54 / 71
5.八雲の腕から
(1/9 story・深見 咲夜)モノクロの部屋に彩を
しおりを挟む
『神社の息子』
オレの人生は生まれた時点で既にこの神社を継ぐというレールの上にある。
朝から晩まで、何らかのご奉仕、
良いことも、悪いことも「神様のお導き」で片づけられて、
クリスマスなんてなくて、年末年始こそ忙しい
長期で出かけることも出来ず、家族旅行だってしたこともない
小さい頃は楽しい事もあった気がするけど、徐々にこのクソつまんない人生は彩を失っていった。
高校に入ってからは、親には”人生経験”と言ってバイトを始めた。
信者さんの紹介で、喫茶店のフロア担当をしてもう1年、最初こそ新しい経験にワクワクしたけど、仕事にも慣れてきて、やっぱり”彩ある人生”なんて自分にはないんだって思った。
「あー…暇だな」
『今日も、見慣れた客ばかりだな』
そう、この老舗の喫茶店に来る客は大半が常連ばかりで、しかも「いつもの」というメニューのオーダーしか来ない。
顔と、その人が頼むメニューを早々に一致させてしまってからは、機械的に伝票を記して、配膳をし、会計をするだけの簡単なお仕事なのだ。
「これで時給が良いんだから、辞めるのも勿体ないしねぇ」
『神社で前庭掃除が良いか、ここで勤めるのがマシか、まあ、贅沢な悩みだな』
「贅沢なんだろうな…傍から見ればさ」
客が一人立ち上がって、500円をカウンターに置いたまま去っていく。
(レジに金置けよ…)
この客はいつもこうやって支払っていく。
代金をレジに押し込んで、カウンターのカップ類を片づけ、テーブルを拭いていると、ドアベルの音が響いた。
(今度は誰だ…?)
常連客の誰かだろうという予測は大いに外れてしまう。
「いらっしゃいませ」
普段の客層とは全く異なる若い3人組の姿がそこにある。
その内の2人には見覚えがあった。
それは向こうも同じで、こちらに気づくと、人懐っこい薫の方が呼びかけてくる。
「え?咲夜じゃん、バイト?」
「そうです。薫さん、こんにちは」
侑李も、少し驚いた様子を見せだけど、そのままゆっくりと笑顔になっていく。
「奇遇だね、そこ座って良いかな?」
「もちろん!侑李さん、どうぞ」
奥のボックス席に3人を通す。
もう一人は、二人を交互に見ながら知り合い?って聞いている様子だった。
(魔法繋がりとは言いにくいだろうし、様子見て口裏合わせておこう)
しばらく様子を伺っていると、薫が手を挙げて呼んでくる。
「お決まりですか?」
「俺、生チョコケーキとココアで、こっち抹茶ケーキとアメリカンのセット、侑李は…」
「あ、俺は桃のレアチーズケーキと同じくアメリカンで」
「はーい、少々お待ち下さい」
そういって、メニューを片づけるときに、3人目の人がメニューをまとめて渡してくれた。
「あ、どうも」と受け取ったときに視線が合う。
(なんか…可愛い人だなぁ)
背格好は男なんだけど、片耳に掛けたサラサラストレートの黒髪とか、大きめのキラッとした瞳としっかりと高い鼻や上がり気味の口角のパーツの配置とか、何より仕草が可愛らしい。
ワイルド系で背の高い薫さんの横に居るから余計にそう見えるのかもしれない。
クール系美人の侑李さんとは違うタイプの美人さんだなぁと思った。
『アレには注意した方が良い』
「え?なに?どうしたの」
カウンター越しに受け取った、ケーキセットを手に向かうときに夜烏の声がする。
『おそらく、アレも…その内、魔力に目覚めよう』
「抹茶ケーキの人?」
『ああ、あれだけ魔法使いの側に居て平気でいるのなら、アレにも魔法に適性がある。更に見目が良い、可能性は大いにあるぞ』
「どういう事!?」って今すぐ尋ねたいのをグッと我慢して、配膳を済ませる。
奥に引っ込んでから、さっそくオレは夜烏に詰め寄った。
「で、どういうこと?」
『何がだ?』
「だから、魔法使いの側にいて平気なら魔法に適性がある…とか」
『人はそれぞれ、その人が放つ波長…というか気のようなものがある。近頃では”オーラ”と言ったりするか?』
「うん、なんとなく分かる、その人独自の雰囲気とか空気感みたいな事だね」
『そうだ。魔法使いはそう言った”オーラ”が強い傾向にある。それも魔力によって波長に偏りが現れるから、その”オーラ”を好む者と好まぬ者にはっきりと分かれる。そもそも、強い”オーラ”の側に居続けること自体、普通の人間には難しいかもしれぬ』
「なんか、ラーメンみたいだね。普通の人は毎食ラーメンだと飽きちゃうし、食べ続けられる人でも、しょうゆ・ミソはOKだけど豚骨・煮干しはNGですみたいな…」
『なんだか例えが独特だが…まあ、咲夜がそれでこの話が飲み込めるというなら良いとしよう』
夜烏は羽の先を額の辺りに当てて、はぁーっとため息を吐いた。
なんだか呆れられたようで、少しムッとして、この先の展開を当てに掛かる。
「で、あの人は”火焔”の薫さんと、”凍結”の侑李さんの側に平気で居れるから魔力に順応できる、つまり適性があるって事なんでしょ?」
『うむ、その通りだ』
羽を収めて、夜烏はクッと首をかしげる。
「でもさ、なんで見た目の良し悪しが魔力を得やすい条件になるのさ?」
『それは、古今東西、神は美形が好きだからだ』
「そんな理由!?」
『そんな理由だ』
「なんて理不尽な」
「ねぇ?…ねぇって、おい!咲夜?」
夜烏との会話を、ぶった切って聞こえて来たのは薫さんの声だ。
「あ!え、ごめんなさい、何??」
驚いて、思わず謝罪の言葉を継げると、心配そうに眉をひそめて薫は苦笑いを浮かべた。
「や、なんか盛大に独り言、、、大丈夫そ?」
「あ、うん…実は、独り言じゃなくてね、夜烏と喋ってたんだ…です」
少し声を落として、薫にだけ届く声でボソボソと喋ると、少しだけ近づいて薫さんもヒソヒソと言葉を返してくれる。
「マジ?夜烏どこいんの?っていうか、敬語別にいいよ。前も言おうと思ってたけど、同じ立場の仲間じゃん?一個しか違わないんだし」
「えっと、この辺に…鳥のサギってわかります?」
「あ、首と足が長くて、白い…田んぼとかに居る?」
「そう、それです!それをペンギンカラーに塗ったみたいなのがここに、このくらいの大きさで」
と、隣のスペースにその姿を小さめのジェスチャーで指し示す。
んー?と、目を細めて渋い顔をしている薫さんが、突如「おおっ!?」と小さく驚いた。
「あ、居るわ、見えちゃった」
「見えちゃった?」
「見えてるわー」
「いらっしゃい!こっちの世界へ」
クスクスと二人で笑い合う。
さっきの話、魔力に対する好き嫌いが分かれるというなら、薫さんの波長はオレたぶん好きだ。
(まあ、オレは魔法使いじゃないから関係ないんだろうけどね)
「あ、そうだった。あんまり忙しくないならちょっとこっち来れる?」
「あ、何かあった?」
「クレームじゃないから安心して、丁度良いからアイツ紹介しとこうと思って…」
薫さんはピッと首を動かして、目線で侑李さんの対面に居る人を指す。
「あ、そうそう、侑李とオレは名前呼び、呼び捨てでOKだけど、アイツだけは苗字で呼んでやって。なんか自分の名前、好きじゃないみたいだから」
「え?あ、うん…分かった」
ちらっと時計を見ると、もうすぐ16時。
「あとちょっとで上がりの時間だから、着替えてそっち行くよ」
「OK、待ってる」
それからの時間はソワソワと、交代で入るマスターの奥さんが来るのを待った。
交代を終えて、もどかしく着替えを済ませたオレは直ぐに3人の所に向かう。
「お待たせ!」って顔を覗かすと、侑李が隣を手のひらでポンポンと叩いて、座るよう促してくれる。
「咲夜、お疲れ」って優しく微笑まれて、なんだか今日一日が報われたような気がした。
「早速なんだけど、こっち深見 咲夜ね、前に言った神社の息子」
「深見です、あ、咲夜って呼んでくれたらいいんで」
「あ、どうも…吾川って言います、えっと、よろしく?」
吾川さんはぎこちない感じで挨拶して、張り付けたような笑顔を浮かべた。
「どうも…吾川さん、よろしく」
2人の間のぎこちなさを察して、薫が間を取り持ってくれた。
「吾川は、侑李と塾が一緒で、ひょんなことから俺も知り合いになって、今では受験の合間の休憩に喫茶店巡る仲間になったんだよな?」
言葉少なな吾川さんと侑李は「うん」とか「そうそう」と相槌を打つだけ。
「もー」って、弾まない会話に呆れたように肩を落として、薫は続ける。
「で、もしかすると吾川って魔法使えんじゃないかって思って、確認してもらおうって思ってさ」
「へー、魔法、え?――は?魔法??」
いきなり、飛び出すはずのないワードが出てきて、オレは身を乗り出す。
「そう、なんかさ、コイツすっごい人の考えが分かるっていうか、ウソ発見器みたいなの、マジで」
「え?どういうこと?」
どっちかと言うと、夜烏に向けての疑問の声だったのに、吾川さんがビクッと肩をすくめて応える。
「いや、俺は…ただ相手の表情や声色で、なんとなく何考えているか分かったり、ウソかどうかが見抜けるだけで、魔法なんてそんな非現実的な存在などでは…」
『人間の動物的な感や、洞察力の鋭さなどから、魔法じゃなくてもそういう事に敏感な人間はおろう、今のところ魔力は感じんぞ』
夜烏と吾川さんが同時に喋るものだから、返答が難しい。
「ひとまず、今のところは魔法使いじゃないよって、夜烏が言ってる」
「あ、そうなんだ…でも、今のところはって?」
侑李が言葉尻を捉えて尋ねてくる。
そういう目端の利くところが、流石だなと感心する。
「今のところって所、これって詳しく言っていいの?」
『ああ、問題ない』
オレは夜烏の許可が出たので、右目に映った景色をそのまま伝えることにした。
「ここから10年くらいかけて、吾川さんの体に魔力が蓄積されていくよ。それで手に入れるのは”真価”の魔法、こんなに早く魔法使いの卵が見つかるなんてね、運命みたい」
「ねえ、咲夜…くん、キミ、この子と会話できてるの?俺には全く聞こえないんだけど、これが”夜烏”っていう存在なの?」
「呼び捨てでいいよ、オレ、一個下だし。声が聞こえるのは”夜烏”に憑かれてる憑き物士って存在、つまりオレだけなんだって」
「へぇー」って感心している吾川さんの横で、薫が驚いたように目を見開いてこちらを見た。
「なんでナチュラルに”夜烏”の存在受け入れてんの?え?俺だってさっき初めて見えたばっかりなのに、吾川…見えてんの?」
「え、この子って見えちゃダメなタイプのヤツ?」
「俺、見えない…」
見えるのおかしい?ってオロオロする吾川さんと、一人、見えないって取り残されたことに拗ねてる様子の侑李。
「まず、見えるのは、吾川さんの魔法適性がすっごく高いんだと思う。それでいいね、夜烏?」
『概ねその通り…』
「夜烏もその通りって言ってる、で、侑李は薫に見方教えてもらってね」
わちゃわちゃし始めた空気、それがなんだか楽しかったのを覚えている。
それから10年、色んなことがあった。
”黎明”を壊滅させたみたいな失敗もあったし、
”次世代”で、無事に魔力を手に入れた吾川さん、それと彗…。
”夜烏”がやってきて、魔法と関わってから、ひとつ、ひとつ、増えて行くレギュラー。
オレの決められていて、退屈だった人生。
暗闇の中で手探りするようなワクワクする感情と、仲間が増えていく喜び。
魔法使いとの関係性で、少しずつ彩を取り戻す。
オレが決断し、オレが描く人生がそこにはあって…その彩でオレが出来ていく。
いつの間にか大事になっていく仲間を、オレもいつかオレの手で守れるようになりたいと願うようになった。
あれは…いつからだっただろうか?
オレの人生は生まれた時点で既にこの神社を継ぐというレールの上にある。
朝から晩まで、何らかのご奉仕、
良いことも、悪いことも「神様のお導き」で片づけられて、
クリスマスなんてなくて、年末年始こそ忙しい
長期で出かけることも出来ず、家族旅行だってしたこともない
小さい頃は楽しい事もあった気がするけど、徐々にこのクソつまんない人生は彩を失っていった。
高校に入ってからは、親には”人生経験”と言ってバイトを始めた。
信者さんの紹介で、喫茶店のフロア担当をしてもう1年、最初こそ新しい経験にワクワクしたけど、仕事にも慣れてきて、やっぱり”彩ある人生”なんて自分にはないんだって思った。
「あー…暇だな」
『今日も、見慣れた客ばかりだな』
そう、この老舗の喫茶店に来る客は大半が常連ばかりで、しかも「いつもの」というメニューのオーダーしか来ない。
顔と、その人が頼むメニューを早々に一致させてしまってからは、機械的に伝票を記して、配膳をし、会計をするだけの簡単なお仕事なのだ。
「これで時給が良いんだから、辞めるのも勿体ないしねぇ」
『神社で前庭掃除が良いか、ここで勤めるのがマシか、まあ、贅沢な悩みだな』
「贅沢なんだろうな…傍から見ればさ」
客が一人立ち上がって、500円をカウンターに置いたまま去っていく。
(レジに金置けよ…)
この客はいつもこうやって支払っていく。
代金をレジに押し込んで、カウンターのカップ類を片づけ、テーブルを拭いていると、ドアベルの音が響いた。
(今度は誰だ…?)
常連客の誰かだろうという予測は大いに外れてしまう。
「いらっしゃいませ」
普段の客層とは全く異なる若い3人組の姿がそこにある。
その内の2人には見覚えがあった。
それは向こうも同じで、こちらに気づくと、人懐っこい薫の方が呼びかけてくる。
「え?咲夜じゃん、バイト?」
「そうです。薫さん、こんにちは」
侑李も、少し驚いた様子を見せだけど、そのままゆっくりと笑顔になっていく。
「奇遇だね、そこ座って良いかな?」
「もちろん!侑李さん、どうぞ」
奥のボックス席に3人を通す。
もう一人は、二人を交互に見ながら知り合い?って聞いている様子だった。
(魔法繋がりとは言いにくいだろうし、様子見て口裏合わせておこう)
しばらく様子を伺っていると、薫が手を挙げて呼んでくる。
「お決まりですか?」
「俺、生チョコケーキとココアで、こっち抹茶ケーキとアメリカンのセット、侑李は…」
「あ、俺は桃のレアチーズケーキと同じくアメリカンで」
「はーい、少々お待ち下さい」
そういって、メニューを片づけるときに、3人目の人がメニューをまとめて渡してくれた。
「あ、どうも」と受け取ったときに視線が合う。
(なんか…可愛い人だなぁ)
背格好は男なんだけど、片耳に掛けたサラサラストレートの黒髪とか、大きめのキラッとした瞳としっかりと高い鼻や上がり気味の口角のパーツの配置とか、何より仕草が可愛らしい。
ワイルド系で背の高い薫さんの横に居るから余計にそう見えるのかもしれない。
クール系美人の侑李さんとは違うタイプの美人さんだなぁと思った。
『アレには注意した方が良い』
「え?なに?どうしたの」
カウンター越しに受け取った、ケーキセットを手に向かうときに夜烏の声がする。
『おそらく、アレも…その内、魔力に目覚めよう』
「抹茶ケーキの人?」
『ああ、あれだけ魔法使いの側に居て平気でいるのなら、アレにも魔法に適性がある。更に見目が良い、可能性は大いにあるぞ』
「どういう事!?」って今すぐ尋ねたいのをグッと我慢して、配膳を済ませる。
奥に引っ込んでから、さっそくオレは夜烏に詰め寄った。
「で、どういうこと?」
『何がだ?』
「だから、魔法使いの側にいて平気なら魔法に適性がある…とか」
『人はそれぞれ、その人が放つ波長…というか気のようなものがある。近頃では”オーラ”と言ったりするか?』
「うん、なんとなく分かる、その人独自の雰囲気とか空気感みたいな事だね」
『そうだ。魔法使いはそう言った”オーラ”が強い傾向にある。それも魔力によって波長に偏りが現れるから、その”オーラ”を好む者と好まぬ者にはっきりと分かれる。そもそも、強い”オーラ”の側に居続けること自体、普通の人間には難しいかもしれぬ』
「なんか、ラーメンみたいだね。普通の人は毎食ラーメンだと飽きちゃうし、食べ続けられる人でも、しょうゆ・ミソはOKだけど豚骨・煮干しはNGですみたいな…」
『なんだか例えが独特だが…まあ、咲夜がそれでこの話が飲み込めるというなら良いとしよう』
夜烏は羽の先を額の辺りに当てて、はぁーっとため息を吐いた。
なんだか呆れられたようで、少しムッとして、この先の展開を当てに掛かる。
「で、あの人は”火焔”の薫さんと、”凍結”の侑李さんの側に平気で居れるから魔力に順応できる、つまり適性があるって事なんでしょ?」
『うむ、その通りだ』
羽を収めて、夜烏はクッと首をかしげる。
「でもさ、なんで見た目の良し悪しが魔力を得やすい条件になるのさ?」
『それは、古今東西、神は美形が好きだからだ』
「そんな理由!?」
『そんな理由だ』
「なんて理不尽な」
「ねぇ?…ねぇって、おい!咲夜?」
夜烏との会話を、ぶった切って聞こえて来たのは薫さんの声だ。
「あ!え、ごめんなさい、何??」
驚いて、思わず謝罪の言葉を継げると、心配そうに眉をひそめて薫は苦笑いを浮かべた。
「や、なんか盛大に独り言、、、大丈夫そ?」
「あ、うん…実は、独り言じゃなくてね、夜烏と喋ってたんだ…です」
少し声を落として、薫にだけ届く声でボソボソと喋ると、少しだけ近づいて薫さんもヒソヒソと言葉を返してくれる。
「マジ?夜烏どこいんの?っていうか、敬語別にいいよ。前も言おうと思ってたけど、同じ立場の仲間じゃん?一個しか違わないんだし」
「えっと、この辺に…鳥のサギってわかります?」
「あ、首と足が長くて、白い…田んぼとかに居る?」
「そう、それです!それをペンギンカラーに塗ったみたいなのがここに、このくらいの大きさで」
と、隣のスペースにその姿を小さめのジェスチャーで指し示す。
んー?と、目を細めて渋い顔をしている薫さんが、突如「おおっ!?」と小さく驚いた。
「あ、居るわ、見えちゃった」
「見えちゃった?」
「見えてるわー」
「いらっしゃい!こっちの世界へ」
クスクスと二人で笑い合う。
さっきの話、魔力に対する好き嫌いが分かれるというなら、薫さんの波長はオレたぶん好きだ。
(まあ、オレは魔法使いじゃないから関係ないんだろうけどね)
「あ、そうだった。あんまり忙しくないならちょっとこっち来れる?」
「あ、何かあった?」
「クレームじゃないから安心して、丁度良いからアイツ紹介しとこうと思って…」
薫さんはピッと首を動かして、目線で侑李さんの対面に居る人を指す。
「あ、そうそう、侑李とオレは名前呼び、呼び捨てでOKだけど、アイツだけは苗字で呼んでやって。なんか自分の名前、好きじゃないみたいだから」
「え?あ、うん…分かった」
ちらっと時計を見ると、もうすぐ16時。
「あとちょっとで上がりの時間だから、着替えてそっち行くよ」
「OK、待ってる」
それからの時間はソワソワと、交代で入るマスターの奥さんが来るのを待った。
交代を終えて、もどかしく着替えを済ませたオレは直ぐに3人の所に向かう。
「お待たせ!」って顔を覗かすと、侑李が隣を手のひらでポンポンと叩いて、座るよう促してくれる。
「咲夜、お疲れ」って優しく微笑まれて、なんだか今日一日が報われたような気がした。
「早速なんだけど、こっち深見 咲夜ね、前に言った神社の息子」
「深見です、あ、咲夜って呼んでくれたらいいんで」
「あ、どうも…吾川って言います、えっと、よろしく?」
吾川さんはぎこちない感じで挨拶して、張り付けたような笑顔を浮かべた。
「どうも…吾川さん、よろしく」
2人の間のぎこちなさを察して、薫が間を取り持ってくれた。
「吾川は、侑李と塾が一緒で、ひょんなことから俺も知り合いになって、今では受験の合間の休憩に喫茶店巡る仲間になったんだよな?」
言葉少なな吾川さんと侑李は「うん」とか「そうそう」と相槌を打つだけ。
「もー」って、弾まない会話に呆れたように肩を落として、薫は続ける。
「で、もしかすると吾川って魔法使えんじゃないかって思って、確認してもらおうって思ってさ」
「へー、魔法、え?――は?魔法??」
いきなり、飛び出すはずのないワードが出てきて、オレは身を乗り出す。
「そう、なんかさ、コイツすっごい人の考えが分かるっていうか、ウソ発見器みたいなの、マジで」
「え?どういうこと?」
どっちかと言うと、夜烏に向けての疑問の声だったのに、吾川さんがビクッと肩をすくめて応える。
「いや、俺は…ただ相手の表情や声色で、なんとなく何考えているか分かったり、ウソかどうかが見抜けるだけで、魔法なんてそんな非現実的な存在などでは…」
『人間の動物的な感や、洞察力の鋭さなどから、魔法じゃなくてもそういう事に敏感な人間はおろう、今のところ魔力は感じんぞ』
夜烏と吾川さんが同時に喋るものだから、返答が難しい。
「ひとまず、今のところは魔法使いじゃないよって、夜烏が言ってる」
「あ、そうなんだ…でも、今のところはって?」
侑李が言葉尻を捉えて尋ねてくる。
そういう目端の利くところが、流石だなと感心する。
「今のところって所、これって詳しく言っていいの?」
『ああ、問題ない』
オレは夜烏の許可が出たので、右目に映った景色をそのまま伝えることにした。
「ここから10年くらいかけて、吾川さんの体に魔力が蓄積されていくよ。それで手に入れるのは”真価”の魔法、こんなに早く魔法使いの卵が見つかるなんてね、運命みたい」
「ねえ、咲夜…くん、キミ、この子と会話できてるの?俺には全く聞こえないんだけど、これが”夜烏”っていう存在なの?」
「呼び捨てでいいよ、オレ、一個下だし。声が聞こえるのは”夜烏”に憑かれてる憑き物士って存在、つまりオレだけなんだって」
「へぇー」って感心している吾川さんの横で、薫が驚いたように目を見開いてこちらを見た。
「なんでナチュラルに”夜烏”の存在受け入れてんの?え?俺だってさっき初めて見えたばっかりなのに、吾川…見えてんの?」
「え、この子って見えちゃダメなタイプのヤツ?」
「俺、見えない…」
見えるのおかしい?ってオロオロする吾川さんと、一人、見えないって取り残されたことに拗ねてる様子の侑李。
「まず、見えるのは、吾川さんの魔法適性がすっごく高いんだと思う。それでいいね、夜烏?」
『概ねその通り…』
「夜烏もその通りって言ってる、で、侑李は薫に見方教えてもらってね」
わちゃわちゃし始めた空気、それがなんだか楽しかったのを覚えている。
それから10年、色んなことがあった。
”黎明”を壊滅させたみたいな失敗もあったし、
”次世代”で、無事に魔力を手に入れた吾川さん、それと彗…。
”夜烏”がやってきて、魔法と関わってから、ひとつ、ひとつ、増えて行くレギュラー。
オレの決められていて、退屈だった人生。
暗闇の中で手探りするようなワクワクする感情と、仲間が増えていく喜び。
魔法使いとの関係性で、少しずつ彩を取り戻す。
オレが決断し、オレが描く人生がそこにはあって…その彩でオレが出来ていく。
いつの間にか大事になっていく仲間を、オレもいつかオレの手で守れるようになりたいと願うようになった。
あれは…いつからだっただろうか?
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
婚約破棄したら食べられました(物理)
かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。
婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。
そんな日々が日常と化していたある日
リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる
グロは無し
拾われ子のスイ
蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】
記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。
幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。
老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。
――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。
スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。
出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。
清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。
これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる