ドルススタッドの鐘を鳴らして

ぜじあお

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4章 港町ミガルへ

カタファ。論理の男

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 魔道車が大きく右に揺れ、後部座席に横たわるトニーに体が大きくスライドした。ジブは滑る体を抱きとめながら、運転席のエイラスに大声で怒鳴った。
「下手くそ!」
「すみませんね、いつもは運転してもらう機会しかないもので」
 エイラスの少しこわばった声が車内に響いた。声とともにまた今度は大きく左に曲がる。助手席に座るカタファはげっそりした顔で座席に埋もれていた。

「喧嘩はやめろー。俺だって魔力不足で気持ち悪いんだ」
 弱々しい声にジブは居心地が悪くなった。ジブは運転ができない。カタファは治療魔法で疲れているからと辞退、トニーは気を失っていて運転などもっての他、残るはエイラスだけだった。
 このエイラスの運転がなかなかに酷い。急な加減速でガクガクと車体が揺れる。ハンドル操作も雑で左右のふらつきが大きい。山道を任せるのは不安だったが他に手がなかった。またもや大きく動いた車に振られたトニーをさらに強く抱きとめる。

「カタファ、急いで帰らなくてもいいだろ。トニーもこんな調子だし」
ジブの嘆くような声にカタファは、ううんと少し唸った後やや間を開けて言った。
「いや、急ぐ必要があるかもしれない」
 カタファは体調がすぐれない気だるげな様子だったが、そのまま話を続けた。
「まだ考えがまとまってないけど……地下で見た実験に騎士団が絡んでる可能性がある。だから情報がグルーザグさんに伝わる前に帰って、探りにを入れたい」
「は?」
 魔動車が急加速したのでジブは窓の上に片手をつき、足を踏ん張らせた。
「エンバーの話を聞く限りあの実験は、神秘の人為的な顕現……神秘の増産だ。修道院がこれに関与してるのは確かだ」
「そうですね。でもどうしてそこで騎士団が出てくるんですか?」
 エイラスの質問はもっともだった。神秘を得るための実験は、ミガルでもコーソムでも修道院で行われている。状況から考えればエンバーはコーソム修道院で行われていた実験の成功体で、黒幕は修道院であろうと思える。そこに何故”騎士団”が絡んでいるカタファが思ったのか。
 エイラスのハンドルさばきに、無意識に力が入る。
 助手席に座るカタファは、急ハンドルに振られながらも言葉を続けた。
「トニーが騎士団に入団した。それも神秘を顕現した後に。修道院が神秘の体液を使った金目的だけで動いてるなら、トニーを外に出さず、囲い込んでおいた方が都合がいいだろ」
「……でも、トニーは自ら騎士団に入団したいって司祭に直訴したんだぞ。育った恩があるから仕送りしたいって。それが叶ったってことじゃないのかよ」
 意識のないトニーを抱える腕に力を入れつつ、ジブが後部座席から声を上げた。ジブが顔を上げると、ミラー越しにエイラスの薄い緑色の瞳と目が合ったが、彼は小さく首を左右に振った。
「残念ながら、違うかもしれません。俺の実家からの情報ですが、最近、国がコーソム修道院に神秘に関する聖遺物を貸与し、金銭を寄付したそうです。これは少しおかしな状況ではあったんです」
 話に夢中になってきているのか、どんどんと魔動車の速度が遅くなる。そのおかげで急な加減速が減り、カーブ時の揺れも少なくなっていた。
「エイラスの実家、か。国有資産の管理する役職の侯爵家だったよな。それなら確かな情報だな」
 相変わらず体調がすぐれないのかカタファは額に腕を当てているが、しっかりと話に食いついている。エイラスは小さく頷いてから口を開く。
「ええ。今までも、国が修道院に金銭を寄付をすることはありました。しかし、それは各勢力の力関係を拮抗させるためのものです。国をまたがって大陸に信徒の多い神秘の女神教をまとめる修道院。大司祭クラスになれば各国の執政にかなりの影響力を持ちます。でも……」
 エイラスが言い淀むと、意図を汲んだカタファが言葉を続けた。
「コーソムは田舎の……規模の小さな修道院だったな、確か。地方統括の司祭を輩出したこともない。正直、権力者の輩出をしない院への寄付は少ない。それなのに国が資産である神秘関連の聖遺物を貸与したというのは、確かにきな臭いな」
「……金と聖遺物を代償に、国がトニーを騎士団に引き入れたってことか?」
 静かな怒りを含んだジブの声が車内に響き、エイラスとカタファは押し黙った。
 舗装の甘い山道の砂利をタイヤが押しつぶす。がりがりとした音と振動だけが三人の静寂を割った。
「いや。それは分からない。そもそも国っていう主語は曖昧過ぎる。主導したのが国を動かす王族ではなく、執政官や大貴族の可能性もある。第三騎士団だって、ごく少数だけど執政に関われる有力な家系の者もいる。ヒューレスがでかい国がゆえに、”国イコール国王”ではないと思わないといけない」
 ピリついた雰囲気の中で、カタファは冷静に状況を整理していく。ジブも怒りを覚えてはいるが、真相に迫りたい気持ちは同じのようで、感情に振り回されることなく会話を追っている。
「そうですね。それに、王族にとっては正直、突然現れた市民上がりの神秘保持者は動かしにくいと思います。各勢力の力の均衡を保つための措置として、大陸法では、神秘保持者の氏名や所在は各勢力の権力者に共有されることになっています。修道会勢力に居る神秘保持者を一国が金銭で得たと他国に知れたら、それこそ戦争の火種になりかねません」
「そう。長い事何もないから忘れがちだけど、大陸各国は休戦してるだけだ。だから王が直々に動いたとは思えない。……俺は一部が騎士団の画策して国を利用し、”騎士団に”トニーを入れたんだと睨んでる。だからグルーザグさんに早く会って、話を突き付けて、その反応を見たい」
 大きめの石を踏んだのか、車体ががたんと揺れた。そう話すカタファの異国情緒のあるバンダナの飾りがかちゃりと小さく鳴った。
「憶測の域を出ない考えだけど、騎士団なら金目的よりも、神秘持ちの増産が目的なんじゃないかと思う。でもまあ、悪いことしてる奴らなんて一枚岩じゃないさ。短絡的に金が欲しい奴、権威か武力の増強がしたくて神秘を増やしたい奴……それは修道院にも騎士団にも、ヒューラや他の国にも居る、かもしれない」
 語るカタファの声がだんだんと小さくなる。エイラスは黙ったままハンドルを握り、力強くハンドルを傾けた。魔動車が大きく揺れたが、ジブは眉間に皺を寄せた難しい顔のまま呟いた。
「いろんな思惑があるのは何となくわかった。けど何でトニーがそれらを被らなきゃいけないんだ」
「……それぞれが利己的に動いてますからね。トニーは市民の出で立場も弱いですし」
 なだめるようにジブに意見したエイラスだったが、むしろ火に油を注いだのか、ジブは歯を見せて大きく口を開く。
「はぁ? 何だよ! エイラス、お前はいいよな、上位貴族の侯爵家で、王にも可愛がられて……!」
「やめろ」
 がなるジブを制止したのはカタファの硬い声だった。いつもの明るく柔らかい表情はそこにはなく、眉間にくっきりとしわを刻み、ミラー越しにジブを睨む。
「ここで俺たちが仲たがいをしてどうする? エイラス、お前はもっと言葉を選んでやれ。ジブ、深く知りもしないのにエイラスの事情に突っ込むな。お前は一人で何もかもからトニーを守れる気でいるのか?」
「それは……」
 鏡越しだというのにカタファの表情は恐ろしく冷たく、ジブは思わす視線を外して俯いた。確かに、ここで熱くなっても何も解決しない。カタファの言う事は正しかった。
「それに、大声、出すな」
 カタファの声が震え出す。ジブはそれが怒りによるものだと思って身構えたが、次に聞こえてきたのはもっと恐ろしい言葉だった。
「……吐きそう」
「えっ?」
 絞るように出したカタファの言葉に、ジブは素っ頓狂な声を上げた。
「ひどい運転の中で考え事して、大声聞いて、気持ちが悪くなってきた……」
 うう、とカタファがえづく。車内はにわかに騒がしくなった。エイラスとジブは急いでエチケット袋を探すことになった。

 ミガル騎士団の駐車場。軋むブレーキ音とともにエイラスの車が滑り込んだ。
「本当に下手だな」
 車を降りたトニーが、白線を踏み越えたタイヤを見ながら言った。ミガルの街に着く頃に意識を取り戻したトニーは、起きてすぐにカタファの車酔いに対応するはめになった。青白い顔のカタファを心配したが、そうなるのも頷けるハンドル操作さばきで、起きるのが到着目前でよかったとトニーは心の中で思った。
「いやいや、エイラスは頑張ってたよ。慣れてないのに山道を運転させて悪かった」
 治療魔法を受けてすっかり具合の良くなったカタファが、エイラスの肩を叩いた。隣のジブは不満げな顔をしている。
「それにしたって下手だっただろ」
「自分でも上手いとは思いませんが、運転免許を持ってない人に言われたくないですね」
 腰に手を添えて立つエイラスは、魔法錠をかけ、キーをトニーに手渡した。
「力を使った後は寝てばかりで悪いな。ところでガヨたちは」
 トニーの言葉は続かなかった。遠くからグルーザグの声が聞こえてきたからだ。軽くウエーブのかかった黒髪を揺らし、大きく手を降って小走り気味に駆け寄ってくる
「エイラスくーん! お迎えがきてるよぉ!」
 一行の視線はエイラスに向けられた。
「王家の紋章入りの高級車が、本省のエントランスに停まってるよ! 早く行ったほうかいいんじゃない?」
 人のいい笑顔をしながらグルーザグはエイラスの後に回り、押し出すように背中を叩く。
「いいねぇ、エイラスくん。本当に王の寵児だね。愛されてるねぇ。羨ましいなぁ」
 エイラスは困ったように微笑むが、その目は笑っていない。
「いいえ、務めですから」
 そう言って魔道車の横に立つカタファを横目で見た。カタファは無言で頷く。それにエイラスはふ、と笑い踵を返した。

 バタバタといなくなったグルーザグとエイラスを見送り、カタファはトニーに向かって言った。
「制服、汚れただろ。着替えてこいよ。そしたらそのまま部屋でちょっと休め」
 トニーの制服は治療に血で汚れてしまっていた。ジブが上着を貸していたので傍目には分からないが、袖は血みどろだった。
「そうだな。ありがとう」
 返事をしたトニーが歩き出すと、ジブが当たり前のように隣に付いて行ったが、カタファがそれを止める。
「ジブはこっち。荷物を片付けないとだろ」
「でも、トニーが心配だし」
 それでもトニーに付いていこうとするジブのベルトをカタファが掴んだ。
「そんなこと言うなよ。グルーザグさんにも色々報告しないとだろ? お前もついてこいよ」
 口調は軽かったが、ベルトを掴んだ手は強くジブの動きが止まった。
「な?」
 小柄で細身。ジブより一回り小さなカタファだが、彼の紫色の瞳は有無を言わせなかった。
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