ここに魔法が生まれたら

羽野 奏

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5.八雲の腕から

(1/9 story・深見 咲夜)モノクロの部屋に彩を

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『神社の息子』
オレの人生は生まれた時点で既にこの神社を継ぐというレールの上にある。

朝から晩まで、何らかのご奉仕、
良いことも、悪いことも「神様のお導き」で片づけられて、
クリスマスなんてなくて、年末年始こそ忙しい
長期で出かけることも出来ず、家族旅行だってしたこともない

小さい頃は楽しい事もあった気がするけど、徐々にこのクソつまんない人生は彩を失っていった。
高校に入ってからは、親には”人生経験”と言ってバイトを始めた。
信者さんの紹介で、喫茶店のフロア担当をしてもう1年、最初こそ新しい経験にワクワクしたけど、仕事にも慣れてきて、やっぱり”彩ある人生”なんて自分にはないんだって思った。

「あー…暇だな」
『今日も、見慣れた客ばかりだな』

そう、この老舗の喫茶店に来る客は大半が常連ばかりで、しかも「いつもの」というメニューのオーダーしか来ない。
顔と、その人が頼むメニューを早々に一致させてしまってからは、機械的に伝票を記して、配膳をし、会計をするだけの簡単なお仕事なのだ。

「これで時給が良いんだから、辞めるのも勿体ないしねぇ」
『神社で前庭掃除が良いか、ここで勤めるのがマシか、まあ、贅沢な悩みだな』
「贅沢なんだろうな…傍から見ればさ」

客が一人立ち上がって、500円をカウンターに置いたまま去っていく。
(レジに金置けよ…)
この客はいつもこうやって支払っていく。
代金をレジに押し込んで、カウンターのカップ類を片づけ、テーブルを拭いていると、ドアベルの音が響いた。
(今度は誰だ…?)
常連客の誰かだろうという予測は大いに外れてしまう。

「いらっしゃいませ」

普段の客層とは全く異なる若い3人組の姿がそこにある。
その内の2人には見覚えがあった。
それは向こうも同じで、こちらに気づくと、人懐っこい薫の方が呼びかけてくる。

「え?咲夜じゃん、バイト?」
「そうです。薫さん、こんにちは」

侑李も、少し驚いた様子を見せだけど、そのままゆっくりと笑顔になっていく。

「奇遇だね、そこ座って良いかな?」
「もちろん!侑李さん、どうぞ」

奥のボックス席に3人を通す。
もう一人は、二人を交互に見ながら知り合い?って聞いている様子だった。
(魔法繋がりとは言いにくいだろうし、様子見て口裏合わせておこう)

しばらく様子を伺っていると、薫が手を挙げて呼んでくる。

「お決まりですか?」
「俺、生チョコケーキとココアで、こっち抹茶ケーキとアメリカンのセット、侑李は…」
「あ、俺は桃のレアチーズケーキと同じくアメリカンで」
「はーい、少々お待ち下さい」

そういって、メニューを片づけるときに、3人目の人がメニューをまとめて渡してくれた。
「あ、どうも」と受け取ったときに視線が合う。
(なんか…可愛い人だなぁ)
背格好は男なんだけど、片耳に掛けたサラサラストレートの黒髪とか、大きめのキラッとした瞳としっかりと高い鼻や上がり気味の口角のパーツの配置とか、何より仕草が可愛らしい。

ワイルド系で背の高い薫さんの横に居るから余計にそう見えるのかもしれない。
クール系美人の侑李さんとは違うタイプの美人さんだなぁと思った。

『アレには注意した方が良い』
「え?なに?どうしたの」

カウンター越しに受け取った、ケーキセットを手に向かうときに夜烏の声がする。

『おそらく、アレも…その内、魔力に目覚めよう』
「抹茶ケーキの人?」
『ああ、あれだけ魔法使いの側に居て平気でいるのなら、アレにも魔法に適性がある。更に見目が良い、可能性は大いにあるぞ』

「どういう事!?」って今すぐ尋ねたいのをグッと我慢して、配膳を済ませる。
奥に引っ込んでから、さっそくオレは夜烏に詰め寄った。

「で、どういうこと?」
『何がだ?』
「だから、魔法使いの側にいて平気なら魔法に適性がある…とか」
『人はそれぞれ、その人が放つ波長…というか気のようなものがある。近頃では”オーラ”と言ったりするか?』
「うん、なんとなく分かる、その人独自の雰囲気とか空気感みたいな事だね」
『そうだ。魔法使いはそう言った”オーラ”が強い傾向にある。それも魔力によって波長に偏りが現れるから、その”オーラ”を好む者と好まぬ者にはっきりと分かれる。そもそも、強い”オーラ”の側に居続けること自体、普通の人間には難しいかもしれぬ』
「なんか、ラーメンみたいだね。普通の人は毎食ラーメンだと飽きちゃうし、食べ続けられる人でも、しょうゆ・ミソはOKだけど豚骨・煮干しはNGですみたいな…」
『なんだか例えが独特だが…まあ、咲夜がそれでこの話が飲み込めるというなら良いとしよう』

夜烏は羽の先を額の辺りに当てて、はぁーっとため息を吐いた。
なんだか呆れられたようで、少しムッとして、この先の展開を当てに掛かる。

「で、あの人は”火焔”の薫さんと、”凍結”の侑李さんの側に平気で居れるから魔力に順応できる、つまり適性があるって事なんでしょ?」
『うむ、その通りだ』

羽を収めて、夜烏はクッと首をかしげる。

「でもさ、なんで見た目の良し悪しが魔力を得やすい条件になるのさ?」
『それは、古今東西、神は美形が好きだからだ』
「そんな理由!?」
『そんな理由だ』
「なんて理不尽な」
「ねぇ?…ねぇって、おい!咲夜?」

夜烏との会話を、ぶった切って聞こえて来たのは薫さんの声だ。

「あ!え、ごめんなさい、何??」

驚いて、思わず謝罪の言葉を継げると、心配そうに眉をひそめて薫は苦笑いを浮かべた。

「や、なんか盛大に独り言、、、大丈夫そ?」
「あ、うん…実は、独り言じゃなくてね、夜烏と喋ってたんだ…です」

少し声を落として、薫にだけ届く声でボソボソと喋ると、少しだけ近づいて薫さんもヒソヒソと言葉を返してくれる。

「マジ?夜烏どこいんの?っていうか、敬語別にいいよ。前も言おうと思ってたけど、同じ立場の仲間じゃん?一個しか違わないんだし」
「えっと、この辺に…鳥のサギってわかります?」
「あ、首と足が長くて、白い…田んぼとかに居る?」
「そう、それです!それをペンギンカラーに塗ったみたいなのがここに、このくらいの大きさで」

と、隣のスペースにその姿を小さめのジェスチャーで指し示す。
んー?と、目を細めて渋い顔をしている薫さんが、突如「おおっ!?」と小さく驚いた。

「あ、居るわ、見えちゃった」
「見えちゃった?」
「見えてるわー」
「いらっしゃい!こっちの世界へ」

クスクスと二人で笑い合う。
さっきの話、魔力に対する好き嫌いが分かれるというなら、薫さんの波長はオレたぶん好きだ。
(まあ、オレは魔法使いじゃないから関係ないんだろうけどね)

「あ、そうだった。あんまり忙しくないならちょっとこっち来れる?」
「あ、何かあった?」
「クレームじゃないから安心して、丁度良いからアイツ紹介しとこうと思って…」

薫さんはピッと首を動かして、目線で侑李さんの対面に居る人を指す。

「あ、そうそう、侑李とオレは名前呼び、呼び捨てでOKだけど、アイツだけは苗字で呼んでやって。なんか自分の名前、好きじゃないみたいだから」
「え?あ、うん…分かった」

ちらっと時計を見ると、もうすぐ16時。

「あとちょっとで上がりの時間だから、着替えてそっち行くよ」
「OK、待ってる」

それからの時間はソワソワと、交代で入るマスターの奥さんが来るのを待った。
交代を終えて、もどかしく着替えを済ませたオレは直ぐに3人の所に向かう。

「お待たせ!」って顔を覗かすと、侑李が隣を手のひらでポンポンと叩いて、座るよう促してくれる。
「咲夜、お疲れ」って優しく微笑まれて、なんだか今日一日が報われたような気がした。

「早速なんだけど、こっち深見 咲夜ね、前に言った神社の息子」
「深見です、あ、咲夜って呼んでくれたらいいんで」
「あ、どうも…吾川って言います、えっと、よろしく?」

吾川さんはぎこちない感じで挨拶して、張り付けたような笑顔を浮かべた。

「どうも…吾川さん、よろしく」

2人の間のぎこちなさを察して、薫が間を取り持ってくれた。

「吾川は、侑李と塾が一緒で、ひょんなことから俺も知り合いになって、今では受験の合間の休憩に喫茶店巡る仲間になったんだよな?」

言葉少なな吾川さんと侑李は「うん」とか「そうそう」と相槌を打つだけ。
「もー」って、弾まない会話に呆れたように肩を落として、薫は続ける。

「で、もしかすると吾川って魔法使えんじゃないかって思って、確認してもらおうって思ってさ」
「へー、魔法、え?――は?魔法??」

いきなり、飛び出すはずのないワードが出てきて、オレは身を乗り出す。

「そう、なんかさ、コイツすっごい人の考えが分かるっていうか、ウソ発見器みたいなの、マジで」
「え?どういうこと?」

どっちかと言うと、夜烏に向けての疑問の声だったのに、吾川さんがビクッと肩をすくめて応える。

「いや、俺は…ただ相手の表情や声色で、なんとなく何考えているか分かったり、ウソかどうかが見抜けるだけで、魔法なんてそんな非現実的な存在などでは…」
『人間の動物的な感や、洞察力の鋭さなどから、魔法じゃなくてもそういう事に敏感な人間はおろう、今のところ魔力は感じんぞ』

夜烏と吾川さんが同時に喋るものだから、返答が難しい。

「ひとまず、今のところは魔法使いじゃないよって、夜烏が言ってる」
「あ、そうなんだ…でも、今のところはって?」

侑李が言葉尻を捉えて尋ねてくる。
そういう目端の利くところが、流石だなと感心する。

「今のところって所、これって詳しく言っていいの?」
『ああ、問題ない』

オレは夜烏の許可が出たので、右目に映った景色をそのまま伝えることにした。

「ここから10年くらいかけて、吾川さんの体に魔力が蓄積されていくよ。それで手に入れるのは”真価”の魔法、こんなに早く魔法使いの卵が見つかるなんてね、運命みたい」
「ねえ、咲夜…くん、キミ、この子と会話できてるの?俺には全く聞こえないんだけど、これが”夜烏”っていう存在なの?」
「呼び捨てでいいよ、オレ、一個下だし。声が聞こえるのは”夜烏”に憑かれてる憑き物士って存在、つまりオレだけなんだって」

「へぇー」って感心している吾川さんの横で、薫が驚いたように目を見開いてこちらを見た。

「なんでナチュラルに”夜烏”の存在受け入れてんの?え?俺だってさっき初めて見えたばっかりなのに、吾川…見えてんの?」
「え、この子って見えちゃダメなタイプのヤツ?」
「俺、見えない…」

見えるのおかしい?ってオロオロする吾川さんと、一人、見えないって取り残されたことに拗ねてる様子の侑李。

「まず、見えるのは、吾川さんの魔法適性がすっごく高いんだと思う。それでいいね、夜烏?」
『概ねその通り…』
「夜烏もその通りって言ってる、で、侑李は薫に見方教えてもらってね」

わちゃわちゃし始めた空気、それがなんだか楽しかったのを覚えている。
それから10年、色んなことがあった。

”黎明”を壊滅させたみたいな失敗もあったし、
”次世代”で、無事に魔力を手に入れた吾川さん、それと彗…。

”夜烏”がやってきて、魔法と関わってから、ひとつ、ひとつ、増えて行くレギュラー。

オレの決められていて、退屈だった人生。

暗闇の中で手探りするようなワクワクする感情と、仲間が増えていく喜び。

魔法使いとの関係性で、少しずつ彩を取り戻す。
オレが決断し、オレが描く人生がそこにはあって…その彩でオレが出来ていく。

いつの間にか大事になっていく仲間を、オレもいつかオレの手で守れるようになりたいと願うようになった。

あれは…いつからだっただろうか?
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