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3.四礎の魔術師たち
5-1.役者、一堂に会しまして…
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「んふふふ……来たね?西扇のmathematician」
吾川さんは空間を”渡ってきた”片方に、爽やかさの奥にどす黒さを感じる笑顔を向けた。
「――なんですか、その恥ずかしい呼び方。そろそろ忘れなさいよ」
「あ、吾川いたの?やっほー」
バッサリと切り捨てるように、スルーするクールな人…こっちが”凍結”の館山さんだ。
まったくその空気を無視して、普通に挨拶する背の高い人が”火焔”の岩城さん。
”四礎”が登場した頃は、まだプライバシーなんて守られなくて、
顔まで出されて報道されたから、今、ネット検索しても二人の画像はいくらでも出てくる。
「なんか、ボク…みんな背が高くて辛くなってきたかも――それも、みんな顔面偏差値まで高すぎなんだよ、場違いすぎて消えちゃいたい」
「いやいや、大丈夫だから、狭山は可愛いから自信持て」
翼がフォローしてくれたけど、そんなの耳に入らない。
だって、さっきから岩城さんが、何故かボクをロックオンして近づいてきている気がするから。
ズンズン近づいてくる迫力に、ちょっと身じろいだ。
(こわっ!笑顔、こわいっ!!)
「こんばんは、新顔くん?俺は岩城 薫っていうよ、”火焔”の魔法使い、よろしくね?」
「あ、えっと、ハイ!”新生”の狭山 大樹っていいますっ。魔法は”破壊”です!よ、よろしくお願いしますです!!」
「くっ…くくっ…うん、仲良くしような、大樹!」
岩城さんは、ソファーに座るボクに目線を合わせるように膝をついて、口元を片手の甲で押さえて笑いをこらえながら、ヨシヨシとボクの頭を撫でてくる。
こそに翼が割って入って、会話に加わった。
「ちょっと、いきなりなんですか?距離近いですよ?」
「キミは?」
「俺は狭山と同じく”新生”の渡瀬 翼、魔法は”結実”です」
なんとなく空気ピリついてる――?
そこに、ツカツカと靴音を響かせて館山さんが近づいてくる。
「ごめんね、えっと…狭山くん?ウチの薫は可愛いものに目がなくてね。距離感近かったよねー、びっくりしたねー、連れてくから許してやってねー?」
そう言いながら速やかに薫さんを回収する手付きが手慣れている。
ズルズルと腰のあたりの服を引っ張って、大きな岩城さんを容赦なく連行していく身のこなしが華麗だ。
「ちょっと待てって!侑李、話はまだ終わってないって、おい?!」
その後ろを吾川さんが追いかける――この構図はなんだろう?
”魔術師の集会”とか”夜宴”とか言うから、全員が揃ったら怪しげな儀式でも始まるのかと思っていたけど……本当にただの交流会みたい。
”四礎”の二人を中心に、ワイワイとやっている姿を目で追っていると、
ソファーの横に、いつの間にか立っている灰青色のセットアップ姿を目の端で捉えてビクッとした。
「ふ、深見さん…いつのまに?」
「――吾川さんはね、とっても頭がいいんですよ」
「ほえ?あ、あー。だろうね、なんたって弁護士さんだもんねぇ」
「でもね、侑李さんも頭が良くてね。彼、小児科のお医者さんなんですよ」
医者に弁護士、モデル、パン屋に花屋に警察官、雑誌ライターと神主さんまで揃ってて…
(仕事してないのって、ボクだけじゃない?)
「え、凄いね…ますますボクなんかがここに居ていいのかって思っちゃう」
「そこは気にしなくていいんだけどね。で、吾川さんはね、高校生の頃、全国模試で地域負けなしだったんですけど、最終学年だけ数学で侑李さんに勝てなかったんです」
「あー、で、根に持っちゃった感じか。見た目に寄らず、吾川さんって案外勝気なんだな」
翼の横やりに、深見さんは少し困ったような…悲哀の漂うような笑みを浮かべると、しみじみと声を発した。
「ええ、根に持っちゃった――どころじゃないほどに、その出来事は彼の根幹を深くえぐりました。医者の道をあきらめるほどに、ね」
「え?そんなに?」
ビックリして大きめの声を発したボクに、「しぃっ…」と、人差し指を口元に当てて、少しボリュームを落とした声で彼はつづけた。
「”次世代”が抱える弱点の一つです。そして、”新生”の抱える弱点は――キミの心」
口元に当てていた人差し指が、ボクの心臓の方に向く。
「吾川さんの事は彗くんが守ります、だから心配しなくて大丈夫。翼くん、キミになら任せられるでしょうか?大樹くんを守れますか?」
「――言われなくてもそのつもりだし」
目線を外したまま…そう答えた翼に、ふわっと笑みを残し――深見さんは奥へと移動する。
「さて!そこそこ深い時間になって来ましたから――来音くん、未成年は帰るお時間ですよ」
「はへ??」
いきなり名指しされて、首を傾げたライトくんは状況を理解して頬を膨らませた。
「えー!?もう?オレだけ?ヤダー!仲間外れじゃんっ」
「大丈夫、一人で帰らせるつもりはありませんから…ね、悟?」
「はいぃ?!僕ですか?」
「そうですよ、ちゃんと責任もって送ってあげてくださいね。君の家に送りますから」
「え?自宅?ウソ待って…」
「はい!じゃあねー」
来た時は、空間を歩いて”渡って”きたのに、帰りは簡単なのか灰色の鳥の羽が二人の周りを吹雪のように舞ったかと思うと、その吹雪が去ったと同時に影もなくその存在は消えてしまった。
おそらく、悟さんの家に転移したのだろう。
「さあ…今日は、ひとつ挑戦しますよ」
深見さんは、指を組んで前に腕を伸ばし、首を左右に振ってコキッと音を鳴らしてほぐす。
「薫さん――15年目にして初めて真相を語ります。闇堕ちしないと信じていますよ」
「ああ、約束したもんな。15年…長かった」
「河合 小春についての知りえるすべてをお話ししましょう――その前に、大樹くん!」
「え?ぼ?ボク??」
「そう、念のため火気厳禁です、翼くんが出した花をお片付けをお願いできますか?」
「ハイッ!えーっと…”翼が魔法で出した、この鳥籠の床に散らばる花、消えろ!”」
踏み荒らされた花も、まだ手付かずのきれいな花も、ドライフラワーのように茶褐色に乾いていき、ポロポロと崩れたかと思うと、花びらひとつ残さず、きれいさっぱり霧散する。
「お片付け完了っ!」
ビシッと敬礼ポーズで完了を報告すると、「よくできました」と深見さんは近づいてきてヨシヨシしてくれながら、そっと顔を近づける。
(――もしも、薫さんが闇堕ちしたら、彼の今夜の記憶もお片付けお願いします)
「え?」と驚いて見返したボクの顔は、おそらく深見さんの体に隠れて他の人には見えなかっただろう。
僕は、本当に蚊の鳴くような小さい声で「分かった」と頷いた。
だって、深見さん…眉を寄せて、苦しそうな泣きそうな顔をしていたから。
「みなさん、いいですね?大樹くんなら、例え薫さんが暴走して炎をまき散らしても”お片付け”できますから、自分と大樹くんを守る準備だけお忘れなく」
ぐるり、深見さんが皆を見渡す。
皆の準備が整ったことを確認して、深見さんは岩城さんへ向かう。
「少し長くなりますから…――さて、どこから話しましょうか」
岩城さんは勧められたスツールに腰を下ろして、軽く足を組む。
どう話すべきかと、逡巡する深見さんより先に、岩城さんが口を開いた。
「小春は、本当に魔術師だったのか?」
「いいえ、彼女は魔法使いではありません。新生のお二人には先ほど軽くお話ししましたね――」
ふと目線を寄こして、「重複しますが、すみませんね」とこちらに理ってから、深見さんはまた岩城さんへと向き直る。
「彼女はね、深見 咲夜と同じく憑き物士だったんですよ」
「憑き物士…?」
「ええ、だから、いくら”夜烏”が魔力を感知しようとしてもできなかった――なぜなら、宿した憑き物…つまり魔力がほんの小さな赤子でしたから」
ひゅっと鋭く息を吸い込んで、岩城さんは目を見開いたまま、しばらく動きを止めていた。
深見さんは、その様子をただじっと見つめて待っている。
たっぷり数十秒、はぁ…という岩城さんの息遣いが聞こえて、やっとこちらも詰まっていた息を吐き出せた気分だった。
「じゃあ、小春の子――美姫って子が魔法使いなのか」
「アレを”小春さんの子”とは呼ばない方が良いでしょう……自身が受肉するためだけに、依り代の意識を乗っ取って、胎に巣食い、無理に産ませたのだから――」
「――そこ、詳しく…」
岩城さんは、噛みしめた奥歯の間から、無理に押し出すような声を絞り出し、睨みつけるように深見さんを直視する。
きっと怒った方が楽だ、怒鳴り散らしたいに決まってる。
でも、そうすると力に飲まれて暴走してしまう可能性が高いから必死で耐えているんだ。
「小春さんはおそらく、13~4の頃からアレに憑りつかれて、自分の”意識がある時”と”ない時”があることに気づいていたはずです。本来の体の持ち主がその主導権を奪われるまでには相当の時間を要したはずですから。心当たり、ありませんか?」
「――ある、『これからも、何があっても”私”のこと信じてくれる?』って、なんの脈絡もなく言われたことがあった…”信じる心”なんて花言葉を持つ花の前で――えっと、リュー…?」
「リューココリーネ、そろそろ覚えましょう?あの時の花束…あれは河合 小春さんへの花だったんですね」
意外なところから声が上がって、驚いたのはボクだけじゃなかった。
「お前――あの時の花屋のイケメン店員か!」
ガクっ!とひじ掛けから腕がずり落ちる翼。
「”四礎”にまで”花屋のイケメン”で通ってるんだね」って小さく耳打ちしたボクに、
「うっせぇ!お客さんで来てたの、まさか、あの人が”四礎”の岩城だったなんて思わないだろ」と小声で返ってくる。
イイ感じに少しだけ岩城さんの怒気がガス抜きされて、誰ともなくホッと一息ついた。
「だから、コハちゃんの性格が別人のように変わった、という事だね。まあ、実際別人が操っていた訳だけれど」
館山さんが話の筋を元に戻す。
「ええ――そして、アレは胎の中で成長すると共に力を付けていった。いろいろと力を試したでしょうね、例えば…自身の魔力で”何が奪える”のか、とか」
「奪う?」
吾川さんがポツリと零した疑問を、深見さんは拾いあげて応える。
「そう。アレの魔法は”収奪”つまり、奪い収める力なんです」
「例えば、口論になった相手…目の前の五月蠅い女の”命”とか?」
岩城さんの言葉に、深見さんは頷く。
「そうですね、それが成功してしまって――本当の小春さんは壊れてしまったのだと思います。」
”未来視”が情報源なので証拠を出せと言われてもありませんけどね、と右目に指先をツンと当てて深見さんはつづける。
「普段は完全に心の内側に籠って、主導権をアレに渡して…時折、薫さんの話を耳にして記憶が呼び起された時だけ、表層に戻ってくる――といった感じかと」
「それは俺が証言するよ、俺はコハちゃんの胎内にいるアレと対峙したことがある。その時に、コハちゃんの中に別の誰かが居るって気付いたんだ」
「それはいつの話だ?」
初耳だ、と岩城さんは館山さんへ視線を送る
「コハちゃんから何度か告白をされたんだけど、同時に気持ち悪い”何かに”触られるんだ…それが”収奪”の魔力だって知ったときはびっくりしたよ」
「いつ知った?」
「薫、落ち着いて聞いてね?――知ったのは初めて夜宴を開いた次の日、咲夜からの手紙でね」
「なぜ、薫さんに教えなかったのか、は……」
深見さんの声を遮って、岩城さんは力なく首を横に振ってぼそりと声を零した。
「分かってる、俺が闇堕ちするのを懸念してだろ?」
「ええ、何かを”打ち消す”もしくは”打破できる”力を持つ人が生まれるまで、闇堕ちの危険がある事柄を伝えるのは得策じゃないと思ってました。”未来視”で薫さんの破滅を何度も視ましたから」
「長かったな…”破壊”だっけ?大樹がその力を持って現れてくれなきゃ、まだ俺は真相にたどり着けないままだったんだな」
「そうですね、大樹くんが無事に”破壊”の魔力を手に入れてくれて、本当に良かった」
一気にみんなの目線がこちらに向いて、ボクは耐えられなくて翼の後ろに隠れてしまう。
「おーい、大樹、感謝してんだから自信もって、胸張れよ――ありがとう」
薫さんは自分の胸をトントンと片手で叩いて、励ましてくれたけど、ボクは小さくなったまま、ただ翼の影でコクコクと頷くだけしかできなかった。
「その後は、ご想像の通りというか…あまり面白い話でもないので搔い摘みます。その後、アレは受肉を果たして世に放たれた。もう、依り代は必要なくなったわけです。そして、アレの支配から抜けた小春さんは――」
「うん、それは言わなくても分かってるから」
岩城さんは手のひらを深見さんの顔の方へ突き出して、その言葉を遮った。
(ああ、学校の屋上から飛び降りて…)まだ小さかったボクも、そのニュースを聞いた記憶がぼんやり残っているほど、繰り返し、繰り返し報道された内容だ。
しんみりと静まり返ってしまった鳥籠
天上よりも随分と月は傾いて――そろそろお開きの時間が迫っていた。
吾川さんは空間を”渡ってきた”片方に、爽やかさの奥にどす黒さを感じる笑顔を向けた。
「――なんですか、その恥ずかしい呼び方。そろそろ忘れなさいよ」
「あ、吾川いたの?やっほー」
バッサリと切り捨てるように、スルーするクールな人…こっちが”凍結”の館山さんだ。
まったくその空気を無視して、普通に挨拶する背の高い人が”火焔”の岩城さん。
”四礎”が登場した頃は、まだプライバシーなんて守られなくて、
顔まで出されて報道されたから、今、ネット検索しても二人の画像はいくらでも出てくる。
「なんか、ボク…みんな背が高くて辛くなってきたかも――それも、みんな顔面偏差値まで高すぎなんだよ、場違いすぎて消えちゃいたい」
「いやいや、大丈夫だから、狭山は可愛いから自信持て」
翼がフォローしてくれたけど、そんなの耳に入らない。
だって、さっきから岩城さんが、何故かボクをロックオンして近づいてきている気がするから。
ズンズン近づいてくる迫力に、ちょっと身じろいだ。
(こわっ!笑顔、こわいっ!!)
「こんばんは、新顔くん?俺は岩城 薫っていうよ、”火焔”の魔法使い、よろしくね?」
「あ、えっと、ハイ!”新生”の狭山 大樹っていいますっ。魔法は”破壊”です!よ、よろしくお願いしますです!!」
「くっ…くくっ…うん、仲良くしような、大樹!」
岩城さんは、ソファーに座るボクに目線を合わせるように膝をついて、口元を片手の甲で押さえて笑いをこらえながら、ヨシヨシとボクの頭を撫でてくる。
こそに翼が割って入って、会話に加わった。
「ちょっと、いきなりなんですか?距離近いですよ?」
「キミは?」
「俺は狭山と同じく”新生”の渡瀬 翼、魔法は”結実”です」
なんとなく空気ピリついてる――?
そこに、ツカツカと靴音を響かせて館山さんが近づいてくる。
「ごめんね、えっと…狭山くん?ウチの薫は可愛いものに目がなくてね。距離感近かったよねー、びっくりしたねー、連れてくから許してやってねー?」
そう言いながら速やかに薫さんを回収する手付きが手慣れている。
ズルズルと腰のあたりの服を引っ張って、大きな岩城さんを容赦なく連行していく身のこなしが華麗だ。
「ちょっと待てって!侑李、話はまだ終わってないって、おい?!」
その後ろを吾川さんが追いかける――この構図はなんだろう?
”魔術師の集会”とか”夜宴”とか言うから、全員が揃ったら怪しげな儀式でも始まるのかと思っていたけど……本当にただの交流会みたい。
”四礎”の二人を中心に、ワイワイとやっている姿を目で追っていると、
ソファーの横に、いつの間にか立っている灰青色のセットアップ姿を目の端で捉えてビクッとした。
「ふ、深見さん…いつのまに?」
「――吾川さんはね、とっても頭がいいんですよ」
「ほえ?あ、あー。だろうね、なんたって弁護士さんだもんねぇ」
「でもね、侑李さんも頭が良くてね。彼、小児科のお医者さんなんですよ」
医者に弁護士、モデル、パン屋に花屋に警察官、雑誌ライターと神主さんまで揃ってて…
(仕事してないのって、ボクだけじゃない?)
「え、凄いね…ますますボクなんかがここに居ていいのかって思っちゃう」
「そこは気にしなくていいんだけどね。で、吾川さんはね、高校生の頃、全国模試で地域負けなしだったんですけど、最終学年だけ数学で侑李さんに勝てなかったんです」
「あー、で、根に持っちゃった感じか。見た目に寄らず、吾川さんって案外勝気なんだな」
翼の横やりに、深見さんは少し困ったような…悲哀の漂うような笑みを浮かべると、しみじみと声を発した。
「ええ、根に持っちゃった――どころじゃないほどに、その出来事は彼の根幹を深くえぐりました。医者の道をあきらめるほどに、ね」
「え?そんなに?」
ビックリして大きめの声を発したボクに、「しぃっ…」と、人差し指を口元に当てて、少しボリュームを落とした声で彼はつづけた。
「”次世代”が抱える弱点の一つです。そして、”新生”の抱える弱点は――キミの心」
口元に当てていた人差し指が、ボクの心臓の方に向く。
「吾川さんの事は彗くんが守ります、だから心配しなくて大丈夫。翼くん、キミになら任せられるでしょうか?大樹くんを守れますか?」
「――言われなくてもそのつもりだし」
目線を外したまま…そう答えた翼に、ふわっと笑みを残し――深見さんは奥へと移動する。
「さて!そこそこ深い時間になって来ましたから――来音くん、未成年は帰るお時間ですよ」
「はへ??」
いきなり名指しされて、首を傾げたライトくんは状況を理解して頬を膨らませた。
「えー!?もう?オレだけ?ヤダー!仲間外れじゃんっ」
「大丈夫、一人で帰らせるつもりはありませんから…ね、悟?」
「はいぃ?!僕ですか?」
「そうですよ、ちゃんと責任もって送ってあげてくださいね。君の家に送りますから」
「え?自宅?ウソ待って…」
「はい!じゃあねー」
来た時は、空間を歩いて”渡って”きたのに、帰りは簡単なのか灰色の鳥の羽が二人の周りを吹雪のように舞ったかと思うと、その吹雪が去ったと同時に影もなくその存在は消えてしまった。
おそらく、悟さんの家に転移したのだろう。
「さあ…今日は、ひとつ挑戦しますよ」
深見さんは、指を組んで前に腕を伸ばし、首を左右に振ってコキッと音を鳴らしてほぐす。
「薫さん――15年目にして初めて真相を語ります。闇堕ちしないと信じていますよ」
「ああ、約束したもんな。15年…長かった」
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「え?ぼ?ボク??」
「そう、念のため火気厳禁です、翼くんが出した花をお片付けをお願いできますか?」
「ハイッ!えーっと…”翼が魔法で出した、この鳥籠の床に散らばる花、消えろ!”」
踏み荒らされた花も、まだ手付かずのきれいな花も、ドライフラワーのように茶褐色に乾いていき、ポロポロと崩れたかと思うと、花びらひとつ残さず、きれいさっぱり霧散する。
「お片付け完了っ!」
ビシッと敬礼ポーズで完了を報告すると、「よくできました」と深見さんは近づいてきてヨシヨシしてくれながら、そっと顔を近づける。
(――もしも、薫さんが闇堕ちしたら、彼の今夜の記憶もお片付けお願いします)
「え?」と驚いて見返したボクの顔は、おそらく深見さんの体に隠れて他の人には見えなかっただろう。
僕は、本当に蚊の鳴くような小さい声で「分かった」と頷いた。
だって、深見さん…眉を寄せて、苦しそうな泣きそうな顔をしていたから。
「みなさん、いいですね?大樹くんなら、例え薫さんが暴走して炎をまき散らしても”お片付け”できますから、自分と大樹くんを守る準備だけお忘れなく」
ぐるり、深見さんが皆を見渡す。
皆の準備が整ったことを確認して、深見さんは岩城さんへ向かう。
「少し長くなりますから…――さて、どこから話しましょうか」
岩城さんは勧められたスツールに腰を下ろして、軽く足を組む。
どう話すべきかと、逡巡する深見さんより先に、岩城さんが口を開いた。
「小春は、本当に魔術師だったのか?」
「いいえ、彼女は魔法使いではありません。新生のお二人には先ほど軽くお話ししましたね――」
ふと目線を寄こして、「重複しますが、すみませんね」とこちらに理ってから、深見さんはまた岩城さんへと向き直る。
「彼女はね、深見 咲夜と同じく憑き物士だったんですよ」
「憑き物士…?」
「ええ、だから、いくら”夜烏”が魔力を感知しようとしてもできなかった――なぜなら、宿した憑き物…つまり魔力がほんの小さな赤子でしたから」
ひゅっと鋭く息を吸い込んで、岩城さんは目を見開いたまま、しばらく動きを止めていた。
深見さんは、その様子をただじっと見つめて待っている。
たっぷり数十秒、はぁ…という岩城さんの息遣いが聞こえて、やっとこちらも詰まっていた息を吐き出せた気分だった。
「じゃあ、小春の子――美姫って子が魔法使いなのか」
「アレを”小春さんの子”とは呼ばない方が良いでしょう……自身が受肉するためだけに、依り代の意識を乗っ取って、胎に巣食い、無理に産ませたのだから――」
「――そこ、詳しく…」
岩城さんは、噛みしめた奥歯の間から、無理に押し出すような声を絞り出し、睨みつけるように深見さんを直視する。
きっと怒った方が楽だ、怒鳴り散らしたいに決まってる。
でも、そうすると力に飲まれて暴走してしまう可能性が高いから必死で耐えているんだ。
「小春さんはおそらく、13~4の頃からアレに憑りつかれて、自分の”意識がある時”と”ない時”があることに気づいていたはずです。本来の体の持ち主がその主導権を奪われるまでには相当の時間を要したはずですから。心当たり、ありませんか?」
「――ある、『これからも、何があっても”私”のこと信じてくれる?』って、なんの脈絡もなく言われたことがあった…”信じる心”なんて花言葉を持つ花の前で――えっと、リュー…?」
「リューココリーネ、そろそろ覚えましょう?あの時の花束…あれは河合 小春さんへの花だったんですね」
意外なところから声が上がって、驚いたのはボクだけじゃなかった。
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ガクっ!とひじ掛けから腕がずり落ちる翼。
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「うっせぇ!お客さんで来てたの、まさか、あの人が”四礎”の岩城だったなんて思わないだろ」と小声で返ってくる。
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館山さんが話の筋を元に戻す。
「ええ――そして、アレは胎の中で成長すると共に力を付けていった。いろいろと力を試したでしょうね、例えば…自身の魔力で”何が奪える”のか、とか」
「奪う?」
吾川さんがポツリと零した疑問を、深見さんは拾いあげて応える。
「そう。アレの魔法は”収奪”つまり、奪い収める力なんです」
「例えば、口論になった相手…目の前の五月蠅い女の”命”とか?」
岩城さんの言葉に、深見さんは頷く。
「そうですね、それが成功してしまって――本当の小春さんは壊れてしまったのだと思います。」
”未来視”が情報源なので証拠を出せと言われてもありませんけどね、と右目に指先をツンと当てて深見さんはつづける。
「普段は完全に心の内側に籠って、主導権をアレに渡して…時折、薫さんの話を耳にして記憶が呼び起された時だけ、表層に戻ってくる――といった感じかと」
「それは俺が証言するよ、俺はコハちゃんの胎内にいるアレと対峙したことがある。その時に、コハちゃんの中に別の誰かが居るって気付いたんだ」
「それはいつの話だ?」
初耳だ、と岩城さんは館山さんへ視線を送る
「コハちゃんから何度か告白をされたんだけど、同時に気持ち悪い”何かに”触られるんだ…それが”収奪”の魔力だって知ったときはびっくりしたよ」
「いつ知った?」
「薫、落ち着いて聞いてね?――知ったのは初めて夜宴を開いた次の日、咲夜からの手紙でね」
「なぜ、薫さんに教えなかったのか、は……」
深見さんの声を遮って、岩城さんは力なく首を横に振ってぼそりと声を零した。
「分かってる、俺が闇堕ちするのを懸念してだろ?」
「ええ、何かを”打ち消す”もしくは”打破できる”力を持つ人が生まれるまで、闇堕ちの危険がある事柄を伝えるのは得策じゃないと思ってました。”未来視”で薫さんの破滅を何度も視ましたから」
「長かったな…”破壊”だっけ?大樹がその力を持って現れてくれなきゃ、まだ俺は真相にたどり着けないままだったんだな」
「そうですね、大樹くんが無事に”破壊”の魔力を手に入れてくれて、本当に良かった」
一気にみんなの目線がこちらに向いて、ボクは耐えられなくて翼の後ろに隠れてしまう。
「おーい、大樹、感謝してんだから自信もって、胸張れよ――ありがとう」
薫さんは自分の胸をトントンと片手で叩いて、励ましてくれたけど、ボクは小さくなったまま、ただ翼の影でコクコクと頷くだけしかできなかった。
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「うん、それは言わなくても分かってるから」
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※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
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