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番外夜1(薫side)
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「それでは、お先失礼します。」
職場を後にし、俺はすぐさま近くにある本屋さんに向かう。目的はただ一つ。妊婦の心得と育児の本の購入だ。
最近、梓に悪阻が発生した。それに夏バテも並行しているため、最悪な状況なのだ。
子育ては夫婦二人でするもの。だから梓の身体が大変な分、俺が梓をサポートし、今後必要なものを揃えておかなければいけないのだ。
「ただいま。」
仙台に来たことで仕事が定時で帰れるようになったため、梓よりも早く家に着くようになった。本やネットで調べたところ、トマトやきゅうりなどは食べれたようだったので、今日はトマトときゅうりの中華風サラダにした。
「うっ……。」
ご飯の準備をしていると、ただいまの代わりに嘔吐く声が玄関から聞こえる。
「アズ、大丈夫?」
料理の腕を一旦止め、梓の側に駆け寄ると青ざめた顔の梓がぐったりと俺を見ていた。
「…トイレ。」
子育ては夫婦でするものだとは言うが、こういうのを見ていると梓のその苦しみこそ俺と半分にして分かち合いたいと思う。
トイレに駆け込み、苦しそうに嘔吐く梓を俺はただ、見ていることしか出来ない。子どもが産まれたら、梓にもゆっくり休んでもらおう。その分育児は俺が頑張るんだ。
「薫ありがと…。」
なんて、俺はただ背中をさすることしかできてないのに俺にお礼を言う梓を見て、そう誓った。
「はい、経口補水液。梓、たくさん吐いたからその分水分取らないと脱水症状なるよ。それに暑くなるからね。」
「なんか、薫が旦那でよかった。妊婦さんへの対応も完璧なんだもん。」
経口補水液をコップに注ぎ、梓に渡していると、そんなことを言われる。俺が完璧なのは、梓と俺の子どもに関することだからであって、考えたくはないがこれがもし、梓では無い別の人が奥さんになった場合にはこんなふうに本まで買って甲斐甲斐しく世話なんかしない。
結局、俺は愛する梓を支えたいと思うからこそ、沢山調べてサポートしているだけなのだ。
「妊娠してからの症状は、俺には変わってあげたくても変わってやれないから。子どもを作るのは男女なのに、子どもを産むまで頑張るのは奥さんだけなんておかしいでしょ?だから俺がやってる事は当たり前のことに過ぎないよ。」
それからドレッシングも何もかけないトマトが食べたいと言うので、別のトマトを切って梓に渡す。あんなに食べることが好きな梓が、もそもそとトマトを食べる姿は胸が痛い。しかし、これが妊娠するということなんだ。
「他に、何か食べたいものとか明日のお弁当のリクエストとかあったら言ってね?梓に食べてもらうためなら何でもするから。」
「ありがとう。でも今はもう眠くて明日のことは考えられないかな?」
「そっか。この辺の片付けとか俺がしておくし、梓はお風呂入って寝ておいで。」
それから梓をベッドに寝かせ、今日買ってきた本で今後起こることなどを事前に調べる。安定期に入るまでしばらくの間はこの症状が続くらしい。俺は、梓を支えることに専念するだけだ。
妊娠するとホルモンバランスが崩れると言うのは本当らしい。
7月のとある土曜日、テキパキと部屋を片付ける俺を見ていた梓がとつぜんグズグズと泣き始めた。
「梓、どうした?お腹痛くなった?」
俺は掃除をする手を止め、梓に駆け寄る。
「ひっく、違うの…、なんか私、全部薫にしてもらっちゃって奥さんらしいことなんにもできなくて、情けなくて泣きたくなっちゃったの……。」
どうやらずっと家事をしている俺を見て、何故か情けなくなったらしい。
「梓、ほら。」
俺は腕を広げて、梓を抱きしめる。それからなだめるように背中を優しくポンポンと叩く。
「アズは情けなくなんかないよ。だって1人で俺達の子どもをお腹の中で育ててるじゃん。梓はもうひとつの命を抱えて生活してるんだから、むしろ誇りに思わなくちゃ。」
「薫ぅ~、ごめんね、すぐ泣いちゃって……気まで使ってもらって。」
「ふふ、いいよ。本で見たもん。妊娠中はホルモンバランス?とかが崩れちゃって情緒が不安定になるって。だからこういうのを見せる梓がいるってことは俺にとっては想定内。むしろもっとワガママになってくれていいよ?あれ食べたいとかこれしてとか。俺、全力で応えるから。」
梓は俺の胸の中でクスリと笑う。
「そんなマリーアントワネットみたいなこと出来ないよ。」
「え~、ワガママな梓楽しみにしてたんだけどなあ。」
すると梓は少し考え込み、
「じゃあお掃除終わったら、ハニーバターポテトチップス一緒に食べよう?」
なんて可愛らしいわがままを言う。どうやら妊娠中はポテトスナックが食べたくなるらしく、梓は特に韓国のポテチがお気に入りなのだ。
「そんなのワガママじゃなくてご褒美だから。すぐ掃除終わらせてくるからね!」
そして梓の頭をさわさわと撫で、俺は再び掃除に向かった。そんな俺の後ろをなんだか寂しいからと着いてきて、掃除している俺をずっと眺めている梓は本当に可愛くて、誰かに自慢したくなった。
「私、ここ最近ずっと薫としてないじゃない?薫はその、やっぱりシたくなるの?」
掃除が終わり、ポテトスナックを食べる梓を抱きしめながら海外の映画を観ていると、濡れ場シーンの時に梓がそんな質問をしてきた。
「そりゃあ男だからシたいなって思う時は正直あるけど、梓じゃないと嫌だから梓が辛い時はそんな気持ち起きないかなあ。」
「でもさ、妊娠中は不倫する夫が多いとか聞くじゃない?それに薫高校大学と女関係派手だったじゃん。だから、不安で……。」
しゅんと落ち込む梓。俺はそんなわけないのにと笑い飛ばしたいが、梓は本当に心配してくれているのがわかる。
「あのさ、俺が女関係派手だったのは、梓が付き合う人が女関係派手だったからそれに合わせてただけなんですけど。梓に振り向いて欲しいためだけに女と遊んでただけで、今は梓が俺を好きでいてくれるから、遊ぶ必要もないの。何回も言ってるじゃん。俺の愛は執念なの。だから不倫とか梓がいればする気も起きないの。ね?」
梓の不安を少しでも減らすために、そう答えると、やはり梓は泣き出す。
「……私毎日薫と結婚してよかったなって感じるよ。なんでそんなに私の事想ってくれるのよぅ。」
「ま、こんな一途な男なのは梓限定なんだけどね。昔付き合ってた人たちからはずっと最低って言われ続けてきたもん。俺は梓じゃないとここまで出来ないし。アズ、少しは不安和らいだ?」
梓はこくんと頷くと、俺の手を自分のお腹の中に持ってくる。そして
「パパならきっと、君のことを凄く愛してくれるね。」
なんて、子どもに向ける時限定の呼び方をする。梓がたまに呼ぶ、パパという愛称にはまだ慣れない。でも、それはこれから来る未来なのだ。
「でもなあ、ママの次かなあ。」
「そんなこと言って、生まれてきたら絶対私は2番手になる気しかしない~。」
文句を言うようだが、梓の顔を見る限りもうすっかり幸せそうだ。俺は梓のお腹を優しく撫でる。キミが生まれてくることを、俺たちはすごく心待ちにしているからねという気持ちを込めて。
9月に入ると、梓のつわりが終わり、安定期に入った。
「薫のご飯やっぱり美味しいわあ。おかわりもらっちゃってもいい?」
そうすると食欲が急に回復したようで、梓は今日の晩御飯である職場の人に教えてもらった芋煮をおかわりした。
沢山食べることはいいことで、俺はもりもり食べる梓の顔を見て、思わず顔がにやけてしまう。
「もぅ、何よぅ。食べ過ぎだって私だってわかってるもん。」
「いや?俺食べ過ぎだなんて言ってないけど。沢山食べる梓可愛いなあって見てただけだよ。そういや〆にうどんがあるんだけど入れちゃう?」
「うどん!欲しい!!」
先程のふくれっ面から打って変わってぱあっと笑う梓を見て、やっぱり可愛いなあとしみじみ思う。俺は今後ずっと、死ぬまで梓を可愛いと思い続けるんだろうな。なんて梓を見ながら思った。
「あっ、動いた!薫!今動いたよ!!!」
お腹の中の赤ちゃんは少しずつ動くようになったようだ。それにかかりつけの産婦人科の先生が言うには、音も感じられるようになったため、俺達の声が聞こえるとの事だった。
俺は食器を洗う手を拭き、直ぐに梓のお腹に耳と手をくっつける。
「あれ、もう動かない。薫、話しかけてみて?パパだよ~って。」
「うん。…おーいパパにも反応して~。」
あまり大きな声はダメだと思ったので、興奮する気持ちを抑え、いつものトーンで梓のお腹に話しかける。しかし俺には分からない。梓が「反応した!」という感覚に対して発せられる言葉だけだ。それでも梓が言うには俺の声にぴくりと動いたとの事だった。
「俺も自分の手でこの子の動きを感じられるようになりたいなあ。」
「えへへ、薫ったら焦らなくてもすぐ大きくなるから。」
そして梓は俺の頭をよしよしと撫でる。子どもが出来てからしみじみと、恋人ではなく、俺たちは家族になっていくことを実感する。梓は俺にとって大切な女であり、妻であると同時にこの家をサポートしてくれる母の顔を見せるようになった。いわゆる母性とやらを感じるようになったのだ。
梓に頭をさわさわと撫でられながら、もう一度梓のお腹に耳を当てると、
「あっ、今動いた?」
それから梓の目を見ると、優しそうに俺を見つめ、にっこりと微笑んだ。どうやら動いたのは本当らしい。
「やった!初めて感じられた!」
小さな命の音に感動した。
今年の梓の誕生日は、去年のようにお金をかけたものではなく、お腹の赤ちゃんのことを考えたものだった。
仙台で暮らすにあたり、地方は車都市ということもあり俺は30万円ほどの中古の軽自動車を購入していた。どうせ二三年で東京に戻るわけだし、買い物とかに必要なだけでそんなにこだわった車でなくてもいいからだった。
「わぁ、松島って初めて来た!」
「車だと仙台から近いよね。」
そんな30万円の中古車で来たのは松島。仙台に住んでいることもあり、いつかは来たいと思っていたが、梓の体調のこともありようやく来れたのだ。
「松島って牡蠣が有名らしいからカキ小屋に行こうね?」
瑞巌寺を見ながら感動している横で、梓はすっかり食べ物に夢中だ。
「牡蠣もだけど、ホヤとかも有名らしいよ。それも食べなきゃ。」
「ホヤ!聞いたことあるけど食べたことないからちょっとチャレンジしてみたいかも!!」
ふんすと鼻息を荒らげ、意気込む梓の手を繋ぎ、妊娠中ということもあるのでゆっくりと松島を観光した。梓はホヤを食べながら、これ絶対お酒に合う!なんて言っていたので、赤ちゃんが生まれて落ち着いたらお酒と一緒にホヤを食べようなんて些細な約束を交わした。
「去年は越えられないと思うけど、はい、誕プレ。」
夕飯は松島の観光物産館で買った新鮮なお刺身やあら汁を家で作った。ご飯を食べ始めるタイミングで、俺は前から買っていた誕プレを梓に渡す。
「えっ、可愛い!」
それは今後寒くなる季節に合わせたブランケットと、ランコムの美容液。
「東北だからこれから今まで以上に寒くなると思って、ちょっといいやつ買ってきた。」
「薫ありがと。今年もこんなに祝ってもらえるなんて思ってなかったから、もしかしたら去年以上にびっくりしてるかも。」
それから梓はブランケットに顔を埋め、ふかふかだと感想を述べた。
お風呂からあがり、もうそろそろ寝ようと思っていると、先にお風呂から上がっていた梓がパジャマ姿で俺のスウェットの袖をちょこんと掴む。
「どうしたの梓。」
その行動が可愛らしくて、梓に尋ねると顔を真っ赤にしながら
「あのね、お医者さんから安定期であれば無理しない程度にセックスしてもいいって言われたの。」
なんて、何ヶ月かぶりのお誘いを頂いた。
「梓、俺に気を使ってる?俺別に大丈夫だよ?」
「違う…私がシたいの……。引かないでよ?赤ちゃんいるのにまだ性欲あるのかって。」
最近はずっと母の顔を見せていたくせに、今目の前にいるのは完全に女の顔をした梓だった。俺はちょっと待ってねと震える指先でスマホを確認する。産婦人科の先生が言う通り、安定期に入ればセックスしてもいいと書いてある。
「梓、じゃあ抱くよ?」
最近は梓のお腹のことを気遣って、俺は隣で布団を敷いて寝ていたが、久しぶりに梓の眠るクイーンサイズのベッドの上に腰かける。それから梓の柔らかな唇に自分の唇を重ねた。
「なんか、お互いの初めてのときを思い出すね。」
俺は、梓の体調を気にしながらなのでコンドームをつけたモノを丁寧に梓のナカに入れ、ゆっくりと腰を振る。梓はそんな俺を見ながら初めての時のようだと感想を言った。
「アズ、俺初めての時以上に梓のこと大切に抱いてるんですけど。」
それから梓の胸を優しくチロチロと舐めると、梓はもどかしそうに「んっ…。」と声をあげた。
梓は喘ぎ声をあげるでもなく、ふぅふぅと久しぶりの快楽を楽しむように呼吸をする。俺も久しぶりの梓のナカを堪能しながらも、お腹の子を慈しむように優しく動いた。
「なんっ、か、薫凄く丁寧…っふぅ。」
ただ、梓からそんなことを言われたので、キスだけは思いっきり激しくする。身体に負担がかけられない分、溜まった性欲をキスにぶつけた。
「んっ、かおるっ、急に激し…っ、」
「だって丁寧なんて文句言われちゃあね。」
「違うもん文句じゃないも…あんっ、薫とのセックスはどんな時でも気持ちいいって感想だもんっ、」
どんな時でも気持ちがいいなんて言われて喜ばない男なんて居ない。梓がまだなにか続けようとしているのにもかかわらず、俺はキスでその言葉を塞いだ。その日は結局1時間ほどゆっくり愛を確かめ合いながら、俺はゴム越しに果てた。
「薫、今日は布団じゃなくてここで寝て?」
終わった後、そんな可愛いおねだりをされたものだから、俺は結局梓の横で梓のお腹をさすりながら眠りについた。
12月に入ると、梓は臨月を迎えた。すっかり大きくなったお腹に手を当てると、時たま動きがわかるようになってきた。
「出産予定日は1月の半ばでしょ?それまで欲しいものあれば随時言って。俺揃えてくるから!」
もう少しで俺たちの子どもに会えるとはやる気持ちを抑えながら梓に尋ねると、薫ったら興奮しすぎと笑われた。
「なんか私より薫の方が妊婦さんみたい。私より愛咲日のこと理解してるじゃん。」
「いや、梓には負けるよ。俺は梓越しにしか愛咲日のこと感じられないんだもん。…悔しい。」
それから顔を顰めると、梓はクスクスと笑う。
「あっ、ねえ今愛咲日動いた!!!パパがママに嫉妬してるの見て、やめて私のために争わないで!とか言ってるんじゃない?」
名前は、1月生まれということもあり、男も女もどっちでもいいようにアサヒという響きにした。この間産婦人科で女の子だと言われたため、愛が咲く日で愛咲日。響きも漢字も愛らしいものにした。
臨月ともなると梓の移動は苦しいようで、移動の度にふうふうと息をしながら動く。本来なら俺はこの時から育休を取りサポートしたいのだが、国の制度上、出産以降からしか取れない。だからこそ、事前に色んなことを調べ、産婦人科にも積極的に訪れて何をすべきかを聞き、休みの日には全力でサポートに励むのだ。
「薫~、ごめん足の爪切ってもらえる?」
「おっけー。お腹大きくなっちゃうと足元見えないもんね。」
「そうなの。もう自分の足絶対浮腫んでるんだけど、見れないからもどかしいわ。」
それから梓の小さな指の爪をパキパキと切っていく。好きな人の足に触れ、爪を切ることにまで嬉しさを感じてしまうのはきっと、片想いが長く拗らせている俺くらいだろう。
「ん?なんか薫笑ってない?もしかして私の足太ってる?」
「あははっ!子ども産まれたら沢山足揉んであげる。」
「やだぁ。薫のその言い方なんかエッチ。」
俺たちの子どもをお腹に抱えた梓とこんなに笑い合える日常が来ることを、馬鹿な過去の俺に伝えたい。
大丈夫、変な道に行くけど梓を諦めなかったら今、こんなに幸せな時間が訪れるよって。
1月中旬。梓が出産のため、入院した。それに合わせて俺も育休前に溜まった有休を10日ほど使わせてもらい、梓の側に付き添った。
そして今日、ついに梓が分娩室の方へと連れて行かれる。
「なぁに、不安だと思うけどあの梓だぞ?きっとすぐに子どもを産んでケロッとした顔でニコニコ笑ってるだろ。」
梓が入院したと同時に、梓の両親も仙台に来ていたため、その時俺を勇気づけてくれたのは誠司さんだった。
「ま、俺も不安な気持ちは分かる。でも大丈夫だから。」
しかし、励ましてくれる誠司さんの手も震えていた。子どもを産むってのは、俺や誠司さんのような男には耐えられない痛みを伴う。だからこそ、女の人は男の人よりもいざと言う時に頼りになるとも聞いた事がある。
梓が分娩室に連れていかれてから、およそ8時間が経過した。俺は不安から外のベンチにずっと座りながら、祈り続けた。
どうか、無事に子どもが産まれてきますように。梓も何事もなく子どもを産めますように。そればかりを頭で唱えていた。
そして、1月19日、夜中の3時15分。
「旦那さん!今産まれましたよ!!!3568グラムの元気な女の子です!!!」
助産師さんの声と共に俺は分娩室に駆け込む。するとそこには、力尽きながらも笑顔の梓と、真っ赤でしわくちゃな小さな存在。
キィキィと猿のような声を上げながら、精一杯泣く俺たちの子どもだ。
「梓、ありがとう、ありがとう。」
開口一番、頑張ったねとか産まれたね!なんて励ましの言葉ではなく、感謝の言葉がこぼれた。
「えへへ、薫、私頑張ったよ。」
梓は笑いながら手でブイサインを作る。その手を握りながら、俺は静かに涙を零した。
それから梓は7日間愛咲日と共に病院で過ごした。俺はその間、必要な書類を区役所まで取りに行き、愛咲日を家族の一員として迎え入れるための手続き等を行っていた。こういう事務手続きを行うのは、産んだばかりで疲れている梓の負担をできるだけ減らすため自分なりにできることを考えた結果だった。
そして
「愛咲日ちゃん!じーじだよ!!」
仙台の俺たちが住むマンションにはたくさんのベビーグッズ。それらは全て誠司さんたちが持ってきたもの。
「もうお父さん。愛咲日怖がってるじゃん。」
梓は誠司さんの顔を見て泣き出す愛咲日をゆっくりとした動きであやした。今日はお七夜。退院祝いと今後の健康を祈って、梓の母親である昌子さんが作ってくれたお赤飯や鯛の塩焼きなどを皆でつつく。
「ねぇ梓。俺も愛咲日のこと抱っこしてもいい?」
実は、俺はまだ愛咲日を抱っこできていない。梓は愛咲日を抱っこしたくてたまらない俺の顔を見て、余裕ない人には抱かせませんなんて意地悪を言う。でもすぐに
「はい。まだ首が座ってないから、頭のところしっかり支えてね?」
と、俺に愛咲日を渡した。先程誠司さんの顔を見て泣いたからか、今はすっかりむにゃむにゃと顔を動かすだけの愛咲日。骨もまだしっかりしてないからか、俺が慎重に抱っこしないとふにゃふにゃと溶けてしまいそうだ。
「凄い。俺たちの子だ。目元とか梓に似てる気がする。」
「ふふ、その状態じゃまだわかんないでしょ。でも絶対薫に似て、モテモテな子になるわよ。」
それから、愛咲日を抱いたまま、ママにこれから頑張ろうねと声をかけると、「パパこそすぐ泣かないようにね。」なんて冗談を言われてしまった。
これから、俺たちはもっと家族らしくなれるよね。そんな意味を込めてむにゃむにゃと顔を動かす愛咲日の頬に2人してキスを落とした。
~fin~
職場を後にし、俺はすぐさま近くにある本屋さんに向かう。目的はただ一つ。妊婦の心得と育児の本の購入だ。
最近、梓に悪阻が発生した。それに夏バテも並行しているため、最悪な状況なのだ。
子育ては夫婦二人でするもの。だから梓の身体が大変な分、俺が梓をサポートし、今後必要なものを揃えておかなければいけないのだ。
「ただいま。」
仙台に来たことで仕事が定時で帰れるようになったため、梓よりも早く家に着くようになった。本やネットで調べたところ、トマトやきゅうりなどは食べれたようだったので、今日はトマトときゅうりの中華風サラダにした。
「うっ……。」
ご飯の準備をしていると、ただいまの代わりに嘔吐く声が玄関から聞こえる。
「アズ、大丈夫?」
料理の腕を一旦止め、梓の側に駆け寄ると青ざめた顔の梓がぐったりと俺を見ていた。
「…トイレ。」
子育ては夫婦でするものだとは言うが、こういうのを見ていると梓のその苦しみこそ俺と半分にして分かち合いたいと思う。
トイレに駆け込み、苦しそうに嘔吐く梓を俺はただ、見ていることしか出来ない。子どもが産まれたら、梓にもゆっくり休んでもらおう。その分育児は俺が頑張るんだ。
「薫ありがと…。」
なんて、俺はただ背中をさすることしかできてないのに俺にお礼を言う梓を見て、そう誓った。
「はい、経口補水液。梓、たくさん吐いたからその分水分取らないと脱水症状なるよ。それに暑くなるからね。」
「なんか、薫が旦那でよかった。妊婦さんへの対応も完璧なんだもん。」
経口補水液をコップに注ぎ、梓に渡していると、そんなことを言われる。俺が完璧なのは、梓と俺の子どもに関することだからであって、考えたくはないがこれがもし、梓では無い別の人が奥さんになった場合にはこんなふうに本まで買って甲斐甲斐しく世話なんかしない。
結局、俺は愛する梓を支えたいと思うからこそ、沢山調べてサポートしているだけなのだ。
「妊娠してからの症状は、俺には変わってあげたくても変わってやれないから。子どもを作るのは男女なのに、子どもを産むまで頑張るのは奥さんだけなんておかしいでしょ?だから俺がやってる事は当たり前のことに過ぎないよ。」
それからドレッシングも何もかけないトマトが食べたいと言うので、別のトマトを切って梓に渡す。あんなに食べることが好きな梓が、もそもそとトマトを食べる姿は胸が痛い。しかし、これが妊娠するということなんだ。
「他に、何か食べたいものとか明日のお弁当のリクエストとかあったら言ってね?梓に食べてもらうためなら何でもするから。」
「ありがとう。でも今はもう眠くて明日のことは考えられないかな?」
「そっか。この辺の片付けとか俺がしておくし、梓はお風呂入って寝ておいで。」
それから梓をベッドに寝かせ、今日買ってきた本で今後起こることなどを事前に調べる。安定期に入るまでしばらくの間はこの症状が続くらしい。俺は、梓を支えることに専念するだけだ。
妊娠するとホルモンバランスが崩れると言うのは本当らしい。
7月のとある土曜日、テキパキと部屋を片付ける俺を見ていた梓がとつぜんグズグズと泣き始めた。
「梓、どうした?お腹痛くなった?」
俺は掃除をする手を止め、梓に駆け寄る。
「ひっく、違うの…、なんか私、全部薫にしてもらっちゃって奥さんらしいことなんにもできなくて、情けなくて泣きたくなっちゃったの……。」
どうやらずっと家事をしている俺を見て、何故か情けなくなったらしい。
「梓、ほら。」
俺は腕を広げて、梓を抱きしめる。それからなだめるように背中を優しくポンポンと叩く。
「アズは情けなくなんかないよ。だって1人で俺達の子どもをお腹の中で育ててるじゃん。梓はもうひとつの命を抱えて生活してるんだから、むしろ誇りに思わなくちゃ。」
「薫ぅ~、ごめんね、すぐ泣いちゃって……気まで使ってもらって。」
「ふふ、いいよ。本で見たもん。妊娠中はホルモンバランス?とかが崩れちゃって情緒が不安定になるって。だからこういうのを見せる梓がいるってことは俺にとっては想定内。むしろもっとワガママになってくれていいよ?あれ食べたいとかこれしてとか。俺、全力で応えるから。」
梓は俺の胸の中でクスリと笑う。
「そんなマリーアントワネットみたいなこと出来ないよ。」
「え~、ワガママな梓楽しみにしてたんだけどなあ。」
すると梓は少し考え込み、
「じゃあお掃除終わったら、ハニーバターポテトチップス一緒に食べよう?」
なんて可愛らしいわがままを言う。どうやら妊娠中はポテトスナックが食べたくなるらしく、梓は特に韓国のポテチがお気に入りなのだ。
「そんなのワガママじゃなくてご褒美だから。すぐ掃除終わらせてくるからね!」
そして梓の頭をさわさわと撫で、俺は再び掃除に向かった。そんな俺の後ろをなんだか寂しいからと着いてきて、掃除している俺をずっと眺めている梓は本当に可愛くて、誰かに自慢したくなった。
「私、ここ最近ずっと薫としてないじゃない?薫はその、やっぱりシたくなるの?」
掃除が終わり、ポテトスナックを食べる梓を抱きしめながら海外の映画を観ていると、濡れ場シーンの時に梓がそんな質問をしてきた。
「そりゃあ男だからシたいなって思う時は正直あるけど、梓じゃないと嫌だから梓が辛い時はそんな気持ち起きないかなあ。」
「でもさ、妊娠中は不倫する夫が多いとか聞くじゃない?それに薫高校大学と女関係派手だったじゃん。だから、不安で……。」
しゅんと落ち込む梓。俺はそんなわけないのにと笑い飛ばしたいが、梓は本当に心配してくれているのがわかる。
「あのさ、俺が女関係派手だったのは、梓が付き合う人が女関係派手だったからそれに合わせてただけなんですけど。梓に振り向いて欲しいためだけに女と遊んでただけで、今は梓が俺を好きでいてくれるから、遊ぶ必要もないの。何回も言ってるじゃん。俺の愛は執念なの。だから不倫とか梓がいればする気も起きないの。ね?」
梓の不安を少しでも減らすために、そう答えると、やはり梓は泣き出す。
「……私毎日薫と結婚してよかったなって感じるよ。なんでそんなに私の事想ってくれるのよぅ。」
「ま、こんな一途な男なのは梓限定なんだけどね。昔付き合ってた人たちからはずっと最低って言われ続けてきたもん。俺は梓じゃないとここまで出来ないし。アズ、少しは不安和らいだ?」
梓はこくんと頷くと、俺の手を自分のお腹の中に持ってくる。そして
「パパならきっと、君のことを凄く愛してくれるね。」
なんて、子どもに向ける時限定の呼び方をする。梓がたまに呼ぶ、パパという愛称にはまだ慣れない。でも、それはこれから来る未来なのだ。
「でもなあ、ママの次かなあ。」
「そんなこと言って、生まれてきたら絶対私は2番手になる気しかしない~。」
文句を言うようだが、梓の顔を見る限りもうすっかり幸せそうだ。俺は梓のお腹を優しく撫でる。キミが生まれてくることを、俺たちはすごく心待ちにしているからねという気持ちを込めて。
9月に入ると、梓のつわりが終わり、安定期に入った。
「薫のご飯やっぱり美味しいわあ。おかわりもらっちゃってもいい?」
そうすると食欲が急に回復したようで、梓は今日の晩御飯である職場の人に教えてもらった芋煮をおかわりした。
沢山食べることはいいことで、俺はもりもり食べる梓の顔を見て、思わず顔がにやけてしまう。
「もぅ、何よぅ。食べ過ぎだって私だってわかってるもん。」
「いや?俺食べ過ぎだなんて言ってないけど。沢山食べる梓可愛いなあって見てただけだよ。そういや〆にうどんがあるんだけど入れちゃう?」
「うどん!欲しい!!」
先程のふくれっ面から打って変わってぱあっと笑う梓を見て、やっぱり可愛いなあとしみじみ思う。俺は今後ずっと、死ぬまで梓を可愛いと思い続けるんだろうな。なんて梓を見ながら思った。
「あっ、動いた!薫!今動いたよ!!!」
お腹の中の赤ちゃんは少しずつ動くようになったようだ。それにかかりつけの産婦人科の先生が言うには、音も感じられるようになったため、俺達の声が聞こえるとの事だった。
俺は食器を洗う手を拭き、直ぐに梓のお腹に耳と手をくっつける。
「あれ、もう動かない。薫、話しかけてみて?パパだよ~って。」
「うん。…おーいパパにも反応して~。」
あまり大きな声はダメだと思ったので、興奮する気持ちを抑え、いつものトーンで梓のお腹に話しかける。しかし俺には分からない。梓が「反応した!」という感覚に対して発せられる言葉だけだ。それでも梓が言うには俺の声にぴくりと動いたとの事だった。
「俺も自分の手でこの子の動きを感じられるようになりたいなあ。」
「えへへ、薫ったら焦らなくてもすぐ大きくなるから。」
そして梓は俺の頭をよしよしと撫でる。子どもが出来てからしみじみと、恋人ではなく、俺たちは家族になっていくことを実感する。梓は俺にとって大切な女であり、妻であると同時にこの家をサポートしてくれる母の顔を見せるようになった。いわゆる母性とやらを感じるようになったのだ。
梓に頭をさわさわと撫でられながら、もう一度梓のお腹に耳を当てると、
「あっ、今動いた?」
それから梓の目を見ると、優しそうに俺を見つめ、にっこりと微笑んだ。どうやら動いたのは本当らしい。
「やった!初めて感じられた!」
小さな命の音に感動した。
今年の梓の誕生日は、去年のようにお金をかけたものではなく、お腹の赤ちゃんのことを考えたものだった。
仙台で暮らすにあたり、地方は車都市ということもあり俺は30万円ほどの中古の軽自動車を購入していた。どうせ二三年で東京に戻るわけだし、買い物とかに必要なだけでそんなにこだわった車でなくてもいいからだった。
「わぁ、松島って初めて来た!」
「車だと仙台から近いよね。」
そんな30万円の中古車で来たのは松島。仙台に住んでいることもあり、いつかは来たいと思っていたが、梓の体調のこともありようやく来れたのだ。
「松島って牡蠣が有名らしいからカキ小屋に行こうね?」
瑞巌寺を見ながら感動している横で、梓はすっかり食べ物に夢中だ。
「牡蠣もだけど、ホヤとかも有名らしいよ。それも食べなきゃ。」
「ホヤ!聞いたことあるけど食べたことないからちょっとチャレンジしてみたいかも!!」
ふんすと鼻息を荒らげ、意気込む梓の手を繋ぎ、妊娠中ということもあるのでゆっくりと松島を観光した。梓はホヤを食べながら、これ絶対お酒に合う!なんて言っていたので、赤ちゃんが生まれて落ち着いたらお酒と一緒にホヤを食べようなんて些細な約束を交わした。
「去年は越えられないと思うけど、はい、誕プレ。」
夕飯は松島の観光物産館で買った新鮮なお刺身やあら汁を家で作った。ご飯を食べ始めるタイミングで、俺は前から買っていた誕プレを梓に渡す。
「えっ、可愛い!」
それは今後寒くなる季節に合わせたブランケットと、ランコムの美容液。
「東北だからこれから今まで以上に寒くなると思って、ちょっといいやつ買ってきた。」
「薫ありがと。今年もこんなに祝ってもらえるなんて思ってなかったから、もしかしたら去年以上にびっくりしてるかも。」
それから梓はブランケットに顔を埋め、ふかふかだと感想を述べた。
お風呂からあがり、もうそろそろ寝ようと思っていると、先にお風呂から上がっていた梓がパジャマ姿で俺のスウェットの袖をちょこんと掴む。
「どうしたの梓。」
その行動が可愛らしくて、梓に尋ねると顔を真っ赤にしながら
「あのね、お医者さんから安定期であれば無理しない程度にセックスしてもいいって言われたの。」
なんて、何ヶ月かぶりのお誘いを頂いた。
「梓、俺に気を使ってる?俺別に大丈夫だよ?」
「違う…私がシたいの……。引かないでよ?赤ちゃんいるのにまだ性欲あるのかって。」
最近はずっと母の顔を見せていたくせに、今目の前にいるのは完全に女の顔をした梓だった。俺はちょっと待ってねと震える指先でスマホを確認する。産婦人科の先生が言う通り、安定期に入ればセックスしてもいいと書いてある。
「梓、じゃあ抱くよ?」
最近は梓のお腹のことを気遣って、俺は隣で布団を敷いて寝ていたが、久しぶりに梓の眠るクイーンサイズのベッドの上に腰かける。それから梓の柔らかな唇に自分の唇を重ねた。
「なんか、お互いの初めてのときを思い出すね。」
俺は、梓の体調を気にしながらなのでコンドームをつけたモノを丁寧に梓のナカに入れ、ゆっくりと腰を振る。梓はそんな俺を見ながら初めての時のようだと感想を言った。
「アズ、俺初めての時以上に梓のこと大切に抱いてるんですけど。」
それから梓の胸を優しくチロチロと舐めると、梓はもどかしそうに「んっ…。」と声をあげた。
梓は喘ぎ声をあげるでもなく、ふぅふぅと久しぶりの快楽を楽しむように呼吸をする。俺も久しぶりの梓のナカを堪能しながらも、お腹の子を慈しむように優しく動いた。
「なんっ、か、薫凄く丁寧…っふぅ。」
ただ、梓からそんなことを言われたので、キスだけは思いっきり激しくする。身体に負担がかけられない分、溜まった性欲をキスにぶつけた。
「んっ、かおるっ、急に激し…っ、」
「だって丁寧なんて文句言われちゃあね。」
「違うもん文句じゃないも…あんっ、薫とのセックスはどんな時でも気持ちいいって感想だもんっ、」
どんな時でも気持ちがいいなんて言われて喜ばない男なんて居ない。梓がまだなにか続けようとしているのにもかかわらず、俺はキスでその言葉を塞いだ。その日は結局1時間ほどゆっくり愛を確かめ合いながら、俺はゴム越しに果てた。
「薫、今日は布団じゃなくてここで寝て?」
終わった後、そんな可愛いおねだりをされたものだから、俺は結局梓の横で梓のお腹をさすりながら眠りについた。
12月に入ると、梓は臨月を迎えた。すっかり大きくなったお腹に手を当てると、時たま動きがわかるようになってきた。
「出産予定日は1月の半ばでしょ?それまで欲しいものあれば随時言って。俺揃えてくるから!」
もう少しで俺たちの子どもに会えるとはやる気持ちを抑えながら梓に尋ねると、薫ったら興奮しすぎと笑われた。
「なんか私より薫の方が妊婦さんみたい。私より愛咲日のこと理解してるじゃん。」
「いや、梓には負けるよ。俺は梓越しにしか愛咲日のこと感じられないんだもん。…悔しい。」
それから顔を顰めると、梓はクスクスと笑う。
「あっ、ねえ今愛咲日動いた!!!パパがママに嫉妬してるの見て、やめて私のために争わないで!とか言ってるんじゃない?」
名前は、1月生まれということもあり、男も女もどっちでもいいようにアサヒという響きにした。この間産婦人科で女の子だと言われたため、愛が咲く日で愛咲日。響きも漢字も愛らしいものにした。
臨月ともなると梓の移動は苦しいようで、移動の度にふうふうと息をしながら動く。本来なら俺はこの時から育休を取りサポートしたいのだが、国の制度上、出産以降からしか取れない。だからこそ、事前に色んなことを調べ、産婦人科にも積極的に訪れて何をすべきかを聞き、休みの日には全力でサポートに励むのだ。
「薫~、ごめん足の爪切ってもらえる?」
「おっけー。お腹大きくなっちゃうと足元見えないもんね。」
「そうなの。もう自分の足絶対浮腫んでるんだけど、見れないからもどかしいわ。」
それから梓の小さな指の爪をパキパキと切っていく。好きな人の足に触れ、爪を切ることにまで嬉しさを感じてしまうのはきっと、片想いが長く拗らせている俺くらいだろう。
「ん?なんか薫笑ってない?もしかして私の足太ってる?」
「あははっ!子ども産まれたら沢山足揉んであげる。」
「やだぁ。薫のその言い方なんかエッチ。」
俺たちの子どもをお腹に抱えた梓とこんなに笑い合える日常が来ることを、馬鹿な過去の俺に伝えたい。
大丈夫、変な道に行くけど梓を諦めなかったら今、こんなに幸せな時間が訪れるよって。
1月中旬。梓が出産のため、入院した。それに合わせて俺も育休前に溜まった有休を10日ほど使わせてもらい、梓の側に付き添った。
そして今日、ついに梓が分娩室の方へと連れて行かれる。
「なぁに、不安だと思うけどあの梓だぞ?きっとすぐに子どもを産んでケロッとした顔でニコニコ笑ってるだろ。」
梓が入院したと同時に、梓の両親も仙台に来ていたため、その時俺を勇気づけてくれたのは誠司さんだった。
「ま、俺も不安な気持ちは分かる。でも大丈夫だから。」
しかし、励ましてくれる誠司さんの手も震えていた。子どもを産むってのは、俺や誠司さんのような男には耐えられない痛みを伴う。だからこそ、女の人は男の人よりもいざと言う時に頼りになるとも聞いた事がある。
梓が分娩室に連れていかれてから、およそ8時間が経過した。俺は不安から外のベンチにずっと座りながら、祈り続けた。
どうか、無事に子どもが産まれてきますように。梓も何事もなく子どもを産めますように。そればかりを頭で唱えていた。
そして、1月19日、夜中の3時15分。
「旦那さん!今産まれましたよ!!!3568グラムの元気な女の子です!!!」
助産師さんの声と共に俺は分娩室に駆け込む。するとそこには、力尽きながらも笑顔の梓と、真っ赤でしわくちゃな小さな存在。
キィキィと猿のような声を上げながら、精一杯泣く俺たちの子どもだ。
「梓、ありがとう、ありがとう。」
開口一番、頑張ったねとか産まれたね!なんて励ましの言葉ではなく、感謝の言葉がこぼれた。
「えへへ、薫、私頑張ったよ。」
梓は笑いながら手でブイサインを作る。その手を握りながら、俺は静かに涙を零した。
それから梓は7日間愛咲日と共に病院で過ごした。俺はその間、必要な書類を区役所まで取りに行き、愛咲日を家族の一員として迎え入れるための手続き等を行っていた。こういう事務手続きを行うのは、産んだばかりで疲れている梓の負担をできるだけ減らすため自分なりにできることを考えた結果だった。
そして
「愛咲日ちゃん!じーじだよ!!」
仙台の俺たちが住むマンションにはたくさんのベビーグッズ。それらは全て誠司さんたちが持ってきたもの。
「もうお父さん。愛咲日怖がってるじゃん。」
梓は誠司さんの顔を見て泣き出す愛咲日をゆっくりとした動きであやした。今日はお七夜。退院祝いと今後の健康を祈って、梓の母親である昌子さんが作ってくれたお赤飯や鯛の塩焼きなどを皆でつつく。
「ねぇ梓。俺も愛咲日のこと抱っこしてもいい?」
実は、俺はまだ愛咲日を抱っこできていない。梓は愛咲日を抱っこしたくてたまらない俺の顔を見て、余裕ない人には抱かせませんなんて意地悪を言う。でもすぐに
「はい。まだ首が座ってないから、頭のところしっかり支えてね?」
と、俺に愛咲日を渡した。先程誠司さんの顔を見て泣いたからか、今はすっかりむにゃむにゃと顔を動かすだけの愛咲日。骨もまだしっかりしてないからか、俺が慎重に抱っこしないとふにゃふにゃと溶けてしまいそうだ。
「凄い。俺たちの子だ。目元とか梓に似てる気がする。」
「ふふ、その状態じゃまだわかんないでしょ。でも絶対薫に似て、モテモテな子になるわよ。」
それから、愛咲日を抱いたまま、ママにこれから頑張ろうねと声をかけると、「パパこそすぐ泣かないようにね。」なんて冗談を言われてしまった。
これから、俺たちはもっと家族らしくなれるよね。そんな意味を込めてむにゃむにゃと顔を動かす愛咲日の頬に2人してキスを落とした。
~fin~
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