29 / 75
3章 戦士の心は
第三騎士団ガヨ分隊。入団数ヶ月後の彼らの関係性と性格
しおりを挟む
ーーここで話はトニー達が食堂へ着く少し前にさかのぼる。
団員の笑い声と食器のぶつかる音が響く食堂にカタファはジブと一緒にいた。
カタファはトニーの部屋から出てから、通信のできるイヤーカフ型の魔法石でトニーの起床をルガーと医務室に伝えた。一度自身も部屋に戻ろうと歩を進めていたところで、偶然ジブに出会った。
いや、偶然というのはおそらく違う。寄宿舎の構造と部屋の割り当てを考えると、訓練終わりのジブが来るには遠回りの場所にトニーの部屋がある。わざわざ、彼はトニーの様子をうかがいに来たのだろうとカタファには推察できた。
ジブはトニーと同様に真新しい制服を着ていた。ジブの制服は他の団員と同じく黒を基調にしたもので、濃い赤髪とのコントラストが彼の精悍さを目立たせている。
「ジブ、制服が似合うな」
カタファは軽くジャブを打った。だが、ジブは押し黙ったまま何も話さない。彼の背後に流れる雰囲気は最悪だったが、カタファは気付かないふりをして語り続けた。
「トニーの制服は白を基調とした修道服っぽい意匠だったぞ。まあ、あいつのことだから『洗濯が面倒だ』とか言いそうだけどな」
「……」
ジブは相変わらず黙ったまま。その姿はトニーが言うような”弟”のような子供っぽい怒りではなく、根深い何かがあるようにカタファには思えた。
「ジブ」
カタファは声を低くして話した。明るく話しかける意味がないからだ。
「不機嫌を周りに振り撒くな。ほかの団員にとっては何も変わらない夜を過ごし、朝になっただけ。トニーも単に体調不良ってことになってる。お前が不機嫌だとほかの団員が事情をトニーに聞きに行くぞ。それで満足か?」
ぎろりとジブが睨んできた。相当苛立っているようだ。ゆらりと目の前に立ちはだかり凄んで言った。
「何でお前は夜だけじゃなく、朝からトニーの部屋で看病してるんだよ俺でもよかっただろ?」
カタファは拍子抜けした。
ーーやっぱり、ジブは子供っぽい……のかもしれない。
「……俺が同じ分隊の中で治療魔法が使えるからだろ? それ以上でもそれ以下でもない。単純な役割。ジブがトニーを大事に思ってるのは十分トニーに伝わってるって」
そう言うと、ジブは不機嫌ながらも多少は刺々しさを納めた。そうだよな、と小さく呟いたジブの声は安堵の吐息にも聞こえた。
ーーそれから何とか機嫌を取りなしつつ、食堂についたというのにーー。
突然立ち上がって手を振ったジブの視線の先を見ると、確かに制服姿が浮かんで見えた。だが隣にいる人物が問題だった。
「ジブ、カタファ!」
エイラスだ。彼の済んだ声が聞こえた。ジブのご機嫌ゲージが上限近くまで上がった瞬間、マイナスに振りきれそうになったのをカタファは肌で感じていた。
ジブとカタファは犬猿の仲と言っていい。ジブが一方的に突っかかっているように見えるが、エイラスもわざわざ丁寧にジブの沸点を上げに行っている節がある。
同じ年齢で同じ槍使い。タイプは違えど二人は顔つきも整っている。トニーに若干面倒がられているのも同じだ。他人から比較されたり、無意識に自ら比較したりして、互いに牽制しあっているような仲だ。
エイラスはわざと大きな声を出したのだろう。
ーートニーと一緒にいることをジブに示すために。
一見柔和で誰にでも余裕たっぷりな態度のエイラスは、自身の言動で相手がどう動くかをじっくりと観察する腹黒さがあった。
椅子にどっかりと座ったジブの顔を見やる。
いつもなら俺がトニーを連れてくるのに! とはっきり顔に書いてある。
カタファはため息をつきながらコップの水を飲んだ。水を飲んでもこの場の気まずさは流れないが、冷たい水が喉を通ると少し冷静になれる気がした。
トニーとエイラスが人込みをかき分けながら近づいてくる。相変わらずジブは、嫉妬と怒りとが入り混じった鋭い眼光のままだった。
「ジブ。顔、顔!」
カタファは両手の人差し指で口角を指し示したが、ジブは黙ったままふいと視線を逸らした。そんな顔をしてはエイラスの思う壺だと言いたかったが、それを言ったところで事態が良くなることはないかと半ば諦めた気持ちで黙っていた。
ただ、ジブがここまで露骨に不機嫌を表すのは見たことがない。普段の彼ならすぐさまトニーに近づき、心配したと甘えた声で、”弟”としての立場を最大限利用するはずだ。
可愛い弟分かと思ったジブは、その実、身も心も立派な男で、トニーの行動を操るところがあった。
特に分隊の合同演習の際には、誘導して思い通りトニーを動かしては、何ともない顔で「俺もそれがいいと思ってた!」などと同調して見せるのだ。その度、編隊にガヨが頭を悩ませていることをカタファは知っていた。
ーーどうすりゃいいんだよ。
ジブは機嫌が最悪。エイラスはそんなジブを見てご機嫌だし、トニーのあの顔は多分、飯のことしか考えていない。
せめて昼飯くらいは仲良く食えよとはっきり言えたらどんなに楽か。
ガタンと椅子を引く音でカタファの思考は中断した。視界の端に茶色い髪が見える。隣に座ったトニーは、カタファの顔を見てぎょっとした。
「カタファ。顔色悪くないか?」
「はは……さっきまで寝てた奴に言われたくないっての」
言葉を返されたトニーの瞳が一瞬、揺らいだ。口角が少し下がり唇に力が入る。だが瞬きをすると、表情が無になって視線を前に向けてしまう。
ーーああ、何か考えて黙り込むいつもの仕草だ。カタファはフォローのために口を開こうとして、止めた。
トニーもトニーでクセがある。
徹底した感情の抑制は心の脆さからくる防衛反応だ。
ーー悪い奴ではない。悪い奴ではないが……。
表面上の冷たさを乗り越えて彼に近づくと、その危うさと自己犠牲に近い責任感に目が離せなくなる。それはある種の引力になっていて、無意識に周囲の目を引く。
だからカタファは、トニーとは一線を置いて親しき同僚であろうと考えていた。深追いすれば目の前にいる腹黒と偽”弟”に巻き込まれるからだ。
次は、かちゃかちゃと刀が鞘の中で揺れる音が近づいてきた。団員の引き締まった挨拶を受けながら小走り気味に寄ってくるのはーーガヨだ。
「何だお前ら。集まって座ってるだけで……何故、飯を食わない? 先に食ってても俺は叱らないぞ」
日中の暑さに湿度が伴うようになったが、ガヨの制服の詰襟はきっちりと閉じられている。ガヨが言う「先に食っても気にしない」は本当だ。だが、待っているであろういつもの面子を気遣って走ってきたのがわかる。平静に発言する自身を演出しているのだろうが、汗を拭いて濡れた袖口と撫でつけられた髪が彼の不器用な優しさを引き立てている。
ガヨの茶褐色の瞳が素早く動く。椅子に座る面々の様子をすぐに察知したようだった。
「ジブ、トニーを連れてカウンターに行け。俺たちの分も持ってこい」
立ち上がる二人にエイラスも続いた。
「二人で運ぶのは大変でしょう。俺も行きますよ」
「いや。お前は午前中に王城に行ってきただろう。何があったか報告しろ」
ガヨは机を軽く叩いてエイラスに着席を促した。ジブとトニーには手を払う動作で行って来いと促すことも忘れなかった。エイラスの報告を聞きながら、ガヨはタブレットを取り出して発言をメモしている。
その姿をカタファは頬杖をついて見ていた。
ガヨは規律と責任を重んじる人物で、二十五歳と団員の中でも若手ながら、しっかりと組織をまとめている。観察眼があり、過不足なく人間関係を回す冷静な目を持っている。今もジブの苛立ちを感じ取って、トニーと一緒にいさせるという一番早い解決方法を選んだ。有無を言わさない雰囲気と感情の交わらない合理的な理由を即座に述べるのはカタファにはできない芸当だ。
「おい。カタファ、聞いてるか」
その視点は取りこぼす者が出ないように広く、優しい。口数も少なく、一見すると非常に現実主義者だが、隠しきれない根の優しさは美貌と演出のエイラスとは違ったカリスマとなって、団員の支持を集めている。
「あぁ、聞いて……」
その時、食堂の入り口からどよめきが響いてきた。でけぇやらこんな目を初めて見たやら困惑と興奮がすぐさま伝播し食堂を覆った。ガヨの視線がざわめきの中心に注がれる。その人物をじっと見つめ、″どう声を掛けようか″思案する顔になっている。
ーー俺、このパターン知ってるわ
カタファは腕を組んで天を仰ぎ、目を瞑った。
エイラスは何も言わずに微笑むだけ。傍観者を決め込む腹づもりだろう。
ーーこの後、面倒に巻き込まれる。
カタファは確信していた。
ガヨは頭も良ければ采配も上手い。それに面倒事を面倒と思わない素朴な面がある。高い理念と行動力を持ってすべてに全力で対処するが、すべての人間が彼のように真正面からまじめに仕事をこなすわけではない。知らんぷりしたり、自分にはできませんと能力を低く見せて逃げたり、事態を掻き回して楽しんだりーーそういう人間が世の中にいることをガヨは何故か分かっていない。
食堂の入り口にはやはりエンバーが立っていた。団員の中で一番の体躯が目立たないわけがない。その黄金の瞳も相まって、余計な注目を集めている。
椅子を引く音がした時にはガヨが立ち上がって背を向けていた。きっとエンバーを迎えに行くのだろう。カタファはもう諦めの気持ちでその背中を見送った。
ガヨは出入り口に固まる団員を蹴散らしエンバーと二,三言葉を交わすと、カタファたちのいる卓へと戻ってくる。
カタファがもう一口水を飲もうとしたが、コップは空だった。斜めに座るエイラスは組んだ両手の上に顎を載せて、相変わらずの微笑みでガヨとエンバーを見ていた。
入口とは反対、カウンター側から、がちゃんと食器が揺れる音がした。振り返ると硬い表情のトニーと冷たい顔のジブが立っている。ジブの目線はすぐにトニーの表情を追った。トニーの表情の変化は乏しく口を強く締めているくらいだったが、力が入った肩が上がっている。そんなトニーを見たジブは眉を寄せ、不快感を隠さない。
「食事、取ってきてくれてありがとうございます。食べましょう」
エイラスはトニーの手からトレーを取って机に置いて座った。ジブは少し遅れて、音を立てながらトレーを置いた。乱暴に置くものだからシチューの器が大きく揺らぎ、中身が机に少し零れた。
エイラスは立ち上がり、にっこりと笑った。トニーを卓の中心に座るように誘導して、それぞれを見回す。
「新生ガヨ分隊が揃いましたね。せっかくですし皆で楽しくランチにしましょう」
エイラスの愉快そうな声が、カタファには地獄の門が開く音に聞こえた気がした。
向かいにジブ、エンバー、エイラスが座り、カタファ側は、カタファ、トニー、ガヨの順で座った。誰もが誰とも目を合わせない。エンバーに至っては食事前の祈りをぶつぶつ唱えており、周りの交流は遮断状態だ。
他の団員は皆、遠巻きのカタファのいる卓を見ている。ジブやトニーも傭兵出身の外部入団ということもあり異質ではあったが、エンバーの異様な雰囲気はその度合いが違う。普段なら静寂を知らない食堂も今ばかりは緊張が走っている。
食堂全体がピリついてきている。
ここはーー俺がどうにかしないと。カタファは小さくため息をつくと、笑顔を作った。
「トニー」
カタファは隣に座る白い制服の男に声をかけた。
「なんか顔色悪いぞ。食事は運んでやるから、部屋で食えよ」
トニーの肩を叩くと彼はかすかに眉を顰め、何度か瞬きをした。実際顔色は悪くないが、居心地は悪いだろう。カタファをじっと見つめたあと、そうさせてもらうと言った。足早に去っていくトニーの背中にいち早く反応したのはガヨだった。微妙な立場とトニーを宥めるのはリーダーの務め、といった感じで正義感に溢れた行動だからか誰もーージブでさえもそれを咎めはしなかった。
「カタファ、ここを任せるか」
耳元でガヨが囁いた。カタファは大きく頷く。
「任せろ。まぁ、何とかなるだろ」
ガヨの背中とともに、かちゃかちゃと刀が鞘の中で揺れる音が遠ざかる。カタファはその背中に手を振った。
目の前にいるのは、不機嫌を隠さないジブ、微笑みを絶やさずガヨの背中を目で追うエイラス、祈りを終えたのかいつの間にかもくもくと食事を進めるエンバー。
なんとかするさ。カタファは独り言つ。
ーー俺は豪商サウサ・サーラ家の三男坊。金のあるところにトラブルあり。幾度となく、こんな小競り合いを収めてきた。
「じゃあ、いただきまーす!」
カタファは大きくぱちんと手を合わせて、周囲の注目を一手に集めた。
団員の笑い声と食器のぶつかる音が響く食堂にカタファはジブと一緒にいた。
カタファはトニーの部屋から出てから、通信のできるイヤーカフ型の魔法石でトニーの起床をルガーと医務室に伝えた。一度自身も部屋に戻ろうと歩を進めていたところで、偶然ジブに出会った。
いや、偶然というのはおそらく違う。寄宿舎の構造と部屋の割り当てを考えると、訓練終わりのジブが来るには遠回りの場所にトニーの部屋がある。わざわざ、彼はトニーの様子をうかがいに来たのだろうとカタファには推察できた。
ジブはトニーと同様に真新しい制服を着ていた。ジブの制服は他の団員と同じく黒を基調にしたもので、濃い赤髪とのコントラストが彼の精悍さを目立たせている。
「ジブ、制服が似合うな」
カタファは軽くジャブを打った。だが、ジブは押し黙ったまま何も話さない。彼の背後に流れる雰囲気は最悪だったが、カタファは気付かないふりをして語り続けた。
「トニーの制服は白を基調とした修道服っぽい意匠だったぞ。まあ、あいつのことだから『洗濯が面倒だ』とか言いそうだけどな」
「……」
ジブは相変わらず黙ったまま。その姿はトニーが言うような”弟”のような子供っぽい怒りではなく、根深い何かがあるようにカタファには思えた。
「ジブ」
カタファは声を低くして話した。明るく話しかける意味がないからだ。
「不機嫌を周りに振り撒くな。ほかの団員にとっては何も変わらない夜を過ごし、朝になっただけ。トニーも単に体調不良ってことになってる。お前が不機嫌だとほかの団員が事情をトニーに聞きに行くぞ。それで満足か?」
ぎろりとジブが睨んできた。相当苛立っているようだ。ゆらりと目の前に立ちはだかり凄んで言った。
「何でお前は夜だけじゃなく、朝からトニーの部屋で看病してるんだよ俺でもよかっただろ?」
カタファは拍子抜けした。
ーーやっぱり、ジブは子供っぽい……のかもしれない。
「……俺が同じ分隊の中で治療魔法が使えるからだろ? それ以上でもそれ以下でもない。単純な役割。ジブがトニーを大事に思ってるのは十分トニーに伝わってるって」
そう言うと、ジブは不機嫌ながらも多少は刺々しさを納めた。そうだよな、と小さく呟いたジブの声は安堵の吐息にも聞こえた。
ーーそれから何とか機嫌を取りなしつつ、食堂についたというのにーー。
突然立ち上がって手を振ったジブの視線の先を見ると、確かに制服姿が浮かんで見えた。だが隣にいる人物が問題だった。
「ジブ、カタファ!」
エイラスだ。彼の済んだ声が聞こえた。ジブのご機嫌ゲージが上限近くまで上がった瞬間、マイナスに振りきれそうになったのをカタファは肌で感じていた。
ジブとカタファは犬猿の仲と言っていい。ジブが一方的に突っかかっているように見えるが、エイラスもわざわざ丁寧にジブの沸点を上げに行っている節がある。
同じ年齢で同じ槍使い。タイプは違えど二人は顔つきも整っている。トニーに若干面倒がられているのも同じだ。他人から比較されたり、無意識に自ら比較したりして、互いに牽制しあっているような仲だ。
エイラスはわざと大きな声を出したのだろう。
ーートニーと一緒にいることをジブに示すために。
一見柔和で誰にでも余裕たっぷりな態度のエイラスは、自身の言動で相手がどう動くかをじっくりと観察する腹黒さがあった。
椅子にどっかりと座ったジブの顔を見やる。
いつもなら俺がトニーを連れてくるのに! とはっきり顔に書いてある。
カタファはため息をつきながらコップの水を飲んだ。水を飲んでもこの場の気まずさは流れないが、冷たい水が喉を通ると少し冷静になれる気がした。
トニーとエイラスが人込みをかき分けながら近づいてくる。相変わらずジブは、嫉妬と怒りとが入り混じった鋭い眼光のままだった。
「ジブ。顔、顔!」
カタファは両手の人差し指で口角を指し示したが、ジブは黙ったままふいと視線を逸らした。そんな顔をしてはエイラスの思う壺だと言いたかったが、それを言ったところで事態が良くなることはないかと半ば諦めた気持ちで黙っていた。
ただ、ジブがここまで露骨に不機嫌を表すのは見たことがない。普段の彼ならすぐさまトニーに近づき、心配したと甘えた声で、”弟”としての立場を最大限利用するはずだ。
可愛い弟分かと思ったジブは、その実、身も心も立派な男で、トニーの行動を操るところがあった。
特に分隊の合同演習の際には、誘導して思い通りトニーを動かしては、何ともない顔で「俺もそれがいいと思ってた!」などと同調して見せるのだ。その度、編隊にガヨが頭を悩ませていることをカタファは知っていた。
ーーどうすりゃいいんだよ。
ジブは機嫌が最悪。エイラスはそんなジブを見てご機嫌だし、トニーのあの顔は多分、飯のことしか考えていない。
せめて昼飯くらいは仲良く食えよとはっきり言えたらどんなに楽か。
ガタンと椅子を引く音でカタファの思考は中断した。視界の端に茶色い髪が見える。隣に座ったトニーは、カタファの顔を見てぎょっとした。
「カタファ。顔色悪くないか?」
「はは……さっきまで寝てた奴に言われたくないっての」
言葉を返されたトニーの瞳が一瞬、揺らいだ。口角が少し下がり唇に力が入る。だが瞬きをすると、表情が無になって視線を前に向けてしまう。
ーーああ、何か考えて黙り込むいつもの仕草だ。カタファはフォローのために口を開こうとして、止めた。
トニーもトニーでクセがある。
徹底した感情の抑制は心の脆さからくる防衛反応だ。
ーー悪い奴ではない。悪い奴ではないが……。
表面上の冷たさを乗り越えて彼に近づくと、その危うさと自己犠牲に近い責任感に目が離せなくなる。それはある種の引力になっていて、無意識に周囲の目を引く。
だからカタファは、トニーとは一線を置いて親しき同僚であろうと考えていた。深追いすれば目の前にいる腹黒と偽”弟”に巻き込まれるからだ。
次は、かちゃかちゃと刀が鞘の中で揺れる音が近づいてきた。団員の引き締まった挨拶を受けながら小走り気味に寄ってくるのはーーガヨだ。
「何だお前ら。集まって座ってるだけで……何故、飯を食わない? 先に食ってても俺は叱らないぞ」
日中の暑さに湿度が伴うようになったが、ガヨの制服の詰襟はきっちりと閉じられている。ガヨが言う「先に食っても気にしない」は本当だ。だが、待っているであろういつもの面子を気遣って走ってきたのがわかる。平静に発言する自身を演出しているのだろうが、汗を拭いて濡れた袖口と撫でつけられた髪が彼の不器用な優しさを引き立てている。
ガヨの茶褐色の瞳が素早く動く。椅子に座る面々の様子をすぐに察知したようだった。
「ジブ、トニーを連れてカウンターに行け。俺たちの分も持ってこい」
立ち上がる二人にエイラスも続いた。
「二人で運ぶのは大変でしょう。俺も行きますよ」
「いや。お前は午前中に王城に行ってきただろう。何があったか報告しろ」
ガヨは机を軽く叩いてエイラスに着席を促した。ジブとトニーには手を払う動作で行って来いと促すことも忘れなかった。エイラスの報告を聞きながら、ガヨはタブレットを取り出して発言をメモしている。
その姿をカタファは頬杖をついて見ていた。
ガヨは規律と責任を重んじる人物で、二十五歳と団員の中でも若手ながら、しっかりと組織をまとめている。観察眼があり、過不足なく人間関係を回す冷静な目を持っている。今もジブの苛立ちを感じ取って、トニーと一緒にいさせるという一番早い解決方法を選んだ。有無を言わさない雰囲気と感情の交わらない合理的な理由を即座に述べるのはカタファにはできない芸当だ。
「おい。カタファ、聞いてるか」
その視点は取りこぼす者が出ないように広く、優しい。口数も少なく、一見すると非常に現実主義者だが、隠しきれない根の優しさは美貌と演出のエイラスとは違ったカリスマとなって、団員の支持を集めている。
「あぁ、聞いて……」
その時、食堂の入り口からどよめきが響いてきた。でけぇやらこんな目を初めて見たやら困惑と興奮がすぐさま伝播し食堂を覆った。ガヨの視線がざわめきの中心に注がれる。その人物をじっと見つめ、″どう声を掛けようか″思案する顔になっている。
ーー俺、このパターン知ってるわ
カタファは腕を組んで天を仰ぎ、目を瞑った。
エイラスは何も言わずに微笑むだけ。傍観者を決め込む腹づもりだろう。
ーーこの後、面倒に巻き込まれる。
カタファは確信していた。
ガヨは頭も良ければ采配も上手い。それに面倒事を面倒と思わない素朴な面がある。高い理念と行動力を持ってすべてに全力で対処するが、すべての人間が彼のように真正面からまじめに仕事をこなすわけではない。知らんぷりしたり、自分にはできませんと能力を低く見せて逃げたり、事態を掻き回して楽しんだりーーそういう人間が世の中にいることをガヨは何故か分かっていない。
食堂の入り口にはやはりエンバーが立っていた。団員の中で一番の体躯が目立たないわけがない。その黄金の瞳も相まって、余計な注目を集めている。
椅子を引く音がした時にはガヨが立ち上がって背を向けていた。きっとエンバーを迎えに行くのだろう。カタファはもう諦めの気持ちでその背中を見送った。
ガヨは出入り口に固まる団員を蹴散らしエンバーと二,三言葉を交わすと、カタファたちのいる卓へと戻ってくる。
カタファがもう一口水を飲もうとしたが、コップは空だった。斜めに座るエイラスは組んだ両手の上に顎を載せて、相変わらずの微笑みでガヨとエンバーを見ていた。
入口とは反対、カウンター側から、がちゃんと食器が揺れる音がした。振り返ると硬い表情のトニーと冷たい顔のジブが立っている。ジブの目線はすぐにトニーの表情を追った。トニーの表情の変化は乏しく口を強く締めているくらいだったが、力が入った肩が上がっている。そんなトニーを見たジブは眉を寄せ、不快感を隠さない。
「食事、取ってきてくれてありがとうございます。食べましょう」
エイラスはトニーの手からトレーを取って机に置いて座った。ジブは少し遅れて、音を立てながらトレーを置いた。乱暴に置くものだからシチューの器が大きく揺らぎ、中身が机に少し零れた。
エイラスは立ち上がり、にっこりと笑った。トニーを卓の中心に座るように誘導して、それぞれを見回す。
「新生ガヨ分隊が揃いましたね。せっかくですし皆で楽しくランチにしましょう」
エイラスの愉快そうな声が、カタファには地獄の門が開く音に聞こえた気がした。
向かいにジブ、エンバー、エイラスが座り、カタファ側は、カタファ、トニー、ガヨの順で座った。誰もが誰とも目を合わせない。エンバーに至っては食事前の祈りをぶつぶつ唱えており、周りの交流は遮断状態だ。
他の団員は皆、遠巻きのカタファのいる卓を見ている。ジブやトニーも傭兵出身の外部入団ということもあり異質ではあったが、エンバーの異様な雰囲気はその度合いが違う。普段なら静寂を知らない食堂も今ばかりは緊張が走っている。
食堂全体がピリついてきている。
ここはーー俺がどうにかしないと。カタファは小さくため息をつくと、笑顔を作った。
「トニー」
カタファは隣に座る白い制服の男に声をかけた。
「なんか顔色悪いぞ。食事は運んでやるから、部屋で食えよ」
トニーの肩を叩くと彼はかすかに眉を顰め、何度か瞬きをした。実際顔色は悪くないが、居心地は悪いだろう。カタファをじっと見つめたあと、そうさせてもらうと言った。足早に去っていくトニーの背中にいち早く反応したのはガヨだった。微妙な立場とトニーを宥めるのはリーダーの務め、といった感じで正義感に溢れた行動だからか誰もーージブでさえもそれを咎めはしなかった。
「カタファ、ここを任せるか」
耳元でガヨが囁いた。カタファは大きく頷く。
「任せろ。まぁ、何とかなるだろ」
ガヨの背中とともに、かちゃかちゃと刀が鞘の中で揺れる音が遠ざかる。カタファはその背中に手を振った。
目の前にいるのは、不機嫌を隠さないジブ、微笑みを絶やさずガヨの背中を目で追うエイラス、祈りを終えたのかいつの間にかもくもくと食事を進めるエンバー。
なんとかするさ。カタファは独り言つ。
ーー俺は豪商サウサ・サーラ家の三男坊。金のあるところにトラブルあり。幾度となく、こんな小競り合いを収めてきた。
「じゃあ、いただきまーす!」
カタファは大きくぱちんと手を合わせて、周囲の注目を一手に集めた。
0
あなたにおすすめの小説
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
サークル合宿に飛び入り参加した犬系年下イケメン(実は高校生)になぜか執着されてる話【※更新お休み中/1月中旬再開予定】
日向汐
BL
「来ちゃった」
「いやお前誰だよ」
一途な犬系イケメン高校生(+やたらイケメンなサークルメンバー)×無愛想平凡大学生のピュアなラブストーリー♡(に、なる予定)
𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄
♡やお気に入り登録、しおり挟んで追ってくださるのも、全部全部ありがとうございます…!すごく励みになります!! ( ߹ᯅ߹ )✨
おかげさまで、なんとか合宿編は終わりそうです。
次の目標は、教育実習・文化祭編までたどり着くこと…、、
𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄
総愛され書くのは初めてですが、全員キスまではする…予定です。
皆さんがどのキャラを気に入ってくださるか、ワクワクしながら書いてます😊
(教えてもらえたらテンション上がります)
𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄
⚠︎書きながら展開を考えていくので、途中で何度も加筆修正が入ると思います。
タイトルも仮ですし、不定期更新です。
下書きみたいなお話ですみません💦
𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―
無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」
卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。
一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。
選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。
本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。
愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。
※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。
※本作は織理受けのハーレム形式です。
※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください
カメラ越しのシリウス イケメン俳優と俺が運命なんてありえない!
野原 耳子
BL
★執着溺愛系イケメン俳優α×平凡なカメラマンΩ
平凡なオメガである保(たもつ)は、ある日テレビで見たイケメン俳優が自分の『運命』だと気付くが、
どうせ結ばれない恋だと思って、速攻で諦めることにする。
数年後、テレビカメラマンとなった保は、生放送番組で運命である藍人(あいと)と初めて出会う。
きっと自分の存在に気付くことはないだろうと思っていたのに、
生放送中、藍人はカメラ越しに保を見据えて、こう言い放つ。
「やっと見つけた。もう絶対に逃がさない」
それから藍人は、混乱する保を囲い込もうと色々と動き始めて――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる