ドルススタッドの鐘を鳴らして

ぜじあお

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1章 ヒューラの騎士団

赤髪と茶髪の修道士3

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 救護室で呻く弓兵の傍らに座りながら、カタファは先ほどの戦いを思い返していた。赤髪はあの戦場で一番の戦果を上げた。七人は殺していただろうか。茶髪はーー恐らく誰も殺してはいない。茶髪の修道士は戦闘においてはさほど強くない。ただ、同じ魔法職のカタファからしすると、彼の攻撃の放つ魔法の錬度は高いように思えた。

「カタファ様、失礼いたします」
 救護室の扉が開かれ、騎士団の下部組織である兵団が、彼の後ろにいるであろう人物に声をかけた。
「失礼します」
 扉を抜けて茶髪が静かに部屋に入る。
「お前は魔法職だろ? 治療魔法がどれくらいできるか確認させてくれ」
 茶髪は小さく頷くと、弓兵に近づいた。彼は弓兵に肩に刺さったままの槍を抜くことを告げた。弓兵がうめきながら頷くと、茶髪は槍を力を込めて抜いた。修道服や顔に血が飛び散ったが、茶髪の男は気にしていない様子でいた。
「魔法で診察と治療をします」
 茶髪が弓兵に声をかける。その声は抑揚こそ少ないが落ち着いていて、弓兵も安心したように頷いた。彼が手をかざすと、傷が仄明るく、白く発光する。
 治療魔法特有の光だった。

 治療魔法における診察はかなり神経を使う。魔力を流して体内の異常を探るのだが、途切れることなくムラなく魔力を流し込み続ける繊細さと、診察する範囲にもよるが相当な魔力量を必要とするため、基礎レベルを超える治療魔法の使い手でなければ、診察をすることができない。

 カタファは一定の実力を認め、茶髪の男の名を聞くことにした。
「俺の名前はカタファだ。お前の名前は?」
「トニーです」
 カタファの質問に目線を合わせず、茶髪の男――トニーが答えた。
「赤髪の奴の名前は? 知り合いなんだろ。お前を守ってた」
「あいつはジブと言います」
 トニーと名乗った茶髪の男は顔を上げずに、魔法をかけ続けている。カタファはそれ以上、トニーの邪魔はしまいと口を噤んだ。

 少し経って、弓兵の小さな寝息が聞こえてきた。
「後は俺が診る」
カタファが弓兵の前に立つと、トニーは一歩下がった。
「うん。治療魔法は完璧だ。だけどこいつは、……騎士としてはもう難しいな。」
 傭兵の肩に刺さった槍の威力は大きく、救護室に運ばれた時、弓兵の骨は砕け、槍が貫通した肩の神経をズタズタに引き裂いていた。骨や肉の接合や皮膚の修復は出来ているが、広い箇所の神経が死んでいる。後遺症が残るだろうとカタファが肩を落としていると、トニーが背後から声をかけてきた。
「治します」
「は? ちょっと待て」
 制するカタファの声を無視して、トニーが患部に素手で触る。
「おい!」
 その不衛生な行為に怒りの感情が湧いた。カタファはトニーの肩を掴んで強引に引き剥がし、急いで弓兵の肩を見たが、そこには傷はなかった。ーーまるで何もなかったかのよう。するりとした素肌があるだけだ。
 驚いたカタファが急いで改めて診察すると、神経、骨、筋肉、皮膚に至るまで、完全に治癒されていた。

 治療魔法は本人の生命力を利用した治癒だ。欠損した指が生え変わらないように、失ったものやつぶれた神経を復活させることはできない。
 それは世界の常識。治療魔法の理。
 
 ――人智を超えた力。それはーー。

「神秘か」
 カタファの小さな声に、トニーは黙ったまま頷いた。

 神秘とはすなわち、神の力。
 神秘を持つ者はその強大な力で多くを救ってきた。その力は非常に希少だが遺伝により継承されることが多く、現在は国王や貴族、高位聖職者などの一部が神秘を持っているだけだ。

 カタファが横目でトニーを見ると、彼は自身の震える両手を見つめた。その手に一滴、血が滴る。
 トニーは鼻血を出していた。カタファは慌てて手をかざして治療魔法をかける。
「力の反動です。気にしないでください」
 手の甲で血を拭いながらトニーが言った。当然のように話す彼にカタファは動揺した。神秘の力に反動があるというのは初耳だ。
 しかしとにかく今は体調が悪くなったトニーを優先するべきだと、カタファは空いたベッドに彼を座らせた。
「鼻血以外は大丈夫? 吐き気とか」
「大丈夫、です。さっきの治療で血はもう止まりました。他に具合が悪いところはありません」
 カタファはその後も治療や診察を申し出たが、もう大丈夫だと頑なな態度で断られてしまったので、トニーに一言断って部屋を後にした。

 団長であるルガーにこの件を告げなければならなかったからだ。
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