ドルススタッドの鐘を鳴らして

ぜじあお

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2章 無垢な黒

目を治せ

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 ルガーは、ガヨが差し出した遠征の報告が記載されたタブレットを見ていた。
 団長室に集められたガヨ、エイラス、ジブ、トニーは一列に並び静かに敬礼の姿勢を保っている。
 カタファだけルガーの背後に立っていて、ルガーの大きな背を挟んで、四人と対峙するような形になっていた。
 ルガーは度々、カタファだけを彼の背後に立たせた。こういう時は必ずと言っていいほどルガーはその加虐性を隠さず、目の前にいる面々に向ける。
 カタファは背後からタブレットをそっと覗いたが、背面にある窓から差し込む強い光が反射し、細かい文字情報は見ることができなかった。

「こいつを、お前ら仲良し五人組に加えてやれ」
 ルガーはタブレットを執務机に投げつけた。大きな音を立てて倒れたタブレットに映し出されていたのは、大男ーー名は「エンバー」と表示されているーーの姿だった。

「上申します」
 ジブが普段とは違った厳格な様子で言う。同時に踵を合わせたブーツがぶつかる音がした。
「大男の資質は騎士団に見合うとは思いません。第三騎士団は国の保有する戦力です。行動に責任と品位を持てる者でなければ、国の信用を損ねる恐れがあります」
 それらしい理由と態度だが、声からエンバーを加入させたくないという意思がありありと伝わってくる。頑なな態度でいるジブに対して、ルガーは眉一つ動かさず口を開いた。
「騎士団規則第三条一項。……ガヨ、言ってみろ」
 ガヨは直立したまま回答した。
「『第三騎士団は国民の剣であり盾である』」
「そうだ。第三騎士団の存在意義を示した理念的条項だ。これは騎士団が、国民の剣であり盾であると……つまり国民を守る道具になることを示している。道具を振るう人間になれってことじゃねぇ。それは国である国王の役割だ」
 そういうとルガーは立ち上がった。ゆっくりと団長室の中を歩きながら言葉を続ける。
「道具ごときが、責任だの品位だの薄っぺらい綺麗事を盾にするんじゃねぇ。ジブ、お前は個人的感情で強い道具を捨てようとしている。騎士団として恥ずべき……そして道具としてあるまじき行動だ」
 そのままルガーは、彼ら分隊の長であるガヨの横に立った。直れ、とルガーが命じるとガヨは言葉の通りルガーに向き合う形に姿勢を正した。
「ガヨ。お前の部下は自分が団員を選別する″人間″になったでいるぞ。お前らは道具だ。そこに疑問や意思を持つな。そしてそれを、分隊長であるお前が教えこめ」
 ガヨの頬を軽くはたきながらルガーは笑みを浮かべた。ガヨは反抗もせず、伸びた背を乱すことなく立っているがーー噛み締めた唇が震えている。カタファは机越しにそれを見ていた。
 表情には出さないが、カタファの胸にはこみ上げる怒りがあった。
 ガヨは騎士であることに対して誇りを持っている。彼の実家は貴族ながら武人の家系で、武によって国に、国民の貢献できることを何よりも尊ぶ。それを知っているからこそ、ルガーはわざわざ一番嫌がる言葉を考えて吐くのだ。
 ーー相変わらず悪趣味だ。自分の親とそう年齢の変わらない彼が、なぜそこまでして人の心をえぐりたいのかカタファには理解できなかった。

「神秘持ち……エンバーの目を治せるな?」
 ガヨをはたいて満足したルガーがトニーに問いかけた。トニーは、はいと短く答えたが隣に立つジブは明らかに苛立って肩を震わせている。ルガーはその震えを残酷に笑っているが、割って入ったのは場違いに明るい声だった。
「ルガー団長。お言葉ですが、団員はすでにエンバーを盲目だと認識していますよ。それなのに急に目が治ったら不審がるでしょう。彼らにどう説明をするおつもりですか? 万が一、神秘の力で治癒されたと周囲から疑われたら……あまつさえそれが、現に神秘を有する国王の耳に入ったら大変です」
 声の主はエイラスだ。彼の実家はルガー団長より高位の侯爵家。しかも彼本人はヒューラ王国、国王の”お気に入り”。ベッドの上でエイラスがルガーの悪口を吹き込もうものならーー即、解雇もありうる。エイラス自身は”王のお気に入り”であることを面倒だが便利だと思っていないと、カタファに以前話したことがあったが、なるほど、こういう時に使うのかと少し感心してしまう。
 ーーだが。ルガーは大きく笑うだけだった。
「エンバーは、実は目が見えていた。俺がそう言えば終わりだ。だろ?」
 張りのあるルガーの声には傲慢とも取れる自信が垣間見れる。
 あながち、ルガーの言うことも嘘ではない。第三騎士団のトップであるルガーの絶対的な権力とカリスマ、暴力性ーーそれを持ってすれば、団員の白を黒にすることは容易だ。

「そうだ……エイラス。ついでに、エンバーに人間の世界を教えてやれ」
「はい」
 返事をしたエイラスの声は少しも動揺していない。殊、受け流しという点ではエイラスは優秀だ。これ以上反抗することに意味を見出していないのだろう、取り繕う様子もなく言葉を返した。
「それは彼に常識を覚えさせろ、ということでよろしいですか」
 エイラスのにこやかな表情はルガーを見つめている。
「すべてを教えろ。常識も作法も。あいつは異国から来たようだからな」
 そしてルガーは下卑た顔で言った。
「ああ、そうだな。男の楽しませ方を教えてやってもいい。お前にとっては趣味の延長みたいなもんだろう」
「それは必要であれば教えますよ」
 エイラスは目を細めて爽やかに微笑んだ。それは会話が面倒になった時の癖でもあった。

「トニー」
 ルガーは珍しくその名を呼んだ。
「エンバーはお前に神のように縋ったと聞いたぞ。……犬と信奉者。神秘持ちは苦労せずに、何でも”持ってる”。お仲間もたくさん、信者もたくさんいて羨ましい」
 吐き捨てた言葉は団長室に落ちていく。誰もが黙りこくる中、ルガーの目線はついにカタファに向かった。
「不公平だよなぁ、カタファ。同じ騎士団員だってのに、ぼやっとした新人は一人部屋で、二人の従者を持ってる」
 ルガーはもちろん、後ろにいるガヨたちの目線が一気にカタファに集まった。
 ーーそんなに見るなよな。穴が開いちまうよ。
 それでもカタファは笑みで頬を膨らませ、確信めいて言葉を紡いだ。
「俺には不公平かどうかを論じる必要性がありません。それこそーー来歴や性能差があることを鑑みて剣を振るうのは、人間の役目ですから」
 移民二世、市民出身のカタファは、徹底した貴族階級の染みつく騎士団では少し浮いている。そんな彼は商人の家で培った人柄の良さと観察眼で、無意識に相手の欲しいものを見つけ出す力がありーー今回もルガーを満足させる回答を出来たようだった。
「その通り」
 カタファを振り返ったルガーの瞳は、窓の光を浴びてきらりと反射した。その声もかすかに柔らかくなっている。
 カタファは胸を撫でおろした。誰かが従わなければ、今度はルガーの拳が飛ぶだろう。おそらくそれはトニーに。一番体が小さく、本人が文句を言わないからだ。

 部屋に差し込む陽の光は強かったが、ルガーの黒い感情を射すことはない。
「お前らは道具。道具に思慮はあっても意思はいらねぇ。強すぎても駄目だ。ましてや崇拝されたり純朴な犬を連れまわすことなんぞ、あってはならねぇ」
 厚い雲が太陽を隠しつつあった。差し込む光が次第に細くなり、最後には失われる。暗くなった部屋を出ていくには、彼の指示に、承知いたしましたと言う他なかった。
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