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1章 ヒューラの騎士団
エイラス 笑う策略家
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従者の部屋。過去、第三騎士団がまだ貴族のお下がり機関の意味合いが強かった頃の名残。
エイラスはトニーの部屋の扉にいた。髪を整えて襟を正す。
ーー突然部屋を訪れて、彼はどんな反応をするものかな。
今の大陸にとって神秘は権力の象徴。遺伝性が強いという特徴も相まって、祖先の神秘を受け継いだ国王や高位貴族は神秘保持者を決して外には出さず、一族の血を高め続けてきた。
後天的に神秘を持った人間は稀ーー文献によると数百年以上いない。
そんな″特例″にエイラスは会いに来た。
制服の袖についた誇りをかるく払ってからエイラスは、扉をノックした。
「……はい」
ややあって扉が開き、トニーが顔を出した。茶色い髪に緑色の瞳。一般的なヒューラ人の外見的特徴を持つ平凡な男。彼が本当に神秘を持っているのかは若干の疑いがあるが、ルガーが騎士団宿舎の奥、地続きに建つ王城にすっとんでいったところを考えると真実であるように思えた。
エイラスは口角を上げ、トニーの身長に合わせて少しかがむ。
「初めまして、トニー。俺はエイラス=ザルド=マーリヒハルト。これからよろしくお願いします」
にこやかに話しかけながらエイラスは扉の沓摺(くつずり)を踏んで身を乗り出した。意図して近い距離で話しかけたが、トニーはたじろかなかった。
「マーリヒハルト様」
トニーは家名を復唱した。感情に乏しい抑揚のない声だ。
「トニー、入っていいですか?」
「……」
言葉はなかったが、トニーは一歩身を引いてエイラスを招く。簡素な備え付けの椅子を引いて、エイラスが掛けるのを待った。エイラスは礼を言ってからやんわりと椅子の位置を正して、あえて立ったまま距離を詰める。
「ありがとうございます。今日は入団初日だというのに大変でしたね」
「いいえ。ご迷惑おかけしました」
言葉尻は優しいが口調はきっぱりとエイラスを拒否していることがありありと伝わってくる。
ーー想定内ではあるが、あまり良い反応とは言えない。さすがに赤髪の男の顎を蹴り上げたのはよくなかったか。
笑顔の奥でエイラスは思考を巡らせた。彼とは仲良くしておきたいーー神秘保持者とは。
人智を越えた神秘の力。それを持つ彼をそばに置くことはエイラスに有利だからだ。
エイラスが知っている神秘持ちは、ヒューラ王国の現国王と息子、その親族のごく一部。あとは手が出しにくい他国の王や貴族、そして修道院にいる高位修道士たちだった。
国の目の前にいる男は市民出身で後ろ盾もない。彼を支配するに越したことはないと思っていた。
「畏まらないで。俺の方が年下でしょう」
「いいえ。立場が違います。マーリヒハルト家といえば侯爵位で……」
「名前で」
エイラスは改めてトニーに向き合った。エイラスご自慢の色素の薄い透明感のある緑色の瞳で見つめる。
「名前で呼んで」
エイラスは再び距離を詰める。腰が触れ合ってしまいそうな距離感だがトニーは微動だにせず無言を貫いていている。見上げるエイラスの顔は余裕たっぷりで、この近い距離感に慣れている様子だった。
ーー話を逸らそう。
長身でやたらに顔がいい侯爵に見下ろされるのはいい気分ではない。トニーは外の様子をうかがうようにして扉を見やり、視線を外した。
「皆さんはどう……呼び合っているんですか」
「騎士団は全員ルガー団長には敬語ですね。でもあとは気にしていないです。そうそう。カタファは市民の出ですが、敬語は使ってません。まぁ、俺は騎士団に入ったのも一番遅くて年下なので敬語ですけど」
エイラスはバンダナを巻く仕草をしながら言った。トニーもその特徴にピンと来たようだった。
「ほら、だから名前で呼んでください。死ぬ瞬間も一緒かもしれないんですよ、俺たち。だから気にしないで、ね」
エイラスの手がトニーの肩に伸びると、彼は身を滑らせて扉の方へ退避した。淀みのないスムーズな動きで、身のかわしは悪くないとエイラスは思った。
「ジブも同じ扱いになるのであれば」
「もちろん。皆、仲間ですから」
エイラスは笑いかけながら、赤髪のジブのことを思い出した。ルガーが言うように彼はトニーの犬だ。トニーを支配するためには、彼を排除しなければならない。面倒くさい事極まりないとエイラスは心の中で呟いた。
「トニー、もう少しで食事の時間なんです。一緒に行きましょう」
微笑みを絶やさずにエイラスはトニーに話しかける。トニーは一瞬うんざりしたような顔になって口ごもったが、そうですね乾いた声で答えた。
その直後、扉がノックされた。
「食事の時間だ、食堂へ案内する」
扉の向こうから聞こえてきたのはガヨの声だった。すいとトニーはエイラスの横をすり抜けて扉に向かう。
「食堂の開放時間は……」
説明を続けようとしたガヨは、部屋の奥で目を細めて笑うエイラスを見て驚きはしたがすぐに表情を元に戻してトニーに部屋を出るように言った。
エイラスはトニーの部屋の扉にいた。髪を整えて襟を正す。
ーー突然部屋を訪れて、彼はどんな反応をするものかな。
今の大陸にとって神秘は権力の象徴。遺伝性が強いという特徴も相まって、祖先の神秘を受け継いだ国王や高位貴族は神秘保持者を決して外には出さず、一族の血を高め続けてきた。
後天的に神秘を持った人間は稀ーー文献によると数百年以上いない。
そんな″特例″にエイラスは会いに来た。
制服の袖についた誇りをかるく払ってからエイラスは、扉をノックした。
「……はい」
ややあって扉が開き、トニーが顔を出した。茶色い髪に緑色の瞳。一般的なヒューラ人の外見的特徴を持つ平凡な男。彼が本当に神秘を持っているのかは若干の疑いがあるが、ルガーが騎士団宿舎の奥、地続きに建つ王城にすっとんでいったところを考えると真実であるように思えた。
エイラスは口角を上げ、トニーの身長に合わせて少しかがむ。
「初めまして、トニー。俺はエイラス=ザルド=マーリヒハルト。これからよろしくお願いします」
にこやかに話しかけながらエイラスは扉の沓摺(くつずり)を踏んで身を乗り出した。意図して近い距離で話しかけたが、トニーはたじろかなかった。
「マーリヒハルト様」
トニーは家名を復唱した。感情に乏しい抑揚のない声だ。
「トニー、入っていいですか?」
「……」
言葉はなかったが、トニーは一歩身を引いてエイラスを招く。簡素な備え付けの椅子を引いて、エイラスが掛けるのを待った。エイラスは礼を言ってからやんわりと椅子の位置を正して、あえて立ったまま距離を詰める。
「ありがとうございます。今日は入団初日だというのに大変でしたね」
「いいえ。ご迷惑おかけしました」
言葉尻は優しいが口調はきっぱりとエイラスを拒否していることがありありと伝わってくる。
ーー想定内ではあるが、あまり良い反応とは言えない。さすがに赤髪の男の顎を蹴り上げたのはよくなかったか。
笑顔の奥でエイラスは思考を巡らせた。彼とは仲良くしておきたいーー神秘保持者とは。
人智を越えた神秘の力。それを持つ彼をそばに置くことはエイラスに有利だからだ。
エイラスが知っている神秘持ちは、ヒューラ王国の現国王と息子、その親族のごく一部。あとは手が出しにくい他国の王や貴族、そして修道院にいる高位修道士たちだった。
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「畏まらないで。俺の方が年下でしょう」
「いいえ。立場が違います。マーリヒハルト家といえば侯爵位で……」
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エイラスは再び距離を詰める。腰が触れ合ってしまいそうな距離感だがトニーは微動だにせず無言を貫いていている。見上げるエイラスの顔は余裕たっぷりで、この近い距離感に慣れている様子だった。
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「騎士団は全員ルガー団長には敬語ですね。でもあとは気にしていないです。そうそう。カタファは市民の出ですが、敬語は使ってません。まぁ、俺は騎士団に入ったのも一番遅くて年下なので敬語ですけど」
エイラスはバンダナを巻く仕草をしながら言った。トニーもその特徴にピンと来たようだった。
「ほら、だから名前で呼んでください。死ぬ瞬間も一緒かもしれないんですよ、俺たち。だから気にしないで、ね」
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