ここに魔法が生まれたら

羽野 奏

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7.魔術師の集う場所

1.擬宝珠を届けて

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平日の真昼間。
翼とボクは並んで、インターフォンを鳴らした。
やがて、オートロックが解除され、ボクたちはエレベーターへと進む。

「確か、一番右のに乗るんだよね」
「ああ、さっきそう言っていたな」

僕が確認すると、翼は荷物を持ちかえて頷いた。

「すげぇ…直通だって」
「家賃、いくらなのか気になるところだな」

マンションの最上階への直通エレベータに関心するボク。
今から尋ねる二人は、いわゆるペントハウスというやつに住んでいる。

「やあ、いらっしゃい」
「あ!侑李さん、やっほー!」

エレベーターを降りると、既に玄関先で侑李さんが出迎えに出てくれていて、ボクは嬉しくなって手を大きく振った。
白いブラウスを腕まくりして、シンプルな赤いエプロンがとても良く似合っている。

「お邪魔しまーす」
「あれ?薫さんは??」

玄関ホールでその姿を探すけど見当たらない。
「ああ…」って侑李さんが緩く笑って、その理由を教えてくれた。

「さっき、お茶こぼしてさ、今着替えに…」
「へーっ!あんがいオッチョコなところもあるんだー」
「コラ、そういう事は言わない!」

翼にたしなめられて、首をすくめたところで、笑いながら扉の奥から姿を現す薫さん。

「あ!来た。薫さんお邪魔しまーす!」
「素直なのは大樹のいいところだよな?どーぞー、上がっちゃって」

「はーい!」と言いながら靴を脱ぐ横で、侑李さんに荷物を受け渡す翼の声がする。

「あ、これご注文の”日陰気味の玄関先でもお勧め”の植物です」
「配達してもらってごめんね、ありがとう」
「いえいえ。こちらこそ、配達ついでにランチどう?なんて、嬉しかったです。こちらこそ、ありがとう」

2人分も4人分もそう変わらないから、気にしないでねって言いながら、侑李さんが翼から受け取った鉢を段ボールから出して、どこに飾るか吟味している。
直ぐに位置は定まって、侑李さんは一歩後ろに引いてから、納得したように頷いた。

「うん、かっこいいね、白いラインが映える葉が綺麗だ」
「あ、これホスタっていうカラーリーフのひとつで、特にこの白い模様があるのは”ファイヤーアンドアイス”っていう名称が付いてます。日陰で育てる植物だし、なんか二人にぴったりかなって思って」
「炎と氷、まさに、薫さんと侑李さんだね」

粋な計らいだねーって翼をつつくと、照れた表情でそっぽを向いた。

「そっか…それなら、尚更大事に育てないとね。さて、ご飯に…ん?これは」

段ボールを片づけようとして、ゴロンという音で侑李さんは中を覗き込む。

「あ、こっちは薫用?」
「ですね、また3種類ほど入荷したので手土産に持ってきました。」

既に玄関のシューズボックスの上に飾ってある
最初に購入した、黄・緑・青の帽子のドワーフのほかに、
その後入荷した、赤・紫・桃も既に購入済みで、
今回の橙・黒・白で9体となる。

「あと、水色と黄緑と茶色も手配できるけど…いります?」

翼は、薫さんを見て尋ねたけど、薫さんが応えるより早く、侑李さんが待ったをかけた。

「玄関が埋まるから却下!」
「確かに、既に満席な感じだよねー。コンプ目指すならちゃんと別に棚を用意して飾らないと」

ボクの声に、侑李さんはフルフルと首を横に振る。

「ここ以外は飾るのを認めません。たぶん、それを許しちゃうと、際限なく収集しちゃうでしょ?」
「んー…否定はできない、かな。あと、なんか…これ以上は増やさないで良いような気がする。なんか、オレ達も9人だしさ、シンパシー感じない?」

そう言って、手土産の3体をシューズボックスの上に並べ添える薫さん。
その姿を、皆、なんとなく黙って見つめた。

最初に咲夜さんが居て、”四礎しそ”として薫さんと侑李さんが目覚めて、
その後、”次世代ネクスト”吾川さんと彗さん、それから悟さんが加わって、
最後に”新生サード”で、ボク、薫、ライトも仲間になった。

咲夜さん…八咫烏の話では、飽和状態に近かった魔力が、邪の女との戦いによって結構消費されたから、次の魔法使いが生まれるまでには5年や10年どころではないほどの長い時間かかるだろうって事だった。

だから、しばらくの間はボクたち9人だけが魔術師だ。
特殊な能力で得することもあれば、傷つくこともたくさんあるだろう。
それをボクたちは9人で必ず乗り越えて見せるんだ。

「さて…、そろそろ部屋に入ろう?お昼休憩あんまり長くないでしょう?」
「あ!そうだった、翼、ちゃんと帰らないと怒られちゃうよね」
「あー…だなぁ。今日、姉ちゃん来てるから遅れるとうるさいわ」

奥に通されて、おおっ!ってセンスの良さに驚いた。
柔らかな木材の温かみを感じられる落ち着いた色味のキッチンとダイニング。
雑誌から切り取ったようなオールドアメリカンなスタイル。
家電や冷蔵庫、小物で取り入れる差し色は、落ち着いたペールグリーンだ。

こげ茶色の革張りのダイニングチェアに落ち着いて、侑李さんがキッチンで作業するのを眺める。

「めっちゃオシャレ…いいなぁ、こんな生活」

多分、翼は思ったことが言葉に出てるのに気づいてないと思う。
ほーって、感心のため息まで漏れている。

「資料として写真撮ってもいい?」

ボクはボクで、こんなザ・男の憧れな部屋を漫画に活かそうとワクワクしながらスマホを手にした。

「資料って…なんの?」
「あ、ボク――あのねっ」

そういえば、まだ薫さんはボクが漫画を描くって知らなかったって気付いて口ごもる。

「別に恥ずかしい事じゃないし、言ったらいいじゃない」

侑李さんがちょうど食事のプレートを運んできて、「ねっ?」ってボクの背中を押すように言ってくれた。

「そ、だよね。ボク、漫画を描いてて…漫画家になりたくて、描いてる原稿の資料にしたいんだけど、写真撮って良い?」
「あ、そうなんだ?別にいいよ、この部屋なら好きに撮って?」

すんなりと受け入れてくれる。
大人だから…だろうか?笑ったりせずに受け止めてくれて、ボクの心はホロリと軽くなる。
「ありがとう」って、なんだか熱くなる目元を前髪で隠す。
それから席を立って、写真にその風景を収めていった。

「ご飯前にゴメンね」

ひとしきり写真を撮り終えて席に戻ると、すっかり食事の用意が出来上がっていた。

「良いタイミングだよ、呼ぼうと思っていた所だったから」

そう言いながら、侑李さんがガラスボトルのキャップをひねると、プシュッと爽やかな音が響く。
繊細な細長いグラスにそれを注ぐと、しゅわしゅわと音を立てて透明な液体が満ちた。

「本当は、お酒で乾杯ってしたかったけど、お仕事の人が居るから炭酸水ね」

そう言って、グラスを各々に配って行く侑李さん。
薫さんはそれを受け取りながら言う。

「じゃあ、今度は落ち着いて飲める時にまたおいでよ」
「お言葉に甘えちゃおうかな?ご飯、めちゃ美味しそうだし」

翼は受け取ったグラスを手にそう言って笑う。

「いいよ、今度は夕方から皆で、外でBBQしようか?じゃあ…ひとまず今日の乾杯は大樹におねがいしようかな?」
「え?ボク?!」
「狭山、がんばれー」

翼がグッと親指を立てて見せる。

「えっと…じゃあ、これからの魔術師にっ」

――カンパーイ!!

口々に、言い合ってグラスを合わせる。

「BBQいいね、火おこしは任せてよ」
「薫さん居たらキャンプ楽そー!着火剤要らずだもんねー」
「こら、狭山!薫さんの魔術をライター扱いとか失礼だろ?」
「いいって、気にしないの。薫、俺の魔法が氷って知った当初、”いつでもキンキンの飲み物が飲めて便利じゃん”って言ってたんだよ、そんなヤツはマッチ扱いされても文句は言わないって」
「お?言ってくれるじゃん?」

本日のメニューは、
アボカドや、ゆで卵のゴロゴロ入ったサラダ
少し辛みのあるアラビアータのペンネ
ハーブの効いたスペアリブのグリル

今日のランチはイタリアンだよって得意げな笑顔の侑李さん。
確かに、そのどれもが美味しくて、会話も弾む。

「そうだ…大樹、漫画描くって事は絵が上手いって事だよな?」

薫さんは、スペアリブの骨を殻入れに捨てて、手を拭きながら思い立ったように言う。

「あ、狭山めっちゃ絵が上手いんだよ。俺をモデルに描いた絵でなんちゃらって賞を取ってたし、な?」
「や、うーん…独学だし、上手いかは分からないけど、描くのは好きだよ」

翼とボクがそれぞれ反応を示して、それを、うんうんと聞いていた。

「じゃあさ、また今度、どんな絵を描くのか参考になるもの持ってきてよ。確か署のホームページの挿絵描ける人を探してたはずだから…もしお願いするってなったら描いてくれる?」
「えっ!?本当?やってみたい!持ってくるー!」
「えらい!今回は”ボクなんかにできるかな”って言わなかった」

よしよし、と頭を翼にガシガシ撫でられてガクガクと脳が揺れる。

「うん…なんかね、”破壊”の魔力を手にいれて、邪の女とああやって戦ってから、ボクにでもできることはきっとあるんだって思えるようになったんだ。だから、もう”ボクなんか”なんて言わないよ」
「素敵な成長だね」

そう言って、侑李さんは優しいほほえみを浮かべたまま、ボクの前にカップを差し出す。
カチャンと小さな音を立てて、濃い目のコーヒーが良い香りをさせた。
「エスプレッソだから、苦手ならいっぱい甘くしていいからね」って角砂糖が山盛り入った小皿と、ミルクピッチャーも渡された。
デザートはナッツ入りの四角いアイスかと思ったら、カッサータっていうらしい。


大満足の食事会。
帰りの車の助手席で、ボクは思い出してふにゃっと表情を崩した。

「良かったな、警察署のイラスト」
「まだ、本決まりじゃないけど、頑張って取りたいな」

ちらっと運転席の翼を見る。
何も言わないし、視線は真っすぐに前を向いているけど、口の端がニッて上がっている。
ボクはそれだけで満足で、話を切り替えた。

「ご飯、本当に美味しかったねぇ。食べすぎちゃった」
「だなー。侑李さんは器用だわ、医者で料理上手で花まで育てるってさ」
「はー、満足したら眠くなっちゃった」
「は?お前、寝んなよ?免許持ってるだろ、運転変わっても良いんだぜ?」
「えー?ボク、助手席で翼の運転見てるの好きなんだけど」
「俺、この後も仕事なんだよ!交代して寝かせてくれよ」
「ヤダー」

昼下がりの街中を、花屋の白いバンが行く。
こんな平和な日常が、これからもずっと続きますようにと青空を見上げた。
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