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二章〜冒険者は時に、資金稼ぎとして依頼も受ける〜

三十三話 自由の依頼

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「宝の持ち腐れね」

「なんとでも言えば良い」

 アンボスは笑うと、幻影魔法に溶け込み、私とシュートの背後に回り込んできた。
 素早く反応して振り向くが、しかし一足遅くーー。
 ベリアルが人質に取られてしまった。

「ーー人質のつもり?」

「最初からこいつは人質だ。なあ、ベリアル」

「……」

 抵抗するかと思いきや、ベリアルは静かに俯くだけ。
 人質に取られながらも、暴れないベリアルのほうがよっぽど肝が座っている。
 と、思えたのは数秒のことで考えれば話がおかしいとすぐに気づいてしまった。
 気づきたくないことに、私は気づいてしまった。

「まさか……!」

「ごめんなさい……ですう。私は、この男の……協力者ですう……」

 ベリアルは顔を上げると、辛い顔をして謝ってきた。
 通りで、アンボスが最初から人質と言う訳だ。
 納得した私はとりあえず、魔法陣の展開をやめた。

「降参か?」

「そうね……人質に取られていては攻撃できないもの。私にその子を守る義務はないけどねーーでもね、守りたいものは守ると決めたら守る! アンボス、ベリアルを人質というより奴隷として扱っているのかもしれないけどすぐに解放しなさいっ!」

「それは無理な相談だ。この娘は、俺の奴隷だ。鬼族の中で戦わずに一人だけ生き残った情けない女だからだ」

 なぁーーベリアル? そう言って、アンボスはベリアルの首にナイフを当てる。
 外道極まりない行為だが、こうなると下手に動けない。
 私が動けば、ベリアルはすぐに首を撥ねられる。

 警告されてしまったのだ。私とシュートが、このただの盗賊に。
 だがーーこの男の力が本物であることも事実。
 ただの盗賊と片付けるには足らない。
 
「ーーベリアル、そいつの奴隷で良いわけ?」

「……それしか、私が鬼族として最後まで生きていられることは…………できないですう」

「あんたーー」

 
 ーー馬鹿じゃねーのか!?


 私の言葉を遮り、その上先に言ったのはシュートだった。
 
「お前、鬼族がどうこうとかそんなのどうでも良いだろうが! お前にとって鬼族であることが誇りなのか知らねーけどよ! 人生、自由に生きていられることの方が誇りだろうがっ!! そんな屑に奴隷扱いされる生き方が、誇りなのか? ちげーだろ!」

「シュート、お前は何を言っている。誇りなどとうにこいつはーー」

「テメェは黙ってくろ外道!! 一端の盗賊は人質や奴隷なんてとらねーんだよ!! テメェみたいなやつに話はねーんだよ……ベリアル、鬼族として最後まで生きてその血を死ぬまで絶やしたくねーなら生きろよっ! お前の望むようにーー俺はそうして、冒険者になってみて……こいつと出会った! こいつらと出会った! 俺は自由になったんだ! お前もそうしてみろ、奴隷なんて、恥ずかしい生き方でしかねええええ!!」

 シュートが剣を抜き、叫んだ。
 思わずため息を吐いてしまった。
 ーー私が言うまでもなく、シュートが一番ベリアルを理解できる近い存在だったと納得して。

 ベリアルはそれでも、抵抗することはない。
 自由に生きたい、でも、どうしたら良いのか分からない。
 そうやって、心の中で葛藤しているのだろう。
 良く分かる……分かり過ぎてしまって、私まで胸が痛くなる。

 どうしたら自分はこの魔力を自由に使って生きられるのか、冒険者になりたいと思ってもどうしたらなれるのか。
 王族である以上、私の自由は無いーーでも、冒険者の眼を持って外の世界を見たい。
 だから悩み、葛藤し、押し殺して、最後は思わぬ形で冒険者になれてーー。

 ネネにも言えることかもしれない。
 ネネがどうして冒険者になったかを詳しく聞いたことはない。しかし、猫族はもう居ないと言われ、そしてネネは末裔だ。
 鬼族と猫族も同じ運命を辿ったはずだ。
 そう考えているうちに、私の中で何かが弾けた感じがした。

「ハハハッ……なら自由を与えてあげるわよベリアル」

「……え?」

「なんだと?」

 ベリアルとアンボスが同時に反応した。


「自由にしてあげるわよ……ええ、本当の自由に。ただ、条件は私達の仲間となり、命を仲間の為に捨てる覚悟をしなさい。自由の代償は命よーーその覚悟を持っているのなら…………今私達に依頼しなさいっ!! 助けて、自由になりたいってーー依頼を私達に下しなさい!!」

「ーーそうしろ……大獄炎!!」

「何!? 前がーー……しまった!」

 私が叫んだ直後、シュートが飛び出し炎の一閃をアンボスの目の前で放ち、視界を奪ってからベリアルを救出した。
 私の横にシュートが戻ってくると、ベリアルは口を開けたまま立っていた。

「依頼はありませんかしらーーお嬢ちゃん?」

「依頼はねーか、お嬢さん」

「…………ううっ! うううっ……い、依頼ですう…………私を自由にして欲しいですうううううう!!」

 ベリアルは泣け叫ぶように、私とシュートに依頼した。
 私とシュートは目を見合わせ、ニヤッと互いに笑いあってアンボスに剣先と銃口を向ける。


「「ーー聞き届けたっ!! 自由の依頼!!」」





「……え~? 幻影魔法を打ち破る、幻影魔法~? そんなのあったかしら~?」

「それでもS級魔道士の右腕かいなあ。しっかりしてや、グレモリーさん。そないなこと、あんたなら分かんのやろお?」

「…………まあ、知っているけどお…………。何が目的でそれを知りたいのか、教えてくれないと」

「ーー姫さん、今指名手配犯のアンボスと戦っている言うたら、教えてくれるかあ?」

「ーー姫様? まさか……ふ~ん。ランディーちゃん、あなた知っていたの、それで私のところに来たのは正解かしら~? 良いわよーーただ、あなたに教えるけどそれを姫様に届けるのは影縫ちゃんを使ってねえ! あなたはここでちょ~と聞きたいことがあるから~ウフフ!」

「それくらいええで。ほな教えてもらおか」

 ーー私は影縫。

 今、元姫様こと現カルシャーナ・リリー殿の友人で、勘当を受けた理由を知るべくメイドとして城に潜伏中の忍者。
 そんな私は、屋根裏からランディー殿とグレモリー殿の会話を盗み聞きしている。

「まず、幻影魔法を打ち破るのには幻影魔法が一番手っ取り早い。ただ、幻影には属性が無いことーー火には水が良いとか、相性が無い。相殺するしかない。つまり、幻影は強ければ強いほど、その上をいく強い幻影で書き換えるしかない。そのアンボスとはどれくらいの強さ?」

「幻影魔法だけで言うたら、そやな。ローズの二分の一程度や。ただ、二分の一や言うてもローズのやから、そりゃ強いわあ」

「それならローズに届かないけどその下に入る私の幻影魔法を姫様が使えるかしら~って、ところになるわあ。影縫ちゃん、出てきなさ~い! 見ているの知っているわよ~!」

「……バレていましたか」

 私はグレモリー殿に呼ばれ、屋根裏から降りた。
 
「じゃあ幻影魔法を相殺するか書き換えるかーー同じように先は言ったけど、実は相殺と書き換えでは大きく異なるから~今回は試練として書き換えてもらいますねえ。『ヘルゾーン』を使ってもらうために……は~い影縫ちゃん! これを姫様のところに届けてね~!」

 私はグレモリー殿に一枚の巻物を託された。
 その巻物は薄いものの、内容はびっしりだ。
 
「影縫ちゃんなら、幻影魔法の中に入れるわあ。何故ならこの子ーー幻影魔法に耐性のある、変わり者だから~行ってきてね? 戻ったらちゃんと、お仕事ね~!」

「……そこだけはいつもグレモリー殿、厳しいですぞ……。了解したですぞ!! 参る!!」

 私は巻物をメイド服のスカート内に隠し、部屋の窓から出ていく。
 ゲット・アポンス・シティーで間違いはない。
 リリー殿がシュート殿とゲット・アポンス・シティーへ向かった情報は、二人の出発と同時に耳に入ってきていたからだ。

 私は全力で走り、ショートカットしてゲット・アポンス・シティーへ駆ける。
 なるべく早くーーできることなら、今日の夕暮れまでには届けないといけない。
 自然と私の早くはなる。
 このままのペースでーー早く、リリー殿へ。会いに行かねばならないですぞっ!!
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