「おまえは強いから大丈夫」と浮気した男が戻って来ましたが、いま、美男王子から溺愛告白されているので邪魔しないでください。殺されますよ?

草部昴流

文字の大きさ
4 / 5

第四話

しおりを挟む
 それからまた、数日が経った。

 わたしはあの日からルーファウスが姿を見せないことにホッとしていた。

 家の鍵はすべて取り換えていたが、一切外出しないわけも行かない。どこでかれがあらわれるかわからないという日々は、神経にこたえた。

 しかし、その気持ちも何ごとも起こらないまま何日かが過ぎ去ると緩む。わたしはひょっとしたらかれはこのまま姿を見せないかもしれないと、希望的観測を現実と混同しはじめた。

 だが、それはやはり甘い考えに過ぎなかった。ある日の夕方、偶然に道でひとりになったとき、ルーファウスはやって来たのである。

 あまりに都合の良いタイミングで、ずっとわたしのことを見張っていたとしか思えない。恐ろしいことだ。

「よう、メロディア。また逢ったな」

 わたしは、一見すると陽気な、しかしかぎりなく不快でならない笑顔を浮かべ、少しずつにじり寄って来るルーファウスから距離を置こうと後ずさった。

 もはや言葉を交わすつもりにもなれない。ただ、この男がおぞましく、逃げ出したかった。逃げ出したところで、根本的な解決にはならないことはわかりきっていたのだが。

 ルーファウスはその不気味な笑顔を貼りつかせたまま、一歩一歩、わたしのほうに近寄って来る。何かぶつぶつと口のなかで呟いていた。

「逃げるなよ、メロディア。じつはおれはおまえと別れてから、何もかもうまくいかなくてな。いま思えば、おまえはおれにとっての幸運の女神みたいな存在だったんだな。なあ、もういちどいっしょになろうぜ。そうすれば、おれにもまた幸運がやって来るはずだ。それとも、おまえの屋敷から出て行ったあの美形とよろしくやっているのか? ふた股をかけるつもりじゃないだろうな? おれのメロディア。浮気は許さないぞ」

 云っていることのつじつまがまったく合っていない。その笑顔は、いまや狂人のそれにも見えてきた。

 どしがたいことに、このとき、初めてわたしはかれがほんとうに危険な存在だと気づいたのかもしれなかった。

 このときまでは、ルーファウスはわたしから金を巻き上げようとはしても、まさか肉体的に傷つけたりはしないだろうと思っていたのだ。

 しかし、そうではなかった。この男は暴力を振るってでもわたしに云うことを聞かせようとしている!

 わたしは助けを求めようと、悲鳴をあげようとしたが、ルーファウスの手が口をふさぐほうが一瞬速かった。わたしはもがく。だが、ルーファウスの拳がわたしの腹にめり込み、そして――

 と、そのときだった。ひとりの男が魔法のようにすばやくその場にあらわれ、ルーファウスの腕をひねり上げていた。

 もうひとりの男性が、わたしに優しく声をかけてくれる。

「大丈夫ですか? 申し訳ない。出るのが遅れました。なるべく姿を見せないようにという命令だったもので」

「あなたは――?」

 わたしは咳き込み、腹を押さえながら訊ねる。その人物は柔らかに笑いかけてくれた。

「わたしは、ドリューヴ王子殿下の命であなたの護衛に就いた者です。ドリューヴ殿下は、あなたのことをとても案じておられ、秘密裏に守るように云われていたのです。殿下は正しかった。おかげで、あなたの窮地に間に合いました。いや、間に合い損ねたというべきかもしれませんが」

 その人は首をすくめた。

 わたしは安堵の吐息を吐く。

「そうだったんですね……。ありがとうございます。殿下にもお礼を云わなければ」

「二度とこの男があなたのまえにあらわれることができないよう処置いたしましょう。安心してください。我々にはいくつも手がありますから」

 わたしは路面に顔を押しつけられたルーファウスの姿をちらりと見た。かつて、恋した男。そして裏切られ、すべてを奪われた男。その男に対し、何の感情も抱いていない自分に気づく。

 ただ、このままどこかへ行ってくれればそれでいい。もはや怒りも、憎しみも心のなかになかった。ただむなしさだけが去来していた。

(そうやって一生だれも信じないで生きていくつもり?)

 ミーナの言葉が脳裏に浮かぶ。

 わたしはいったいどうするべきなのだろう?  思い、迷い、悩みながら、その場に立ち尽くした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隣人の幼馴染にご飯を作るのは今日で終わり

鳥花風星
恋愛
高校二年生のひよりは、隣の家に住む幼馴染の高校三年生の蒼に片思いをしていた。蒼の両親が海外出張でいないため、ひよりは蒼のために毎日ご飯を作りに来ている。 でも、蒼とひよりにはもう一人、みさ姉という大学生の幼馴染がいた。蒼が好きなのはみさ姉だと思い、身を引くためにひよりはもうご飯を作りにこないと伝えるが……。

治癒魔法で恋人の傷を治したら、「化け物」と呼ばれ故郷から追放されてしまいました

山科ひさき
恋愛
ある日治癒魔法が使えるようになったジョアンは、化け物呼ばわりされて石を投げられ、町から追い出されてしまう。彼女はただ、いまにも息絶えそうな恋人を助けたかっただけなのに。 生きる希望を失った彼女は、恋人との思い出の場所で人生の終わりを迎えようと決める。

元夫をはじめ私から色々なものを奪う妹が牢獄に行ってから一年が経ちましたので、私が今幸せになっている手紙でも送ろうかしら

つちのこうや
恋愛
牢獄の妹に向けた手紙を書いてみる話です。 すきま時間でお読みいただける長さです!

聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました

さら
恋愛
 王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。  ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。  「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?  畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。

図書館でうたた寝してたらいつの間にか王子と結婚することになりました

鳥花風星
恋愛
限られた人間しか入ることのできない王立図書館中枢部で司書として働く公爵令嬢ベル・シュパルツがお気に入りの場所で昼寝をしていると、目の前に見知らぬ男性がいた。 素性のわからないその男性は、たびたびベルの元を訪れてベルとたわいもない話をしていく。本を貸したりお茶を飲んだり、ありきたりな日々を何度か共に過ごしていたとある日、その男性から期間限定の婚約者になってほしいと懇願される。 とりあえず婚約を受けてはみたものの、その相手は実はこの国の第二王子、アーロンだった。 「俺は欲しいと思ったら何としてでも絶対に手に入れる人間なんだ」

初恋に見切りをつけたら「氷の騎士」が手ぐすね引いて待っていた~それは非常に重い愛でした~

ひとみん
恋愛
メイリフローラは初恋の相手ユアンが大好きだ。振り向いてほしくて会う度求婚するも、困った様にほほ笑まれ受け入れてもらえない。 それが十年続いた。 だから成人した事を機に勝負に出たが惨敗。そして彼女は初恋を捨てた。今までたった 一人しか見ていなかった視野を広げようと。 そう思っていたのに、巷で「氷の騎士」と言われているレイモンドと出会う。 好きな人を追いかけるだけだった令嬢が、両手いっぱいに重い愛を抱えた令息にあっという間に捕まってしまう、そんなお話です。 ツッコミどころ満載の5話完結です。

没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。

亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。 しかし皆は知らないのだ ティファが、ロードサファルの王女だとは。 そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……

【完結】大好きな彼が妹と結婚する……と思ったら?

江崎美彩
恋愛
誰にでも愛される可愛い妹としっかり者の姉である私。 大好きな従兄弟と人気のカフェに並んでいたら、いつも通り気ままに振る舞う妹の後ろ姿を見ながら彼が「結婚したいと思ってる」って呟いて…… さっくり読める短編です。 異世界もののつもりで書いてますが、あまり異世界感はありません。

処理中です...