ドルススタッドの鐘を鳴らして

ぜじあお

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1章 ヒューラの騎士団

食事を運ぶのは【ガヨ】

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ジブの部屋に食事を運ぶ選択肢
ガヨ編


 「俺が案内する」
 ガヨの言葉にトニーが頷いた。次はカタファが口を開いた。
「それなら深めの皿と蓋をとってくるけど、こんなに食うの?」
「食べると思う」
 その言葉を聞いてカタファが席を離れた。エイラスはカタファを目で追っていたが、ガヨと目が合うと口元だけは微笑みの形を造った。結局カタファが戻ってくるまで、三人は何も話さなかった。

 カタファが持たせた手提げを携えて食堂から出ると、ガヨが口を開いた。
「部屋に入ったら、お前が仲介してしてくれ。俺はまだジブに挨拶を済ませてない」
「わかった」
 トニーが短く答えた。二人が絨毯の上を歩く音が響く。団員のほとんどが食堂に行っている時間帯とあって人影は多くなかった。
 ガヨは隣を歩くトニーを横目で見た。白い修道服の裾や袖に砂埃が付いている。セーラー襟の背中に刺繍された紋章は、ヒューラ王国、アステス王国、ノルウワ諸国の境に位置するコーソム修道院のシンボルだ。

「修道院でのことを聞かせてくれ」
 ガヨの質問は突飛だが、トニーは前を向いたまま答えた。
「コーソム集団院は土地柄、孤児や流れ者が多い。俺もジブも孤児だった。育ててくれた院には恩がある。あとは……、国境の近くだからか小さないざこざがよく起きた。魔物の襲来も多かった。だから傭兵として登録して金を稼いで院に納めた」
 トニーの声には抑揚が少ない。わざとなのか、癖なのかはわからないが気の利いた話ができるタイプではないのは確かだった。
「騎士団に入団しようと思った理由は?」
 だが気の利いたタイプではないのは、ガヨも同じだ。今の彼らの会話は、会話というよりは面接である。
「傭兵みたいな日雇い労働だと安定して稼げない。修道院に仕送りをすることと騎士団でコーソムの名を売ることを条件に修道院からの外出の許可を得た」
「なら、ジブも同じ理由か」
 トニーが急に立ち止まった。数歩先に行ってしまったガヨは引き返してトニーの前に立った。
「いや。知らない」
 トニーが顎に手を添えて言った。食事を入れている手提げが揺れて、かちゃりと音を立てた。トニーは慌てて手を体の横に直す。こぼれたら面倒だとぼやきが聞こえてきた。
 ガヨは長く息を吐きながら目頭を押さえた。
「ジブは多分、お前を心配して一緒に修道院から出たんだ。今日も、お前のために槍を飛ばたり、殴られたお前を見て怒ったり……それくらいわかってやれ」
 トニーは、ああと短く答えたが空返事だった。人の心の機微に無頓着すぎる。ジブが過保護になっていった理由が、ガヨには少し理解できた気がした。

 トニーがジブの部屋の扉をノックする。扉を開けたジブはラフなシャツ姿で袖からは鍛えられた二の腕がのぞく。
 ジブは嬉しそうにトニーを見たが、ガヨの姿を見ると少し警戒したような表情に変わった。
「ジブ。彼はガヨ。お前に飯を届けようと提案してくれた、いい奴だぞ」
 ガヨとジブの間に挟まれたトニーは場違いな明るい声で言った。仲介しろとガヨが言ったのを気にしているようだったが、演技臭くぎこちない。
「どうぞ」
 ジブはトニーの様子を見て少し笑うと、体を引いて二人を招いた。ベッド際には私物であろうバスケットに脱ぎ捨てられた修道服が無造作に置かれていた。
 ガヨは入り口手前にある一人用のテーブルの椅子に座った。ジブはその奥にあるベッドへらトニーは枕元にあるサイドテーブルに手提げを置いて、食器を取り出した。
「修道院の飯よりうまいぞ」
 トニーが食器とカトラリーをジブに渡す。ジブは受け取りながら礼を言って、ベッドをトントンと叩いた。トニーは叩かれた場所に座った。
 ジブは蓋を開け、食事前の祈りをせずに食べ始めた。思い返せばトニーも祈りを捧げていなかった。彼らは単に所属が修道院というだけで、敬虔な信徒ではないようだ。
 ジブの食べっぷりは気持ちよさを覚えるほどだった。体躯に見合った大食らいで、大きな一口で盛られた料理が吸い込まれるようになくなっていく。
 ガヨは、トニーとジブが食事を終わらせるのを待った。ジブは飯が旨いだとか、一人の空間で寝るのは初めてとか、修道服を洗濯しないといけないとか、熱心に話しかけるが、トニーの回答はすべて短い。会話も続かないのによく話すなとガヨは遠目で彼らを見守った。

 食べ終わったところで、ガヨは食器を食堂に戻すようにトニーに頼んだ。トニーは頷いて部屋から出ていき、ジブはそれを笑顔で見送った。
 トニーの背を見送ったジブは、当然のヨに椅子に腰掛けるガヨの目の前に立った。その顔にはもう笑みはない。ポケットに手を突っ込んでガヨを品定めしている。不躾な態度だがおべっかを使われるよりは楽だし、ジブのいう人間の人となりもおおよそ分かってきたので咎める気にはならなかった。
「トニーを守ってやれ、ジブ」
 ジブの垂れた目が見開かれた。彼は背筋を伸ばしてガヨの言葉を待っている。
「騎士団の上層部や国側にはあいつの存在が知れ渡ることになる。そうなると力を利用したい奴が出てくる。少し話しただけだが、あいつは少し抜けてるところがあるだろう。お前がうまく立ち回れ。今日みたいに感情的に暴れまわるな」
「……」
 ジブはゆっくりと部屋の奥に向かって歩き、ベッドに腰掛けた。依然として黙ったままだったが、先ほどの品定めの時のようなツンケンさはなくなっている。
「俺は言いたいのはそれだけだ」
 ジブの反応を待たずにガヨは立ち上がった。
 ガヨはこれまで神秘持ちに会ったことはないが、第三騎士団の中でまとめ役となっている彼とっては、団員の不和や小競り合いは避けたい事態である。だから親切心半分、面倒を起こすなという気持ち半分でジブを焚き付けた。

 扉の前に立ったガヨに、ジブが後ろから声をかけた。
「ご忠告どうも。お前、いい奴だな」
 横目で捉えたジブは自信ありげに笑っている。ガヨは片手を上げて応え、部屋から出ていった。

 ガヨが廊下を歩いていると、手ぶらのトニーが向こうから歩いてきた。食器を食堂に戻せたようだ。トニーはガヨの隣に立ち、並びだって歩きながら尋ねる。
「なんで廊下にいる?」
「お前を案内するのが俺の役目だ。それが終わったから部屋から出ただけた」
「……そうか。おかげで食事を届けられた。礼を言う」
 トニーは納得したのか、それ以上は言葉を発しなかった。ガヨも気にせず一方的に明日の朝食の時間やスケジュールなど必要な伝達事項を伝えた。

 トニーの部屋の前まで着いたとき、ガヨは一言、苦言を呈した。
「お前はもう少しジブを気にかけてやれ。安心して背中を預けられる奴を大切にしろ。お前にとっては弟みたいなものだろう」
「そうだな。……図体のでかい、甘えた弟だ」
 トニーはふっと笑った。初めて砕けた表情を見せた彼をガヨはまじまじと眺めた。緩く上がった口角と優しい視線に、二人の信頼関係が透けて見えた。ガヨの視線に気づいたトニーは表情を消してガヨを見返した。
「明日の朝、遅れずに起きろよ」
 ガヨは扉を閉めた。トニーが内鍵をかけた音を聞いてから、自室へ戻った。
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