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1.新生の魔術師たち
2-2.結実の魔法使い
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@mayayan
花屋さんの爆イケ店員のお兄さんに名前呼びしてもらった!
カッコよ!大人!優しっ!!召された!
@miki_milky
友人が召されてしまった…
責任取ってよ、花屋のお兄さん。
* * * * *
「母さん、納品書届いてっからー、机に置いとくよ」
朝、バケツの水換えから始まった作業に没頭して、既に11時。
「え?なに?サイトの予約チェック?やった、今日はナシ」
水を張ったボールにラナンキュラスの茎を浸け、優しく茎を水切りする。
手を水に入れてもつらくない時期になってきた。
ドアベルの音に、反射的に笑顔を張り付けて客を迎える。
「いらっしゃいませー」
辺りを見回しながら、「どうする?」「え、ヤバ」とひそひそ話し合う声が耳に入った。
(――昨日の子たちだ)
彼女たちの動向を伺いながら、できるだけ無関心を装う。
「あ、あの!」
しばらく二人でやり取りしていた後、口を開いたのはショートカットの活発そうな子の方。
黒髪ロングのストレートヘアの子が昨日”特定”した子だ。
「はい?」
話しかけられれば、店員として対応しないわけにはいかない。
話しやすい位置まで近づいて、少しかがんで視線を合わせる。
「えっと、ウチら…今、テスト週間なんです!」
「え?――あ、ああ、中間テストとかかな?大変だね」
(午前中に制服でうろついてる理由を言ってくれたってことかな?)
予想だにしない切り口からの話の始まりに、少し戸惑ったけど、なんとか趣旨は理解できたと思う。
「あ!ありがとうっ…!中間、がんばります!」
(頭の中ぐるぐるしてるのかな、顔真っ赤)
ちょっと可愛いなと思って、思わずクスッと笑ってしまう。
「それで?テストだから??」
ひゃっ!?みたいな小さな声がショートの子から漏れる。
「テストだから、あの、頑張れるように、お花を買いたくてっ!おススメありますか!?」
(お、冷やかしじゃなくて買ってくれるんだ)
「おススメ…そうだなぁ、じゃあちょっと何個か質問させてね」
「う、は、はい!…なに?」
「まず1個目、花瓶に飾る?それとも育ててみたい?」
多分、花屋だからお花を買わなくちゃって漠然と思っただけだろうけど、買うならちゃんと納得できる形で売ってあげたい。
「ウチ、育てたことないけど…簡単な、育てられるのがいい、です」
「お部屋とベランダだったらどっちにする?」
「お部屋!」
意外にも素早い答えが返ってきて、それも”育てたい”って言われると、花好きとしてはうれしい。
最初の印象のギャルっぽさは気にならなくなって、ちょっとずつ会話を楽しめてきている。
「じゃあさ、こういうのはどうかな?」
ツナ缶にペンキを塗ってリメイクした小さな鉢植え。
中には、ぽってりまん丸な葉をつけた植物が寄せ植えてある。
「あ!可愛い!!」
「いわゆる”お花”ではないけど、初心者向けなんだ」
「これ、なんていうんですか?サボテン??」
「これはね、多肉植物。トゲのないサボテンってイメージでいいよ。それの寄せ植えなんだ」
「ポコポコしてて面白い!」
「お世話も簡単でね、葉っぱの付け根がシワシワしてきたら、土に水をたっぷりあげるだけ。大体10日に1回くらいでいいよ。もし、葉っぱがポロポロとれるようなら、お日様の当たる場所に移動させてあげる。それだけなんだけど、どうかな?」
10日に一回、水、お日様…と、口の中で復唱している姿が一生懸命で、意外と素直な子なんだなと思う。
「あの、値段…」
ちょっと聞きにくそうにしているから、安心させてあげたくなった。
「このくらいのサイズなら800円~1500円くらいだよ、自分で選んで寄せ植え作ってみない?」
値段を聞いて、明らかにホッとした様子が手に取るようにわかる。
「ねえ、ミキはやる?」
「いいよ、やる。――アタシもいいですか?」
「もちろん、じゃあこっちに」
母がワークショップを開くときに使う、テーブルスペースに案内する。
「こっちがパキフィツム、アガベ、エケベリア…まあ、名前は覚えなくてもOK」
「すごっ!なんか同じ名前でも形が違ってたりするんだ」
「今出してあるのは、どれも一緒に植えて問題ないヤツだから、気軽にね」
「マヤちゃん、コレかわいい」
「小さいのが良いなぁ」
そこからは夢中で作業に没頭してくれて、出来上がったころには12時を超えていた。
「やばー!集中しすぎたー」
ショートの子…確かマヤちゃんと呼ばれていた子が慌てて立ち上がる。
「そっか、マヤちゃんママって時間に厳しいよねー」
「それ!早く帰んないと」
未成年は、それはそれなりに大変だよな。
密かに”がんばれ”と気持ちでエールを送る。
「ごめんね、時間気にしてあげればよかったね」
「ううん、大丈夫です!お会計お願いします」
「はい、じゃあ…マヤちゃんが1500円、ミキちゃんは1000円よろしく」
「あ!名前」
「嫌だったかな?呼び合ってたから覚えちゃったよ」
「全然!全然、嫌じゃないですっ」
馴れ馴れしいって一瞬ウザがられた?キモかった?!とヒヤッとしたが、そうではないらしくホッとした。
支払いを終えて、ビニール袋に入れた寄せ植えをそれぞれに渡す。
「二人ともセンスいいね、程よく詰まってていいバランス。これ育ったらもっと可愛くなるよ」
二人をイメージしたラッピングのリボンは無料サービス。
マヤちゃんはオレンジのリボン。
ミキちゃんにはペールグリーンのリボンをかけた。
「ありがとうございます」
ミキちゃんの方は少しクールなのか、あまり感情が表情に乗らない方みたいだ。
でも、冷たい感じはしない。
「頑張って育てます!わからないことが有ったら聞きにきてもいいですか?」
マヤちゃんは見た目どおり、ちょっとギャルっぽい元気な子で、狭山とちょっと被る。
「もちろん、相談にのるよ」
「やった!じゃあ、ありがとうございました」
手を振って元気に帰って行くマヤちゃんと、軽く会釈をして店を出たミキちゃん。
違うタイプだけどなぜかウマが合う、そんな関係が微笑ましい。
「頑張ったね、ヨシヨシ」
「やばー!潤ったーぁ」
そんな二人の声が風に乗って響いてくる。
(おーい、聞こえてますよー)
「さて、片付けてメシにしますか」
んーっ、と、大きく伸びを一つする。
昨日は驚きの連続で、朝もそれを引きずったまま。
ずっとふわふわとした夢の中にいるみたいだった。
こういう日常を送れたことで、やっと地面に足がついたような安心感を感じる。
(2人に感謝だなぁ)
さわやかな五月の風が、優しく吹き付けてくる。
それを拾い集めるように指でそれを絡め取る。
「…ピオニー」
今日の優しい気持ちを込めて風に言葉を混ぜてみた。
淡く、優しい薄ピンクの花びらが風に乗って集まるように、開いた手のひらに花の像が浮かぶ。
「うん、とても良い色――大輪だ」
茎から下は存在しない切り花の姿。
この魔法はイメージした状態の花が生まれるらしい。
(いや、キレイだしさ…花屋的にはありがたいんだけどさ)
少年の頃憧れた”魔法”はこんなのじゃなかった。
もっと爆発ドーンとか、雷バリバリ!!みたいなのがよかったなぁ…と、思ってしまうのは許してほしい。
エプロンのポケットにスマホの振動を感じた。
「はい?」
手に取って画面を確認する。
相手は、言わずもがなの狭山。
「今、終わったとこ。これからメシ食って昼寝。――もちろんOK、じゃあ夜にな」
スマホをしまって、芍薬の香りを楽しみながら居住スペースに移動する。
階段を昇って右手の自室。
ダークウッドを基調にした落ち着いた部屋。
透明でスレンダーなガラス瓶を持ち出して、向かいの手洗い場へ。
水を満たしたソレに花を挿す。
部屋に戻ると、それを窓辺のデスクの上に飾った。
一階から母の声がする。
「戻ったの?母さん店に出るからね。レンジにかぼちゃ入ってるから、食べ忘れないでね!」
「了解、すぐ行くー」
指先でかるく花びらをつついてから部屋を出た。
ほんのりと甘い花の香が後ろをついてきた。
ご飯を食べて軽く昼寝、それから母と二人で店の仕事。
今日はいつものルーティンをこなした。
店の戸締りを済ませ、片手に差し入れをぶら下げて昨日と同じように駅に向かう。
「酒…今日はいいか」
コンビニの前で一瞬立ち止まったが、そのまま通り過ぎる。
多分、酔ってなんかいられない。
見上げた空に浮かぶ月は限りなく円形をしていて、あと2日という文字が脳裏に否応なく浮かぶ。
線路裏の河の方から、名前も知らない鳥がカラスに似たような声でひとつ鳴いた。
――ご無事でなによりでした。
(え!?)
横を通り過ぎて行った男に囁かれた気がして、慌てて振り向く。
「いない?」
黒っぽい服の、自分と同じくらいの身長の…男?だったと思う。
すぐに振り向いたのに、その男の姿がない。
「え…?」
(店に入った?それか脇道に反れた?)
そんな間もないはずなんだけど…眉をしかめて首を傾げる。
居なくなったものは仕方ない、と、再び歩を進めた。
「ご無事って…昨日のことか?」
きちんと耳にしたはずなのに、その声が高かったのか低かったのか、イントネーションも全く思い出せない。
人間の脳は結構いい加減だっていう話を何かで見聞きしたことがある気がする。
まさに、それを痛感させられた。
昨日のことだとすれば、目撃者が居たってことになる。
狭山と俺の能力を知っている存在が増えたということか?
それとも今のが”夜烏の魔術師”なのか。
プラットホームにたどり着いて電車を待ちながらも、答えの出ない問いが頭をめぐる。
電車がホームに入る時のアナウンスと同時に、少し先の方で騒ぎが起きた。
ハッと我に返ってそちらを向く。
「女の子が落ちた!!」
という声が耳に入ったのと同時に、警笛とブレーキのけたたましい音がホームを支配した。
――ドガッ!
という重たい音が耳に届く。
目撃者たちの悲鳴が響き、何が起きたかが伝わってくる。
昨日はトラックから荷が落ちて
今日は女の子がホームから落ちた
「なんだっていうんだよ」
声が自然と漏れる。
と、同時に思い出せなくなっていたはずの、先ほどの男の声が脳裏に鮮明に蘇った。
――ご無事でなによりでした。
血の匂いがしたような気がして、背筋に悪寒が走る。
俺は無事だ、無事なんだけど…何かが起きている気がする。
電車はこのまま遅延するだろう。
手にしたスマホを操作して耳に当てる。
5コールくらいでつながった。
「ああ、狭山?なんか、人身事故っぽくて電車止まると思う」
狭山はこういう時、声色で察して「大丈夫?」って聞いてくる。
「うん、大丈夫。でさ、歩いていくから、ちょい時間かかる」
「無理しないでね」と心配してくれる声に心が救われる。
スマホを切ってポケットに入れてから、ホームから出ようと踵を返した。
その時、季節に似合わない突風が吹いて、何かが首元にかかる感覚を感じた。
「え?なに!?」
反射でそれを掴むと、ぎょっとした。
うちの店でよく触る感触――この、オレンジ色のリボンは……
(いや、落ち着けってそんな事)
でも、この幅、この艶…切り取ったときの長さも同じような?
ところどころ赤黒いシミがついてしまった、このリボンは――。
昼間に、寄せ植えのラッピングをしたあのリボンに似ていて
「マヤちゃん?な、わけないよな?」
手と同じくらいに声も震えている。
確かめずにはいられない……自然と、足は電車の先頭の方へと向かっていった。
花屋さんの爆イケ店員のお兄さんに名前呼びしてもらった!
カッコよ!大人!優しっ!!召された!
@miki_milky
友人が召されてしまった…
責任取ってよ、花屋のお兄さん。
* * * * *
「母さん、納品書届いてっからー、机に置いとくよ」
朝、バケツの水換えから始まった作業に没頭して、既に11時。
「え?なに?サイトの予約チェック?やった、今日はナシ」
水を張ったボールにラナンキュラスの茎を浸け、優しく茎を水切りする。
手を水に入れてもつらくない時期になってきた。
ドアベルの音に、反射的に笑顔を張り付けて客を迎える。
「いらっしゃいませー」
辺りを見回しながら、「どうする?」「え、ヤバ」とひそひそ話し合う声が耳に入った。
(――昨日の子たちだ)
彼女たちの動向を伺いながら、できるだけ無関心を装う。
「あ、あの!」
しばらく二人でやり取りしていた後、口を開いたのはショートカットの活発そうな子の方。
黒髪ロングのストレートヘアの子が昨日”特定”した子だ。
「はい?」
話しかけられれば、店員として対応しないわけにはいかない。
話しやすい位置まで近づいて、少しかがんで視線を合わせる。
「えっと、ウチら…今、テスト週間なんです!」
「え?――あ、ああ、中間テストとかかな?大変だね」
(午前中に制服でうろついてる理由を言ってくれたってことかな?)
予想だにしない切り口からの話の始まりに、少し戸惑ったけど、なんとか趣旨は理解できたと思う。
「あ!ありがとうっ…!中間、がんばります!」
(頭の中ぐるぐるしてるのかな、顔真っ赤)
ちょっと可愛いなと思って、思わずクスッと笑ってしまう。
「それで?テストだから??」
ひゃっ!?みたいな小さな声がショートの子から漏れる。
「テストだから、あの、頑張れるように、お花を買いたくてっ!おススメありますか!?」
(お、冷やかしじゃなくて買ってくれるんだ)
「おススメ…そうだなぁ、じゃあちょっと何個か質問させてね」
「う、は、はい!…なに?」
「まず1個目、花瓶に飾る?それとも育ててみたい?」
多分、花屋だからお花を買わなくちゃって漠然と思っただけだろうけど、買うならちゃんと納得できる形で売ってあげたい。
「ウチ、育てたことないけど…簡単な、育てられるのがいい、です」
「お部屋とベランダだったらどっちにする?」
「お部屋!」
意外にも素早い答えが返ってきて、それも”育てたい”って言われると、花好きとしてはうれしい。
最初の印象のギャルっぽさは気にならなくなって、ちょっとずつ会話を楽しめてきている。
「じゃあさ、こういうのはどうかな?」
ツナ缶にペンキを塗ってリメイクした小さな鉢植え。
中には、ぽってりまん丸な葉をつけた植物が寄せ植えてある。
「あ!可愛い!!」
「いわゆる”お花”ではないけど、初心者向けなんだ」
「これ、なんていうんですか?サボテン??」
「これはね、多肉植物。トゲのないサボテンってイメージでいいよ。それの寄せ植えなんだ」
「ポコポコしてて面白い!」
「お世話も簡単でね、葉っぱの付け根がシワシワしてきたら、土に水をたっぷりあげるだけ。大体10日に1回くらいでいいよ。もし、葉っぱがポロポロとれるようなら、お日様の当たる場所に移動させてあげる。それだけなんだけど、どうかな?」
10日に一回、水、お日様…と、口の中で復唱している姿が一生懸命で、意外と素直な子なんだなと思う。
「あの、値段…」
ちょっと聞きにくそうにしているから、安心させてあげたくなった。
「このくらいのサイズなら800円~1500円くらいだよ、自分で選んで寄せ植え作ってみない?」
値段を聞いて、明らかにホッとした様子が手に取るようにわかる。
「ねえ、ミキはやる?」
「いいよ、やる。――アタシもいいですか?」
「もちろん、じゃあこっちに」
母がワークショップを開くときに使う、テーブルスペースに案内する。
「こっちがパキフィツム、アガベ、エケベリア…まあ、名前は覚えなくてもOK」
「すごっ!なんか同じ名前でも形が違ってたりするんだ」
「今出してあるのは、どれも一緒に植えて問題ないヤツだから、気軽にね」
「マヤちゃん、コレかわいい」
「小さいのが良いなぁ」
そこからは夢中で作業に没頭してくれて、出来上がったころには12時を超えていた。
「やばー!集中しすぎたー」
ショートの子…確かマヤちゃんと呼ばれていた子が慌てて立ち上がる。
「そっか、マヤちゃんママって時間に厳しいよねー」
「それ!早く帰んないと」
未成年は、それはそれなりに大変だよな。
密かに”がんばれ”と気持ちでエールを送る。
「ごめんね、時間気にしてあげればよかったね」
「ううん、大丈夫です!お会計お願いします」
「はい、じゃあ…マヤちゃんが1500円、ミキちゃんは1000円よろしく」
「あ!名前」
「嫌だったかな?呼び合ってたから覚えちゃったよ」
「全然!全然、嫌じゃないですっ」
馴れ馴れしいって一瞬ウザがられた?キモかった?!とヒヤッとしたが、そうではないらしくホッとした。
支払いを終えて、ビニール袋に入れた寄せ植えをそれぞれに渡す。
「二人ともセンスいいね、程よく詰まってていいバランス。これ育ったらもっと可愛くなるよ」
二人をイメージしたラッピングのリボンは無料サービス。
マヤちゃんはオレンジのリボン。
ミキちゃんにはペールグリーンのリボンをかけた。
「ありがとうございます」
ミキちゃんの方は少しクールなのか、あまり感情が表情に乗らない方みたいだ。
でも、冷たい感じはしない。
「頑張って育てます!わからないことが有ったら聞きにきてもいいですか?」
マヤちゃんは見た目どおり、ちょっとギャルっぽい元気な子で、狭山とちょっと被る。
「もちろん、相談にのるよ」
「やった!じゃあ、ありがとうございました」
手を振って元気に帰って行くマヤちゃんと、軽く会釈をして店を出たミキちゃん。
違うタイプだけどなぜかウマが合う、そんな関係が微笑ましい。
「頑張ったね、ヨシヨシ」
「やばー!潤ったーぁ」
そんな二人の声が風に乗って響いてくる。
(おーい、聞こえてますよー)
「さて、片付けてメシにしますか」
んーっ、と、大きく伸びを一つする。
昨日は驚きの連続で、朝もそれを引きずったまま。
ずっとふわふわとした夢の中にいるみたいだった。
こういう日常を送れたことで、やっと地面に足がついたような安心感を感じる。
(2人に感謝だなぁ)
さわやかな五月の風が、優しく吹き付けてくる。
それを拾い集めるように指でそれを絡め取る。
「…ピオニー」
今日の優しい気持ちを込めて風に言葉を混ぜてみた。
淡く、優しい薄ピンクの花びらが風に乗って集まるように、開いた手のひらに花の像が浮かぶ。
「うん、とても良い色――大輪だ」
茎から下は存在しない切り花の姿。
この魔法はイメージした状態の花が生まれるらしい。
(いや、キレイだしさ…花屋的にはありがたいんだけどさ)
少年の頃憧れた”魔法”はこんなのじゃなかった。
もっと爆発ドーンとか、雷バリバリ!!みたいなのがよかったなぁ…と、思ってしまうのは許してほしい。
エプロンのポケットにスマホの振動を感じた。
「はい?」
手に取って画面を確認する。
相手は、言わずもがなの狭山。
「今、終わったとこ。これからメシ食って昼寝。――もちろんOK、じゃあ夜にな」
スマホをしまって、芍薬の香りを楽しみながら居住スペースに移動する。
階段を昇って右手の自室。
ダークウッドを基調にした落ち着いた部屋。
透明でスレンダーなガラス瓶を持ち出して、向かいの手洗い場へ。
水を満たしたソレに花を挿す。
部屋に戻ると、それを窓辺のデスクの上に飾った。
一階から母の声がする。
「戻ったの?母さん店に出るからね。レンジにかぼちゃ入ってるから、食べ忘れないでね!」
「了解、すぐ行くー」
指先でかるく花びらをつついてから部屋を出た。
ほんのりと甘い花の香が後ろをついてきた。
ご飯を食べて軽く昼寝、それから母と二人で店の仕事。
今日はいつものルーティンをこなした。
店の戸締りを済ませ、片手に差し入れをぶら下げて昨日と同じように駅に向かう。
「酒…今日はいいか」
コンビニの前で一瞬立ち止まったが、そのまま通り過ぎる。
多分、酔ってなんかいられない。
見上げた空に浮かぶ月は限りなく円形をしていて、あと2日という文字が脳裏に否応なく浮かぶ。
線路裏の河の方から、名前も知らない鳥がカラスに似たような声でひとつ鳴いた。
――ご無事でなによりでした。
(え!?)
横を通り過ぎて行った男に囁かれた気がして、慌てて振り向く。
「いない?」
黒っぽい服の、自分と同じくらいの身長の…男?だったと思う。
すぐに振り向いたのに、その男の姿がない。
「え…?」
(店に入った?それか脇道に反れた?)
そんな間もないはずなんだけど…眉をしかめて首を傾げる。
居なくなったものは仕方ない、と、再び歩を進めた。
「ご無事って…昨日のことか?」
きちんと耳にしたはずなのに、その声が高かったのか低かったのか、イントネーションも全く思い出せない。
人間の脳は結構いい加減だっていう話を何かで見聞きしたことがある気がする。
まさに、それを痛感させられた。
昨日のことだとすれば、目撃者が居たってことになる。
狭山と俺の能力を知っている存在が増えたということか?
それとも今のが”夜烏の魔術師”なのか。
プラットホームにたどり着いて電車を待ちながらも、答えの出ない問いが頭をめぐる。
電車がホームに入る時のアナウンスと同時に、少し先の方で騒ぎが起きた。
ハッと我に返ってそちらを向く。
「女の子が落ちた!!」
という声が耳に入ったのと同時に、警笛とブレーキのけたたましい音がホームを支配した。
――ドガッ!
という重たい音が耳に届く。
目撃者たちの悲鳴が響き、何が起きたかが伝わってくる。
昨日はトラックから荷が落ちて
今日は女の子がホームから落ちた
「なんだっていうんだよ」
声が自然と漏れる。
と、同時に思い出せなくなっていたはずの、先ほどの男の声が脳裏に鮮明に蘇った。
――ご無事でなによりでした。
血の匂いがしたような気がして、背筋に悪寒が走る。
俺は無事だ、無事なんだけど…何かが起きている気がする。
電車はこのまま遅延するだろう。
手にしたスマホを操作して耳に当てる。
5コールくらいでつながった。
「ああ、狭山?なんか、人身事故っぽくて電車止まると思う」
狭山はこういう時、声色で察して「大丈夫?」って聞いてくる。
「うん、大丈夫。でさ、歩いていくから、ちょい時間かかる」
「無理しないでね」と心配してくれる声に心が救われる。
スマホを切ってポケットに入れてから、ホームから出ようと踵を返した。
その時、季節に似合わない突風が吹いて、何かが首元にかかる感覚を感じた。
「え?なに!?」
反射でそれを掴むと、ぎょっとした。
うちの店でよく触る感触――この、オレンジ色のリボンは……
(いや、落ち着けってそんな事)
でも、この幅、この艶…切り取ったときの長さも同じような?
ところどころ赤黒いシミがついてしまった、このリボンは――。
昼間に、寄せ植えのラッピングをしたあのリボンに似ていて
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手と同じくらいに声も震えている。
確かめずにはいられない……自然と、足は電車の先頭の方へと向かっていった。
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