罪の意識は微塵もない。なぜなら彼らとは実際に会ったことがないため本当のことを言っているかは分からない。判断のしようがない。噓をついているかもしれない相手に噓をつくのだ。罪悪感など生まれるはずもない。こういうどうでもいい奴らとこうやって話すことによって流行に置いておかれないようにしている。
  
 探偵はただでさえ社会との繋がりが少ない職業だ。そのくせ依頼人の信頼を勝ち取るために世間話の一つや二つが必要になる。そのためにつまりは世間話のネタ集めのためにチャットアプリをしている。もちろんこの人も例外ではない。

安藤『バイトってことですか?』

メテオ『いやそうじゃないけど』

安藤『じゃあみたいな感じって何ですか?w』

メテオ『別に何でもいいでしょう』
 
安藤『そうですね』

メテオ『そういえば』

   『安藤君は何の仕事をしているの?』

 安藤とはネット上での僕の名前だ。変にかっこいい名前にするのが恥ずかしかったからシンプルな名前にした。そしてこの人は僕のことを君付けで呼ぶ。

安藤『パソコンをカタカタ打つ仕事ですよ』

 噓だ。当然だ。あちらは女を気取っているだけでもしかすると僕みたいなおっさんなのかもしれないんだぞ。本当のことなんて言ったことはないが言えるか。

メテオ『へー』

安藤『何ですか?』

メテオ『意外と普通だなーって思って』

安藤『何事も普通が一番ですよ』

  『逆に何の仕事をしている人だと思ったんですか?』

 断言しよう。僕の職業を一発で答えられる奴なんていない。いるはずがない。賭けてもいい。そうだな……よし、これでこの人が僕の職を一発で答えられたとしたなら今度雨島に飯を奢ってやろう。ちゃんと全額払ってな。

メテオ『そうね』

   『探偵とか?』

 ……。

安藤『俺ってそんなに胡散臭いですか』

 噓がばれようとそれをつき通すのが僕のポリシーだ。だからイエスとは口が裂けてもいわない。それにしっかり一人称も誤魔化している。

メテオ『そういえば最近冷えてきたけど風邪とか大丈夫?』

 そうかそろそろ九月か。昔は地球温暖化の影響で九月なのにまだ八月みたいな暑さが残っていたがそういえばここ数年間はそういうことまったくなかったな。地球が平和になったみたいでなによりだ。本当に。

安藤『大丈夫ですよ』

メテオ『ならよかった』

   『ちゃんと気を付けてね』

   『安藤君が風邪で寝込んで話し相手が居なくなったら』

   『ちょっと寂しいから』

安藤『風邪で寝込んでもメテオさんとの会話だけは意地でもしますよ』

  『だから大丈夫です』 

 嘘だ。大丈夫なわけがないだろう。まあ僕が風邪をひくことはないだろうがな。

安藤『時間大丈夫ですか?』

メテオ『大丈夫よ』

安藤『じゃあ俺が見た夢の話を聞いてくれませんか?』

メテオ『いいわよ』

 なぜこんな話をしたのかというと特にこれといった理由にない。ただの雑談だ。まあ普段はこんな話をしないだろうから深夜テンションというやつのせいか。だとしたら深夜テンションとは本当に恐ろしいものだ。何でも話してしまう。その内中学校の頃好きだった子の名前とかも勢いで口走ってしまいそうだ。あの時の大倉の「ごめんなさい」は今でも心をえぐる。ん?しまった。好きな子の名前どころかその子との思い出まで振り返ってしまった。やはり深夜は恐ろしい。もっともこの話が真実だとは限らないがな。

安藤『というわけでして』

  『変な夢でしょ?』

 そう打って返信を待つ。だけど返答は中々かえって来ない。寝てしまったのだろうか?

 ……。

安藤『メテオさん?』

  『大丈夫ですか?』

 あまりにも返信が遅かったので呼びかけてみることにした。

 すると『ごめん。ごめん』と返答がかえってきた。

メテオ『大丈夫。大丈夫』

   『心配させちゃったみたいでごめんね』

   『あと明日早いからそろそろ寝るわ』

   『おやすみ』

安藤『おやすみなさい』

 なんだか強引に会話が終わらされたような気がするがこの人にも事情があるのだろう。仮に夢の話をしてひかれたのだとしても雑談をする相手は他にもたくさんいる。代わりはいくらでもいる。まあ気にしても仕方ないし僕も寝るとしよう。悩みの種を増やさないためにも今夜は夢を見ないことを願いつつゆっくりと眠りにつく。

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