カラダで熱を確かめて

タマ鳥

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十五夜

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カーテン越しから朝日が漏れる。昨日、準備で疲れたのか、薫はまだ眠っており珍しく私の方が早起きだった。


せっかくだし、と思い朝食の準備をするために薫の腕を解き起き上がろうとすると、ますます強く抱き締められる。



「ねぇ薫、離して?」


そう言うが、薫の腕は解けない。ということはやっぱり



「起きてるでしょ。」



薫は目を閉じながらも幸せそうにふふっと笑った。






「今日は何するの?」


結局2人でベッドから起き上がり、朝食を準備した。食べ終わり、コーヒーを飲みながら私は薫に尋ねる。


「今日は、2人で指輪でも選びに行きたいなって。」



「なんの?」


「…婚約の。ほら、アズも欲しいって言ってたし俺もずっと一緒にいたいから選びたいなって。」


でも、ネックレスも貰ったのに、指輪まで用意してもらうことは申し訳ない。その照れを隠すように



「プロポーズなんかして貰ってないんだけどな。」


と言うと、薫は意味深に笑った。それから服を準備する。薫から今日は綺麗めな服で来て欲しいと言われたのでシフォン生地のロングワンピースを合わせた。足元は、まだ暑いしクリアサンダルでいいかな。


薫の方を見ると昨日とは打って変わって薄手のジャケットを羽織っていた。



「私服でジャケットって珍しいね。」


クスッと笑って薫の手を取ると、


「今日は色んなところ回らなきゃ行けないからね。」


と言って手を握り返してくれた。




私たちが最初に来たところは銀座にあるとある宝石ショップ。随分と豪華なところに連れてこられたものだ。


「待って薫。私場違いじゃないかな?」


アワアワとしていると薫はそんなことないよ。と言ってくれた。それから2人でガラスケースの中の指輪を一つ一つ見ているが、金額がとんでもないことになっている。いいのかな。


店内は混んでいたため、2時間ぐらいソファで待たされた。その時飲み物まで持ってきてくれて、もう至れり尽くせりである。その後でお姉さんが案内してくれて、結局2人でお揃いの小さなダイヤモンドが着いたシルバーの指輪を買った。それでも本物のダイヤモンドだから、かなりな値段だ。


結局店には4時間くらいいた。お幸せにとお姉さんが見送ってくれる。時計を見ると、もうすっかり16時。薫に指輪を見せてとせがむと、まだ待ってと言われた。



そのまま薫と共に銀座の街で軽くお茶をし、連れられるがままに赤坂のホテルの最上階にあるレストランに来た。



宝石ショップと言い、ここと言い、たしかにキレイめなコーデじゃないと来れない。



「なんだかもうずっと地に足がついてない気分!」


そんなことを薫に言うと、俺なんて梓と付き合ってからずっとそんな感じだよ。と本気なのか冗談なのか分からない言葉で返された。



レストランは大きな窓があるが個室であり、私たちは2人の空間を楽しむことが出来る。それに私がワイン好きということもあり、薫はフランスのいいワインを1本用意してもらって2人で乾杯した。



「ねえ、東京タワーがはっきり見えるね。でも、霞ヶ関の方が近いのに、そっちは全然見えない!」


せっかくだし、薫が働いてる場所も見たかったなあなんて言うと、いつもずっと拘束されてるんだからあんなところ見なくてもいいよと返された。


「もう、実は私、霞ヶ関で降りたことないんだからね。」



「働いてないと降りる機会なんてないでしょ。それよりも、梓28歳おめでとう。」


それからガラスがチン…と音を立てる。ワインを口に含むと、とても深い味わいがした。




「ちょっとトイレ行ってくるね。」


メインディッシュまで食べ終わり、満足だとお腹をさすっていると、薫がトイレに行ってしまった。私は1人でもう一度東京タワーや夜景が綺麗に見える窓を見つめる。



今までの恋愛は、どちらかと言うと私が追いかけ、尽くしてくることが多かった。私が好きで、相手との愛情のギャップから結局飽きられて浮気されるのだ。そりゃ疲れて当然だ。だって、浮気された時点で私に愛なんてなかったんだから。



それでも薫は私以上に私を愛してくれる。私が求めてる愛以上の愛を注いでくれる。私も元々浮気されるレベルで重い方だったのに、薫はまだ足りないと求めてくれる。



「そっか。愛されるって幸せな事だったんだな。」


色々と考え、ポツリと呟くと



「まだ、愛し足りないけど?」



薫の声が聞こえる。振り返ると赤い薔薇の花束を持った薫が立っていた。



「あれ?トイレに行ったんじゃないの?」



「実はこれを用意してもらっていたんだ。」


それから、席に座り、私に薔薇を向ける。



「貰っていい?」



そうやって受け取ると、薫はコクリと首を縦に振った。それから薔薇の匂いを嗅ごうと花を近づけると、バラの中に見覚えのある箱。それを手に取り、開こうとすると、



「梓のはこっち。」


と、私の左手をするりと奪った。



「薫って、結構ベタなの好きだね。」



と、照れ隠しで薫に言うと、そのまま薫の手に挟まれた婚約指輪が私の左薬指に差し込まれる。



「すごくベタな演出だけど、これをしたいくらい梓が大切なんだ。……付き合ってまだ短いけど、俺は20年以上ずっと梓が好きです。それに、これから先も梓の事を好きな自信があります。三森梓さん、僕と、結婚してください。」



薫の手が、緊張から震えている。指先だって、すごく冷たい。もしかして薔薇の中に入ってるのは、薫の指輪かな。



今度は私が薫の左手を取る。



「薫、私のような女をずっと、好きでいてくれてありがとう。私は薫の気持ちにずっと気づけない馬鹿な女だったけど、薫と付き合ってからずっと幸せにしてもらってるし、これから先、私も今までの分を一生かけて薫に返していきたいです。よろしくお願いします。」



そして、するりと薫の指に指輪を填めた。私たちの左指には大きさは違えど同じ指輪が付けられる。



「あ~緊張した。」


しばし訪れる沈黙。最初に口を開いたのは薫だった。


「私はびっくりしたよ。なんなのもう!こんな花束用意してくれてるなんて思わなかったもん!!」



口ではそんなことを言うが、感動を隠しきれず私は思わず涙が零れる。昨日からずっと泣いてばっかりだ。



「とりあえず婚約って形で今こうして指輪をしてもらってるけど、これから2人で結婚の準備を色々していきたいなって思ってる。」



「結婚式!ずっと憧れてたの!!」



「それは知ってる。昔からずっと言ってたもんね。帰りにどこのホテルで挙げたいか考えなきゃ。」



それからレストランを後にする。28歳の誕生日、私たちの指にはお揃いの指輪が輝いた。








「ねぇアズ。いつまで見てるの。」



「ふふ。ネックレスに指輪まで貰っちゃって、ここまで尽くしてもらっちゃったら、薫と別れるなんて出来ないなあ。」



2人でまったりお風呂に入り、ベッドに横たわる。薫は顔面蒼白になりながら、別れたいなんて思う時あるの?と聞いた。



「全然。むしろこんなに尽くしてもらっちゃって、薫が浮気しちゃった時でも私、離れられないよ。」



「俺が浮気とかそんなありえないこと考えなくていいから。そのままどんどん俺に依存してくれて構わないよ。」



そしてその日は、薫の腕に抱かれながら私は幸せな誕生日を終えた。






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