ドルススタッドの鐘を鳴らして

ぜじあお

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1章 ヒューラの騎士団

カタファ 優しい男

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「ガヨ、ここです!」
 食堂につくなり、奥から大声でエイラスが呼びかけた。騎士団の中でも長身の彼が大きく手を振る姿に周囲の騎士や職員の目線が集まっている。
「やめろ、悪目立ちする」
「すみません」
 人の良さそうな完璧な笑みでエイラスは謝った。二人と離れてからとったのか、普段ハーフアップにしている髪を解いて目にかかるほどの長い白金の髪を下ろしている。
「みんなで座る分の席を確保するの、大変だったんですよ。感謝してくれてもいいじゃないですか」
 首筋に絡む髪を後ろに流す仕草でさえ画になる。
 エイラスの出自は端麗王と呼び声の高い王族の遠縁とあって、非常に整った顔立ちをしている。シャープな顎のライン、すっと通った鼻筋。口はやや大きいが、完璧ではないからこそ人懐っこさを感じさせる。
 その裏にある性根が綺麗であれば彼は完璧であったろうと、ガヨは思っていた。
「さあ、どうぞ」
 エイラスが着席を促したがトニーは無視してガヨに、食堂のカウンターが配膳形式かと尋ねた。
 表情を抑え込む様子を何回か見ていたので意志の弱そうな男だと思っていたが、案外気が強いらしい。
「ビュッフェ形式ですよ、トニー。取りに行きましょう」
 エイラスはくじけず立ち上がってトニーの背中を軽く押した。トニーは半ば押し出されるようにして、騎士団員や職員でごったがえす人々の塊の中に消えていった。

 ーーまぁ、上手くやるだろう。
 トニーもエイラスもいい大人だ。考えることを放棄してガヨは長椅子に腰かけた。
「よっ。ガヨはいつもの新人のお守りだな」
 少し掠れた明るい声。聞きなれたその声は背後から発せられた。特徴的な灰色の髪を揺らして、手には皿に豆と野菜、鳥苦のソテーをトレーを持っている。
「期待の新人だ。ルガー団長に言わせれば、自覚のない飼い主と犬らしいがな」
 ガヨはそう言いながら自身の斜向かいに座るようにカタファに言った。わざわざ斜向かいに座らせたことに対してカタファは少し変な顔をしたが素直にそれに従った。
「今回はちょっと特殊だしな。上手く面倒見てやれよ」
「いつもと変わらない。恙無くやる
「ま、そうだな。簡単に辞められる立場でもなさそうだし。俺もフォローするよ」
 カタファはにっこりと笑って食事を始めた。
 長いまつげから紫色の瞳が覗いている。カタファはまさに人が良く、気が利くやつだ。
 彼の母親は大陸でも東端、砂の国の出身で、カタファもその影響を深く受け、ヒューラ王国では珍しい髪色と肌、瞳だった。大柄な体格の多い騎士団の中では細身の部類に入る。
 野菜をフォークでつつくとカタファは小声で尋ねた。
「赤髪の……ジブはまだ寝てるのか?」
「ああ。エイラスからそう聞いている」
「ジブもたいがいクセが強そうなんだよな。見た目とか雰囲気は柔らかいんだけど、ちょっと……」
 カタファは小さな端切れ野菜をフォークで集めつつ言葉を選んではいるが、ガヨはルガーの言った¨飼い主と犬¨はいい得て妙だと思っていた。

「戻りました。……ってあれ、カタファ。どうしてそんなところに座ってるんです?」
 ガヨの斜向かいに、食事中のカタファが座っている。エイラスはどこに座ろうと立ち止まっていたが、トニーは奥からずいと顔を出して無言のままガヨの隣に座った。
「食えるのか?」
 カタファは向かいに座ったトニーに対して、頬をさするジェスチャーをした。殴られた箇所に問題がないかを問うカタファは心配そうに眉を寄せているが、トニーは単に、はい、と硬い言葉で返している。完全に拒否モードだ。
 ガヨはため息をついた。
「カタファ、トニー。お前らは同い年だから、堅苦しくしなくていい」
「え? そうなのか?」
 ぱっとカタファの顔が明るくなった。同い年であることではなく、会話の糸口が見つかったからだろう。
「じゃ、二十六歳どうし。これからもよろしく」
 カタファが卓上に腕を伸ばす。こぶしを軽く握って、小さく首を傾げ、トニーに同じ動きをするように促した。真向かいに座るとトニーはちぎったパンを手にしたまま固まっている。
 その流れを続けたのはエイラスだった。ふふ、と小さく笑ってからスープを掬っていたスプーンを置き、同じように肘を緩く伸ばして拳を突き出す。
「俺は二十一歳です。よろしくお願いします」
「……俺のことはもういいな。……ええと、ジブも二十一歳だ」
 トニーもおずおずと拳を並べた。手の甲まで覆う修道服の特徴的なデザインが目を引く。ぎこちない声は小さく、どこか義務的だった。
「……で、ガヨ。分隊長さんはおいくつですか?」
 からかうようなエイラスの声に三人の視線が、膝に手を置いたままのガヨに注がれた。特にトニーの視線は懇願するようだった。初対面の自分がやるのだからお前もやれ、とでも言いたげである。
 ガヨは諦めたように拳を突き合わせる。もともと、年齢の話を始めたのは自分だったからだ。
「俺は二十五だ」
 カタファとエイラスが笑い、トニーは拳を引っ込めてさっさと食事を再開した。ガヨは何とも言えないむず痒さを感じながら、「飯を取ってくる」と席を立った。

 去り際、トニーのトレーを確認する。選んだメニューは蒸した芋や根菜類が無造作に乗せられているだけで色味がない。塩やドレッシング類も使っていないようだった。

 国費で食事が賄われる騎士団では体づくりと士気の向上のため、市民からすればそれなりに良い食事が選べるというのに。
 ーー修道院のころの癖か? 質素なメニューばかりでは体がもたないだろうとガヨは思いながら食堂のカウンターに向かう。

「それにしても、ジブの槍はすごかったですね。団員が怪我したことは残念ですが、同じ槍使いからしたら素晴らしい投擲でした」
「ああ……本人に言ってくれ」
 エイラスは褒めてそやしたがトニーの返事は冷たかった。淡々と食事を口に運び、もそもそと食べている。
 そんなトニーの冷たい反応も意に介さず、エイラスは好きな食べ物やジブとの関係性、幼少期の思い出など聞いていたが、返事は、特にはない、とか、覚えてない、とか、とにかく話が広がるようなものではなく、広がらない話を気に病む様子もなかった。

 そうこうしていると両手のいっぱいにトレーを乗せたガヨが戻ってきた。トレーには肉やら魚やら野菜やらが大量に並べられている。
「食え」
 ドカンと机にトレーが置かれる。およそ軽素材の食器が立てていい音ではない。ガヨ自身も自分の食事を取ってきたようだが、トレーの上には規格外の山盛り料理が載せられている。
「いや……こんな量は食べられない」
 トニーの反応は当たり前だった。成人男性三人分くらいの量だ。
 エイラスとカタファは、あぁ、またかと苦笑していたが、特段フォローもせずに自分たちの食事を食べている。ガヨは笑われたことなど全く気にせずに、またトニーに話しかけた。
「なら、ジブのところへ持っていけ。二人部屋に入れたが、同室の傭兵は決まってないから実質一人部屋だ。迷惑をかけることもない」
 皿いっぱいに盛られた料理を見て、トニーは顔を上げた。
「ありがたいが、俺はジブの部屋を知らない。教えてくれ」
 そのトニーの声にいち早く反応したのはーー


【選択肢】①食堂からジブの部屋へ
→1/31UP予定
ガヨだった


カタファだった


エイラスだった

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