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4章 港町ミガルへ
慰めるのは、俺だったのに
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トニーとカタファが戻ってきたのは昼過ぎだった。両腕に買い物袋をぶら下げ、体の前で紙袋を抱えている。物が多いから宿舎前まで迎えに来てくれと、カタファから通信石越しにお願いをされたガヨは、背にしていた壁から身を離し、その量を見てため息をついた。
「買いすぎだぞ」
「いいんだって。ほとんど俺のポケットマネーだよ」
重かった、と地面に荷物を置き、カタファは自身の腰をとんとんと叩いた。トニーもそれに倣って買い物袋を置く。
ガヨはトニーが顔を上げるのを待った。彼の表情を知りたかった。
「なんだ。酒はやらないぞ」
ガヨと目が合ったトニーは、地面に置かなかった唯一の手提げを大事そうに抱えた。手提げから、かちゃりとガラスが擦れる音がする。中身は恐らく酒だろう。その表情は柔らかく、昨晩に見た焦燥感はなかった。
「トニーとエンバーが本気を出せば、ミガルの酒場から酒がなくなるかもな」
「隣町の酒までなくなるぞ」
「お、言ったなぁ?」
トニーはカタファの冗談に乗った。カタファが肩を小突くのを受け止め、控えめに笑う。どうやらカタファが上手くトニーの気持ちをなだめてくれたようだ。
カタファだからそれが出来た。そう思うと、ガヨは少し心が重くなった。ガヨは自身が心の機微に疎いことは知っていた。規則を重んじる上で今までは不要だと考えていたが、それが出来ていたら、今、隣に立っていたのは自分だったのでは、とも思った。
「中に入ろう。荷物を運んだら、皆で集まって視察会議だ」
ガヨは声をかけた。感傷的なのは自分には合わない。できることをやる。それで認められればいいと、ガヨは地面に大量にある買い物袋を手に取った。
会議室を開けたトニーを迎えたのは、厚い胸板だった。
「おかえり!」
ジブの赤い髪がトニーの顔をくすぐった。
朝、ペンダントを失くしたトニーを慰めようと取った手を振りほどかれてから、ジブは無力感に襲われていて、エイラスとグルーザグの挑発にも腹が立ってしょうがなかった。トニーの事を理解していないと言われた気がして悔しかった。
だから、トニーの顔が見えると、彼の背中が反るまで力いっぱい抱きしめた。彼にこんな風に触れられるのは自分だけだ。強いスキンシップにトニーの嫌がる顔が思い浮かんだが、抱きしめずにはいられなかった。
「心配かけたな」
しかしトニーは嫌がらず、ジブの抱擁を受け止めた。耳に届いた優しい声に、ジブは思わず両腕を掴んで体を引き剥がす。急に引っ張られたり押されたりしたトニーだったが、困ったように小さく眉を寄せるだけだった。
「なんだよ。心配かけたのは事実だろ」
素直だからか少し幼く見えるトニーがそこにはいた。ーーそれはジブが知らないトニーだった。
「元気になってよかった」
ジブは改めてトニーを抱きしめたが、それは自分が知らない表情をするトニーの顔を見たくなかったからだ。落ち着けよ、という柔らかいトニーの声も、ジブの心臓を冷たく締め付けた。
トニーを腕に抱き留めていたジブだったが、背中を掴まれ、無理やり引き剥がされた。こんな力業ができるのは一人しかいない。エンバーだ。
「邪魔だ。ガヨとカタファが入れない」
引っ張られた勢いでジブはよろけたが、エンバーは片手で彼を支えてみせた。ジブもかなりの高身長で筋肉質だったが、それを上回る体躯に支えられると敗北感でいっぱいになった。
「ジブはトニーが心配でいっぱいいっぱいなんだよ。冷たいこと言ってやるな」
カタファはトニーの後ろから顔を出した。ガヨもその奥から出てきて、狭い会議室に6人が集まった。
翌日からは本格的な視察が始まった。視察と一言に言ってもやることは多岐に渡る。施設状況の把握、金の流れ、戦力の過不足、周辺の魔獣や野盗などの脅威の度合い。ミガル騎士団が街に与える影響など、それぞれが忙しく街を見回ることになった。出発前にエイラスが言っていた、バカンス、という言葉は忙殺され、汗とともに消えていった。
「買いすぎだぞ」
「いいんだって。ほとんど俺のポケットマネーだよ」
重かった、と地面に荷物を置き、カタファは自身の腰をとんとんと叩いた。トニーもそれに倣って買い物袋を置く。
ガヨはトニーが顔を上げるのを待った。彼の表情を知りたかった。
「なんだ。酒はやらないぞ」
ガヨと目が合ったトニーは、地面に置かなかった唯一の手提げを大事そうに抱えた。手提げから、かちゃりとガラスが擦れる音がする。中身は恐らく酒だろう。その表情は柔らかく、昨晩に見た焦燥感はなかった。
「トニーとエンバーが本気を出せば、ミガルの酒場から酒がなくなるかもな」
「隣町の酒までなくなるぞ」
「お、言ったなぁ?」
トニーはカタファの冗談に乗った。カタファが肩を小突くのを受け止め、控えめに笑う。どうやらカタファが上手くトニーの気持ちをなだめてくれたようだ。
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「中に入ろう。荷物を運んだら、皆で集まって視察会議だ」
ガヨは声をかけた。感傷的なのは自分には合わない。できることをやる。それで認められればいいと、ガヨは地面に大量にある買い物袋を手に取った。
会議室を開けたトニーを迎えたのは、厚い胸板だった。
「おかえり!」
ジブの赤い髪がトニーの顔をくすぐった。
朝、ペンダントを失くしたトニーを慰めようと取った手を振りほどかれてから、ジブは無力感に襲われていて、エイラスとグルーザグの挑発にも腹が立ってしょうがなかった。トニーの事を理解していないと言われた気がして悔しかった。
だから、トニーの顔が見えると、彼の背中が反るまで力いっぱい抱きしめた。彼にこんな風に触れられるのは自分だけだ。強いスキンシップにトニーの嫌がる顔が思い浮かんだが、抱きしめずにはいられなかった。
「心配かけたな」
しかしトニーは嫌がらず、ジブの抱擁を受け止めた。耳に届いた優しい声に、ジブは思わず両腕を掴んで体を引き剥がす。急に引っ張られたり押されたりしたトニーだったが、困ったように小さく眉を寄せるだけだった。
「なんだよ。心配かけたのは事実だろ」
素直だからか少し幼く見えるトニーがそこにはいた。ーーそれはジブが知らないトニーだった。
「元気になってよかった」
ジブは改めてトニーを抱きしめたが、それは自分が知らない表情をするトニーの顔を見たくなかったからだ。落ち着けよ、という柔らかいトニーの声も、ジブの心臓を冷たく締め付けた。
トニーを腕に抱き留めていたジブだったが、背中を掴まれ、無理やり引き剥がされた。こんな力業ができるのは一人しかいない。エンバーだ。
「邪魔だ。ガヨとカタファが入れない」
引っ張られた勢いでジブはよろけたが、エンバーは片手で彼を支えてみせた。ジブもかなりの高身長で筋肉質だったが、それを上回る体躯に支えられると敗北感でいっぱいになった。
「ジブはトニーが心配でいっぱいいっぱいなんだよ。冷たいこと言ってやるな」
カタファはトニーの後ろから顔を出した。ガヨもその奥から出てきて、狭い会議室に6人が集まった。
翌日からは本格的な視察が始まった。視察と一言に言ってもやることは多岐に渡る。施設状況の把握、金の流れ、戦力の過不足、周辺の魔獣や野盗などの脅威の度合い。ミガル騎士団が街に与える影響など、それぞれが忙しく街を見回ることになった。出発前にエイラスが言っていた、バカンス、という言葉は忙殺され、汗とともに消えていった。
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