カラダで熱を確かめて

タマ鳥

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十六夜

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10月に入り肌寒くなってきた。年の瀬に近づいてきたこともあり、薫は忙しくなり、前のように終電を逃し、タクシーで帰ってくることも増えた。


休日も、どこかに出かけることもせず、薫は疲れをとるためにガッツリ引きこもるし、私はその分友達と遊んでいる。でも決して仲が悪くなった訳ではなく、本当に穏やかに付き合っているだけなのだ。



『梓。高校の同窓会をするんだけど参加する?薫くんにも聞いておいて。』



そんなある日、小中高とずっと一緒の華乃子からLINEが来る。華乃子とはしょっちゅう会ってるし、薫と付き合っていることも知っている。


どうやらその同窓会は、卒業から10年経ったから開いたというもので、割と大きなものらしく、参加者を募りお台場のホテルを貸し切りで開かれるらしい。



「薫、華乃子から高校の同窓会のお誘いがあって、私は行こうと思うんだけど薫はどうする?」


結局聞くタイミングは休日まで訪れず、ようやく休みのタイミングで薫に聞く。本来の薫なら仕事も忙しく、人との交流も極力しないため決して参加しなかっただろう。しかし



「梓が行くなら俺も行く。」


どうやら私が行くということで参加してくれるようだ。



「成人式やその後の同窓会にも来なかったのに、成長したねえ。」


まるで犬を撫でるように薫の猫っ毛をわしゃわしゃと撫でると



「だって梓に変な虫が着くの怖いもん。」



と拗ねたように返される。でもそれはこっちのセリフだ。高校の頃あんなにモテていた薫が来るだけで、女の子は色めき立つに決まってる。



「薫こそ、綺麗になった同級生のおしり追っかけてホテルとか行かないように。」



「梓ほど綺麗になった同級生を知らないので、梓以外とホテルに行く選択肢なんかないもん。」



そんな言葉一つで、私の胸はキュウと締めつけられる。それから華乃子に



『私と薫、参加します。』



とLINEで送る。華乃子は私なら参加するが薫まで参加してくるとは思って居なかったようで、主催者に褒められると喜んでいた。

同窓会が開かれるのは土曜日だった。残念なことに、薫は仕事の関係で休日も出勤しており、結局私ひとりで会場に向かった。


「梓!こっちこっち!」



会場の席はどうやらクラスごとに決められており、私は3組だったので、特進クラスがある8組の薫とは元々かなり離れてしまうようだった。華乃子に指定された席に座ると、懐かしい面々が既に揃っている。



「梓ちゃん久しぶり!」


昔の友達と会話が弾んでいると、急に会場が騒がしくなる。28歳の集まりなのに、若い頃を彷彿とさせるような黄色い歓声が会場を包み込む。



「薫様が参加してるみたい!!!」



「孤高の君が来てくれるなんて!!」



流れてくる会話を確かめていると、どうやら薫が会場に到着したらしい。それにしても、薫ってこんなに人気者だったんだ。私はずっと高校の頃の薫の人気を舐めていたのかもしれない。


それから、同窓会は進む。



周りには結婚して子どもがいる子や、仕事に魅力を見出してバリバリ働いている子もいる。私も指輪のことを友達に突っ込まれ、婚約しているという話をした。薫の話がここまで回ってくるくらいなので、薫という名前は伏せての説明なんだけど。



それにしても、薫の噂は止まらない。なんだか医者になったとか、外資系商社マンをしているだとか、起業して社長になったとか、凄いことになっている。おそらく薫も自分の仕事を言わないのが悪いのだけど。



でも薫は文系だし、商社マンをするほどのコミュ力もないし、社長になってもおそらく会食なんか嫌いだから周りの人と協調すらしない。噂って凄いなあなんてぼんやりしていたら



「よっ、梓。久しぶりじゃん。」



高校の頃付き合っていた、貴志に声をかけられた。



「貴志久しぶり。元気そうだね。」



かつてあんなに周りが見えなくなるほど追いかけていた元彼。昔はバンドをしていたこともあり、派手な見た目だったのだが今はだいぶ落ち着いている。しかし、清潔感の塊のような薫を見慣れてしまっているからか、彼の節々に見られる清潔感のなさが目に止まってしまった。



「梓は今、何してんの?」



「あー、私は普通にOLしてるよ。貴志は?」


すると貴志はニマッと笑って不動産だと答えた。この笑顔のどこが好きだったのか、笑った時に見える歯の黄ばみや、剃りきれていない髭が見えてしまって、すっかりおじさんになったなあなんて失礼なことまで思ってしまった。



「それよりも梓。お前結婚してんの?」



「いや、まだ婚約だから結婚はしてないけど、そのうちする予定だよ。」



それから貴志とはもう話さなくてもいいかなあなんて思ってその場を離れようとすると、手首をガシッと掴まれる。それから



「梓、俺、高校の頃お前と別れて後悔してるんだ。あの後色んな女と付き合ったけど、梓ほど俺に尽くしてくれた女が居なくて、この胸にぽっかりと穴が空いたようだった。お前と同窓会で会えてまたかつての気持ちが甦って来たのに、結婚するって聞いてすごく悲しくなった。」



急に私への想いを語り始める。話を聞いていても、私のここが好きだっただの、浮気をしたのは梓以外の女と遊ぶことで、梓が俺に嫉妬してくれるのが可愛くて止められなかっただの、こっちからすれば反吐が出るような話ばかりだ。



どうせ貴志の事だ。私がまだ貴志を好きだとでも思っているんだろう。それに、貴志が語る薄っぺらい愛を聞かされる度、薫が言う言葉の重みと比較してしまう。



「たった1回でいい。結婚する前に、もう一度俺とやり直すことを考えてみてくれませんか?」



かつて好きだったタレ目がちの顔は、すっかり老いが見え始めている。同じようにモテていたくせに、薫のようにかつての人気を残していない。



「ごめん。私もう、婚約者以外の男を男として認識できないんだ。だから貴志の入る隙なんてどこにもないよ。」


そして、掴まれた腕を強引にひっぺがし、すぐさまここを立ち去ろうとすると



「メンヘラ女のくせに、何俺を断ってんだよ。」



何故か失礼な言葉で逆ギレされた。すぐさま華乃子が私のそばによってきてくれて、もう無視しなと私を誘導する。しかし貴志は止まらない。



「あんなに俺のことを好きだって言ってきたくせに、すぐ別の男にホイホイ行きやがって。」


別の女に簡単にホイホイ言ったやつにそんなこと言われたくない。ヒートアップする貴志とは裏腹に、私の心が冷えきっていくのがわかる。



「どうせお前みたいな顔だけ女、旦那に捨てられて一人で生きていくんだよ!!」



貴志がそんな言葉を吐いた時、周りから甲高い悲鳴が近づいてくる。嫌だな。どうやら私たちは凄く目立ってしまったのかな。こんな場面、薫に気付かれないといいな。そんなことを思っていると



「俺は、梓を捨てるなんて選択肢ないけど。」



私達の間に薫が現れた。黄色い歓声が近づいてきたのは、薫がここに向かっていたからのようだ。



「えっ、お前特進の黒田だよな。何で?接点なんかあったか?」


貴志が知らないのも当然だ。私たちは高校の頃、全くと言っていいほど接点なんかない。王子様の薫に、こんな男に夢中になってファンクラブからもマークされていないモブの私。それが婚約してるなんて言うもんだから、昔のファンクラブの人たちも動揺している。



「俺と梓は、幼なじみだもん。それに、俺が同窓会に来たのだって、梓が行くって言ったからだし。それよりも、梓に失礼なこと言ったの、謝ってもらえる?」



薫はすごくにこやかな顔で貴志を追い詰める、これはどうやら、本気で怒っているようだ。



貴志は、チッと舌打ちだけ残し、会場から立ち去っていった。周りからは何故か「薫様美しい!」なんて言う拍手。それにしても8組からよくここが分かったこと。



「薫、助けてくれてありがとう。」


お礼を言うと、



「梓を守ることは当然だから。それよりも俺、ここに居てもいいかな。梓と離れた席で1時間は耐えたよ。」


そんなことを言ってくる。それに、幹事の一人である華乃子の方にまで目をチラチラと向けている。



「まぁ、薫くんをここに呼んだのは梓だし、皆薫くんのこと見れたんだからもうここでいいんじゃない?」


華乃子は8組の幹事の子にそう伝えると、8組の幹事の子はどうぞどうぞと私の隣にいることを許可してくれた。



それからはもう質問ラッシュ。私のクラスのみならず、かつての薫ファンクラブの方々からも色々と聞かれた。



「俺は今、梓のおかげですごく幸せだよ。」


薫がみんなの前でそんなことを言うもんだから、かつてのファンクラブ会長の人からはこれからも薫様を幸せにして差し上げてください。と手を握られ伝えられた。なお、会長の人は結婚して子どももいるらしい。



私は、私が来れば薫も来ると考えたたくさんの人たちから、最後まで二次会に来るよう説得されたが、薫がもう面倒くさいという顔をしていたので、丁重に断った。


それから、二次会に行く人たちをこのホテルで見送る。華乃子からは「今度遊ぶ時、薫くんも来てよ。」なんて言われた。華乃子も小学校から薫を知っているから、薫と話したかったようだ。




「梓、あんな男の言葉、気にしちゃダメ。あの男が気に食わない梓の面があっても、俺はそんなところも好きなんだから。」


薫は、ホテルの近くの海浜公園に私を連れ出して、気にするなと私を励ました。



「気にしてないよ。」


だって、薫がその倍、愛情をくれるから傷ついた所だって簡単に修復してしまう。


「そういえば昔も、こんなことしてもらったなあ。」


小さい頃、私がいじめられて男の子たちに酷いことをたくさん言われても、薫はその倍、私のことを褒めてくれた。……そっか、あの頃から私は薫に救われてるんだ。



「ん?どうしたの梓。」


「薫。昔から私を守ってくれてありがとう。」


それから薫の身体に抱きつく。薫は私の頭をよしよしと撫でた。


「ねえ梓。最近忙しくて、シてなかったよね?確認したらさっきのホテル、客室に空きがあるらしくて予約取っちゃったんだけど、どう?」



「ふふ、薫好き。」



それから2人、誰にも会わない事を願いながらさっきの会場のロビーに戻った。


ホテルに入り、直ぐに薫は私の唇に深いキスをした。


「んっ、はぁっ、」


しばらく交したあと、薫が唇を離す。舌と舌も離れたため、結んでいた銀の線がプツンと切れた。


「梓、あんな男のどこが好きだったの?」



どうやら薫は、高校の頃に抱いた嫉妬心を思い出したようで、私に尋ねる。



「んっ、それがね、どこが好きか思い出せないくらいもう私の心全部薫に支配されちゃってるの。」



「じゃあ今日は、ずっと俺を愛して。」



「そんなこと言われなくたって、薫しか愛せないよ。」


薫は私のワンピースの背中のチャックをジジッと下げた。するとストンと下に落ちる。あっという間にブラとパンツだけになった。


「梓。この部屋、すっごい景色が綺麗だ。」



窓からはレインボーブリッジに東京タワー。東京の夜景が一望できる。


下着姿の私をお姫様抱っこし、ストンとクイーンサイズのベッドに降ろす。


それから、薫は今まで溜めていた嫉妬心を、全て愛情に変えて私を抱いた。



結局薫が満足した頃には夜景の光がすっかり真っ暗になっていた。




「チェックアウトは11時だし、それまでゆっくりしよう。」



薫がそんなことを言っていたが、私は意識を手放し、聞きそびれてしまった。





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