たかが番

しづクロ

文字の大きさ
上 下
1 / 4

たかが番

しおりを挟む
コウキと番になったのは14歳の時。
自分がΩだと受け入れられないまま、同時に行われる遺伝子検査で、相性が良いと紹介されたのが、同い年のα・コウキだった。
面会室で初めて出会ったコウキの姿に驚いた。
コウキは日本人とドイツ人のクォーターで、色素の薄い柔らかな髪が印象的な線の細い子で、俺よりよっぽどΩっぽかった。
そんなヤツに女のように扱われるのかと思うと、心がぐちゃぐちゃになった。

「泣くなよ、俺がいじめてるみたいじゃん」

気まずそうに言われて、自分が泣いていることに気づいた。

「嫌なら無理に番になる必要ないよ。俺だって女の子の方がいいし」

そりゃそうだ。男のΩなんて不良物件、誰も引き取りたくないだろう。
世間ではΩの男が夜に通り魔にあうなんて事件はザラだし、ヒートの冤罪をなすり付けられることも多い。

俺はΩであることが怖い。
“番のいないΩ“として世の中に出て行くことは、もっと怖かった。
涙を拭った俺はコウキに土下座して頼んだ。

「形だけでいい。絶対迷惑かけないし二度と会わなくてもいいから、番にしてほしい」

俺に普通の人間という皮を被らせてくれ。

「俺は鷲原コウキ。名前は?」
「伊野レイジ」
「レージって呼んでいい?」

首を縦に振った俺の首を見つめて、コウキは尋ねた。

「ほんとにいいの?後悔しない?」

まっすぐ目を合わせられる。

「番のいないΩでいるのは、耐えられない」

番がいるのといないのとでは、受ける印象も負担もまるで違う。
それは、αもΩも同じだ。
社会から得られる信頼度が変わってくる。
だから二次性判定の時に番検査も受けるのだ。
震える手ですがる俺を、コウキはどう思ったのだろうか。

「いいよ、俺と番になろう」


*****


あれから5年。

俺たちは一定の距離感を保って関係を維持している。
発情期には番。発情期以外は、友達。
お互いが誰と付き合おうが干渉しない。
コウキがたまに女の子と歩いているのを見かけたり、誰々と付き合っているらしいという噂を聞くこともある。
だからって、ただの番である俺に、どうこう言う資格はない。


*****



目が覚めると知らない部屋にいた。
驚いて飛び起きるが、コウキの部屋だと気がついてほっとした。
ベッドの上に倒れ込むと、隣から忍び笑いが聞こえてくる。

「おはようレージ、目が醒めた?」
「・・・醒めた」

どうやら発情期だったらしい。
“だったらしい“というのは、俺には発情期の記憶が一切ないからだ。
気がついたら隣にコウキがいて、時間がぶっ飛んでて。
そこで発情期だったんだ、と気づく展開をテンプレのように繰り返している。

「またやったのか、俺」
「気にすることないよ、そういうものだから」
落ち込んでると、コウキがベッドから降りて身支度を始める。

「カフェオレ飲む?」
「あぁ」
まだ頭がぼーっとしている俺を置いて、部屋を出て行った。

コウキは不思議な奴だ。
発情期以外でそばにいる事はほとんどないのに、俺のことをよく知ってる。
よく飲んでいるものや食べているもの、服の好み。
コウキから受け取るもので、俺の好みから外れているものはない。

カフェオレを飲みながら今日が何日か確認したら、どうしても出たい講義がある日だと知った。
急いで着替える俺に、心配だからと珍しくコウキが付いてきた。



ギリギリ間に合って席に着いた俺に、友人のシンが声をかけてくる。

「お、珍しく仲良いなぁ~。てか、もういいのか?明けてすぐじゃねぇ?」
「もう治った」
「・・・それにしては隣の悪魔の顔が怖いんだけど」

シンは、Ωの知り合いがいない俺を気遣って、コウキが紹介してくれたΩだ。
サイドを刈り上げたマンバンヘアに、身長180cmの体格を持つシンは、俺が持っていたΩの印象をいい意味で壊してくれた。


Ωだと診断されて間もない頃。
診断結果を理由に、ずっと続けていた柔道を辞めた俺は、服装や持ち物の傾向をガラリと変えた。
髪を伸ばし、パステルカラーの服を着て、中性的に見えるような格好を心がけた。
周りから見たら、恰幅がよすぎてチグハグに見えただろう。
その時の俺は、Ωという性別に戸惑って迷走していた。
何より、Ωらしくないことでコウキに迷惑をかけたら、見限られてしまうかもしれないと、怯えていた。
αに捨てられて路頭に迷う、不幸なΩのドラマが、俺の脳裏に焼きついていたんだ。

そんな俺の凝り固まった固定観念を正してくれたのが、シンだった。

「どんな格好しようが関係ないだろ。世間様のΩ像に合わせる必要ねぇって。
まぁ番の好みに合わせたいっていうなら別だけど」

2人でコウキを見る。

「俺は、レージが好きな格好して自由に生きてくれる方がいいよ」
「そ、そうか」

寛大なコウキに俺は感謝したのだが、シンは違ったようで。

「自由に、ねぇ~」
と意味ありげに繰り返していた。

それからは、気兼ねなく自分の好きな格好をしている。
Ω専用のジムに通い、黒髪短髪で顎髭を生やしている姿は、Ωとは思えないだろう。
それでもコウキは、発情期に俺を抱いてくれるし、文句をこぼしたこともない。
よく抱けるなと言ってみたことがあるが、今更?と笑うだけだった。
心の広い番に、感謝と同時に疑問を感じていた。




教室に俺を送り届けた後、電話で誰かに呼び出されたコウキは「まっすぐ家に帰るように」と言い残して去っていった。
その背を見送って講義を受けた後。
送ると言ってくれたシンと、一緒に歩く帰り道。

「コウキは俺のこと、どう思ってんだろ」
俺は、最近考えている疑問を口にした。

「番に決まってんだろ」
「そうだよな、たんなる番だよな」

それ以外に表す言葉なんてないよなーと思っていると、シンに怪訝そうに問われる。

「お前の中で番の立ち位置どうなってんの」
「・・・セフレ?」
「はぁぁぁ!!???お前なぁー!“よいこの二次性“読み直してこい!!」

バース検査の時にもらう冊子の名を出されて叱られる。
性欲処理のためにお互いにいるのだからそういう認識なんだけど。

「・・・ち、違うのかよ」

番と結婚や恋愛をする人は多いが、別の人としている人もいる。
番なんて発情期の問題で必要になっているだけの存在だ。
後は、フェロモンに作用されにくいと言う、社会への証明書ようなもの。
そもそも、発情期さえなければ。フェロモンさえなければ。
番など必要ないのだ。

「悪い、言いすぎた。でも、その考えは改めろ。じゃないとコウキが可哀想だ」
「いや、そうだよな。ごめん」

コウキが俺を性処理に使ったことはない。
暴力を振るわれたり嫌なことをされたこともない。
それは、コウキが俺をただのΩではなく、1人の人間として尊重してくれているからだ。
でなければ、俺は今みたいに生きてはいない。
ありがたくて、幸せなはずなのに。

なんで、こんなに苦しいんだろう?


*****



その日の講義が終わって、さぁ帰るか、と歩いていたら見知った顔を見つけた。
ゼミで一緒の女の子、Ωの井端さんだ。
雨が降っているわけでもないのに、ゼミ棟の入り口で空を見上げてぼーっと立っている。
声をかけると、ハッとしたように振り返って微笑んだ。

「研究室に寄ってたの?」
「うん、卒論のことで、教授に質問があって」
「そうなんだ。じゃあもう帰り?」
井端さんは頷くと、スマホを確認した。

「うん。迎えを待ってるの」
「そっか。ここじゃ寒いし、どっか入ってたら?」
「・・・うん」
井端さんが言い淀んで、伺うようにスマホを確認した。

「でも、ここじゃないと門から見えないから」
瞬間、バイブ音がして、すぐ確認した井端さんは、思っていた通知と違ったのか、ホッとしたようにスマホを持つ手を下ろした。

何かに怯えているような、おどおどした様子に、なんだか違和感を感じた。
俺は『人差し指と中指で首を叩く』ジェスチャーをした。
Ωは犯罪に巻き込まれやすいから、身を守るためにΩ同士のコミュニティが存在している。
そこで習った“助けが必要か確認”の合図だ。

「何かできることがあったら、いつでも言ってよ」
井端さんは驚いたように俺を見ると、「ありがとう」と言った。


******


「番を待ってたんだろ」

昨日の井端さんの様子をシンに話すと、カレーのカツに齧り付きながら呑気に返された。

「それが、なんか番を待っているにしては不安そうというか・・」
「いろんな番がいるからな~」

俺たちみたいに納得して番になっている人ばかりじゃない。
それはわかっている。

「お前、首突っ込むんじゃねぇぞ。突っ込むならオレに声かけろ。いいな?」
「わかった」

俺の返事に満足したシンは、カツカレーを食べ始めた。



井端さんから講義終わりに声をかけられたのは、それから三日後のことだった。
井端さんは人がいなくなったのを見計らって、遠慮がちに自分の首輪を叩いて合図した。

「少し、時間あるかな?」
「いいよ。あ・・・と、もう1人呼んでもいい?」

シンに連絡すると、今から行くと連絡が入る。
空き教室に移動すると、しばらくしてシンもやってきた。

井端さんは、長袖をめくって青あざのついた腕を見せてくれた。

「・・・・っ!」
「ひでぇな。コレ番?」
シンの問いに井端さんが頷いた。

「私ね、婚約していたβの人がいたんだけど、その後ね、今の番と出会ったの。
すぐわかったよ、運命の番だって。でも、私は婚約者が好きだったし、
その人と結婚するつもりだったから、番うつもりなんてなかったんだ」
井端さんは苦しそうに目を伏せた。

「・・・だけど。うまくいかないね。
番になれないって言いに行ったはずだったんだけどなぁ。
気がついたら番になってた」

よくある話だ。
バース性の問題で結ばれないカップルは多い。
バース性の本能に引きづられて関係を持ってしまうのは、よくあることだ。
理性と本能の不一致がある限り、番と結婚相手が違うという現象はなくならない。
だけどそれと、井端さんが暴力を受けることは関係ないはずだ。

「番の人ね、私が婚約者のこと、まだ好きだって思っているの。私のことが信じられないんだって。だからーーーーー」

井端さんのスマホが振動した。
表示された名前を見て、急いでスマホを取ると返信し始めた。
返し終わってホッとした様子の井端さんは、やつれたように見えた。

「私、今テストされてるの。彼にふさわしいΩかどうか・・・」
「なんだそれ、何様のつもりなんだ」
「彼の思うΩになろうと頑張るんだけど、いつも間違えちゃって・・・。
もう何が正解なのか、よく分からなくなってきて」

困り果てたように涙ぐんだ井端さんに、心が痛んだ。
一般的にΩの方がαに対する社会的依存性が強い。
そのせいか、Ωが劣った性だから何をしてもいい、と考える風潮はなかなか消えない。
昔はΩを奴隷のように扱う家も多かった。
井端さんの番のように、古い考え方をするαは少なくない。

「井端さん、俺たちは専門家じゃないし、警察でもない。然るべきところに相談した方がいいと思う。ただ実害がある以上、そばにいると危険だ。先にシェルターかどこかに逃げたらどうだろう」

シンはそういうとシェルターについて調べ始めた。

「そうだな、まずは身の安全が先だ」

2人の関係がどこまで進んでいるかわからないが、子供ができた後では問題は大きくなってしまう。

「ありがとう。私がダメなΩだから。
番以外、私を受け入れてくれる人はいないんだって諦めてて。
だけど、話を聞いてもらえてよかった」
「Ωに正しいも間違ってるもないよ。Ωなんてただの性別だ。
井端さんの一部でしかない。型にはめようとする方がおかしいんだ」

俺が励ますように言うと、「言うようになったじゃん」とシンが嬉しそうに笑った。

決意した井端さんの行動は早かった。
次の日にはバース支援センターを通じてシェルターへ連絡し、受け入れが決まったらしい。
「背中を押してくれてありがとう」と言われ、俺は井端さんが穏やかに暮らせる日がくるのを祈った。



こうして、問題は解決したかに思えたのだが、、、。


数日後、保護されて休学しているはずの井端さんから連絡が来た。
「お礼がしたいから会いたい」と言うメッセージを受けて、俺は、呼び出された場所に向かった。念のため、シンに連絡を入れて。

指定された談話室に着くと、井端さんと男性以外、誰もいなかった。
その人はおそらく、井端さんの番だろう。物腰柔らかそうな、紳士的な人に見えた。

「初めまして。アリスがお世話になったみたいで」

番の後ろに隠すように連れてこられている井端さんは、自分の名前が呼ばれるとビクリと体を震わせた。

「仲良くしてくださるのはありがたいのですが、あまり口出しされると困るんです。もう彼女に関わらないでください」

井端さんの方を見ると、俯いたまま口をつぐみ、身を縮こませていた。
その姿は、いつもの井端さんとはかけ離れていて痛々しい。

「井端さんは、あなたの理想のΩになろうと苦しんでます。
もっと番の気持ちを考えて、彼女自身を理解しようとは思わないんですか?」

能面のような笑顔が引き攣ったように見えた。

「理解する必要がありますか?Ωを」

思いもしない言葉が返ってきて、言葉を失う。

「君、Ωでしょう?」

にっこりと笑うが、その目は笑っていない。
自分より劣った人間を見るような、軽蔑するような目だ。

(あ、やばい)
見えない圧力みたいな、重たい空気みたいなものが流れ込んできて、立っていられなくなる。
息をするけど、うまく取り込めない。
壁にもたれてうずくまる。

「ね、逆らえないでしょう?
Ωはね、αの言うことに大人しく従って、子供を残せばいいんだよ」

(助けて、怖い。殺される。怖い、コウキ、コウキ)

呪文のようにコウキの名前を唱える。


扉が開く音とシンの怒声が響いた。

「アンタ!何やってんだ!・・・おい!レイジ!聞こえるか?レイジ!」

名前を呼ばれているのは、わかっているのに言葉が出てこない。
頭を抱えて俯いたまま手を伸ばすと、そっと手を取られる。
けど、その手も震えて冷たかった。

「公共の場での威圧フェロモンの放出は犯罪だぞ。
アンタ、覚悟しとけよ。井端さん、止めないよな?」

ぼんやりした視界の端に映った井端さんも、青い顔をしてへたり込んで震えていた。
どこかからバタバタと人が駆けつける足音がする。
男は、急に人が集まってきたことに驚いていたが、俺たちを見下ろすと吐き捨てた。

「お前らΩが選り好みできる立場だと思ってんのか!
Ωは自分のαを1番に優先して愛するべきだろう!?違うか!?」

慌ただしく、男が連れて行かれる。
俺たちのところにも人が来て、小さな針がついた注射器を打たれる。

「大丈夫だからな、レイジ。大丈夫だから」

俺たちは雪山の遭難者みたいに身を寄せ合って震えながら、目の前の物事が片付けられていくのを見守っていた。


震えがやっと治まって落ち着いた時には、大方片付いていた。

「さすが魔王。仕事が早い」

顔色が戻ったシンから、“魔王”というシンの番を示すワードが出てきて驚いた。

「お前の番が助けてくれたのか?」
「多分な。知らんけど」
あとが怖えぇ~と茶化された。

「とりあえず、帰ろう。コウキが待ってる」
「え?こういうのって病院とか警察とか行くんじゃ?」

周りには警察の人も学校職員も、もちろん野次馬もいたが、シンは全て無視して歩き出す。
しかし、誰も俺たちを止めようとはしなかった。

「やらかしついでだ。面倒事は魔王に任せよう」
(・・・魔王って何者?)




やはり病院は行っとくべきだった、と後悔したのは家のマンションが見えてきたあたり。
突然、身体が熱く重くなって、嫌な汗をかき始めた。

(もしかして、発情してる?)

「・・・レイジ、走れるか?」
「ごめん、無理」

俺の異変に気がついたシンが、体を支えてくれる。
なんとか家までたどり着いた時には、2人して玄関に雪崩れ込んだ。
すでに俺の脳には発情特有のフィルターがかかり始めていた。

無意識にコウキの存在を探して、それが見つからなくて勝手に涙が溢れてきた。
ボロボロと涙をこぼす俺をシンが落ち着かせるように抱きしめた。
ゴツい男2人が玄関で抱き合って、1人がもう1人の背をさするという、側から見たら滑稽で気色悪い図が完成していた。

「大丈夫だからなー、もう少し我慢しろよー」

シンが宥めながら俺から離れようとするので、不安になって必死に縋りついた。

(1人は嫌だ。怖い)

「おいおい、ちょっと離せって。んなところで馬鹿力発揮すんな」

こんなとこ見られたら悪魔に殺されるだの、なんだの喚かれていると。
ガチャリと音が鳴って、空気が変わった。

(あぁ、この匂いだ・・・)


「・・・何してるんだ」

低い声が上から降ってきた。

「遅いじゃねぇか、魔王なら一瞬だぞ」
「お前のバケモノと一緒にするな」

後ろに引っ張られて、コウキの腕に包み込まれる。
それが嬉しくて心地よくて、こっちからぎゅっと引き寄せると、バランスを崩して倒れ込む。
ちょっと痛いけど平気だ。もう怖くないから。
これ幸い、と逃げ出したシンが倒れ込んだ俺たちを見下ろして「仲良くやれよ」と自分のカバンを拾い上げた。
ごゆっくりー、という言葉を残してドアが閉められる。
「おい待て!せめておこして行け!!」
というコウキの叫びが響いていたが、番のフェロモンで満たされていた俺は夢うつつの状態で、コウキにしがみついたまま動くことはなかった。


「あれ?・・・俺、何してんだ?」
「あ、目が覚めてきた?」

地面があったかくて心地よく脈打っていて。
穏やかな気持ちで目を開けると、コウキをマットにして寝転がっていた。
なぜか玄関先の廊下で。

「え?どういう状況?」
「いや~、よかった。あと数時間このままだったら俺の体が死んでた」
「!!・・・・ごめん」

慌てて降りると、コウキが腕を伸ばしてストレッチした。
俺が靴を脱いで上着を脱いでいると、手を取られて、ぎゅっと握られる。

「無事でよかった」
「ごめん」

就活中だったのか、スーツ姿のコウキは髪も服装も乱れていて、急いで駆けつけてくれたのがわかった。

「俺はもう、大丈夫だから。ありがとう」

だから、戻ってほしいのに。
心配だから今日は泊まってもいい?と言い始める。

「なんで、そんなに俺のこと気にかけてくれるんだ」

今日は、発情期じゃないのに。

「ただの番なのに」
「そうだな、ただの番だ。番だから、一番大事な人だから。
だから、いつも気になっちゃうのかもな」
「大事な・・・人?」
「そうだよ。俺にとって、レージは一番大事で一番大好きな人だよ」

今更どうしたの?とおかしそうに笑われて。
聞きたかったことも、欲しかった言葉も、あっさりと言われて。

「も、もしも俺の一番が、コウキじゃなかったとしても?」
「え、俺じゃないの?」
「いや、そんなことはないけど」
悲しそうに言われて即答してしまう。

「・・・レージの心を勝手に決めることなんてできないし、
仮に一番が俺じゃなくても良いけどね。
その分、俺がアピールして一番を勝ち取れば良いだけだし」

あまりにも前向きな言葉に、拍子抜けした。

「だから、不安になることないよ、レージ」
「え?」
「俺が発情期にだけレージを必要としてるって、不安だったんじゃないの?」
「なんで知ってるんだ」

(あ、シンから聞いたのか)

「コウキは、女の方がいいんじゃないのか?」
「それはレージを知る前の話でしょ?人の好みは変わるもんだよ」

(そっか・・・)
何も悩む必要なかった。
コウキにとって番は、好きな相手と同じ意味で。俺たちは恋人だったんだ。
疑問が解決してすっきりした俺とは対照的に、コウキは難しい顔をしていた。


「確かに、あまりΩ性を意識させるのは嫌かと思って、普段はそばにいるのを控えてたけど。まさか伝わっていないとは・・・」

ぶつぶつと言い始めたコウキは、何かを決意したようにスマホを取り出した。

「仕方ない。これは使いたくなかったんだけど・・・」

ショック受けないでね、と言いながらスマホをいじり始める。


しばらくすると、俺とコウキの声が聞こえてきた。




『ふぇぇぇ~・・・、コウキ、コウキぃ~・・・』
『ん~?どうした?寂しくなっちゃった?』
『うん、もっと、ぎゅってしてぇ?』
『ふふふ・・・か~わいい。ほら、おいで』
ちゅっ・・・・
「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

俺は叫んだ。近所迷惑とか考える余裕もなく、腹の底から叫んだ。



「~~~~っだから、ショック受けないでって言ったじゃない」
耳を押さえながらコウキが言う。

「なななな、なんだよ、その動画!!!」
「何って、発情期の思い出動画だけど?」
「はぁ!?」

(なんだそのイカレタ動画、なんでそんなものがあるんだ!)

「初めての時、あまりにも可愛かったんで、動画とっていいか聞いたら“いいよ“って言われて。そこからずっと記録してるんだよ」
「き、記憶ない時に言質とるなよ!」

顔から火が出そうなほど真っ赤になって怒っているのに、さらに別の動画を見せてくる。

『すきっ・・・ん、しゅきっ、コウキっ、んぅッ、しゅきぃ~』
『俺もっ、はぁ、好きだよっ、レージっ、はぁ、』
『う、うれしッ、コウキ、もっと、いって』
『好きっ、大好き、愛してるッ、レージっ』

ぱんっぱんっという肉を叩くような音と、下から仰ぎ見るようなアングルで俺が映っているソレは、どう考えても騎乗位をハメ撮りしている動画だった。
俺は頭が真っ白になりながらも、気絶しそうなのを堪えた。

「こんなにラブラブなのに忘れちゃうんだもんな」
「捨てろ・・・全部。こんなのこの世に在っちゃいけない」
「えぇ~、だってレージ、覚えてないじゃん」
「うっ・・・」
「それに、これは俺が墓場まで持っていく予定だったのに、誰かさんが『俺たちは発情期しか用のない、セフレだ~』なんて言うから証拠として出したんじゃない」

(なんだか自分がすごく悪いことをしている気がしてきた)

「だ、だからって、正常じゃない状態の時に了解を得るのは間違ってるだろ!」
「よし、わかった!レージがちゃんと思い出してくれるなら、今後はもう撮らないよ」

(・・・今までのものを捨てる選択肢はないのか)



*****



服を脱いでベッドに腰掛けると、同じく服を脱ぎ終えたコウキが身を屈めてキスをしてくる。

(発情期以外に抱かれるのは初めてだな)

優しく食むようにキスをされながら、ぼんやりと思っていた。
「ふふふ・・・俺とのキスは覚えてる?」
「さすがにそれは、忘れてねぇよ」

ちょっと待ってて、と言って離れると、引き出しからローションとゴムを取り出す。
「濡れてないの、初めてだから。ゆっくりするね」
とろりとしたローションをたっぷりと付けた手が、俺のモノを撫でる。

「・・・・・っ俺も、する」
「うん、触って」

俺もコウキに触れる。
グチュグチュとやらしい音を立てながら扱き合う。
気持ちよくて、後もう少しでイケそうだ、と思った時。
膝をぐっとおされて、M字開脚をさせられると、濡れた指が俺の穴に触れた。
そのまま人差し指を挿入されて、出し入れされる。

「いつもより狭いね、痛くない?」
「・・っ、たくない」

ぴくりと足先が痙攣すると、その場所を何度も擦られる。

「ここ、気持ちいよね。前触らずに、ここだけでイケたことあるもんね」
「・・・そ、んなことして・・・んのかよ」
「思い出せない?」

俺は眉間に皺を寄せながら、快感に耐える。
本当にそこだけでイッてしまえそうだ。
体がガクガクと痙攣して、イク寸前まできたと思ったら、指を引き抜かれる。

「ーーーーーっはぁ、・・・はぁ」

イキ損なった体が、無意識に震える。

「そうだ。再現してみたら思い出すかもしれないよね」

コウキはベッドに寝転ぶと、上に跨るように指示した。
俺は、コウキの体を跨いで、体重をかけないように気をつけながら、上に乗る。
コウキが、俺の腰を持って、自分のモノを俺の穴に挿入する。
俺は、コウキを潰さないように、膝立ちして後ろに手をついて上半身を支えた。
動画で見た、騎乗位のポーズになる。
ただ違うのは、視界の先に広がる顔が、俺ではなくコウキってことだけ。

(あ、、、ふっかぁあい、、、)

体重がかかって、ズブズブとコウキのモノを受け入れていく。

「あ、あぁ・・・・、あ」
「ここを押すと、いつも気持ちいいって言ってくれて」
「はぁぅッ、・・・・」

奥の感じる場所を突かれて、力が抜けた瞬間。
バランスを崩して、前に倒れ込んだ俺の体を、待っていたかのように、コウキが舌を出して、俺の乳首を舐める。

「ひぃっ・・・乳首、やめろって・・・」
「ね、気持ちいいでしょ?もっと腰を下ろしてよ、そしたら、いつもみたいに舐めてあげるよ」

舌先で乳首の先を刺激されて、意思とは関係なく腰を下ろしてしまう。

「ふー・・・っ、うぅー、・・ふぅ・・・」

深く息を吐いて、快感を逃がそうとするけど、乳首に吸い付かれる刺激とチンコの先を弄られる刺激で、目の前がチカチカしてくる。
あっと思った時にはもう達していて、俺たちの間を汚した液体に、コウキが嬉しそうに笑った。

「思い出した?」

それに応える余裕はなく、俺はコウキの唇を奪う。
舌を絡め合っていると、下から突き上げるような刺激がくる。
中の感じるところを断続的に擦られて、息を吐いて耐えることしかできなくなる。


(やばいやばいやばい・・・いつもこんなことしてんのか!?)

「ま、またッ・・・い、イクッ」
「うんッ・・・・俺もっ」



******


「思い出せた?」
俺はノーコメントで返した。
思い出したと言っても、出せなかったと言っても、結果は変わらない気がした。


「飲み物とってくるけど、カフェオレでいい?」
「・・・頼む」
コウキは倦怠感で動けない俺を、飽きもせず楽しそうに眺めていたが、ベッドから降りてシャツを羽織った。
「あ、忘れてた」
部屋のドアノブに手をかけたところで、くるりと方向転換してベッドまで戻ってきた。
そうして、俺の顔を覗き込むと、鳥が啄むみたいなキスを何度もし始める。
「お、おい!何だよ急に」
「ちゅっちゅの儀式だけど?」

(なんだ、その頭悪そうな儀式)

「いつも、離れると寂しがるから、いっぱいキスしてから離れることにしてて」
あ、でも今は発情期じゃないからいらないのか、と寂しそうにこぼす。
記憶がないのを良いことに、いい加減なことを言っているんじゃないかと、疑いの眼差しを向ける俺に証拠を見せてくる。


『やー、やだぁー、離れちゃやぁだぁ~~~』
『ごめんねー、すぐ戻ってくるからね。ほら、ちゅっちゅしよう』
『むぅ~~~・・・・・』
コウキのスマホをすぐさま奪い取って枕で沈める。


「・・・次再生したらスマホ叩き割るからな」
「バックアップはあるから、叩き割っとく?」
「意味ないだろ、それ」

俺の機嫌を損ねないために、スマホを生贄に捧げようとする番に呆れる。
あぁ、頭痛くなってきた。

「可愛いのになぁ~」と、取り返したスマホの動画一覧を眺めるコウキに、モヤモヤした気持ちが湧いてくる。

「赤ん坊みたいに甘えない俺は、可愛くないのかよ・・・」
思わず口をついた言葉に、バツが悪くて手で口を押さえるけど、溢れた言葉は戻らない。
「俺は、発情期のふにゃふにゃなレージも、普段のしっかりしてるレージも、どっちも可愛いと思ってるよ」
欲しい言葉をもらえて、顔を真っ赤にしたまま動けない俺に、コウキは笑ってキスをした。


「ほんっと、可愛すぎて怖い」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界に転移したからモンスターと気ままに暮らします

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:191pt お気に入り:7,193

【完結】探偵は悪態を吐く

BL / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:125

推しに婚約破棄されたので神への復讐に目覚めようと思います

恋愛 / 完結 24h.ポイント:440pt お気に入り:540

伯爵様は色々と不器用なのです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:32,652pt お気に入り:2,803

異世界で王子様な先輩に溺愛されちゃってます

BL / 完結 24h.ポイント:99pt お気に入り:1,757

【完結】世界で一番愛しい人

BL / 完結 24h.ポイント:213pt お気に入り:582

タイムリープしてクラス転移したおっさん、殺人鬼となる

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:149pt お気に入り:43

処理中です...