ドルススタッドの鐘を鳴らして

ぜじあお

文字の大きさ
19 / 75
2章 無垢な黒

魔獣討伐戦

しおりを挟む
 耳をつんざく獣の咆哮が戦場を揺らした。

 巨大な狼が前足を踏み鳴らし、ぬらりと光る牙を剥き出す。
 狼の体高はゆうに平屋を越しており、咆哮は地面に伝わって傭兵たちの足の裏をびりびりと震えさせた。

 戦いの火ぶたを切ったのは後方に構える弓の矢だった。鋭い矢じりが狼の腹に突き刺さると、狼は淀んだ目を剥いて傭兵たちに襲い掛かる。
 稲妻のような速さで狼は魔法を唱えるローブの女の元へ一息で迫り、前足で撥ねる。
「ひっ」
 悲鳴も上げられず木に激突した女はピクリとも動かず、ずるずると血の跡を残しながら崩れていく。
 狼の爪は続いて黒髪の大男へと向かう。風を切る音を頼りに大男は最小限の動きで避けると、踏み込みざまに右腕のガントレットを狼の鼻先に叩きつけた。鈍い金属音と共に、狼の鼻が歪み、聞いたこともないような地を這う怒号があたりに響く。
 だが怒号が終わりきる前、牙は大男に向かった。音や風を頼りに避けた彼だが牙によって左腕を深々と刻まれ、傷口から鮮血が噴き出すーーが、大男の表情は変わらない。むしろ近づいた好機と言わんばかりに体重を乗せた拳を放つ。口角に当たった拳は肉を抉り、ぱっくりとマズルを裂いた。巨大狼の呻きと共に血が飛び散る中、大男は冷然と対峙している。

 痛みで暴走した狼は走りしな、恰幅の良い鎧を着た男を踏みつぶし、突進で狩人の女を吹き飛ばした。そして次は、狼を斬らんと向かってくる勇猛な剣士の肩に嚙みつく。
「うぎっ……!」
 彼の肩は紙をちぎるように簡単にもげた。狼が首を振るとちぎれた腕が後方に立つローブを着た男の顔面に当たり、彼の服を血で台無しにした。
「い……っいやだ、死にたくない!」
 腕のちぎれた剣士はほうほうのていで逃げ出したが、狼は剣士の足にかみつき、ひょいと上空に上る。空に浮いた剣士の情けない断末魔は牙を剝いた狼の口の中に消えていった。

 ぐちゃり、ぐちゃりと狼が咀嚼する。たまに大きな骨が割れる鈍い音もした。狼の口からは、剣士の一部だったであろう新鮮なピンク色の臓物がこぼれ落ちた。
「ひ、ひぃぃ!」
 前線にいた男が悲鳴を上げて逃げ出し森へ向かって走り出したーーが背後から迫る剣が心臓を深々と貫いた。男は絶望の表情を浮かべ、剣に凭れかかるように崩れ落ちる。
 前蹴りで剣から死体を引き抜いたのは、紺色の髪を返り血で汚したガヨだった。
「逃げる者は殺す!」
 ガヨは死体の顔を踏みつけ、血濡れた剣を高く掲げて傭兵たちに冷然と宣言した。それに呼応するように彼らを囲んでいた騎士団が鎧を軋ませ立ち上がる。
「……っう、うわぁぁぁ!」
 静まり返った戦場で、一人の傭兵が狂ったように雄たけびを上げて狼に突進した。その狂気に触発されたかのように他も狼に向かって走り出す。

 一方で、ガントレットを付けた大男は複数人の声と足音で狼の位置を見失っていた。
 だが周りの状況を把握しようと僅かに俯いた。
 わずかな間があって、ピクリと大男の肩が揺れ、赤く染まったガントレットから血が滴り落ちる寸前、再び狼に向かって走り出した。
 巨大な体躯からは想像のつかない疾風の如く速さで狼の元にたどり着くと、戦士が狼の首に深々と突き立てた大剣を足掛かりにして、粗末な靴を突き破って足が切れることを厭わずに狼の頭の上へ登る。
 そしてーー拳を頭頂部に叩きつけた。ぼぎりという大きく鈍い音がした。拳は頭蓋骨を貫通し、ずぶずぶと狼の頭頂部に埋まっていく。大男の肩までが脳に埋まりきった時、狼は泡を吹いてその巨体を傾けた。大男が腕を引き抜いて血まみれの地面に飛び降りると同時に狼は崩れ、痙攣しながら命の灯を枯らしていった。

 戦場に静寂が戻る。
「……試験は終わりだ。生存者は仮設基地へ」
 剣についた血を払って納刀したガヨは、傭兵たちに背を向けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

サークル合宿に飛び入り参加した犬系年下イケメン(実は高校生)になぜか執着されてる話【※更新お休み中/1月中旬再開予定】

日向汐
BL
「来ちゃった」 「いやお前誰だよ」 一途な犬系イケメン高校生(+やたらイケメンなサークルメンバー)×無愛想平凡大学生のピュアなラブストーリー♡(に、なる予定) 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 ♡やお気に入り登録、しおり挟んで追ってくださるのも、全部全部ありがとうございます…!すごく励みになります!! ( ߹ᯅ߹ )✨ おかげさまで、なんとか合宿編は終わりそうです。 次の目標は、教育実習・文化祭編までたどり着くこと…、、 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 総愛され書くのは初めてですが、全員キスまではする…予定です。 皆さんがどのキャラを気に入ってくださるか、ワクワクしながら書いてます😊 (教えてもらえたらテンション上がります) 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 ⚠︎書きながら展開を考えていくので、途中で何度も加筆修正が入ると思います。 タイトルも仮ですし、不定期更新です。 下書きみたいなお話ですみません💦 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」 卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。 一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。 選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。 本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。 愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。 ※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。 ※本作は織理受けのハーレム形式です。 ※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください

カメラ越しのシリウス イケメン俳優と俺が運命なんてありえない!

野原 耳子
BL
★執着溺愛系イケメン俳優α×平凡なカメラマンΩ 平凡なオメガである保(たもつ)は、ある日テレビで見たイケメン俳優が自分の『運命』だと気付くが、 どうせ結ばれない恋だと思って、速攻で諦めることにする。 数年後、テレビカメラマンとなった保は、生放送番組で運命である藍人(あいと)と初めて出会う。 きっと自分の存在に気付くことはないだろうと思っていたのに、 生放送中、藍人はカメラ越しに保を見据えて、こう言い放つ。 「やっと見つけた。もう絶対に逃がさない」 それから藍人は、混乱する保を囲い込もうと色々と動き始めて――

処理中です...