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6.決戦の刻
9.灯された焔ー無何有ー
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しばらくの間、緑と銀の織り成す輝きをぼんやりと眺めて、誰もが成り行きを見守った。
「あー…もう、ムリ」
「これ、どうなったん?無理くり精製してみたけども」
輝きを失っていく光をかき消すように、漆黒の魔力が一層厚みを増していることに気づく。
肩を震わすほどの荒い息が、魔力の消耗を如実に表している。
「ダメかな――完璧には分離してないかも」
目を細めて見極めようとする吾川さんと、悟さんの間に割って入る様に飛び出した侑李さん。
くるりと向きを変え、両手を広げて、二人に向かって焦ったような声をあげる。
「吾川!疲れてるところ悪いけど、すぐに俺を視てくれ!!」
「はぁっ…はあぁ…っ、、、分かった――”鑑定・館山 侑李”」
ふわんと広がった魔力は、小春さんの魂を覆ったときと異なって、すぐに額へと収束していく。
悟も、文句を言いながらも、呪文を紡ぐ。
「キツイて~!もー!!――Refine・Ruby!!」
悟さんも、ぼやきながらも突き出した指先から銀の衝撃波を放って、正確に額を射止めた。
侑李さんは仁王立ちのまま、微動だにせずそれを受け止めて、ひと時閉じた瞳をしっかりと開く。
そして、そのまま手のひらを核に向けて、声を放った。
「永久凍土に眠れ、氷姫に捧げる花――氷華!」
暗く視認することは叶わない、その奥で――パキ、ピキキッ…と何かが凍る音が聞こえる。
「大樹!氷の層で境界を引いた!そこまでを破壊するんだ」
「え…あ、うん!分かった――」
唐突に声を掛けられて素っ頓狂な声をあげる。
けれど、怖れはなかった。
きっと成功するという根拠のない確信。
ボクはいとも簡単に、するりと邪の女の魔力に溶け込む。
じわじわと交わる魔力、浸透するほどに徐々に肌に感じる温度が低下していく。
(冷たい…!)
なるほど、ここからが氷の層…確かに、氷の花みたいな形に固まってる。
『この中に、小春さんの魂があるって事だよね。って事は分離は成功したのか…』
内包した氷華を内部で感じ取ったのと時を同じくして、自分の奥の方にヒリヒリ、ジワジワと何かが染み込んでくるような感覚がある。
――この嫌な感覚には覚えがあった。
『ヤバっ!これ、収奪の魔力…』
美姫ちゃんという器を失って、邪の女が器を求めてる?
(冗談じゃない!ボクの体はあげないんだから)
時間を置けば置くほど危険度が増すと本能で理解する。
ボクは急いで呪文を編み上げた。
『闇を切り裂く霹靂――夢散・Soul erase!』
――パァァアン!!
耳を劈く雷鳴一つ、氷華を覆っていた黒い魔力が霧となって散る。
『そのまま消滅しちゃえ!』
ボクの声に応えるように、あんなに染み付いていた小春さんの魂から、黒い霧は簡単に風に流されていく。
それを追いかけるように、ボクの魔術が後を追うをの見送って、聞きなれた声に導かれた。
「沙羅の木に告ぐ、”結実”の再来――生命の翠・花燭!」
どうして、いつも翼はタイミングよくボクを呼び戻せるのだろう?
でも、必ず呼び戻してくれるって分かっているから、ボクは恐れずに魔力に溶けて行けるんだ。
「おかえり、その顔は成功かな?」
「――あれ?」
「ん?」
「今回は名前呼んでくれないの?」
「え?あー、いいじゃん、べつに」
「いいけどねー。あ、邪の女を散らした手ごたえはあったけど…どうかな?」
吾川さんへ目を向けると、微妙な表情で首をかしげていた。
「んー、邪の女がどうなったか…は、、、ひとまず置いておいて、魂の救出は成功したみたいだよ」
満面の笑みで応えてくれた吾川さんに、ボクは得意げな表情でピースサインを作る。
その横から咲夜さんが顔を出して、ピースサインとともに声を掛けてくれた。
「お疲れさん、すごくきれいだよ――真っ白な優しい輝きだわ」
檻の中に咲いた氷華は柔らかな白色の明かりを灯して…
ひと時、目を細めて見つめていた咲夜さんは、両掌をパチンと合わせて宣言する。
「術式解除!」
短いその言葉に、結界を構成していたお札がハラハラと舞いながら地に落ちた。
そこに描かれていた文様はなく、ただの真っ新な短冊に戻っている。
最後に空から降ってきた一枚だけが、咲夜さんの手元に舞い戻った。
その一枚だけ、精緻な文様を施した呪符のオリジナルなんだろう。
ボクも、この静かな時間を邪魔しないように小さく呪文を放った。
「もう、何者にも誰にも傷つけさせないよ――氷華・粉砕」
パアァンと音をさせ、細かな欠片となって氷華は散って行く。
結界、そして氷から解放された魂は、ふよふよと漂うように、だけれどちゃんと薫さんを目指して進んでいく。
降り注ぐ氷の破片がゆらゆらと夜風に揺れて、まるで降り出した雪のようだ。
「おかえり、小春――15年ぶりだね」
大事に、壊れないように、ふんわりと小春さんを手のひらに包み込んで告げる。
薫さんの溢れ出す涙の雫がはらはらと彼女の真っ白な魂に落ちた。
「遅かったよな?ずっとお前の真実にたどり着くって約束を果たせないままで、毎年、同じ約束ばっかり…聞き飽きてたよな?やっと、たどり着けた」
今にも膝をついて崩れ落ちそうな薫さんを、そっと横から支えたのは侑李さん。
無言のまま、ただ、側らでその背に手を当てている。
――ありがとう。薫君、大好きだよ!
ボクだけじゃなかったと思う。
一瞬だけ、真っ白な魂が人型を模ったように見えた。
風に乗って届いた程度のささやかな言葉も、きっと本人の声。
そして、白み始めた空に、朝日が一筋道を敷く。
その純白のどこまでも果てしなく続くような道を、滑るように魂は終着点に向かって進んでいく。
どれだけ小春さんはこの日を焦れていただろう。
「眩しいな」って、その行く末を見守る様に、ずっと旅立ちを見つめていた薫さんが呟く。
「ああ、眩しいね」と、侑李さんがその傍らで静かに頷いた。
――ピィィッ!
そんな静寂を、可愛らしい雛鳥の鳴き声がかき消した。
「あ、こら…”夜烏”、空気読みなさいって」
肩に乗る小さな灰色の雛に、しーっ!と咲夜さんが慌てて人差し指を口に当てた。
『この空け!この姿のワタシを”夜烏”などと呼ぶ出ないわ!』
ほわほわの黒い毛玉のような姿、威嚇して開いた嘴の中は鮮やかな黄色だ。
可愛い姿に反して、声は渋いおっさんボイス。
そう、確かにボクの耳にはその声が届いた。
「かわいい…っ!」
彗さんは引き寄せられるようにフラフラと手を伸ばす。
その手を翼で、ペチ!と打ち据えて雛は言う。
『この神聖なる八咫烏であるワタシの身体を、易々と触ろうとするでない!不敬だぞっ!』
「えー、なんか偉そう…唐揚げにしちゃうぞっ!」
がうーっ!と襲い掛かるようなジェスチャーをして、来音が飛び掛かる。
ナチュラルに鳥と会話していることに、皆、違和感はないのかな?
――ぴぃぃっ!?
驚いたような鳴き声をあげて、雛は咲夜の服の中に逃げ込む。
「え?ちょっ、待てっ?!くすぐったい、くすぐったいからっ!」
しばらく、身をよじりながら、悶える咲夜さん。
ようやく、落ち着くポジションを見つけたのか、マオカラ―の首元の割れ目から、雛はひょこりと顔を出した。
「もー、来音ちゃんアカンよ?こんな小さな子をイジメたら」
そういって、指で雛の頭を撫でようとした悟さんの指先。
それを雛はカプッと啄む。
「いったぁっ!?噛まれたっっ!」
引っ込めた指を、もう一方の手できゅっと圧迫して、悟さんはぴょんぴょん跳ねる。
「ところで、その子はなに?”夜烏”なの?本人は”八咫烏”って言ってたけど」
吾川さんは、皆が思っていた疑問を言葉にしてくれた。
自然と咲夜さんに注目が集まって、困ったように彼は翼へと目線を送る。
それを受けて、翼が、「あ、そっか」と事情を話し始めた。
「あ、俺が”花籠”って魔術を使ったときの副産物だよ。ほら、”結実”って魔術を使った分だけ成果が出るだろ?それで獲得したんだ」
「浄化の魔術を使って、魔力を獲得したみたいに、回復の魔術を使ったら、その子が現れたってこと?」
察しの良い吾川さんが、んー?と顎に人差し指を当てて確認してくれる。
「そう!そのとおり。多分だけど、”花籠”は回復系の魔術だから、その辺を漂っていた夜烏を復活させたっぽいんだよね。最初は真っ白で、咲夜さんに渡すときは”夜烏”みたいな灰色だったんだけど…なんか、今は真っ黒になってる?」
身体の色が変わった理由は良くわかんないけれど、と、翼は頬を掻いて言う。
「悪い子じゃないんだよ!ご神木を守ってたら見たこともない蟲が湧いててさ、一回目は自分たちで片づけたんだけど、なんか爆発?があったじゃん。その後押し寄せてきた蟲を、この子が翼の服の間から飛び出して、ほとんど食べてくれたんだよ。」
ボクはその時の光景を思い出して、「あれは気持ち良かったよね、ペロッと食べてくれてさ」ってうっとりと声を漏らす。
「ふうん…。まあ、身体の色が変わった理由は分かる気がするよ。ねえ、咲夜?さっき核を染めていた邪の女の魔力なんだけど、そっちに向かって行ってたみたいだけど、平気?」
吾川さんの声を受けて、咲夜さんは「平気、平気!」と指でOKサインを作った後、雛を指す。
「コイツが全部吸い取ったから」
「やっぱり…それが体色が変わった理由かな」
吾川さんの視線にさらされて、雛はたまらず喋り出す。
『我は”八咫烏”よ、元は”夜烏”であったが、邪の女を取り込んで神格を上げた今、神の遣いとなったのよ』
得意げに胸を張って反り返って見せる。
尊大な口調とは反対に、その姿はムチプリっと愛らしい
『その証拠に、ホレ!見てみよ、この三本足を』
そういうと、まだ短い尾羽を持ち上げて見せる。
確かに、三本足だと確認できるけど、それより可愛いが勝ってしまう。
「それよりもさ…みんなナチュラルに鳥が喋ってるのを受け入れてるのはどうなの?」
そう言いながらも、横目で雛と触れ合う機会を伺っていそうな侑李さんの声。
「まあ、魔法もあることだし、今更、鳥が会話を始めても、なんかインパクト薄いよねー」
頬をポリポリと掻いて言い放った来音の言葉に、反論を返す者は誰も居なかった。
「ねえ、邪の女はヤタガラスが食べちゃったってことはさ…」
ボクは皆を見回しながら尋ねる。
「解決したって事で、いいのかな??」
皆がそれぞれ顔を見合わせて、やがて咲夜さんがニッと笑って言う。
「――いいんじゃない?」
口々に「いいよね!」「終わったね!」「やったぁぁ!!」「もう動けない」なんて声を掛け合う。
完全に昇てしまった朝日。
じんわりと体が温められて、疲れているのになんだか心は軽かった。
「あー…もう、ムリ」
「これ、どうなったん?無理くり精製してみたけども」
輝きを失っていく光をかき消すように、漆黒の魔力が一層厚みを増していることに気づく。
肩を震わすほどの荒い息が、魔力の消耗を如実に表している。
「ダメかな――完璧には分離してないかも」
目を細めて見極めようとする吾川さんと、悟さんの間に割って入る様に飛び出した侑李さん。
くるりと向きを変え、両手を広げて、二人に向かって焦ったような声をあげる。
「吾川!疲れてるところ悪いけど、すぐに俺を視てくれ!!」
「はぁっ…はあぁ…っ、、、分かった――”鑑定・館山 侑李”」
ふわんと広がった魔力は、小春さんの魂を覆ったときと異なって、すぐに額へと収束していく。
悟も、文句を言いながらも、呪文を紡ぐ。
「キツイて~!もー!!――Refine・Ruby!!」
悟さんも、ぼやきながらも突き出した指先から銀の衝撃波を放って、正確に額を射止めた。
侑李さんは仁王立ちのまま、微動だにせずそれを受け止めて、ひと時閉じた瞳をしっかりと開く。
そして、そのまま手のひらを核に向けて、声を放った。
「永久凍土に眠れ、氷姫に捧げる花――氷華!」
暗く視認することは叶わない、その奥で――パキ、ピキキッ…と何かが凍る音が聞こえる。
「大樹!氷の層で境界を引いた!そこまでを破壊するんだ」
「え…あ、うん!分かった――」
唐突に声を掛けられて素っ頓狂な声をあげる。
けれど、怖れはなかった。
きっと成功するという根拠のない確信。
ボクはいとも簡単に、するりと邪の女の魔力に溶け込む。
じわじわと交わる魔力、浸透するほどに徐々に肌に感じる温度が低下していく。
(冷たい…!)
なるほど、ここからが氷の層…確かに、氷の花みたいな形に固まってる。
『この中に、小春さんの魂があるって事だよね。って事は分離は成功したのか…』
内包した氷華を内部で感じ取ったのと時を同じくして、自分の奥の方にヒリヒリ、ジワジワと何かが染み込んでくるような感覚がある。
――この嫌な感覚には覚えがあった。
『ヤバっ!これ、収奪の魔力…』
美姫ちゃんという器を失って、邪の女が器を求めてる?
(冗談じゃない!ボクの体はあげないんだから)
時間を置けば置くほど危険度が増すと本能で理解する。
ボクは急いで呪文を編み上げた。
『闇を切り裂く霹靂――夢散・Soul erase!』
――パァァアン!!
耳を劈く雷鳴一つ、氷華を覆っていた黒い魔力が霧となって散る。
『そのまま消滅しちゃえ!』
ボクの声に応えるように、あんなに染み付いていた小春さんの魂から、黒い霧は簡単に風に流されていく。
それを追いかけるように、ボクの魔術が後を追うをの見送って、聞きなれた声に導かれた。
「沙羅の木に告ぐ、”結実”の再来――生命の翠・花燭!」
どうして、いつも翼はタイミングよくボクを呼び戻せるのだろう?
でも、必ず呼び戻してくれるって分かっているから、ボクは恐れずに魔力に溶けて行けるんだ。
「おかえり、その顔は成功かな?」
「――あれ?」
「ん?」
「今回は名前呼んでくれないの?」
「え?あー、いいじゃん、べつに」
「いいけどねー。あ、邪の女を散らした手ごたえはあったけど…どうかな?」
吾川さんへ目を向けると、微妙な表情で首をかしげていた。
「んー、邪の女がどうなったか…は、、、ひとまず置いておいて、魂の救出は成功したみたいだよ」
満面の笑みで応えてくれた吾川さんに、ボクは得意げな表情でピースサインを作る。
その横から咲夜さんが顔を出して、ピースサインとともに声を掛けてくれた。
「お疲れさん、すごくきれいだよ――真っ白な優しい輝きだわ」
檻の中に咲いた氷華は柔らかな白色の明かりを灯して…
ひと時、目を細めて見つめていた咲夜さんは、両掌をパチンと合わせて宣言する。
「術式解除!」
短いその言葉に、結界を構成していたお札がハラハラと舞いながら地に落ちた。
そこに描かれていた文様はなく、ただの真っ新な短冊に戻っている。
最後に空から降ってきた一枚だけが、咲夜さんの手元に舞い戻った。
その一枚だけ、精緻な文様を施した呪符のオリジナルなんだろう。
ボクも、この静かな時間を邪魔しないように小さく呪文を放った。
「もう、何者にも誰にも傷つけさせないよ――氷華・粉砕」
パアァンと音をさせ、細かな欠片となって氷華は散って行く。
結界、そして氷から解放された魂は、ふよふよと漂うように、だけれどちゃんと薫さんを目指して進んでいく。
降り注ぐ氷の破片がゆらゆらと夜風に揺れて、まるで降り出した雪のようだ。
「おかえり、小春――15年ぶりだね」
大事に、壊れないように、ふんわりと小春さんを手のひらに包み込んで告げる。
薫さんの溢れ出す涙の雫がはらはらと彼女の真っ白な魂に落ちた。
「遅かったよな?ずっとお前の真実にたどり着くって約束を果たせないままで、毎年、同じ約束ばっかり…聞き飽きてたよな?やっと、たどり着けた」
今にも膝をついて崩れ落ちそうな薫さんを、そっと横から支えたのは侑李さん。
無言のまま、ただ、側らでその背に手を当てている。
――ありがとう。薫君、大好きだよ!
ボクだけじゃなかったと思う。
一瞬だけ、真っ白な魂が人型を模ったように見えた。
風に乗って届いた程度のささやかな言葉も、きっと本人の声。
そして、白み始めた空に、朝日が一筋道を敷く。
その純白のどこまでも果てしなく続くような道を、滑るように魂は終着点に向かって進んでいく。
どれだけ小春さんはこの日を焦れていただろう。
「眩しいな」って、その行く末を見守る様に、ずっと旅立ちを見つめていた薫さんが呟く。
「ああ、眩しいね」と、侑李さんがその傍らで静かに頷いた。
――ピィィッ!
そんな静寂を、可愛らしい雛鳥の鳴き声がかき消した。
「あ、こら…”夜烏”、空気読みなさいって」
肩に乗る小さな灰色の雛に、しーっ!と咲夜さんが慌てて人差し指を口に当てた。
『この空け!この姿のワタシを”夜烏”などと呼ぶ出ないわ!』
ほわほわの黒い毛玉のような姿、威嚇して開いた嘴の中は鮮やかな黄色だ。
可愛い姿に反して、声は渋いおっさんボイス。
そう、確かにボクの耳にはその声が届いた。
「かわいい…っ!」
彗さんは引き寄せられるようにフラフラと手を伸ばす。
その手を翼で、ペチ!と打ち据えて雛は言う。
『この神聖なる八咫烏であるワタシの身体を、易々と触ろうとするでない!不敬だぞっ!』
「えー、なんか偉そう…唐揚げにしちゃうぞっ!」
がうーっ!と襲い掛かるようなジェスチャーをして、来音が飛び掛かる。
ナチュラルに鳥と会話していることに、皆、違和感はないのかな?
――ぴぃぃっ!?
驚いたような鳴き声をあげて、雛は咲夜の服の中に逃げ込む。
「え?ちょっ、待てっ?!くすぐったい、くすぐったいからっ!」
しばらく、身をよじりながら、悶える咲夜さん。
ようやく、落ち着くポジションを見つけたのか、マオカラ―の首元の割れ目から、雛はひょこりと顔を出した。
「もー、来音ちゃんアカンよ?こんな小さな子をイジメたら」
そういって、指で雛の頭を撫でようとした悟さんの指先。
それを雛はカプッと啄む。
「いったぁっ!?噛まれたっっ!」
引っ込めた指を、もう一方の手できゅっと圧迫して、悟さんはぴょんぴょん跳ねる。
「ところで、その子はなに?”夜烏”なの?本人は”八咫烏”って言ってたけど」
吾川さんは、皆が思っていた疑問を言葉にしてくれた。
自然と咲夜さんに注目が集まって、困ったように彼は翼へと目線を送る。
それを受けて、翼が、「あ、そっか」と事情を話し始めた。
「あ、俺が”花籠”って魔術を使ったときの副産物だよ。ほら、”結実”って魔術を使った分だけ成果が出るだろ?それで獲得したんだ」
「浄化の魔術を使って、魔力を獲得したみたいに、回復の魔術を使ったら、その子が現れたってこと?」
察しの良い吾川さんが、んー?と顎に人差し指を当てて確認してくれる。
「そう!そのとおり。多分だけど、”花籠”は回復系の魔術だから、その辺を漂っていた夜烏を復活させたっぽいんだよね。最初は真っ白で、咲夜さんに渡すときは”夜烏”みたいな灰色だったんだけど…なんか、今は真っ黒になってる?」
身体の色が変わった理由は良くわかんないけれど、と、翼は頬を掻いて言う。
「悪い子じゃないんだよ!ご神木を守ってたら見たこともない蟲が湧いててさ、一回目は自分たちで片づけたんだけど、なんか爆発?があったじゃん。その後押し寄せてきた蟲を、この子が翼の服の間から飛び出して、ほとんど食べてくれたんだよ。」
ボクはその時の光景を思い出して、「あれは気持ち良かったよね、ペロッと食べてくれてさ」ってうっとりと声を漏らす。
「ふうん…。まあ、身体の色が変わった理由は分かる気がするよ。ねえ、咲夜?さっき核を染めていた邪の女の魔力なんだけど、そっちに向かって行ってたみたいだけど、平気?」
吾川さんの声を受けて、咲夜さんは「平気、平気!」と指でOKサインを作った後、雛を指す。
「コイツが全部吸い取ったから」
「やっぱり…それが体色が変わった理由かな」
吾川さんの視線にさらされて、雛はたまらず喋り出す。
『我は”八咫烏”よ、元は”夜烏”であったが、邪の女を取り込んで神格を上げた今、神の遣いとなったのよ』
得意げに胸を張って反り返って見せる。
尊大な口調とは反対に、その姿はムチプリっと愛らしい
『その証拠に、ホレ!見てみよ、この三本足を』
そういうと、まだ短い尾羽を持ち上げて見せる。
確かに、三本足だと確認できるけど、それより可愛いが勝ってしまう。
「それよりもさ…みんなナチュラルに鳥が喋ってるのを受け入れてるのはどうなの?」
そう言いながらも、横目で雛と触れ合う機会を伺っていそうな侑李さんの声。
「まあ、魔法もあることだし、今更、鳥が会話を始めても、なんかインパクト薄いよねー」
頬をポリポリと掻いて言い放った来音の言葉に、反論を返す者は誰も居なかった。
「ねえ、邪の女はヤタガラスが食べちゃったってことはさ…」
ボクは皆を見回しながら尋ねる。
「解決したって事で、いいのかな??」
皆がそれぞれ顔を見合わせて、やがて咲夜さんがニッと笑って言う。
「――いいんじゃない?」
口々に「いいよね!」「終わったね!」「やったぁぁ!!」「もう動けない」なんて声を掛け合う。
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