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3.四礎の魔術師たち
3-2.託宣の憑き物士
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深見 咲夜
31歳 神職
実家の神社で権禰宜をしている。
少しだけ左右非対称の瞳が神秘的、職務中の狩衣姿がムダに色気があると評判。
一時期は明るくしていた髪色を、黒に落ち着かせてから更に人気が上がった。
ミステリアスで掴めない性格をしているが、優し気な眼差しに沼にハマる女性が多数…かも?
* * * * *
「んっ…」
首の辺りに鈍痛を感じて、薄目を開ける。
文机に伏して寝てしまったらしく、体のいろいろな部分に痛みを感じ、顔をしかめる。
「夜烏?」
その気配を感じることができず、一瞬不安が胸に過ぎた。
夜風が、少し開けた窓から吹き込んで目にかかった長い前髪を揺らす。
空を見上げると、見事な満月。
――ああ、そうか…今日は夜宴だった。
満月の夜は夜烏の魔力が高まって、彼独自の領域を展開することができる。
彼はその領域を鳥籠と呼んでいる。
鳥籠を展開している間は、彼の姿は見えず、声も聞こえない。
ただ、僕はそのフィールドに踏み込むと、半分眠りに落ちるように心地よく微睡んでいく。
自分という存在が薄まって、そこに夜烏の意思が溶け込んでくる感覚。不快感は全くない。
二つの溶け合った全く別の存在として、自分はそこに在るのだ。
それでも、彼の気配が傍らにないというだけで、心のどこかに寂しさがわだかまる。
シンプルな、生成色のソファーに深く沈みこんで、月明りの眩しさを遮るために、手のひらを月に伸ばした。
(ああ…眠い)
このまま、この眠気に身を委ねてしまえたら――そう思うけれど
「私には役目が――約束したから…迎えに行かなくちゃ」
役目は3つ。
ひとつ、魔法使いを見つけたら、鳥籠の中に呼び込むこと
ひとつ、邪の女について彼らに注意喚起をすること
今は、この2つを果たすとき――
灰青のマオカラーのセットアップ、その胸元をきゅっと握って瞳を閉じる。
しばらくそうしておいて、決意と共に、ゆっくりと瞼を開いた。
それから、ゆるりと起き上がると、左耳に下げたタッセルピアスが揺れて首筋を撫でる。
初めて、今日、私は空間を”渡って”魔法使い2人に会いに行く。
ソファーから降りて、ああ…魔力があるなという方向へ歩を進める。
今から扉を開いて、彼らをここへと招き入れるのだ。
初めての事だけど、どうしたらいいかは何故か分かっている。
熱のような、うねりのような、これが魔力だとしか言いようのない力に引き寄せられて、それを発するガラスの壁に手を当てた。
――ちゃぷん。
水音のような、心地よい音と共に空間がぐにゃりと揺らいで、少しだけ感じる抵抗を我慢しながら魔力を流す。
水の膜の中に指がすっと浸かる感覚。そのまま進んでいくと、全身が生ぬるい風に包まれたようだ。
その向かい風の中を進むように足を動かす。
少し息苦しく感じて来たころ、魔力の源の存在が近づいてくるのが分かる。
あと少しで出口だと確信をしたころ――
(なんだ?黒い…蛇!?)
視界の端から何かが近づいてくるのを感じて目を凝らす。
薄暗闇に溶け込むように、素早い速さで音もなくスルスルと近寄ってくる”それ”の正体に気づいてゾッとした。
「髪…?!」
長い、長い黒髪の塊ががうねうねと不規則に形を変えながらこちらに迫っている。
その一端が、まるで触手のように伸びて足に絡みつかんとする。
「ちょっ…!気持ち悪っ…」
既の所で飛び上がって身をかわす。
第二波は首元を狙ってきたので、二歩ほど横にステップして避けた。
同時に襲ってきた三撃目は、側転の要領でその合間を縫って交わす。
依然、空間のねっとりとした空気のせいで、動きのキレが悪い。
(分が悪い…出口までは、あと5歩くらいか?)
苛立ちを露わに、小さく舌打ちをする。
髪の毛のお化けも、全身の毛を逆立てて怒りに任せて突貫してきた。
「何者かは分からないけど、ここでダンスを踊っている場合じゃないんでね!」
突進してくる化け物をジャンプで飛び越して、
そのままハンドスプリングの要領で、出口に足から飛び込んだ。
両手を挙げていたものだから、手首にゾロッという気持ちの悪い感覚が触れる。
そのまま、”渡り”終えて空間から飛び出ると
――ブチッ!という何かがちぎれるような感覚が腕に響いた。
「え?」と手首を目の前にやって、その正体を確認したのと、
「っっ痛ってぇぇぇぇええ!!」という声が響いてきたのが同時だった。
手首には先ほどの化け物の長い黒髪の束が巻き付いていて
「うわわ、気持ち悪いー」とそれを摘まんで、ポイっと除き去る。
「痛ってぇなぁ!!って、なに?!え?ぎゃっ!髪の毛?キモイっ!!」
足の下がやけに不安定だと思っていたら、地面が喋っている。
なんと、地面に倒れ込んだ人の上に乗ってしまったらしい。
「っあ、ゴメッ…ごめんなさーいっ」と、急いで退くと、
下敷きになった人は、「もー…なんだよ、サイアクじゃん」とか言いながら起き上がって、パタパタと土ぼこりを払った。
(あ、この魔力の感じは”火焔”だ)
「背中にもついているよ」いつの間に側に来たのか、それとも、もともとそこに立っていたのに気づけなかったのか、もう一人の人が、甲斐甲斐しく背中を叩いてやっている。
(こっちは、”凍結”?なるほど、二つの魔力がやけに近く感じると思ったら一緒にいたのか)
そんなやり取りを眺めながら、周囲の様子を伺う。
あの化け物は追っては来ていないらしい。
(ここは…学校?)
自分の通っている高校も、大体こんな感じだ。
目の前の大きな建物が体育館で、奥に校舎が見える。
ここは、裏庭といった感じか?人工池に満月が映り込んでいる。
「あの、怪我はありませんか?」と聞くと、「痛いけど大丈夫、鍛えてるから」と被害者が服を捲り上げると、なるほど見事な腹筋が露見する。
「安堵いたしました、では気を取り直して――」と、咳ばらいを一つ。
「先ほどは失礼いたしました。”火焔”の岩城さん、そして、”凍結”の館山さん――私は”夜烏”より遣わされた案内人です。どうか深見と呼んでくださいね」
「案内人、若っ!?俺らとそんなに変わんないんじゃない?いくつ??」
「17歳ですね、高校2年生」
「マジで?一コ下じゃん、よろしくなっ」
見た目はワイルド系のクセに、ずいぶん、”火焔”は打ち解けるのが早い性格のようだ。
いや、ただ、同年代の年下相手だから気安いだけかもしれない。
それに対し、”凍結”は我関せずといった感じだ。
こちらのやり取りを、ただ静かに佇んで聞いているように思える。
「ん?」と、こちらの視線に気づいた様子で、館山が口を開いた。
「ごめんな、薫は不安だと口数が増えるようなんだ。――そういえば、深見くん、下の名前は?」
「知っていると思うけど、俺は侑李って言うよ」って声を投げかけて来た。
口数は少ないけど、決して話下手だとか寡黙ってワケじゃないんだな――と、気づいた。
「あ、えっと…咲夜です」
「そっか、咲夜な?よろしく」
二人の反応が予想外過ぎて少し戸惑う。
もっと掴みかかるような勢いで質問攻めにあうかと思っていた。
「お二人とも、よろしくお願いします。それではこちらの扉から空間を渡って、魔法使いの安息の地に向かいましょう」
「魔法使いの?」
「安息の、地?」
先に岩城が疑問を声にして、その疑問を館山が受け継いだ。
「ええ、どこに人目があるか分からない…こういう場所で話をするより、ゆっくり座りながら落ち着いて話をしたいじゃないですか。それに、邪の女のこともあるし――」
「え?なに?」と聞き返す岩城を無視して
「ひとまず、向かいましょう。途中で髪の毛のお化けが出るかもしれませんが…何とかなりますよ」
「――は?お化け??ヤダヤダ、いかないっ!」
急に顔色を変えて、拒否権を発動する岩城。
フッと、その横で館山が笑った。
「薫、大丈夫だよ、俺が付いてるっ!」
館山は怯える岩城の後ろに回ってそのまま思いっきりその背中を押した。
だから、それに協力して岩城の手を引っ張って空間に引きずり込む。
「咲夜、ナイス連携」クールな表情でグッドサインを送ってくれる館山と
「はあ?お前ら、ふざけんな!!」とキレ気味の岩城。
先ほどのお化けが待ち構えているのでは?という心配は杞憂に終わって、無事、二人を鳥籠へと案内することができた。
「おおー。ここが魔法使いの集会所なんだ?」
「月夜のサンルームですかー、うん、とっても素敵だね」
そう言いながら館山は華麗にターンを二回転。
「は?お前、なにやってんの?」
「このツルツルの石の床を見てたら、なんだかやりたくなっちゃって」
「まあ、分からんこともないけどさ」
二人のやり取りを、今度はこちらが見守る番だ。
しばらくやり取りを眺めていると、「それで…」と、館山が切り出した。
「夜烏の魔法使いはどちらに?」
「ああ、それな!そっちが呼び出しておいて、姿が見えないんだけど?」
「それはですね、この空間そのものが”夜烏”なんですよ」
それから、二人に説明したのは――
夜烏が普通の魔法使いと違う事、私が憑き物士であること、
そして、邪の女という邪神の存在についても、分かっていることをすべて話した。
「話しが現実離れしすぎて――まだちゃんとは飲み込めていないんだけど、つまりは負の感情に流されず、魔法が使える者同士仲良く助け合いましょう、と、いう事でいいのかな?」
館山は、簡潔にざっくりとまとめた。
「ええ、そういうことです」と、頷きを返す。
「なあ、そういえばさ、俺は”火焔”、館山が”凍結”、咲夜に憑いているのが”夜烏”って、魔力には名前があるんだろ?――小春はさ、なんて魔力を持ってたのかって、分かるか?」
「河合さんは…厳密には魔力を持っていません」
「え?でも、呪い殺したって――世間では、そう言われてて」
狼狽えて、岩城はスツールに腰を掛けた態勢のまま、両手で顔を覆う。
「それが、私にも不思議なんです。私に言える真実は一つだけ…空間を渡って視ていた彼女には何の魔力も感じなかったということです」
「じゃあ、アイツは何を責められて、何を苦にして自殺なんか――」
手のひらにうずめた顔、そこから岩城は、籠った悲痛な声を絞り出す。
本当に、彼女に魔力があって、それが悪い風に作用して人が死んだんだとすれば…
それを悔やんで、彼女は自殺をしたという説明がつく。
それは彼女が”魔力を持っている”という事が大前提での話。
その前提条件が崩れてしまえば…冤罪に耐えかねて自殺したということになる。
「コハちゃんが何に悩んでいたのか、何故、人が変わったような性格の変化があったのか、誰の子を身ごもったのか――それは、もうコハちゃんにしか分からないんだね」
しんみりと館山が岩城に歩み寄って、優しく彼の肩にポンポンと手を当てた。
「人が変わったみたいに、性格に変化があったんですね?それは…もしかすると――」
「何か、わかるのか!?」
ガバッと顔から手のひらをはがして、岩城の視線がこちらを向いた。
「今日はダメなんです。満月の日は”夜烏”は姿を現せないから、私は”未来視”を見ることができない――この考えが正しいとわかったら、招待状の時と同じように手紙を送ります」
それから、二人を元の場所に送り返して、再び鳥籠まで”渡って”いると、またヤツが現れた。
「なんで一人の時だけ――」
相手の出方を伺うように目を凝らすと、今度は”ヤツ”は動かない。
(白い縄…否、腕だ!)
女性の白くて細い腕が、あの髪の毛の塊を抱きしめるように巻き付いている。
『行って!』
頭の中に響く声、夜烏との会話をするときのようなあの感覚で、女の子の声が響いてくる。
『この子は私が抑えているから、早く!食べられてしまう前に逃げて!』
少しだけ聞き覚えがあるような声に押されて走り出す。
そして、再び出口をくぐることができた。
(ああ、疲れた…今日はもう、なにも考えたくない)
ヨロヨロと生成色のソファーに倒れ込むと、そのまま瞼をぎゅっと閉じる。
次に目を覚ましたのは、自室の文机の横。
傍らに、夜烏の灰色の羽毛がフワフワと揺れていた。
31歳 神職
実家の神社で権禰宜をしている。
少しだけ左右非対称の瞳が神秘的、職務中の狩衣姿がムダに色気があると評判。
一時期は明るくしていた髪色を、黒に落ち着かせてから更に人気が上がった。
ミステリアスで掴めない性格をしているが、優し気な眼差しに沼にハマる女性が多数…かも?
* * * * *
「んっ…」
首の辺りに鈍痛を感じて、薄目を開ける。
文机に伏して寝てしまったらしく、体のいろいろな部分に痛みを感じ、顔をしかめる。
「夜烏?」
その気配を感じることができず、一瞬不安が胸に過ぎた。
夜風が、少し開けた窓から吹き込んで目にかかった長い前髪を揺らす。
空を見上げると、見事な満月。
――ああ、そうか…今日は夜宴だった。
満月の夜は夜烏の魔力が高まって、彼独自の領域を展開することができる。
彼はその領域を鳥籠と呼んでいる。
鳥籠を展開している間は、彼の姿は見えず、声も聞こえない。
ただ、僕はそのフィールドに踏み込むと、半分眠りに落ちるように心地よく微睡んでいく。
自分という存在が薄まって、そこに夜烏の意思が溶け込んでくる感覚。不快感は全くない。
二つの溶け合った全く別の存在として、自分はそこに在るのだ。
それでも、彼の気配が傍らにないというだけで、心のどこかに寂しさがわだかまる。
シンプルな、生成色のソファーに深く沈みこんで、月明りの眩しさを遮るために、手のひらを月に伸ばした。
(ああ…眠い)
このまま、この眠気に身を委ねてしまえたら――そう思うけれど
「私には役目が――約束したから…迎えに行かなくちゃ」
役目は3つ。
ひとつ、魔法使いを見つけたら、鳥籠の中に呼び込むこと
ひとつ、邪の女について彼らに注意喚起をすること
今は、この2つを果たすとき――
灰青のマオカラーのセットアップ、その胸元をきゅっと握って瞳を閉じる。
しばらくそうしておいて、決意と共に、ゆっくりと瞼を開いた。
それから、ゆるりと起き上がると、左耳に下げたタッセルピアスが揺れて首筋を撫でる。
初めて、今日、私は空間を”渡って”魔法使い2人に会いに行く。
ソファーから降りて、ああ…魔力があるなという方向へ歩を進める。
今から扉を開いて、彼らをここへと招き入れるのだ。
初めての事だけど、どうしたらいいかは何故か分かっている。
熱のような、うねりのような、これが魔力だとしか言いようのない力に引き寄せられて、それを発するガラスの壁に手を当てた。
――ちゃぷん。
水音のような、心地よい音と共に空間がぐにゃりと揺らいで、少しだけ感じる抵抗を我慢しながら魔力を流す。
水の膜の中に指がすっと浸かる感覚。そのまま進んでいくと、全身が生ぬるい風に包まれたようだ。
その向かい風の中を進むように足を動かす。
少し息苦しく感じて来たころ、魔力の源の存在が近づいてくるのが分かる。
あと少しで出口だと確信をしたころ――
(なんだ?黒い…蛇!?)
視界の端から何かが近づいてくるのを感じて目を凝らす。
薄暗闇に溶け込むように、素早い速さで音もなくスルスルと近寄ってくる”それ”の正体に気づいてゾッとした。
「髪…?!」
長い、長い黒髪の塊ががうねうねと不規則に形を変えながらこちらに迫っている。
その一端が、まるで触手のように伸びて足に絡みつかんとする。
「ちょっ…!気持ち悪っ…」
既の所で飛び上がって身をかわす。
第二波は首元を狙ってきたので、二歩ほど横にステップして避けた。
同時に襲ってきた三撃目は、側転の要領でその合間を縫って交わす。
依然、空間のねっとりとした空気のせいで、動きのキレが悪い。
(分が悪い…出口までは、あと5歩くらいか?)
苛立ちを露わに、小さく舌打ちをする。
髪の毛のお化けも、全身の毛を逆立てて怒りに任せて突貫してきた。
「何者かは分からないけど、ここでダンスを踊っている場合じゃないんでね!」
突進してくる化け物をジャンプで飛び越して、
そのままハンドスプリングの要領で、出口に足から飛び込んだ。
両手を挙げていたものだから、手首にゾロッという気持ちの悪い感覚が触れる。
そのまま、”渡り”終えて空間から飛び出ると
――ブチッ!という何かがちぎれるような感覚が腕に響いた。
「え?」と手首を目の前にやって、その正体を確認したのと、
「っっ痛ってぇぇぇぇええ!!」という声が響いてきたのが同時だった。
手首には先ほどの化け物の長い黒髪の束が巻き付いていて
「うわわ、気持ち悪いー」とそれを摘まんで、ポイっと除き去る。
「痛ってぇなぁ!!って、なに?!え?ぎゃっ!髪の毛?キモイっ!!」
足の下がやけに不安定だと思っていたら、地面が喋っている。
なんと、地面に倒れ込んだ人の上に乗ってしまったらしい。
「っあ、ゴメッ…ごめんなさーいっ」と、急いで退くと、
下敷きになった人は、「もー…なんだよ、サイアクじゃん」とか言いながら起き上がって、パタパタと土ぼこりを払った。
(あ、この魔力の感じは”火焔”だ)
「背中にもついているよ」いつの間に側に来たのか、それとも、もともとそこに立っていたのに気づけなかったのか、もう一人の人が、甲斐甲斐しく背中を叩いてやっている。
(こっちは、”凍結”?なるほど、二つの魔力がやけに近く感じると思ったら一緒にいたのか)
そんなやり取りを眺めながら、周囲の様子を伺う。
あの化け物は追っては来ていないらしい。
(ここは…学校?)
自分の通っている高校も、大体こんな感じだ。
目の前の大きな建物が体育館で、奥に校舎が見える。
ここは、裏庭といった感じか?人工池に満月が映り込んでいる。
「あの、怪我はありませんか?」と聞くと、「痛いけど大丈夫、鍛えてるから」と被害者が服を捲り上げると、なるほど見事な腹筋が露見する。
「安堵いたしました、では気を取り直して――」と、咳ばらいを一つ。
「先ほどは失礼いたしました。”火焔”の岩城さん、そして、”凍結”の館山さん――私は”夜烏”より遣わされた案内人です。どうか深見と呼んでくださいね」
「案内人、若っ!?俺らとそんなに変わんないんじゃない?いくつ??」
「17歳ですね、高校2年生」
「マジで?一コ下じゃん、よろしくなっ」
見た目はワイルド系のクセに、ずいぶん、”火焔”は打ち解けるのが早い性格のようだ。
いや、ただ、同年代の年下相手だから気安いだけかもしれない。
それに対し、”凍結”は我関せずといった感じだ。
こちらのやり取りを、ただ静かに佇んで聞いているように思える。
「ん?」と、こちらの視線に気づいた様子で、館山が口を開いた。
「ごめんな、薫は不安だと口数が増えるようなんだ。――そういえば、深見くん、下の名前は?」
「知っていると思うけど、俺は侑李って言うよ」って声を投げかけて来た。
口数は少ないけど、決して話下手だとか寡黙ってワケじゃないんだな――と、気づいた。
「あ、えっと…咲夜です」
「そっか、咲夜な?よろしく」
二人の反応が予想外過ぎて少し戸惑う。
もっと掴みかかるような勢いで質問攻めにあうかと思っていた。
「お二人とも、よろしくお願いします。それではこちらの扉から空間を渡って、魔法使いの安息の地に向かいましょう」
「魔法使いの?」
「安息の、地?」
先に岩城が疑問を声にして、その疑問を館山が受け継いだ。
「ええ、どこに人目があるか分からない…こういう場所で話をするより、ゆっくり座りながら落ち着いて話をしたいじゃないですか。それに、邪の女のこともあるし――」
「え?なに?」と聞き返す岩城を無視して
「ひとまず、向かいましょう。途中で髪の毛のお化けが出るかもしれませんが…何とかなりますよ」
「――は?お化け??ヤダヤダ、いかないっ!」
急に顔色を変えて、拒否権を発動する岩城。
フッと、その横で館山が笑った。
「薫、大丈夫だよ、俺が付いてるっ!」
館山は怯える岩城の後ろに回ってそのまま思いっきりその背中を押した。
だから、それに協力して岩城の手を引っ張って空間に引きずり込む。
「咲夜、ナイス連携」クールな表情でグッドサインを送ってくれる館山と
「はあ?お前ら、ふざけんな!!」とキレ気味の岩城。
先ほどのお化けが待ち構えているのでは?という心配は杞憂に終わって、無事、二人を鳥籠へと案内することができた。
「おおー。ここが魔法使いの集会所なんだ?」
「月夜のサンルームですかー、うん、とっても素敵だね」
そう言いながら館山は華麗にターンを二回転。
「は?お前、なにやってんの?」
「このツルツルの石の床を見てたら、なんだかやりたくなっちゃって」
「まあ、分からんこともないけどさ」
二人のやり取りを、今度はこちらが見守る番だ。
しばらくやり取りを眺めていると、「それで…」と、館山が切り出した。
「夜烏の魔法使いはどちらに?」
「ああ、それな!そっちが呼び出しておいて、姿が見えないんだけど?」
「それはですね、この空間そのものが”夜烏”なんですよ」
それから、二人に説明したのは――
夜烏が普通の魔法使いと違う事、私が憑き物士であること、
そして、邪の女という邪神の存在についても、分かっていることをすべて話した。
「話しが現実離れしすぎて――まだちゃんとは飲み込めていないんだけど、つまりは負の感情に流されず、魔法が使える者同士仲良く助け合いましょう、と、いう事でいいのかな?」
館山は、簡潔にざっくりとまとめた。
「ええ、そういうことです」と、頷きを返す。
「なあ、そういえばさ、俺は”火焔”、館山が”凍結”、咲夜に憑いているのが”夜烏”って、魔力には名前があるんだろ?――小春はさ、なんて魔力を持ってたのかって、分かるか?」
「河合さんは…厳密には魔力を持っていません」
「え?でも、呪い殺したって――世間では、そう言われてて」
狼狽えて、岩城はスツールに腰を掛けた態勢のまま、両手で顔を覆う。
「それが、私にも不思議なんです。私に言える真実は一つだけ…空間を渡って視ていた彼女には何の魔力も感じなかったということです」
「じゃあ、アイツは何を責められて、何を苦にして自殺なんか――」
手のひらにうずめた顔、そこから岩城は、籠った悲痛な声を絞り出す。
本当に、彼女に魔力があって、それが悪い風に作用して人が死んだんだとすれば…
それを悔やんで、彼女は自殺をしたという説明がつく。
それは彼女が”魔力を持っている”という事が大前提での話。
その前提条件が崩れてしまえば…冤罪に耐えかねて自殺したということになる。
「コハちゃんが何に悩んでいたのか、何故、人が変わったような性格の変化があったのか、誰の子を身ごもったのか――それは、もうコハちゃんにしか分からないんだね」
しんみりと館山が岩城に歩み寄って、優しく彼の肩にポンポンと手を当てた。
「人が変わったみたいに、性格に変化があったんですね?それは…もしかすると――」
「何か、わかるのか!?」
ガバッと顔から手のひらをはがして、岩城の視線がこちらを向いた。
「今日はダメなんです。満月の日は”夜烏”は姿を現せないから、私は”未来視”を見ることができない――この考えが正しいとわかったら、招待状の時と同じように手紙を送ります」
それから、二人を元の場所に送り返して、再び鳥籠まで”渡って”いると、またヤツが現れた。
「なんで一人の時だけ――」
相手の出方を伺うように目を凝らすと、今度は”ヤツ”は動かない。
(白い縄…否、腕だ!)
女性の白くて細い腕が、あの髪の毛の塊を抱きしめるように巻き付いている。
『行って!』
頭の中に響く声、夜烏との会話をするときのようなあの感覚で、女の子の声が響いてくる。
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少しだけ聞き覚えがあるような声に押されて走り出す。
そして、再び出口をくぐることができた。
(ああ、疲れた…今日はもう、なにも考えたくない)
ヨロヨロと生成色のソファーに倒れ込むと、そのまま瞼をぎゅっと閉じる。
次に目を覚ましたのは、自室の文机の横。
傍らに、夜烏の灰色の羽毛がフワフワと揺れていた。
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【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
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