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第五話
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その日の夜。
わたしはドリューヴ王子の訪問を受けた。かれはいつもとは雰囲気が違っていた。まるで全身から、冷ややかでとげとげしい霊気が吹き出ているようだ。
この人はほんとうにあの優しいドリューヴなのだろうか。わたしはかすかに怯えた。
しかし、わたしの顔を見ると、その雰囲気がいっきにやわらいだ。あたかも、何か重い鎧でも脱ぎ捨てたように。
かれはわたしのところにまで歩み寄ると、わたしの体を力強く抱きしめた。
「ドリューヴさま!」
抵抗はしなかった。それは決してイヤな感触ではなかったから。むしろ、かれの腕のなかに包まれていると、何だか子供に戻って泣きたくなるような気持ちだった。
「心配しましたよ、メロディア。なぜ、あの男のことをわたしに話してくれなかったのですか?」
「ごめんなさい。もっと早く相談していたら良かったですね」
「ほんとうに。そうしてくれていたら、決してあなたに近寄らせはしなかったのに」
わたしはドリューヴのからだの熱を感じながら、ようやく自分がかれに相談しなかった理由に思い至っていた。
つまりは、わたしはかれに嫌われることが怖かったのだ。昔、このような男を恋し慕っていたことを知られれば、軽蔑されるのではないかと恐ろしかったのである。
莫迦げた、子供じみた想いだった。そして、なぜ、ドリューヴに嫌われたくないと思うのか。その答えはあまりにもわかり切っている。
「ドリューヴさま」
「何です?」
「わたし、あの男に裏切られ、利用されたとき。もう人間を信じることはやめようってそう思ったんです。信じて、裏切られることはあまりにも辛いから。とても耐えられないから。だから、だれも信じることなく生きていこうって、そう考えたんですよ」
「そうですか」
ドリューヴは痛々しそうにわたしの顔を見下ろした。
「でも、ね。いま、わたしはもう一回だけ、人間を信じてみようかって気持ちになったんです。だれのせいだと思います?」
「それは――」
わたしは、自分のほうからドリューヴのからだを抱き締め返した。
「責任、取っていただけますか?」
そう、わたしはしょせんだれも信じずに生きていけるほど強い人間ではなかった。
不信と猜疑は、硬く自分を守ってくれるかもしれない。しかし、それではだれとも触れあえない。
それは、あまりにも寂しく、苦しいことではないだろうか。だから、わたしは一歩、歩み寄る。わたしのことを好きだと云ってくれる人に。
「メロディア、愛しています」
「知っています」
「いや、あなたは知らない。わたしが幼い頃から、どんなにあなたのことを好きだったか。あなたは子供の頃、病弱だったわたしを良く連れまわしてくれましたね。わたしにとっては、それは初めての対等の人間との触れ合いでした。そうして、わたしはいつのまにかあなたなしでは生きていけない人間になっていたんです。あなたのほうこそ責任を取ってほしい。わたしを、こんなに弱い人間に変えた、その責任を」
ゆっくりと目をつむる。ドリューヴがわたしのくちびるを奪った。甘い、甘すぎるほどに甘い、それは神聖な口づけだった。
ああ、わたしもこの人が好きだ、愛している、といまさらながらに思う。わたしの王子さま。色々と過剰で、欠点もある人だけれど、わたしのたったひとりの人は、この人だ。
そうして、わたしたちはいつまでも甘いキスに耽った。ただ冷たく輝く月だけが、窓の外からわたしたちを見つめつづけていたのだった。
わたしはドリューヴ王子の訪問を受けた。かれはいつもとは雰囲気が違っていた。まるで全身から、冷ややかでとげとげしい霊気が吹き出ているようだ。
この人はほんとうにあの優しいドリューヴなのだろうか。わたしはかすかに怯えた。
しかし、わたしの顔を見ると、その雰囲気がいっきにやわらいだ。あたかも、何か重い鎧でも脱ぎ捨てたように。
かれはわたしのところにまで歩み寄ると、わたしの体を力強く抱きしめた。
「ドリューヴさま!」
抵抗はしなかった。それは決してイヤな感触ではなかったから。むしろ、かれの腕のなかに包まれていると、何だか子供に戻って泣きたくなるような気持ちだった。
「心配しましたよ、メロディア。なぜ、あの男のことをわたしに話してくれなかったのですか?」
「ごめんなさい。もっと早く相談していたら良かったですね」
「ほんとうに。そうしてくれていたら、決してあなたに近寄らせはしなかったのに」
わたしはドリューヴのからだの熱を感じながら、ようやく自分がかれに相談しなかった理由に思い至っていた。
つまりは、わたしはかれに嫌われることが怖かったのだ。昔、このような男を恋し慕っていたことを知られれば、軽蔑されるのではないかと恐ろしかったのである。
莫迦げた、子供じみた想いだった。そして、なぜ、ドリューヴに嫌われたくないと思うのか。その答えはあまりにもわかり切っている。
「ドリューヴさま」
「何です?」
「わたし、あの男に裏切られ、利用されたとき。もう人間を信じることはやめようってそう思ったんです。信じて、裏切られることはあまりにも辛いから。とても耐えられないから。だから、だれも信じることなく生きていこうって、そう考えたんですよ」
「そうですか」
ドリューヴは痛々しそうにわたしの顔を見下ろした。
「でも、ね。いま、わたしはもう一回だけ、人間を信じてみようかって気持ちになったんです。だれのせいだと思います?」
「それは――」
わたしは、自分のほうからドリューヴのからだを抱き締め返した。
「責任、取っていただけますか?」
そう、わたしはしょせんだれも信じずに生きていけるほど強い人間ではなかった。
不信と猜疑は、硬く自分を守ってくれるかもしれない。しかし、それではだれとも触れあえない。
それは、あまりにも寂しく、苦しいことではないだろうか。だから、わたしは一歩、歩み寄る。わたしのことを好きだと云ってくれる人に。
「メロディア、愛しています」
「知っています」
「いや、あなたは知らない。わたしが幼い頃から、どんなにあなたのことを好きだったか。あなたは子供の頃、病弱だったわたしを良く連れまわしてくれましたね。わたしにとっては、それは初めての対等の人間との触れ合いでした。そうして、わたしはいつのまにかあなたなしでは生きていけない人間になっていたんです。あなたのほうこそ責任を取ってほしい。わたしを、こんなに弱い人間に変えた、その責任を」
ゆっくりと目をつむる。ドリューヴがわたしのくちびるを奪った。甘い、甘すぎるほどに甘い、それは神聖な口づけだった。
ああ、わたしもこの人が好きだ、愛している、といまさらながらに思う。わたしの王子さま。色々と過剰で、欠点もある人だけれど、わたしのたったひとりの人は、この人だ。
そうして、わたしたちはいつまでも甘いキスに耽った。ただ冷たく輝く月だけが、窓の外からわたしたちを見つめつづけていたのだった。
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