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第一章 白道
四面楚歌ならず、四面美花? その1
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「さーて。皆、準備はいい?」
僕の正面に立っているセーラー服の女の子が、そう宣言した。
茶色のショートボブは窓から入る夕日をうけて、まるで赤毛のように見える。
腰に手を当てて周りに問いかける朱沼雲雀先輩の仕草は、凄くしなやかで。
普段の僕なら思わず見とれてしまうんだろうけど、今この場ではそんなこと考えもつかなかった。
僕は準備なんてできていません。
言おうとして思い直した。
すでに同じような反論を何度もしたし、その度ににこやかにスルーされてしまっては、重ねて労力を費やす気になれない。
そもそもなんで、こんな状況になったんだ。
部屋の壁を埋め尽くす古めかしい木製の棚には、石の標本がいくつも並べられている。
地学準備室はそれほど広くはない。僕も含めて5人もいれば、狭いくらいだ。
そんな中、パイプ椅子に座らされて、四方を女の子に囲まれている。
そろって美少女とくれば、見る人によってはうらやましいなんて思うかもしれない。
だけどはっきり言って、代われるものなら今すぐ代わる。
むしろ頭を下げてお願いしたいくらいだ。
「オッケー。勝っても負けても恨みっこなしよ」
応えたのは僕の左に寄り添っている、ロングの黒髪が印象的な女の子。
蒼川宝珠という、まるで芸能人のような名前の先輩だ。
スタイルはモデルが裸足で逃げ出すようなレベルで、さらに明るく愛嬌がある豊かな表情の持ち主とくれば、学園内の人気の程も分かるというもの。
この糸川高校のアイドルだと聞いたのは、つい先日のことだった。
初めて会ったのは3日前。
髪が自慢だと言ったから、まるで黒曜石のようですねと感想を伝えた。
その時、僕は別のことに夢中で、はっきりいえばあまり意識していなかったんだ。
ただ、彼女の髪は濡羽色で、しかも独特の光沢が本当に黒曜石のようだったから、そのまま言っただけ。
今思い返せば、らしくないどころか、カッコつけ過ぎだろ! とイタい自分を殴り倒したい気持ちになるけれど。
しかし、彼女の返答はさらに斜め上だった。
『私はオブシディアンより、ブラックスピネルのほうがいいなぁ』
……黒曜石(オブシディアン)なんて言った僕も僕だけど、でもまだ髪色のたとえとしてはありだと思う。ブラックスピネルこそ、髪の褒め言葉として使わないよね?
思えば、この時点で気がつくべきだったんだ。
僕が犯した重大な勘違いに。
「……これで黄塚君も正式にPS倶楽部員」
背中の方から、良く言って静かな、悪く言うなら暗い声が聞こえてきた。
同時に能面のように無表情で、息を呑むほど整った顔立ちが、強制的に脳裏に浮かぶ。
振り返ってみると、想像通りのお顔で僕を見つめ返してくる3人目の先輩がいた。
同じく先輩の玄丘甲美さん。
ウェーブのかかったセミロングは、神秘的な雰囲気を助長させている。
美しさで言うなら、きっとこの場の誰よりもきれいだ。
でも、まとう雰囲気が静謐すぎて、ここまで来るとむしろ空気が重苦しい。
できることなら後ろに立たないで欲しいけど、この先輩はなぜか必ず僕の背後から声をかけてくる。
「黄塚くん、運命の時よ」
この部屋で唯一の同級生は、僕の右側から凄く熱っぽく呼びかけてきた。
クラスメイトの白道笹良。
細身の立ち姿は柔らかくて優しくて、まるで素朴ながらも可憐な一輪の野菊のよう、って例えたのは、僕ではなく悪友だった。
白道さんが僕を見る目には、全く邪気が感じられなかった。
声の熱とは裏腹に、穏やかな笑みを浮かべて頷いてくる。
その清楚なイメージで、クラス内ではすでに男子から注目されている彼女が、まさかこんな趣味を持ってるとは。
幸か不幸か、今のところ知っているのは僕だけだ。
「それでは、全員右手に持って!」
ボブカットの先輩の指示で、それぞれがポケットやポーチから何かを取り出し、右手に握る。
「さぁ! 思いを込めて!」
一斉に僕に向かって右ストレート。
その内、前からきた拳は僕の鼻先数ミリの位置で静止した。
……本当にヒットさせる気だったでしょう。
思わず顔に出てしまった疑問が瞬時に確信に変わったのは、目の前にいる先輩がいぶかしげな瞳で僕を見たから。
やっぱりか。少しだけ顔をスウェーさせて正解だった。
「朱沼部長。冗談はよしてください」
「うん? 何のこと?」
まるで悪びれない態度に本気で脱力する。
ああ、なんだか腕が重い。肩が脱臼しそうだ。
「って、蒼川先輩。なんで僕の腕、引っ張ってるんですか?」
「だってもう私のが選ばれるって分かりきってるんだもの。ほらほら、早く受け取って、陽介クン」
黒髪の美女は、それこそそこら辺の男たちが卒倒しそうな優美な笑みを浮かべた。
状況が状況だけに余裕のない僕は、どうとも思わなかったけれど。
……それでもちょっとだけ頬が熱くなったのは仕方がない。
僕だって男だ。
「……ダメ。選ぶのは黄塚君。宝珠、離れて」
「えー。もう決まってると思うけどなぁ。まぁ、甲美が言うなら」
後ろから背筋がぞくぞくするほど冷ややかな声が響き、蒼川先輩を制する。
まるで共通点が見えない二人が無二の親友だと言うのが、いまいち分からない。
そんな埒もないことに頭を使っていると、右に陣取っていたクラスメイトが、瞳を輝かせてアドバイスをくれた。
「黄塚くん、心のおもむくままに選んでね。それこそが運命のめぐり合わせになるんだから」
「いや、あのね。白道さん、僕はそもそも望んでないんだけど」
今日何度目かになる正直な本音の発露。
しかし、馬の耳に念仏。蛙の面に水。
「いい加減に覚悟しなさい! PS倶楽部に入りたいって言ったのは黄塚、あんたよ!」
朱沼部長が拳を僕の額に押し付けてねじりこむ。
微妙に中指を山状に突き出しているから、食い込んで結構痛い。
「それは活動内容を誤解したから、って何度も言ったじゃないですか!」
そうなんだ。
地学準備室を部室にして、顧問が地学担当教諭で、内容は石についての学習と実戦。
さらにPS倶楽部なんて名前がついていれば、勘違いしてもしょうがないじゃないか!
「そんな勘違いするのは黄塚ぐらいだと思うけどねぇ」
「そうね。それは私もフォローできないわ」
「……ちょっと考えれば分かること」
「勘違いなんてことないよ。きっとこれも運命だもの!」
四方から突っ込まれると、少々へこむ。
……やっぱりそうだよなぁ。
なんで勘違いしたんだ、3日前の僕。
普通に考えれば、クラブ名に『P波S波』なんて単語を使わない。
たとえ本格的な地学研究が目的の部活だったとしても。
「うちはパワーストーン倶楽部。通称『PS倶楽部』よ。内容は天然石の学習とスピリチュアルな実践。嘘はいっさい書いてなかったと思うけどねぇ」
「それは確かに」
本当のことだった。
僕の正面に立っているセーラー服の女の子が、そう宣言した。
茶色のショートボブは窓から入る夕日をうけて、まるで赤毛のように見える。
腰に手を当てて周りに問いかける朱沼雲雀先輩の仕草は、凄くしなやかで。
普段の僕なら思わず見とれてしまうんだろうけど、今この場ではそんなこと考えもつかなかった。
僕は準備なんてできていません。
言おうとして思い直した。
すでに同じような反論を何度もしたし、その度ににこやかにスルーされてしまっては、重ねて労力を費やす気になれない。
そもそもなんで、こんな状況になったんだ。
部屋の壁を埋め尽くす古めかしい木製の棚には、石の標本がいくつも並べられている。
地学準備室はそれほど広くはない。僕も含めて5人もいれば、狭いくらいだ。
そんな中、パイプ椅子に座らされて、四方を女の子に囲まれている。
そろって美少女とくれば、見る人によってはうらやましいなんて思うかもしれない。
だけどはっきり言って、代われるものなら今すぐ代わる。
むしろ頭を下げてお願いしたいくらいだ。
「オッケー。勝っても負けても恨みっこなしよ」
応えたのは僕の左に寄り添っている、ロングの黒髪が印象的な女の子。
蒼川宝珠という、まるで芸能人のような名前の先輩だ。
スタイルはモデルが裸足で逃げ出すようなレベルで、さらに明るく愛嬌がある豊かな表情の持ち主とくれば、学園内の人気の程も分かるというもの。
この糸川高校のアイドルだと聞いたのは、つい先日のことだった。
初めて会ったのは3日前。
髪が自慢だと言ったから、まるで黒曜石のようですねと感想を伝えた。
その時、僕は別のことに夢中で、はっきりいえばあまり意識していなかったんだ。
ただ、彼女の髪は濡羽色で、しかも独特の光沢が本当に黒曜石のようだったから、そのまま言っただけ。
今思い返せば、らしくないどころか、カッコつけ過ぎだろ! とイタい自分を殴り倒したい気持ちになるけれど。
しかし、彼女の返答はさらに斜め上だった。
『私はオブシディアンより、ブラックスピネルのほうがいいなぁ』
……黒曜石(オブシディアン)なんて言った僕も僕だけど、でもまだ髪色のたとえとしてはありだと思う。ブラックスピネルこそ、髪の褒め言葉として使わないよね?
思えば、この時点で気がつくべきだったんだ。
僕が犯した重大な勘違いに。
「……これで黄塚君も正式にPS倶楽部員」
背中の方から、良く言って静かな、悪く言うなら暗い声が聞こえてきた。
同時に能面のように無表情で、息を呑むほど整った顔立ちが、強制的に脳裏に浮かぶ。
振り返ってみると、想像通りのお顔で僕を見つめ返してくる3人目の先輩がいた。
同じく先輩の玄丘甲美さん。
ウェーブのかかったセミロングは、神秘的な雰囲気を助長させている。
美しさで言うなら、きっとこの場の誰よりもきれいだ。
でも、まとう雰囲気が静謐すぎて、ここまで来るとむしろ空気が重苦しい。
できることなら後ろに立たないで欲しいけど、この先輩はなぜか必ず僕の背後から声をかけてくる。
「黄塚くん、運命の時よ」
この部屋で唯一の同級生は、僕の右側から凄く熱っぽく呼びかけてきた。
クラスメイトの白道笹良。
細身の立ち姿は柔らかくて優しくて、まるで素朴ながらも可憐な一輪の野菊のよう、って例えたのは、僕ではなく悪友だった。
白道さんが僕を見る目には、全く邪気が感じられなかった。
声の熱とは裏腹に、穏やかな笑みを浮かべて頷いてくる。
その清楚なイメージで、クラス内ではすでに男子から注目されている彼女が、まさかこんな趣味を持ってるとは。
幸か不幸か、今のところ知っているのは僕だけだ。
「それでは、全員右手に持って!」
ボブカットの先輩の指示で、それぞれがポケットやポーチから何かを取り出し、右手に握る。
「さぁ! 思いを込めて!」
一斉に僕に向かって右ストレート。
その内、前からきた拳は僕の鼻先数ミリの位置で静止した。
……本当にヒットさせる気だったでしょう。
思わず顔に出てしまった疑問が瞬時に確信に変わったのは、目の前にいる先輩がいぶかしげな瞳で僕を見たから。
やっぱりか。少しだけ顔をスウェーさせて正解だった。
「朱沼部長。冗談はよしてください」
「うん? 何のこと?」
まるで悪びれない態度に本気で脱力する。
ああ、なんだか腕が重い。肩が脱臼しそうだ。
「って、蒼川先輩。なんで僕の腕、引っ張ってるんですか?」
「だってもう私のが選ばれるって分かりきってるんだもの。ほらほら、早く受け取って、陽介クン」
黒髪の美女は、それこそそこら辺の男たちが卒倒しそうな優美な笑みを浮かべた。
状況が状況だけに余裕のない僕は、どうとも思わなかったけれど。
……それでもちょっとだけ頬が熱くなったのは仕方がない。
僕だって男だ。
「……ダメ。選ぶのは黄塚君。宝珠、離れて」
「えー。もう決まってると思うけどなぁ。まぁ、甲美が言うなら」
後ろから背筋がぞくぞくするほど冷ややかな声が響き、蒼川先輩を制する。
まるで共通点が見えない二人が無二の親友だと言うのが、いまいち分からない。
そんな埒もないことに頭を使っていると、右に陣取っていたクラスメイトが、瞳を輝かせてアドバイスをくれた。
「黄塚くん、心のおもむくままに選んでね。それこそが運命のめぐり合わせになるんだから」
「いや、あのね。白道さん、僕はそもそも望んでないんだけど」
今日何度目かになる正直な本音の発露。
しかし、馬の耳に念仏。蛙の面に水。
「いい加減に覚悟しなさい! PS倶楽部に入りたいって言ったのは黄塚、あんたよ!」
朱沼部長が拳を僕の額に押し付けてねじりこむ。
微妙に中指を山状に突き出しているから、食い込んで結構痛い。
「それは活動内容を誤解したから、って何度も言ったじゃないですか!」
そうなんだ。
地学準備室を部室にして、顧問が地学担当教諭で、内容は石についての学習と実戦。
さらにPS倶楽部なんて名前がついていれば、勘違いしてもしょうがないじゃないか!
「そんな勘違いするのは黄塚ぐらいだと思うけどねぇ」
「そうね。それは私もフォローできないわ」
「……ちょっと考えれば分かること」
「勘違いなんてことないよ。きっとこれも運命だもの!」
四方から突っ込まれると、少々へこむ。
……やっぱりそうだよなぁ。
なんで勘違いしたんだ、3日前の僕。
普通に考えれば、クラブ名に『P波S波』なんて単語を使わない。
たとえ本格的な地学研究が目的の部活だったとしても。
「うちはパワーストーン倶楽部。通称『PS倶楽部』よ。内容は天然石の学習とスピリチュアルな実践。嘘はいっさい書いてなかったと思うけどねぇ」
「それは確かに」
本当のことだった。
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